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49:たとえ見えなくても(4)
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「よし。これでこの話はおしまい! お兄ちゃんももう何も言わないで!!」
「はーい。おとなしく続きを描きます」
亜紀くんは鉛筆を握った。
山神さまの話を信じるならば、とにかく悠紀くんが西側の階段を使わなければ災厄は回避される。
だったらそれでいい。
万が一にも悠紀くんが西側の階段を使わないよう、目を光らせておこう――私は固く心に誓った。
「なあ悠紀、これでいい?」
しばらく絵を描いていた亜紀くんが完成した絵を悠紀くんに見せた。
「ああ」
「……これ、ただの黒いマリモじゃね? オレが描き直す意味あった?」
亜紀くんが描いた絵は悠紀くんが描いたものと大差なかった。
電柱の横に浮いているのは、直径三十センチほどの巨大マリモ。
そうとしか見えないあやかしだった。
「いや、でも、事実そうとしか見えなかった」
「こんなの見ても面白くないんじゃねえかな……」
自分の描いた絵を見つめて、亜紀くんはぼやいた。
「そんなことないよ。これが悠紀くんの見た景色、そのままなんでしょう? お兄ちゃん、描いてくれてありがとう」
「ああ。でも、もう止めにしていい? さすがに疲れた」
亜紀くんは鉛筆を握っている右手をぷらぷらと振った。
「うん。本当にありがとうね。ねえ悠紀くん。このスケッチブック、もらってもいいかな?」
私は鉛筆を置き、すっかり温くなってしまったであろうコーヒーを飲み始めた亜紀くんにお礼を言ってから、悠紀くんに顔を向けた。
「いいけど。なんで?」
「これがあれば、私にも悠紀くんが見てきたあやかしがわかるでしょう?」
私は悠紀くんからスケッチブックを受け取って、大事なものを抱くようにそっと胸に抱いた。
「正直に言うと、私、神谷さんが羨ましいんだ。だって、私には何も見えない。どんなに頑張っても、私が悠紀くんと同じものを見て、同じ世界を共有して、共感できることは絶対にないんだもの。神谷さんは悠紀くんの理解者になれるけど、私はそうじゃない。それが、ちょっとだけ悲しくて……寂しいんだ」
三駒高校の図書室であやかしが出てくるライトノベルを読んだことがある。
ヒロインはあやかしが見える少女で、その恋人役もまたあやかしが見える少年。
二人はあやかしに関わる事件を解決しながら絆を深め、最終的に結ばれる。
そんなありふれた、よくあるストーリー。
もしも悠紀くんが物語の主人公なら、ヒロインは私ではない。
悠紀くんと同じ世界を共有できる神谷さんだ。
何も見えない凡人である私は、ヒロインにはなれない。舞台にすら上がれない。
もし悠紀くんがあやかしのせいでピンチに陥ることがあったとしても、私は気づくことすらできない。
神谷さんだけが異変に気づいて現場に駆け付けることができる。
私が事件を知るのは何もかもが終わった後――想像するだけで憂鬱になり、ため息が口から洩れた。
悠紀くんと神谷さんはこれまでどんな会話をしてきたのだろう。
中庭のベンチに座り、二人にしか見ることのできない山神さまを見上げて「あの蛇の目は宝石みたいに綺麗だね」とか言ったりしてたんだろうか。
いいなあ……羨ましい。
どうして私には見えないんだろう。
悠紀くんに神谷さんという理解者がいるのは喜ばしいことだというのに、心の底から祝福できない自分が情けない。
俯き加減に髪を弄っていると、悠紀くんが言った。
「戸川さんだって俺の理解者だろ」
「え?」
私は髪を弄るのを止めて顔を上げた。
悠紀くんは呆けている私を見つめて、淡々と言った。
「神谷さんは見えるから当たり前のこととして認識できるけど、戸川さんは違う。見えないのに俺の言葉を信じてくれてる。一度だって俺を馬鹿にすることなく、真剣に耳を傾けて、俺の心配までしてくれた。そっちのほうがよっぽど凄いし、嬉しい」
「……私、見えなくても悠紀くんの力になれてるかな」
窺うように問う。
「当たり前だろ」
なにをいまさら、といわんばかりの口調だった。
「そう……。だったら嬉しい」
微笑む。
