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第二章『地上に舞い降りた天使たち編』
第49話「まずい、もう一杯」
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「私たちアルヴィー族は来訪者を歓迎する際にその長――つまり私――が、特別な薬草から作った汁を客人に振る舞う。客人がこれを飲み干すことで、ともに心を許し合った証とするのだ」
数刻前、鴻池との激闘を経て、日も高くなったころ。
仮設ターニャ宅にて、アルヴィー族が長、ターニャ・エヴァンは、あの時聞いたセリフと全く同じことを口にして、客人へ器を差し出した。
器の中はどすぐろくて青臭い、スライム状の液体が満たしている。
アルヴィー族の扱う多種多様な薬草をごりごりとすりつぶして作った、特製ミックスジュースだ。
これを覗き込んで正座の客人――鴻池拡は、大きく腫らした顔面をぴくりと引きつらせた。
「あ、あの、僕今お腹いっぱいなんだけど」
「なあに、若いんだから少しぐらい入るだろう」
と言って、ターニャはにっこりと笑みを返す。
ちなみにこれは皮肉でもなんでもなく本気で言っている。彼女はそういう人間だ。
日本人的な遠回しの拒否が効かないと知って、さすがの鴻池もお手上げである。
「まぁ、飲んでみろよ、意外とイケるから」
経験者は語る、もちろん言ったのは俺だ。
鴻池はこちらを一瞥すると、渋々器を手に持った。
しかし彼は、口元まで持って行っておそるおそる臭いを嗅いでみたり、液体の中に浮かんだ薬草の“スジ”を眺めたりするばかりで、一向に口をつける気配がない。
「む、無理、絶対無理、文化の違いだって、上流階級で育った僕の舌には絶対合わない……!」
「何事もチャレンジだぞ鴻池、それに異文化交流なんていかにも文化的でお前にぴったりじゃないか、ほらイッキ、イッキ」
「い、イッキの強要は犯罪なんだぞ! そもそも……!」
「――いいから飲め」
「ぶぐっ!?」
身を乗り出したターニャが、毒々しい液体に満ちた器を、思いっきり鴻池の口元に押し付けた。
鴻池はこれに不意を突かれたかたちで、なすすべなく、これを飲み込む羽目になる。
そしてあっという間に、完飲。
ようやく解放された鴻池の顔が、雪見だいふくもかくやというぐらいに白くなっている。
「美味いか?」
「おいじいでず」
涙を流すくらいに美味いのか、俺と同じだな。
ターニャも気を良くしたらしく、わっはっは、と豪快に笑った。
「そうかじゃあもう一杯作ってやろう、這う者の肉もあるぞ」
「ヒッ……! ちょ、ちょっと……!」
聞く耳持たず。
ターニャは奥の方へ引っ込んで、やがてごりごりと薬草をすり潰す音が聞こえてきた。
この時の鴻池の表情を一言で表すなら“絶望”である。
鴻池の異文化交流は、なにかと苦労も多そうだ。
「……ねぇ、ちょっと、キョウスケ」
後ろから、押し殺した声で呼びかけられる。
玄関先でマリンダが手招きをしていた。
なんだろう?
俺は二杯目の特製ミックスジュースを持ってきたターニャと入れ違いで、マリンダに導かれるがまま表へ出る。
「何か用かマリンダ?」
「何か用か、じゃないわよ、これ、どういうことなのよ」
彼女は、詰問するかのように言う。
どういうこと、と言われても、これ、がなんのことか分からないので、何を聞かれているのかもよく分からない。
なので、阿呆面を晒していると、マリンダが「ああ、もう!」と癇癪を起こしてしまった。
「――なんで、あのテンセイシャを殺さなかったのか、って聞いてるの! あまつさえ集落に招くだなんて!」
「大声で殺すだなんて、物騒なこと言うなよ……なにもそこまでしなくていいだろ」
「殺されて当然よ! あんなことしたんだから!」
あんなこと、というのはアルヴィー族の集落に“レベル1化ウイルス”をばらまき、巨大ヤモリどもに集落を襲わせ、あまつさえ“ゾンビウイルス”をばらまいたことか?
ああ、それともゴーレムを操り、俺たちを窮地に追いやったことか?
もしくは両方?
