6 / 7
Promise
しおりを挟む
「面白かったねー」
30分後。
青年と少女は施設内の通路に設置されているベンチに並んで腰掛けていた。
「言うな」
楽しそうに笑う少女に対し青年は多少不機嫌な表情だ。
「だって、みんなせんせのこと、ぽかんとした顔して見てたよ」
「……あまりに私らしくなかったせいだろう」
7階の廊下、エレベータホール、1階の廊下、玄関とすれ違う人間──主に同僚や上司──が呆気にとられた顔で自分達を見ていた。シュタインの奴がいなかったのが救いだが噂好きのヤツのことだ、あとで話を聞きつけて絡んでくるに違いない。
軽く息を吐いて──空を仰ぐ。
「……雨は降らないという話だったが、晴天ともいかなかったな」
曇天と言うほどひどくはないが、薄い雲が空の大部分の面積を覆っている。
「ううん、綺麗よ。部屋の硝子越しより全然」
少女はベンチから離れ、花壇の花に近づく。
「それに、地面。毎回冬が終わった後、緑のなかに白がいっぱい見えてた──これ、花だったのね」
施設の敷地には規則正しく花が植えられている。今は鈴蘭の季節だ。
「小さいけど、たくさんあるから上から見ると雪みたいね」
そっとその小さな花に触れる。その姿勢のまま、少女は続けた。
「せんせ、イーリヤの担当になる前に言ったね。『兵器をつくる』って」
「ああ」
「『一億人を殺すけど、十億人を救える』って」
「──言ったな」
「イーリヤが何て言ったか覚えてる?」
「いや」
少女はくすっと笑う。
「せんせ、忘れんぼね」
「覚えておく必要がないものは覚えない」
せんせ。本当に嘘吐くの、下手ね。
今のでイーリヤ、分かっちゃったよ。せんせが、イーリヤの言葉覚えてたって。
少女はくすっと微笑って、独り言のように話し出す。
「イーリヤ、だいぶ前から、大事な人ができるといいなと思ったの」
「……」
「きっと大人になって、おばあちゃんになるまでこの建物の中にいるんだって考えてね。
最初は『ここに居る人とは絶対に仲良しにはならない』って考えてたけど、でもずっと一人でいるのかなって思ったら、そのうち怖くなったの。
だから、一人でいいから大事な人を作ろうと思った。『おわりよければすべてよし』よね? 自分が終わるときに大事な人がいてくれたら、大事な人がいたということを覚えていたら、たぶんイーリヤはここにいてよかったって思って──終われると思った」
少女はすっくと立ち上がる。青年に背中を向けたまま。
「でもほんとに大事な人ができたら──終わるのが嫌なの」
どっちがよかったんだろう。
こんなに早く終わると知っていたなら──
鳥の鳴き声が響く。風が髪をなぶる。
「私は忘れない」
少女は振り返る。
青年はまっすぐ少女をみつめていた。
「お前のような我儘で言いたい放題の験体、忘れようがない。記憶から消すことのほうが困難だ」
「せんせ……」
「私は自分の願いを叶える。お前の力を借りて──私が生きている間はお前は私の心の中にある。死んだあとも、私の願いが叶ったならばお前が生きた意味はある」
青年が立ち上がった。そのまま少女に向かって、手を差し出す。
「……ずるいな、せんせは」
少女は微笑んだ。涙をにじませながら。
「ね、せんせ。イーリヤは、いてよかったのね?」
「だめだと誰か言ったのか」
「ううん」
少女は青年の差し出した手に腕を伸ばした。
指先が触れようとした瞬間、少女の腕が落ちた。
崩れかけた身体を、青年が支える。
──少女の意識はなかった。
少女は数日間眠り続けた。
再び青年と顔を会わせた時、少女からは既に言葉が失われていた。
自分に向けられていた笑顔を見ることもだんだん減り、ある日を境に再び昏睡状態に陥った。
彼女はそのまま眠り続け──次の冬を迎えることなく事切れた。
30分後。
青年と少女は施設内の通路に設置されているベンチに並んで腰掛けていた。
「言うな」
楽しそうに笑う少女に対し青年は多少不機嫌な表情だ。
「だって、みんなせんせのこと、ぽかんとした顔して見てたよ」
「……あまりに私らしくなかったせいだろう」
7階の廊下、エレベータホール、1階の廊下、玄関とすれ違う人間──主に同僚や上司──が呆気にとられた顔で自分達を見ていた。シュタインの奴がいなかったのが救いだが噂好きのヤツのことだ、あとで話を聞きつけて絡んでくるに違いない。
