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決着

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 その聞き覚えのある声に俺は喜色を浮かべた。
 廃工場の入り口に仁王立ちの女性、その傍らにボコボコの男2人。
 恐らくその男たちをボコボコにしたであろう女性は――――白雪部長だった。

「白雪部長!? どうして!」

「おい古坂。何悲しい事を言ってくれる。部下のピンチを助けるのが上司の役目だ。てか、お前から連絡があった癖に何を言ってるんだ」
 
 そう。俺はここに来るタクシーの中で一度会社に連絡をしていた。
 内容は、凛が大平清太に襲われていること。その報告を受けた時の部長の驚きは電話越しでも伝わった。
 だが俺がその後に言ったのは、別に助けが欲しいって事ではない。
 これから俺は、屑野郎をぶん殴りに行く、最悪警察に捕まるかもしれない。
 会社には迷惑を掛けたくない。だから俺を今すぐクビにしてくださいと頼み込んだのだ。部長が答える間もなく俺は電話を切った。

 部長はボロボロの男たちを放置して、俺の所に闊歩して近づき、思いっきり拳骨する。

「痛っ!?」

 拳骨された部分を摩りながら俺は驚くが、白雪部長の表情は不機嫌そのものだった。

「お前な、一丁前に会社に迷惑を掛けたくないからクビにしてくれって言うが。そんな事が世間に通じるわけがないだろ! お前が警察沙汰になったらクビにしてようとしてなくても迷惑かかるわ、馬鹿!」

「す、すみません!」

 確かに俺の考えは浅はかだった。
 凛が襲われているから冷静さを欠いていての発言だったが、何も言い返せない。
 
「てか白雪部長……部長がボコボコにしたと思われる男たちは……?」

「ああ、こいつらか? 何か私を見るなりセクハラ発言をしてきたからお仕置きしたまでだ」

 お仕置きなんて言葉で済むのだろうか、どちらかと言うか折檻レベルの負傷だ。
 
「こいつら以外にも外に何人か男はいたが、そいつらは全員、警察のお縄になっているよ」

 部長が立てた親指で差した方を見ると、外にはパトカーが何台か止まっていて、警察に男たちが身柄を捕らえられていた。
 こいつらが大平清太が言っていた仲間たちか?
 別に遅刻していたわけじゃなくて、全員警察に捕らえられたのか、内2人は部長によって負傷しているけど……。
 この警察は部長が通報したのか……出来れば、警察の手を借りずに自分で解決したかったけど、自惚れだったか。

 部長は肩を落す俺にため息を吐きながら、俺の横を通り。

「貴様が今回の首謀者の大平清太か? 貴様と会うのは今回が初めてだから自己紹介してやる。私は貴様の取引先の1つデリス食品の営業部長、白雪穂希だ。短い間だが宜しく頼むよ」

 流石男性よりも力強い白雪部長。野郎相手に毅然な態度だ。

「テメェか、警察を呼びやがったのは!」

「そうだが? 当たり前だろ。事件性があるのなら国家権力を使うのなんて」

 身も蓋もないが自分たちで解決しようと自惚れた俺達にとっては痛い一言だ。

「それにしてもよくもまあ、好き勝手してくれたな馬鹿孫。貴様は自分が罪を犯しているという自覚はないのか?」

「黙りやがれ! テメェ、デリス食品って言ったよな。俺にここまでするとか覚悟は出来てるんだよな!?」

 この期に及んで強気の態度の大平清太だが、俺も予想外の人物の登場にその表情が一気に瓦解する。

「覚悟は出来ているとは、どういう意味だ、清太」

 入口の影から現れた聡明な顔立ちとしたご老人。その人って……。

「な、なんで……爺ちゃんがいるんだよ」

 そうだ。この人は『オオヒラスーパー』初代社長、大平源次郎。大平清太の祖父じゃねえか。

「なんでオオヒラの社長が……。確か出張に行っているはずじゃ……」

 俺が朝電話した時は社員に社長は出張中と聞かされていた。
 行先は何処かは聞いていないが、出張中の人がどうしてこんな所に。

それに答えてくれたのは白雪部長だった。

「オオヒラの社員が事実確認の為に社長に一報を入れてくれてたんだ。社長に取ったら驚天動地だったかもな。自分が知らない間に最も根深い繋がりのデリス食品うちと契約が打ち切りになっているんだから。それを聞いた後に出張先の仕事を中断して戻って来てたんだ。古坂が私に報告をしてくれただろ? あの時社長も私の隣に居たんだ」

