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第7章 生者と死者を巡る受難と解放の物語

60: マネキン化からの救出

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 門戸は、俺の手足や口、その他諸々を使って自分への奉仕をさせたが、結局最後まで自分の生ペニスを使ってのアナルセックスだけは求めて来なかった。
 それがある日、徹底的に腸の中を綺麗にしておくように、と言われた。
 これはいよいよ、今度こそ本当にその日が来たなと俺は思い、ゑ梨花姉貴が教え込んでくれた全てのテクニックを使って門戸を完全に手玉に取ってやると身構えていた。
 俺にしてみれば、奴のアヘ顔を見るのが、一つのトロフィーだった。
 ところが、その日、命じられたのは、ドールマスクの着用と、それとセットになった肉色全身スーツを着ることだった。

 門戸とは何度も奇妙な設定や扮装で、オーラルセックスをしてきたが、ただ顔に関してだけは、常に俺に対して完璧な女性メイクを求めていたから、この指示には奇妙な感じを受けていた。
 その理由が、これだったのだ。
 もちろん、現在のこの「結果」を望んでいたのは、門戸ではないだろう。
 その正体は判らないが「人形」に異様な執着を持っている門戸の客人、、の筈だ。


 門戸に身体へ吸い付くような真っ赤なボディコンドレスを着せられて、外に連れ出された日のことを思い出す。 
 もちろん、ボディコンの流行はとっくの昔に終わっているから、その衣装が辱めの意味でしかないことは判っていた。
 そして、おそろいの赤いハイヒール、つま先が尖り、踵は細くて高い。 
 背中が丸見えで、胸元も下に入れた偽乳房が、ほとんど見えてしまいそうな恐怖のミニ丈だった。
 屈んだりしたら尻まで見えてしまいそうなのに、下着ははかせてもらえず外に連れ出された。

 俺を連れて歩く門戸は、普段のスーツ姿とは違ってド派手なジャージーの上下で、ワザとまともな勤め人には絶対に見えないように怪しい人物ぶりを演出していたし、俺の方はいくらメイクが上手くても胸元の偽乳房はまじまじと見ればすぐにばれる。 
 夜の飲み屋街なら、まだちょっとは露出狂気味のニューハーフが歩いていても、それほど違和感はないのだろうが、昼間だとそうはいかない。 

 それにギャラリーの問題があった。
 酔っ払いのおやじに、からかわれるぐらいなら何とかかわせる。 
 しかしあの時は、昼間に駅前のショッピングモールを歩かされた。 
 当然、みんながじろじろ見る。  
 真っ赤なボディコンのミニで、ノーパンでノーブラ。
 ほとんど裸に近い。
 もちろん下着類で体型を女性的にみせる事も出来ない。
 俺はマッチョではないが、空手の有段者だ。
 それなりの筋肉はある。

 しかも顔だけは完璧メイクをして超美人で香水をぷんぷん匂わせている。
 歩く見世物だった。 
 ガキどもはオカマ、オカマと騒ぐし、買い物のおばちゃんたちは、もう露骨に指さして何やらひそひそ話してるし、若い娘は、わーわー、きゃーきゃーと言うし、警備員のおっさんは軽蔑の眼差しで見ていた。 
 こんな恥さらしは嫌と、門戸に頼みこんでも、門戸は薄笑いを浮かべているだけだった。 
 俺は俯いて、ただ歩くしかなかった。
 歩くといっても異様な高さのハイヒールだと歩きにくく、転んだりしたら裾がまくれて恥の上塗りになる。 

 俺は脂汗をしたたらせながら耐えていた。 
 ああいう体験をすると、本当の「恥」と言うのものの正体がはっきりとわかってくる。 
 本物の恥は、人を酔わせる、恥に酔うのだ。 
 辱めに酔わされてしまうのだ。 
 ボディコンドレスを着せられ、外に連れ出されて俺は、そのことがよくわかった。 
 スター歌手が大観衆の拍手喝采を浴びて恍惚となる、ちょうど、その裏返しだ。 
 恥は身体に浸透してくる。 
 恥辱は、肌に染み込んで体の奥に沁み入ってくる。 

 潜入捜査で女になり、男のペニスを口にくわえても、それは俺一人の中で完結する出来事であり、割り切り次第でなんとでもなる。 
 しかし、外に連れ出されて、見知らぬ人から侮蔑の目で見られ続けると、その割り切りの力がすり切れてしまう。 
 門戸は、わざと大きな声で、俺を「奈央」と呼んだ。
 その途端に、きゃーきゃー騒ぐ声が聞こえて来た。
 顔だけ凄く綺麗な変態オカマの名前が「奈央」だ。 