ちなみにゴーレムはというと、鴻池をぶっ飛ばしてすぐ、ヤツにワクチンを作らせたので今はピンピンしている。
ただ、操られていたとはいえ俺たちを攻撃したことに関しては相当な自責の念を感じたらしく、ゴーレムの卑屈スイッチが入ってしまった。
――ワシは人の役に立つために作られたゴーレムじゃ、それが人に危害を加えるなど……もう駄目じゃ、自爆しよう。
なんてことを言いだしたので、俺は慌ててそれを止めて、ある提案した。
――本当に申し訳ないと思うんだったら、あの巨大ヤモリどもに潰された家を直して、人の役に立ってこい。
というわけで、彼は今潰された住居を急ピッチで修復にかかっている。
償い、というのも当然あるのだろうが、それ以上にどうやら先日ターニャの家の屋根を修理した際、大工仕事の楽しさに目覚めてしまったらしい。
まぁゴーレムがはりきりすぎているせいで以前に比べると心なしか近代的なビフォーアフターが施されているように見えるのだが……あえては言うまい。
話が脱線した。
「なんにせよ殺さなくてもいいだろ、幸いこっちも死者は出てないわけで、鴻池のワクチンで皆正気に戻ったし、飯酒盃のソーマで怪我人もゼロだ」
「っ……! ……じゃあいいわよ、百歩譲って、そこはいいわよ。……でもなんでこの集落にあんな危険なヤツを入れるのよ!?」
「ターニャから許可はとってあるぞ」
すっかり伸びてしまった鴻池を集落へ連れて行ってもいいか? という提案自体はもちろん俺のしたものだが、ターニャも二つ返事で了承してくれた。
ちなみに、今回の事件の黒幕が鴻池と知るのは、あの場にいた俺とゴーレムと飯酒盃とレトラとマリンダとターニャ、この6人だけである。
ゾンビ化していたアルヴィーの女たちはこれを知らない、俺が他言無用と口止めしたからだ。
「あの人もあの人よ! なんで皆してこんなにも能天気なの!?」
マリンダは腕組みをして、カンカンに怒っている。
目つきの鋭さも相まって、迫力がすごい。
俺は引け腰気味に、これを「まぁまぁ」となだめた。
「アイツの話によると、どうやらチートボックスっていうのは転生者しかマトモに扱えないそうじゃないか。今後アイツみたいな転生者が集落に攻めてきたら、今度こそ負けちまうぞ」
「う……」
マリンダがばつの悪そうな表情になる。
実際、今回の騒動は飯酒盃の“ほろ酔い横丁”と“エンター・ザ・ドラゴン”、そして“天上天下唯一無双俺俺俺”の功績がかなり大きい。
これがなければ今回の勝利はなかった、というのはマリンダも十分自覚しているようだ。
「だからこそのボディガードだ。用心棒だ。ヤツがいりゃあもし転生者が攻めてきても互角に戦えるだろ?」
「で、でもまたアイツが変な気を起こしたら……」
「大丈夫、あいつあの感じで意外と真面目だから、ひねくれてはいるが、恩を受ければ恩で返すぐらいには素直だよ」
俺とマリンダが家の中を覗き込む。
鴻池が四杯目の特製ミックスジュースを勧められて、死にそうな顔をしていた。
――そうだ。
「鴻池ー、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「さ、さんを付けろよ……年下だろ……なんだよ……?」
彼は満身創痍、といった様子で、こちらの呼びかけに応えた。
「あのさ、俺はあの時ゴーレムと戦ってたからよく知らないんだけど、レトラの使ってた“天上天下唯一無双俺俺俺”が、なんか一瞬妙なチートに変わったらしいじゃないか」
「ああ、あれか……」
レトラや飯酒盃などから聞いた話なのだが、なんでもあの土壇場で、レトラの使っていた“天上天下唯一無双俺俺俺”が妙な効果を発動させたのだという。
それは従来のステータスアップ効果とは別に、周囲のチート持ちから強制的にチートボックスを吐き出させて数秒間、全くの無防備にするという効果だ。
飯酒盃もこの効果を受けて“エンター・ザ・ドラゴン”を吐き出したので、それは確かだという。
しかし先ほど観察眼で“天上天下唯一無双俺俺俺”を視てみたのだが、なんら変化はない。
「ボックスの変質……僕にもよく分からない、女神のスライドにもそんなことは記されていなかった」
「鴻池でも分からねえか……って、待て、お前女神のスライド全部見たのか?」
「見たけど」
あたかも当然、といった風だ。
コイツ、あの200枚超あるスライドを全部確認して、なおかつ女神の説明までちゃんと聞いたのか……?
