師匠の育児奮闘記

万年青二三歳

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ぽかぽか弟子

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 弟子が赤ん坊の頃は、すぐ腹を空かせて泣き、寝たと思ったら這い回るから、息をつく暇もなかった。俺には弟や妹がいたが、あまり面倒をみることはなかった。炊事、洗濯、掃除、人気のない家事が知らないうちに俺の担当になっていたんだから仕方ない。幸い、どうしようもない不器用でもなかったから、それなりに片付けていた。
 育児の経験なしの俺が弟子を死なせることなく、賑やかにおしゃべりする年齢まで育てられたのは魔術のおかげだった。尊敬した師を追い詰めた元凶として憎んで、一切使うことはないと長かった髪も剃り落としたが、結局頼らざるを得なかった。
 乳を欲しがっていた時期は言葉を話さないくせに、こちらの言うことはわかってるらしい。だからといって言うことを聞いて大人しくしているわけじゃない。

「あ! そこはダメだって言ったろ!」

 寝ていたはずが、転がって移動しようとする。
 ベッドに寝かせていたが、すぐに落ちようとするので諦めて床に寝かせた。
 これで安心と思えば、コロコロとどこまでも転がって、外へ出ようとしたり、落ちているものを口に入れたり。

「食うな、そんなの」

 言った途端にゴクンと喉を鳴らすのだから、絶対わざとだ。
 床に何も落ちてないように、掃き掃除と拭き掃除?
 そんなの赤ん坊がいたら不可能だ。こいつは満足に歩きもしないくせに抱え続けるとむずがり、手を離して寝かせれば泣くんだ。

 ソファに座り、俺の膝に立たせるように抱き上げれば、一丁前に足踏みしやがる。キャッキャとご機嫌なうちに、部屋の中に風を起こし、一気にゴミも埃も外に飛ばしてしまえば、掃除は終わり。たまに寝不足のせいで力加減を間違えるが仕方ない。小さなスプーンや、台拭きが外に転がってるくらいなもんだ。後で拾えば良いだろ。
 綿毛みたいに頼りないキセイの髪が風でふわんふわんと踊るのは愉快だった。
 そのうち、風の流れを目で追うようになり、近くへ行きたがった。

「俺はソファに座ってたいの」
「ギァァア!」
「俺の拾ったのは魔獣の子か?」

 耳元で遠慮なく最大音量で叫ばれるんだからたまったもんじゃない。
 うんざりしながらも、抱き上げてゆっくり部屋の中を歩く。俺の後ろを追いかけるように微風を起こし、ゴミを集める。キセイはそれを肩越しに眺め、興奮しては俺の腹を蹴った。いつか骨が折れるんじゃないかと思ったが、立てるようになったと思ったら、すぐに自分で歩くようになり、俺に抱っこをせがむのは足が疲れた時だけなので、どうにか俺の身体は無事だ。

 俺は言葉遣いは悪いし、そんなに喋る方じゃない。急に変えられるわけがなかったので、女将にバトンタッチしたり、本を読んでやったりしたら、無事に利口そうに話すようになった。まぁ、クソ生意気な時もあるがな。

 気に入らなければ泣くのは変わらなかったが、よく喋るし、こちらの話もちゃんと聞く。やっと人間と暮らしている気になれた頃には、キセイも一人で寝台で眠れるようになった。夕飯を食べながら、目は半分閉じて、おかっぱ頭が船を漕ぐ。寝支度を騙し騙しやらせて、布団で包めば朝までぐっすりだから、たまに晩酌する余裕も出てきた。

 女将に貰ったつまみは、干し肉と杏を交互に箱に詰めて馴染ませた後で真四角に切ったシャレたものだ。こりゃ酒に合うに決まってる。コップに半分? いや、もう少し? トプトプと波打つ琥珀に思わず口元が緩む。

「ししょー」

 顔をあげれば、ぐちゃぐちゃの頭で弟子は小さくなって立っていた。

「ししょーさむい」

 目は開かないままどうやってここまで歩いてきたんだか。
 弟子の様子を伺いながらも、アルコールが俺の鼻をくすぐる。

「あー、布団たりねぇか? 明日毛布出すから我慢しろな?」
「ん。わかった」

 カックン、と頭が揺れて、弟子の身体がよろめく。
 こりゃ部屋まで付いてかなきゃダメかと立ち上がれば、弟子の身体が跳ねた。

「……ハクシュン」
「ってムリそうだな。待てるか?」
「もうねむい……ししょーのおふとんでいっしょねる」
「じゃ、おいで」

 目を開けずにこちらへ伸ばす両腕を首で受けて、抱き上げる。
 テーブルに広げたあれこれを横目で見て小さく息をつけば、弟子が小さく唸って俺の首に顔を擦り付けた。

「おやすみ」

 弟子のくっついたところからみるみるうちに身体がポカポカしたかと思えば、勝手にあくびが出た。俺も寝るか。やりかけの全てを忘れて目をつぶり、寝台に潜り込んだ。

 あったけぇな。一緒に寝れば毛布はいらないか?
 どこにしまったか思い出せねぇんだよな……。
 
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