 そうやって大勢の人間の前で嬲られると、酔ってしまうのだ。 
 どう言えばいいか、体中の配線がショートして火花を散らしているみたいな感じだ。
 焼き網の上にのせられて、炙られているような感じ、まあどっちにしても明らかに俺は興奮していた。 
 嫌で嫌で、もう早く逃げ出したいと思うのだが、それとは裏腹に、もっと侮蔑の視線を浴びせられたい、と無意識のうちに願っている自分に気づく。 
 それは心地良さというより、もう恍惚感に近い。
 赤いボディコンの股間は、その下で勃起している俺のペニスの形をくっきり浮き上がらせていた。
 あのうっとり感は、負の恍惚とでも言えばいいのか。 
  ・・・
 だからだ。
 そんな世界を理解し追求していた門戸が、こんなスタイルのプレイをやりたがっているとは俺にはとても思えなかった。



 俺は、一日中、そこに立っていた。
 辺りは、もう暗くなり始めていた。
 明かり取りから、部屋に差し込む光が薄れているのを見る事ができた。
 俺は努めて落ち着こうとした。
 焦っては、だめだ。

 だが諦めの気持ちが忍び寄ってくる。
 それは奇妙にも、どこか甘美さを感じさせた。
 何らかの残虐で悪質な罠が、俺に向けて仕掛けられた、、。
 そしてこの罠から逃れる為の突破口がない。
 衰弱してどうにかなってしまうまで、このままマネキンとして立ち続けなければならないのでは、と俺は想像した。
 この硬化したスーツから出る方法はなかった。
 俺は生きたままマネキンになる、、、。


 俺はある物音を聞いて、物思いから醒めた。
 あれは玄関のドアが開く音だ!
 待てよ、門戸以外は、誰もこの別荘の鍵を持っていないはずだ。
 例の謎の人物は、別荘内の何処かに潜んでいるはずだ。
 それとも奴は、俺の知らぬ間に外に出て此処に帰ってきたのか?
 一体誰が入って来たんだ?!
 押し込みの類の泥棒か?!強盗に豹変されたら、今の俺ではもうどうしようもない。
 俺は驚きと焦りで口から心臓が飛び出そうだった。

 それから声が聞こえた。
 男の声だ!
 複数の足音が玄関を通り過ぎる音がする。
 俺のベッドルームに入って来るようだ。
 救出に来てくれたのか? 
 救助って一体誰が?まさか6係の誰か?
 何が起こってるんだ? 
 状況がまったく理解できない。
 二人の男がまるで勝手知ったように、無遠慮に俺の寝室に入ってきた。
 男達の顔が、はっきり判った。

 一人は門戸だった!
 門戸が帰ってきてくれた、嬉しい!不覚にも俺はそう思ってしまった。
 もう一人の男は、中年の背の高いロックシンガーのような見てくれだった。
 パンクヘアで、冷たそうな目に薄いアイシャドーをしている。 
 門戸が俺の目を覗き込んで言った。
「すっかりマネキンになってるな。」
 門戸は顔を横向けて、パンクモドキの方に向いた。
 パンクモドキは、部屋の中を見回していた。
 門戸は俺の様子を見ても、多少の驚きは見せたものの、さほど嬉しそうにはしていなかった。
 ひょっとしたら、俺を救い出してくれるかも知れない?
 俺は助けを求めようと、マスクの下でくぐもった声をあげた。

 部屋の中を見回していたパンクモドキは、例の荷の入っていた大きなダンボールを見つけるとその細長い体を屈めて中を調べだした。
 その時にパンクモドキのジャケットには、人の顔やら手の平やらのペシャンコになった人体パーツが縫い込まれているのが分かった。
 幾らなんでも偽物だろうが、信じられない悪趣味ぶりだ。
 それにどうやら俺は見逃していたようだが、まだあの箱の中には何かが残っていたようだ。
 パンクモドキは長い肩紐の付いた女性用の白いハンドバッグを持ってこちらにやって来た。
 その白いハンドバッグを俺の肩パットの入ったエメラルドグリーンのジャケットの肩に掛け、腰に手を当てた俺の左手の指に バッグの紐の根元をからませた。
 そして笑いを堪えられないように、肩を震わせながら顔に嘲笑を露にして言った。
「クックックッ…、忘れ物んだよ、可愛い奥さん。」

 同時に門戸のクスクス笑う声が聞こえた。
 俺は顔から火が出そうだった!
 こんな奴に、俺は頼ろうとしていたんだ!
 幸いにもドールマスクのせいで、それは悟られなかったが。
 門戸が人非人だということを、俺は忘れていた。
 しかも自分が潜入警官だという事もオレは完全に忘れ果てていた。
 穴があったら入りたいとは、このことだ。
 こんな恥ずかしい思いをしたのは生まれて初めてだった。

「これが門戸さんが言ってた奈央ちゃんのなれの果か、、しかしこんな人形の顔じゃなく、元のベッピンさんの顔も見たかったなあ。」
「なあに、乱田さんにもその内、すぐに綺麗な顔の奈央を抱かせて上げますよ。こんなのは、私の趣味じゃありませんからね。」
「趣味じゃない、と言われますと?何かワケアリで?」
「遠方から来た友人の頼みでね。無下に断るわけにも、という所ですよ。友人関係は大切にしないとね。ねえ、乱田さん。」
「そうそう、それは、その通り。」
 それは妙にネッチコイ会話だった。


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