「……お前、ケータイの説明書とか、読む派?」
「逆に読まない派が存在するのかい? 故障したらどうするんだ」
「利用規約は読む派?」
「おぞましい、読まない派はよく生きていけるね、僕なら三度は読み返す」
……鴻池が方向性を間違えた途方もないクソ真面目だ、ということだけは分かった。
数刻前、鴻池との激闘を経て、日も高くなったころ。
仮設ターニャ宅にて、アルヴィー族が長、ターニャ・エヴァンは、あの時聞いたセリフと全く同じことを口にして、客人へ器を差し出した。
器の中はどすぐろくて青臭い、スライム状の液体が満たしている。
アルヴィー族の扱う多種多様な薬草をごりごりとすりつぶして作った、特製ミックスジュースだ。
これを覗き込んで正座の客人――鴻池拡は、大きく腫らした顔面をぴくりと引きつらせた。
「あ、あの、僕今お腹いっぱいなんだけど」
「なあに、若いんだから少しぐらい入るだろう」
と言って、ターニャはにっこりと笑みを返す。
ちなみにこれは皮肉でもなんでもなく本気で言っている。彼女はそういう人間だ。
日本人的な遠回しの拒否が効かないと知って、さすがの鴻池もお手上げである。
「まぁ、飲んでみろよ、意外とイケるから」
経験者は語る、もちろん言ったのは俺だ。
鴻池はこちらを一瞥すると、渋々器を手に持った。
しかし彼は、口元まで持って行っておそるおそる臭いを嗅いでみたり、液体の中に浮かんだ薬草の“スジ”を眺めたりするばかりで、一向に口をつける気配がない。
「む、無理、絶対無理、文化の違いだって、上流階級で育った僕の舌には絶対合わない……!」
「何事もチャレンジだぞ鴻池、それに異文化交流なんていかにも文化的でお前にぴったりじゃないか、ほらイッキ、イッキ」
「い、イッキの強要は犯罪なんだぞ! そもそも……!」
「――いいから飲め」
「ぶぐっ!?」
身を乗り出したターニャが、毒々しい液体に満ちた器を、思いっきり鴻池の口元に押し付けた。
鴻池はこれに不意を突かれたかたちで、なすすべなく、これを飲み込む羽目になる。
そしてあっという間に、完飲。
ようやく解放された鴻池の顔が、雪見だいふくもかくやというぐらいに白くなっている。
「美味いか?」
「おいじいでず」
涙を流すくらいに美味いのか、俺と同じだな。
ターニャも気を良くしたらしく、わっはっは、と豪快に笑った。
「そうかじゃあもう一杯作ってやろう、這う者の肉もあるぞ」
「ヒッ……! ちょ、ちょっと……!」
聞く耳持たず。
ターニャは奥の方へ引っ込んで、やがてごりごりと薬草をすり潰す音が聞こえてきた。
この時の鴻池の表情を一言で表すなら“絶望”である。
鴻池の異文化交流は、なにかと苦労も多そうだ。
「……ねぇ、ちょっと、キョウスケ」
後ろから、押し殺した声で呼びかけられる。
玄関先でマリンダが手招きをしていた。
なんだろう?
俺は二杯目の特製ミックスジュースを持ってきたターニャと入れ違いで、マリンダに導かれるがまま表へ出る。
「何か用かマリンダ?」
「何か用か、じゃないわよ、これ、どういうことなのよ」
彼女は、詰問するかのように言う。
どういうこと、と言われても、これ、がなんのことか分からないので、何を聞かれているのかもよく分からない。
なので、阿呆面を晒していると、マリンダが「ああ、もう!」と癇癪を起こしてしまった。
「――なんで、あのテンセイシャを殺さなかったのか、って聞いてるの! あまつさえ集落に招くだなんて!」
「大声で殺すだなんて、物騒なこと言うなよ……なにもそこまでしなくていいだろ」
「殺されて当然よ! あんなことしたんだから!」
あんなこと、というのはアルヴィー族の集落に“レベル1化ウイルス”をばらまき、巨大ヤモリどもに集落を襲わせ、あまつさえ“ゾンビウイルス”をばらまいたことか?
ああ、それともゴーレムを操り、俺たちを窮地に追いやったことか?
もしくは両方?
