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第6章 第6特殊犯捜査・第6係の本気

53: バトンタッチ

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「私の姓は蘭府。花の蘭に、都道府県の府です。ただし、らんふとは発音がしにくらしくて、昔は良くランプとよばれていました。名になると、もっとすごくて、虎臥、トラフスですよ。こうなると、ちょっと親を恨みますな。」
 そう言って、指尻ゑ梨花女史に自己紹介をする蘭府虎臥警部補は、饒舌だった。
 我が6係の御白羅真の無口さと比べると、大きなな差を感じた。
 そのくせ蘭府虎臥警部補の外見は、中年に差し掛かったパンクロックスターのようで、探せばこの警察組織には、様々な人材が埋もれているのだと、つくづく思った。
 そして次に簡素な指尻女史の自己紹介が終わり、我々の打ち合わせは、彼女が提供してくれたネクロフィリア関係の分厚い資料集を目の前に、佳境に差し掛かっていった。

「門戸は昔酔った時に、自分は死体を入れるゴム引きのバックが一番興奮するんだ。と言っていたことがあるんです。それで自分はラバーフェチになったんだと。でも実際には、いかにもラバーフェチが喜びそうな遺体袋って、日本にはないんですよ。それにハイヒールフェチが、靴そのものを愛しているからと言って、ハイヒールとそれを履く女性の足を切りはなしては考えられないように、門戸の性的対象は死体と何らかの関係があるのだろうと、その時から思っていました。そして私のこの思いは、何回かの門戸との接触を経て、確信に変わりました。彼は間違いなくネクロフィリアだと思います。ただ本人は、それを自分の性的な核心だとは認めたくないようです。自分は、あくまで性倒錯者が好きなラバーフェチストだと思っていたいようです。ですが、それは彼自身の自分に対する欺瞞です。その屈折が、貴方を彼に食い込ませる為の手段になりました。」
 蘭府警部補が腕を組みながら、切れ長の目を更に細めて、指尻女史の話に聞き入っている。
 全てを聞き終わったら「悪魔を哀れむ歌」でも、歌い出しそうな表情だった。

「、、、それで私と貴方が出会う事になったという地下サークルのカストリとやらの実態はどんなものなんです?本来なら、潜る前に、そのサークルもこの目で見ておくべきなんだが、こちらの真澄警部に急かされていましてね。」
 蘭府警部補は、遠慮なく私の名前を出して来る。
 勿論、私はこんな場面で、口を挟むつもりは毛頭ない。

「私と門戸が遊んでいたクラブ・ATOMAGEがメジャーな秘密クラブなら、カストリは超マイナーな地下サークルです。ATOMAGEには遊びに、会員資格は必要ありませんが、ドレスコードがあります。それはけっこうハードルの高いものです。それ以上に、社会に対して何某かの影響力を持つ人間でないと、そこで遊び続けるのは難しいのです。、、要するに、無言の会員資格がある。でもカストリは徹底して、来る者は拒まず、去る者は追わずの姿勢です。カストリの決まりごとは、たった一つ。徹底した変態を追求する事。私はカストリを、遊び場だとは思っていません。あそこは私でも荷が重すぎる。カストリは私の本業のフィールドワークの対象というか、人間観察の場だと思っています。蘭府さんは、そこで知り合った人物だという事にしてあります。もし門戸がカストリで、蘭府さんについての裏を取ろうとしても出来ないでしょう。だってカストリに集まる人達の裏を取る事自体が、誰にとっても困難なんですから。集まってくる人達は、魑魅魍魎です。犯罪という範疇さえも軽々と飛び越えている人達なんです。」

「恐ろしく卑猥でカオスな世界のようですね?」
「仰る通りです。私は見た事がありませんが、サークルの活動で死姦も出来るそうです。本物の死体をちゃんと調達し、実際にその死体を犯すメンバーがいるんです。」
「で、私がその一人で、尚かつ貴方を脅して、俺を門戸に紹介しろと迫った男なわけですね。その男が、貴方を脅すに至った、その理由はなんと?」
「わざとらしく、これこれが狙いらしくってとは、門戸には言ってません。その男を、嫌々紹介するのが私の立場なので、それをわざわざ事細かく説明するのは不自然だし、その男が自分に近づいてくる理由は、門戸が勝手に考えるんじゃないでしょうか?私は、私がどれだけ困っていて、門戸に助けて貰いたがっているかを、アピールするので精一杯、、、でしょ?」
 ゑ梨花女史の力のある大きな目が、真っ直ぐに蘭府警部補を見つめている。

