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ロシア編
第3話 報酬
しおりを挟む男は、星を求めた。
空に光る、満天を。
ポラリスをも上回る、輝きを。
たった一人で。
その遺体は朽ちる事なく、
聖なる遺物として、世にあり続ける。
強き思い。強き力。
星を護る、衛星を。
男は、『◼️』より名付けられた。
──メフィスト。
次の日。
秀の部屋には、二人の少年少女が向き合って机を挟み、座っていた。
片や不機嫌そうに座る少年。
片や凛として佇む少女。
「直接会うのは初めてか」
「そうだね。初めまして、今代の当主」
「楽と呼んでくれ。そうやって呼ばれるのは、嫌いだ」
「そう。ごめんなさい」
二人の仲介役である秀はお茶を汲みにいった。秀の家なのにである。いや、だからこそだろうか。
「そも、なんの用だよ」
リビングから戻ってきた秀が口を開いた。
「オマエに用は無い。守護者の子にだ」
そう言って、楽はバックから茶色の封筒を取り出した。小さい。封がされている。
彼女は無言で受け取り、楽を一瞥。
封を切り、中身を取り出す。中には、一通の紙があった。2、3重に丁寧に折られている。
「何なんだ?」
「さあな。俺も詳しくは知らん」
机の余っていた側に座り、楽へ聞く。だが、知らなかった。秀は興味があるのか、手紙に目を奪われている彼女の元へ近寄る。
「まて」
と、楽が止めた。
「そういうのは野暮ってやつだ」
そういって、彼はお茶を飲む。
「……」
秀は仕方ないと割り切り、疲れたのか地面に仰向けで倒れた。首だけを軽く横に振り、アストラルの反応を待つ。
「……うん」
彼女は手紙を読み終えたのか、封筒に入っていた状態に戻した。
「ありがとう、博衣さん」
呟き、虚空に向かい僅かに微笑んだ。
アストラルはもう一度頷き、視線を上げる。
「ありがとうございます。今代……いえ、楽さん。機会があれば、また」
「おう。今生だな。ま、一度目に出来ただけでも土産話にはなるか」
「あ? お前ら何言って……」
楽は立ち上がり、秀に向けて言い放つ。
「じゃあな、秀。また明日」
「あ、ああ?」
そのまま、家を出て行った。
「……?」
困惑。
一人取り残された感じだ。アストラルと一緒に見送った彼は、何が何だかわからずにいた。
当然だろう。何も説明されていないのだから。
「……アストラル?」
「どうしたの?」
答えた彼女は、秀のよく知っている少女その人だ。変わりないそのあり様に、少し安心感を覚えた。
『アストラル、我が説明しようか?』
先程まで黙り込んでいたエディアが口を開いた。
「いい。私がする」
「……そっか」
話を聞き終えた秀は、腕を組んで首を振った。顎を引いて小さく唸る。
「見つかると良いな」
複雑な気持ちだった。
「……うん」
彼女の話はこうだ。
つい一ヶ月前のことだ。彼女の父親……守護者の遺体が発見された。噂を聞いたアストラル博衣と呼ばれる人物と接触。依頼として、『黄金卿』の討伐をしに、ここ彼岸町まで訪れていたのだ。
彼女は依頼を果たした。
博衣は約束を守り、楽や他の調律師を経由して彼女へ文を送りつけた。
「……」
「……」
気まずい。
秀は目線を机に向ける。彼女が父親の居場所を把握した以上、ここに留まっている意味はない。それどころか今すぐにでも日本を出ていくだろう。
仕方がない。
(お父さんを探して、調律師になったんだもんな……)
彼女から聞いた理由を思い出す。
そもそもだ。
秀とアストラルでは住んでいる世界が違う。
調律師としてのアストラル。
ただの一般人の秀。
彼には力なんてない。強大な敵に立ち向かえる勇気もない。
目の前の少女は、命の恩人だ。
イスカトルに殺されそうになったところを、彼女が防いだ。彼女が居なければ、今頃彼はこの世に存在していなかっただろう。
「……じゃ」
彼女との縁は、ここで終わり。
これでいいのだ。
元より交わるべきではなかった。
元に戻る。たったそれだけだ。
前みたいに、過ごせばいい。
それの何が問題だ?
いいことではないか。
お互いの道を、進むだけだ。
調律師としての──
一般人としての──
彼女の事を忘れて、また明日を生きるだけだ。それだけの、簡単なこと。
だと言うのに、だと言うのに。
簡単なのに。難しくないのに。
嫌だった。
できなかった。
「またね」
彼女は立ち上がり、部屋を出ようと扉に手をかける。
「ああ」
「また、明日」
言い残し、彼女は家を去った。
(あし、た?)
夜。
時刻は午後9時半。夜飯を食べ、そろそろ就寝時間が迫るタイミング。
秀は、外にいた。
軽い運動目当てだ。
寒さに応えないよう、厚めのジャンバーを着る。
(久しぶりに、落ち着いて歩く気がする)
ここのところの夜は悲惨なものだった。
怪物に襲われるわ、仮面の男に不法侵入されるわ。散々だった。
今日こそは何も起こらないでほしい。
そう思い──
「初めましてですね。周防秀さん」
かけられた声を無視した。
少年は視線だけを動かし、
「聞こえない聞こえない」
とぶつくさ繰り返す。
(逃げるか)
タバコを吸っている、青い髪の少年。見た目年齢は秀と同じぐらいだろう。だが、その瞳の鋭さといったら、歴戦の猛者と言わんばかりの覇気を醸し出していた。
『天下蒼天』テスター。
「いや、敢えてこう言うべきか。──『知識』よ」
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