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『黄金卿』編
第20話 決着
しおりを挟む『行けるな? アストラル』
「……うん!」
彼女の瞳が、翡翠へと変化した。
ところどころ具現化した命力の糸で服が縫われている。深い鮮血の下は、彼女の色とは違う、深い緑色の皮膚。包帯みたいだ。
美しい金髪は靡き、深く、息を吸う。
「キサマ……! どうやって結界へ!?」
声を荒げ、焦るエルドラド。滲み、滴る汗は、痛みとともに勢いを増していく。
「馬鹿正直に答えると思う?」
はぐらかす敵。教える理由は無いし、必要も無い。無駄な知恵をつけられても困る。
(結界を解かれる前に仕留めたい……!)
槍を突きつけ、構える。
『黄金卿よ。我が主より、因縁に決着を』
その声に、はっ! としたのか、彼が咄嗟に叫んだ。
「キサマ、まさか『守護者の子』か!」
正体に気づかれた。──関係ない。
ただ、殺すだけ。コイツを殺して、私は……
(確かに、それなら納得がいく)
エルドラドは傷を修復しつつ、ザッと後退りし、彼女を注視する。今の彼は、不意打ちによって背中に大きな傷を宿していた。
(完全修復は……不可能、か。噂に聞いた翡翠。一体、どれほどの力を持つ?)
戦闘不能とまではいかないものの、かなりのアドバンテージではある。
傷を癒すための命力を消費した今、手負いの状態である彼女でも十分、戦える。評価をして、武器を握りしめた。
ここで、終わらせる。
「古の血を引く者よ。何故、キサマは戦う?」
問い掛けと同時、4本の槍がノーモーションで射仏された。彼女は一歩も引かず、前へと進む。一本が頬を掠った。
「我を倒し、使命を果たし、その先に、何を望む?」
大地を踏み締める。血は、未だ落下を始めていない。躱し、間合いを詰めた。
「オマエに答える節は──」
剛槍を叩きつける。ギィ、と軋む。
ボロボロの杖で受け止めた老人は、下半身に力を入れ、持ち堪えた。
エルドラドはその剛力に、僅かに眉をひそめ、
「歪むは空。伝うは色。爆発しろ──」
自身を巻き込む──
「無い!」
「虚数爆破!」
「来るぞ!! アストラル!!」
巨大な爆発を引き起こした。
「グッ!?」
『捨て身だと!?』
咄嗟に槍を変形させ、彼女を中心とした球体となる。だが、間に合わない。爆発の勢いは、完成しつつある球体のミクロな隙間を潜り抜け、ダメージを与える。
「ィ────────────!」
彼女の傷。その修復は完全なものでは無かった。あくまでも応急処置。素人によるその場しのぎなのだ。
多少、無茶な動きは可能でも……
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
爆発を耐え切れる程の耐久力は、持ち合わせていなかった。
「ほぅ……まだ、ゴホ! 生き残って……いるかの」
ゆらりと立ち上がるエルドラド。崩れ落ちたシルクハットから、焼けた瞳が覗く。
灼眼。燃え盛る焔そのものと思うそれは、焼き切れることなき罪。己が背負う業。
彼自身も、かなりのダメージを負っていた。
(奴の損傷が如何なものか不明な故、強硬手段を取らざる負えなくなった……か)
彼は本来、自爆などというリスクを背負わない。仕留めきれない可能性がある上、成功、失敗に関わらず自分にも莫大なダメージが伴う。ハイリスクローリターン。やる意味が無かったのだ。
だが、今回に限っては違う。
不意打ちで受けた傷が、思いのほか深く食い込んでいた。先程までの動きは不可能だと判断したのだ。回避は不能。だが、彼女の損傷具合が不明な状態である以上、確実に戦闘不能を取る手段が自爆以外に無かったのだ。
「は、ぁ! エル……ド……ラド!」
同じく、ギリギリで持ち堪えたアストラル。エディアの支えが無ければ倒れ伏していただろう。力無く、だが、目一杯。
連戦によって、お互いの命力は底をつきかけていた。猛者達は気づくだろう。
次が、最後だと。
間合いは5メートル。
『持つか?』
「大丈夫」
短く、そして鋭く頷く。
「幕引きよ。キサマを喰らえば、さぞ命力も回復しきるだろう」
杖は爆発を受け、木っ端微塵になった。だが、エルドラドの手には、鋭い金属が握られている。
(行く。勝つ。託されたんだ!)
目一杯、命力を脚にこめる。最後の一撃。これを外せば、後はない。覚悟はできた。した。したんだ。必ず当てる、逃がさない。
「その挑戦、応えよう。守護者の子──」
金属の棒に、命力を籠める。挑戦者は彼方。此方は迎える。なれば、なれば。
この世界の主人として、飢餓として、この一撃を、喰らわせよう。
「──アストラルよ!」
跳ぶ。
たかが5メートル。彼女にとってはゼロ距離に等しい。抉れる地面。揺らぐ真空。
音速を超え、神速を超え、エディアを叩き込む!
「オオ!」
「ハァ!」
──一閃。
静寂が流れる。風は無い。雨は無い。音は無い。ただひたすら、時間が止まったと勘違いしそうな刹那─────────。
「────────────見事」
カラン。地面に落とした武器は、術式が保てず、ほどけたように消滅した。
見ろ。射抜かれたのは、心臓だろうか。オロオロしく胸に手を当ててみる。
「認めよう」
ドクンドクンとなっていたそれから、僅かな風を感じた。
「いつかまた、久遠の彼方で」
満足そうな顔をする。黄金卿はその肉体の崩壊を悔やんでいない。戦いで死ねたのだから。
結界が崩れる。空がジリジリと音を鳴らし、ノイズが走った。量が時間経過で大きくなるのにつれ、夜空が黄金を塗りつぶしていく。
決着は、ついた。
「私の勝ちだ。エルドラド──」
そう言って、彼女も倒れた。
「……相打ちか?」
ラセツはただ、眺めることしかできなかった。倒れた彼女を助けることも、黄金卿の死体を確認することも、できなかった。
悔しいが、どうしようもない。歯を食いしばり、拳を握った。
彼岸山から2キロ。
市街地を駆けて、激戦を繰り広げていた2人の、脚が止まった。
「終わったようですよ。あちらは」
結界の崩壊は進行形。本来なら、今すぐにでも向かうべきなのだろう。だが、今自分が追っているのは、最強と呼ばれた飢餓。かつての大戦、英雄その人だ。
ここで逃すには、余りにも惜しい。
「そうね。なら、私は帰りましょうか」
「ええまぁ、そうして頂けると幸いです。一応聞いておきますが、目的は達成できましたか?」
一戸建ての三角屋根の上で、彼女は微かに腕を組んで考えた。と言っても、最初から答えは決まっている。
「ええ。最期までまったく……。まぁ、お疲れ様、エルドラド」
遠くの誰かに、呟いた。
蹄を翻す彼女に、彼は構えつつ云う。
「赤い罰。黒風にヨロシクと伝えて下さい」
「いいでしょう。では、いずれまた」
彼女もまた、夜の帷の中に溶けていった。
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