「でも理由に関しては、その男が麻薬を横流ししてくれと門戸に頼む為だとか、考えられる事は幾らでもあるでしょうね。蘭府さんが、門戸に会った時、状況を見て自分が有利に立ち回れる様に適当な理由を考えてもらってもいいし。」
 こういう指尻女史の頭のまわり方を聞く度に、私はこの人物が警察官でない事が残念でならなかった。

「それより重要なのは、門戸が私の頼みを聞いてくれた理由の方です。彼は自分の中の欲求にしか耳を傾けません。見ず知らずの人間を、自分の側に近付けるリスクにも敏感です。そんな彼が、私の頼みを聞いた。」
「でも貴方は、ある有名大学の客員教授の声がかかっていて、身辺整理の為に世間の常識から逸脱していると思われる今の遊びから手を引こうと思っていると、門戸に言ったんでしょう。そんな矢先に、この男に、俺を貴方に紹介してくれと脅かされた。言うことを聞かなければ、お前の変態行為の在ることないことを大げさに脚色して、大学はおろか、そこいら中にばらまいてやるぞ、と。門戸は、貴方との交流もある、貴方に恩を売って、貴方の関心を引く為に言う事を聞いてやる。そんな事は、ないんですか?第一、貴方は、とても魅力的な人だ。私なら、きっとそうする。」

「いえ、そんな事はありませんわ。前に真澄警備から、門戸が犯罪の方でもなかなか尻尾を出さないと聞いた事があります。それは彼が特に用心深かったり、悪知恵が図抜けて働くからじゃないと思うんです。警察の捜査だって、人間の行動学を元にして成立してると思います。だから犯罪行為に対して推理や推測が働く。門戸の場合は、彼の社会に対する特殊な関わり方が、結果的に、そんな捜査方法の目眩ましになっているんだと思います。マイナスの表現をすると、門戸はまともな人間関係を、構築出来ない人物です。普通の人間ならそうする所を、彼はそうしない。普通の人間なら絶対にしないことを、彼は簡単にやる。その特殊性は、情だとか、恨みだとか、共感だとかで始まる普段の日常的行動にまで及びます。しかも彼は、意識してそうやってるわけじゃない。反面、彼の物事に対する処理能力の方はずば抜けていますから、事業なんかをやらせれば、素晴らしい才能を発揮するでしょうね。失敗も少ないでしょう。人を人として見ていないわけだから。」
「そうならなぜ、今回、彼は貴方の頼み事を受け入れたのですか?ますます貴方の見立てをお聞きしたいですね。」
 蘭府警部補が心底楽しそうに聞いた。

「門戸は、私がわざと漏らしてやった、自分を脅している人間は死体愛好者だと言った部分に強く惹かれているんですよ。門戸は、常に、自分の背中を押してくれる人間を無意識の内に求めている。それを今回、私が彼に与えてやった。」
「自分の背中を押してくれる人間を求めている、、ね。門戸は、えげつない事を、いくらでもやれる立場にいる男だ。なぜネクロフィリアに限って、それ程、強いタブー感が彼にあるのか、不思議ですな。」
「その事については、彼の過去を徹底的に調べてみてください。きっと何か出て来ると思いますよ。弱点のない人間はいません。」
「つまり、私が潜りこんだあとも、それを上手く利用すれば、門戸を動かせると?」

「ええ、おそらくはかなりの確率で。でも実際に、それをやろうと思ったら、死姦用に使う綺麗な死体を用意したりとか、具体的な中身を、門戸に提供してやらないと口先だけでは通用しないと思いますよ。あっ、今、綺麗と言ったのは、死体の見た目の事じゃありません。彼は、おそらく死体と接触する機会のある世界で生きていると思います。でも彼は、犯罪で発生したような死体には、接触しようとしないはずだし、興味も持っていないでしょうね。門戸には、死体に対して妙な美学があるようです、、。」
 指尻女史は何かを思い出したのか「美学」という単語に力を込めた。
 これは後に、指尻女史から聞かせて貰った話だが、門戸照人が香革を美馬から預かったのは、彼と寂寥ファミリーとの関係以上に、香革の存在自体が、死と生の狭間にある部分に、惹かれたせいではなかったかという事だった。



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