 そうだったのか……。
 正直予想外の人物の登場だったけど、渡りに船で助かった。

「清太、今一度問うぞ。これはなんだ?」

 大平社長は逮捕される男たち、そして俺や凛を見渡し孫である大平清太に問いかける。
 奴は祖父の登場を未だに呑み込めてない様で言葉を尻込みしていたが、

「じ、爺ちゃん聞いてくれよ! こいつらが言い掛かりを付けて来たんだ。外にいる奴らは万が一の為に待機していた奴で、決して悪い奴では!」

 崖っぷちにも関わらず嘘を並べるコイツの胆力に見兼ねる。
 大平社長は孫の第一声が謝罪じゃない事に心底落胆した様子で。

「この期に及んでくだらん嘘を吐きおって。貴様はワシたちが今丁度来たと思っているのか?」

「…………え?」

 本気で思っていたのか間抜けな声を漏らす大平清太。

「私たちは古坂の報告を受けてから直ぐに現場に向かったよ。そんで、外にいる奴らを取り押さえた後、お前たちの会話をバッチリ聞いていたぞ」

「そうだ。貴様が恥ずかしげもなく彼らを侮辱した事、そして世間に顔向けできない事を赤裸々と叫んでいたとこ、貴様の本性を全て、この目と耳で知っておる! 馬鹿者が!」

 大平社長の一喝で大平清太の表情は絶望一色になり項垂れる。
 …………これは、決着が着いたか。

「そう言えば白雪部長。どうしてここが分かったんですか? 俺は場所を教えてないはずですし、俺みたいに電話越しの情報とか無かったはずですが?」

「おい古坂。まさかお前知らなかったのか? 社員に配られる仕事用の携帯は常に探知できるようにGPS機能が備わっているんだぞ。それを使えばお前たちの居場所なんて直ぐに見つかるわ」

 …………マジで? 全然知らなかったんだけど。

「……という事は、それを使えば凛が何処にいるのか直ぐに分かったってことですか!?」

「まあ、見る権限は部長や課長しかないが、説明していなかったけ?」

「してないですよ! うわぁ……なんか必死に場所特定に頭を使った事が無駄に思えてきた……」

 事件が解決した事で気が緩んだのか、別の事で落胆する俺。
 そして完全敗北をして地面に項垂れる大平清太を祖父である社長が見下ろし。

「ワシはお前を甘やかし過ぎたみたいだ。真面目に過ごしていると思っていたが、裏ではこの様な事をしていたとは……何処で道を踏み外したんだ」
 
 大平社長の諫めに大平清太は無言で俯くだけ、そして社長は穴が空いた天井を仰ぎ。

「貴様はとんだ恩知らずだな。この様な馬鹿げた事で貴様の命の恩人であるデリス食品に仇で返すとは」

 どういう意味だ、とここにいる全員が困惑する。
 大平清太もそうで、俯いていた顔を社長へと見上げる。

「お前は幼少期から体が弱く、高校2年に成った頃、お前は大病を患った。幸いにもその病気には治療法があり、治る可能性があった。だが、治療費は膨大で、当時お金を持っていなかったワシたちは半ば諦めていた。そんな中、治療費の援助をしたのが誰か知っているのか?」

 社長はそう言って目を俺達の方へと向けた。その視線と言葉で俺はその誰かなのか察した。

「デリス食品の社長、青葉茂だぞ」

「………………なっ!?」

 俺も忘れていたが、当時の事を思い出した。
 あれは、俺が入社して半年過ぎた頃に、青葉社長が俺達の所に土下座した事があった。

『親友の所の孫が病気を患い、治療費が必要なんだ。俺はその治療費を援助したい。だが、俺にも金がない。皆には申し訳ないが、会社の金を少し使わせてくれ、頼む!』

 と涙ぐみながらに懇願する青葉社長の姿が脳裏に蘇る。
 青葉社長は騙されているのかもと怪しんだ者もいたが、人命がかかっているという事で俺達は快く了承した。あの時少し会社が傾きかけたけど、俺達の努力で何とか保たれたんだよな。
 そうか、あの時話していた孫が、大平清太だったのか……。

「おかげでお前の病気は治った。そして、それから数年後にワシが開いた小売事業も景気が乗り、生活に余裕ができ始め、援助して貰った治療費も返す事が出来た。そして、その恩に報いる為にワシはデリス食品と取引を結び、良好にして来たのに、お前は!」

 大平社長は大平清太の胸倉を掴み持ち上げる。
 そして怒りに震える瞳で孫を睨み。

「勝手な独断で取引を打ち切り、剰えその社員を襲うとは! いや、彼女だけではない、多くの者を傷つける様な愚かな事をしておって、この馬鹿者が!」

 大平社長の中に幾つもの感情がひしめき合っているだろう。
 孫を大切にしている社長にも擁護したい気持ちはあるだろうが、それを覆い隠す程に、孫が犯罪に手を染め、孫と自身の恩人である者達を裏切ったことへの絶望と怒りがあるのだろう。
 もし、この場に俺達がいなければ、社長自らの手で孫を殺しかねない程に、その顔は怒りに染まっている。
 
 そして大平清太も、知らなかったのか、自身が助かる切っ掛けを与えてくれた俺達の会社を裏切ったことへの自責の念か、涙を流し。

「ご、ごめんな……さい……う、うわぁああああああ!」

 懺悔する奴の叫びが、廃工場に響き渡る。 
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