たとえあやかしが見えなくても、理想のヒロインにはなれなくても。
悠紀くんの支えになれているというなら、こんなに嬉しいことはなかった。
「はーい。おとなしく続きを描きます」
亜紀くんは鉛筆を握った。
山神さまの話を信じるならば、とにかく悠紀くんが西側の階段を使わなければ災厄は回避される。
だったらそれでいい。
万が一にも悠紀くんが西側の階段を使わないよう、目を光らせておこう――私は固く心に誓った。
「なあ悠紀、これでいい?」
しばらく絵を描いていた亜紀くんが完成した絵を悠紀くんに見せた。
「ああ」
「……これ、ただの黒いマリモじゃね? オレが描き直す意味あった?」
亜紀くんが描いた絵は悠紀くんが描いたものと大差なかった。
電柱の横に浮いているのは、直径三十センチほどの巨大マリモ。
そうとしか見えないあやかしだった。
「いや、でも、事実そうとしか見えなかった」
「こんなの見ても面白くないんじゃねえかな……」
自分の描いた絵を見つめて、亜紀くんはぼやいた。
「そんなことないよ。これが悠紀くんの見た景色、そのままなんでしょう? お兄ちゃん、描いてくれてありがとう」
「ああ。でも、もう止めにしていい? さすがに疲れた」
亜紀くんは鉛筆を握っている右手をぷらぷらと振った。
「うん。本当にありがとうね。ねえ悠紀くん。このスケッチブック、もらってもいいかな?」
私は鉛筆を置き、すっかり温くなってしまったであろうコーヒーを飲み始めた亜紀くんにお礼を言ってから、悠紀くんに顔を向けた。
「いいけど。なんで?」
「これがあれば、私にも悠紀くんが見てきたあやかしがわかるでしょう?」
私は悠紀くんからスケッチブックを受け取って、大事なものを抱くようにそっと胸に抱いた。
「正直に言うと、私、神谷さんが羨ましいんだ。だって、私には何も見えない。どんなに頑張っても、私が悠紀くんと同じものを見て、同じ世界を共有して、共感できることは絶対にないんだもの。神谷さんは悠紀くんの理解者になれるけど、私はそうじゃない。それが、ちょっとだけ悲しくて……寂しいんだ」
三駒高校の図書室であやかしが出てくるライトノベルを読んだことがある。
ヒロインはあやかしが見える少女で、その恋人役もまたあやかしが見える少年。
二人はあやかしに関わる事件を解決しながら絆を深め、最終的に結ばれる。
そんなありふれた、よくあるストーリー。
もしも悠紀くんが物語の主人公なら、ヒロインは私ではない。
悠紀くんと同じ世界を共有できる神谷さんだ。
何も見えない凡人である私は、ヒロインにはなれない。舞台にすら上がれない。
もし悠紀くんがあやかしのせいでピンチに陥ることがあったとしても、私は気づくことすらできない。
神谷さんだけが異変に気づいて現場に駆け付けることができる。
私が事件を知るのは何もかもが終わった後――想像するだけで憂鬱になり、ため息が口から洩れた。
悠紀くんと神谷さんはこれまでどんな会話をしてきたのだろう。
中庭のベンチに座り、二人にしか見ることのできない山神さまを見上げて「あの蛇の目は宝石みたいに綺麗だね」とか言ったりしてたんだろうか。
いいなあ……羨ましい。
どうして私には見えないんだろう。
悠紀くんに神谷さんという理解者がいるのは喜ばしいことだというのに、心の底から祝福できない自分が情けない。
俯き加減に髪を弄っていると、悠紀くんが言った。
「戸川さんだって俺の理解者だろ」
「え?」
私は髪を弄るのを止めて顔を上げた。
悠紀くんは呆けている私を見つめて、淡々と言った。
「神谷さんは見えるから当たり前のこととして認識できるけど、戸川さんは違う。見えないのに俺の言葉を信じてくれてる。一度だって俺を馬鹿にすることなく、真剣に耳を傾けて、俺の心配までしてくれた。そっちのほうがよっぽど凄いし、嬉しい」
「……私、見えなくても悠紀くんの力になれてるかな」
窺うように問う。
「当たり前だろ」
なにをいまさら、といわんばかりの口調だった。
「そう……。だったら嬉しい」
微笑む。
たとえあやかしが見えなくても、理想のヒロインにはなれなくても。
悠紀くんの支えになれているというなら、こんなに嬉しいことはなかった。
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