ちなみにゴーレムはというと、鴻池をぶっ飛ばしてすぐ、ヤツにワクチンを作らせたので今はピンピンしている。
ただ、操られていたとはいえ俺たちを攻撃したことに関しては相当な自責の念を感じたらしく、ゴーレムの卑屈スイッチが入ってしまった。
――ワシは人の役に立つために作られたゴーレムじゃ、それが人に危害を加えるなど……もう駄目じゃ、自爆しよう。
なんてことを言いだしたので、俺は慌ててそれを止めて、ある提案した。
――本当に申し訳ないと思うんだったら、あの巨大ヤモリどもに潰された家を直して、人の役に立ってこい。
というわけで、彼は今潰された住居を急ピッチで修復にかかっている。
償い、というのも当然あるのだろうが、それ以上にどうやら先日ターニャの家の屋根を修理した際、大工仕事の楽しさに目覚めてしまったらしい。
まぁゴーレムがはりきりすぎているせいで以前に比べると心なしか近代的なビフォーアフターが施されているように見えるのだが……あえては言うまい。
話が脱線した。
「なんにせよ殺さなくてもいいだろ、幸いこっちも死者は出てないわけで、鴻池のワクチンで皆正気に戻ったし、飯酒盃のソーマで怪我人もゼロだ」
「っ……! ……じゃあいいわよ、百歩譲って、そこはいいわよ。……でもなんでこの集落にあんな危険なヤツを入れるのよ!?」
「ターニャから許可はとってあるぞ」
すっかり伸びてしまった鴻池を集落へ連れて行ってもいいか? という提案自体はもちろん俺のしたものだが、ターニャも二つ返事で了承してくれた。
ちなみに、今回の事件の黒幕が鴻池と知るのは、あの場にいた俺とゴーレムと飯酒盃とレトラとマリンダとターニャ、この6人だけである。
ゾンビ化していたアルヴィーの女たちはこれを知らない、俺が他言無用と口止めしたからだ。
「あの人もあの人よ! なんで皆してこんなにも能天気なの!?」
マリンダは腕組みをして、カンカンに怒っている。
目つきの鋭さも相まって、迫力がすごい。
俺は引け腰気味に、これを「まぁまぁ」となだめた。
「アイツの話によると、どうやらチートボックスっていうのは転生者しかマトモに扱えないそうじゃないか。今後アイツみたいな転生者が集落に攻めてきたら、今度こそ負けちまうぞ」
「う……」
マリンダがばつの悪そうな表情になる。
実際、今回の騒動は飯酒盃の“ほろ酔い横丁”と“エンター・ザ・ドラゴン”、そして“天上天下唯一無双俺俺俺”の功績がかなり大きい。
これがなければ今回の勝利はなかった、というのはマリンダも十分自覚しているようだ。
「だからこそのボディガードだ。用心棒だ。ヤツがいりゃあもし転生者が攻めてきても互角に戦えるだろ?」
「で、でもまたアイツが変な気を起こしたら……」
「大丈夫、あいつあの感じで意外と真面目だから、ひねくれてはいるが、恩を受ければ恩で返すぐらいには素直だよ」
俺とマリンダが家の中を覗き込む。
鴻池が四杯目の特製ミックスジュースを勧められて、死にそうな顔をしていた。
――そうだ。
「鴻池ー、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「さ、さんを付けろよ……年下だろ……なんだよ……?」
彼は満身創痍、といった様子で、こちらの呼びかけに応えた。
「あのさ、俺はあの時ゴーレムと戦ってたからよく知らないんだけど、レトラの使ってた“天上天下唯一無双俺俺俺”が、なんか一瞬妙なチートに変わったらしいじゃないか」
「ああ、あれか……」
レトラや飯酒盃などから聞いた話なのだが、なんでもあの土壇場で、レトラの使っていた“天上天下唯一無双俺俺俺”が妙な効果を発動させたのだという。
それは従来のステータスアップ効果とは別に、周囲のチート持ちから強制的にチートボックスを吐き出させて数秒間、全くの無防備にするという効果だ。
飯酒盃もこの効果を受けて“エンター・ザ・ドラゴン”を吐き出したので、それは確かだという。
しかし先ほど観察眼で“天上天下唯一無双俺俺俺”を視てみたのだが、なんら変化はない。
「ボックスの変質……僕にもよく分からない、女神のスライドにもそんなことは記されていなかった」
「鴻池でも分からねえか……って、待て、お前女神のスライド全部見たのか?」
「見たけど」
あたかも当然、といった風だ。
コイツ、あの200枚超あるスライドを全部確認して、なおかつ女神の説明までちゃんと聞いたのか……?
「……お前、ケータイの説明書とか、読む派?」
「逆に読まない派が存在するのかい? 故障したらどうするんだ」
「利用規約は読む派?」
「おぞましい、読まない派はよく生きていけるね、僕なら三度は読み返す」
……鴻池が方向性を間違えた途方もないクソ真面目だ、ということだけは分かった。
応援ありがとうございます!
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