軽く息を吐いて──空を仰ぐ。
「……雨は降らないという話だったが、晴天ともいかなかったな」
曇天と言うほどひどくはないが、薄い雲が空の大部分の面積を覆っている。
「ううん、綺麗よ。部屋の硝子越しより全然」
少女はベンチから離れ、花壇の花に近づく。
「それに、地面。毎回冬が終わった後、緑のなかに白がいっぱい見えてた──これ、花だったのね」
施設の敷地には規則正しく花が植えられている。今は鈴蘭の季節だ。
「小さいけど、たくさんあるから上から見ると雪みたいね」
そっとその小さな花に触れる。その姿勢のまま、少女は続けた。
「せんせ、イーリヤの担当になる前に言ったね。『兵器をつくる』って」
「ああ」
「『一億人を殺すけど、十億人を救える』って」
「──言ったな」
「イーリヤが何て言ったか覚えてる?」
「いや」
少女はくすっと笑う。
「せんせ、忘れんぼね」
「覚えておく必要がないものは覚えない」
せんせ。本当に嘘吐くの、下手ね。
今のでイーリヤ、分かっちゃったよ。せんせが、イーリヤの言葉覚えてたって。
少女はくすっと微笑って、独り言のように話し出す。
「イーリヤ、だいぶ前から、大事な人ができるといいなと思ったの」
「……」
「きっと大人になって、おばあちゃんになるまでこの建物の中にいるんだって考えてね。
最初は『ここに居る人とは絶対に仲良しにはならない』って考えてたけど、でもずっと一人でいるのかなって思ったら、そのうち怖くなったの。
だから、一人でいいから大事な人を作ろうと思った。『おわりよければすべてよし』よね? 自分が終わるときに大事な人がいてくれたら、大事な人がいたということを覚えていたら、たぶんイーリヤはここにいてよかったって思って──終われると思った」
少女はすっくと立ち上がる。青年に背中を向けたまま。
「でもほんとに大事な人ができたら──終わるのが嫌なの」
どっちがよかったんだろう。
こんなに早く終わると知っていたなら──
鳥の鳴き声が響く。風が髪をなぶる。
「私は忘れない」
少女は振り返る。
青年はまっすぐ少女をみつめていた。
「お前のような我儘で言いたい放題の験体、忘れようがない。記憶から消すことのほうが困難だ」
「せんせ……」
「私は自分の願いを叶える。お前の力を借りて──私が生きている間はお前は私の心の中にある。死んだあとも、私の願いが叶ったならばお前が生きた意味はある」
青年が立ち上がった。そのまま少女に向かって、手を差し出す。
「……ずるいな、せんせは」
少女は微笑んだ。涙をにじませながら。
「ね、せんせ。イーリヤは、いてよかったのね?」
「だめだと誰か言ったのか」
「ううん」
少女は青年の差し出した手に腕を伸ばした。
指先が触れようとした瞬間、少女の腕が落ちた。
崩れかけた身体を、青年が支える。
──少女の意識はなかった。
少女は数日間眠り続けた。
再び青年と顔を会わせた時、少女からは既に言葉が失われていた。
自分に向けられていた笑顔を見ることもだんだん減り、ある日を境に再び昏睡状態に陥った。
彼女はそのまま眠り続け──次の冬を迎えることなく事切れた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お姉さまに挑むなんて、あなた正気でいらっしゃるの?
中崎実
ファンタジー
若き伯爵家当主リオネーラには、異母妹が二人いる。
殊にかわいがっている末妹で気鋭の若手画家・リファと、市中で生きるしっかり者のサーラだ。
入り婿だったのに母を裏切って庶子を作った父や、母の死後に父の正妻に収まった継母とは仲良くする気もないが、妹たちとはうまくやっている。
そんな日々の中、暗愚な父が連れてきた自称「婚約者」が突然、『婚約破棄』を申し出てきたが……
※第2章の投稿開始後にタイトル変更の予定です
※カクヨムにも同タイトル作品を掲載しています(アルファポリスでの公開は数時間~半日ほど早めです)
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる