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連れ子と実子

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 康太さんとお母さんは30年来の恋が実り結婚した。
 2人の間には愛の結晶である子宝にも恵まれ、私達に新しい家族が増えた。
 
 私鈴音も、編入試験が受かり無事学生に戻った。
 そして1年が経過した頃、私は……家族間に違和感を覚えていた。

 学校を終えた私は、早足で家に帰宅をした。一早く、康太さ……お父さんに報告がしたくて。

「ねえお父さん! 私やったよ! 期末試験の数学と現代文100点だった! 先生からも総合的に大学受験も大丈夫だろうって褒めてくれたんだ!」

 私は得意な数学と現代文のテスト用紙を広げて報告するけど……お父さんからの返答はなかった。
 リビングにいるお父さんの腕には、シャボン玉の様に儚げだが愛おしく眠る子供がいた。お父さんとお母さんの間に産まれた私の弟だ。
 
「おーよしよし。本当に可愛いな。ほら~お父さんだぞ、お、笑ってくれた」

 幸せそうに微笑むお父さん。その笑顔を私に向けたのは……いつが最後だったか。
 
「お、お父さん! 私ね、学校のテストで100点取ったんだよ! 凄いでしょ!」

 私は諦めずにお父さんの正面に立って報告した。だが……お父さんから向けられたのは不機嫌な顔だった。

「うるせえぞ鈴音。○○が泣いちまうだろうが、黙って部屋に行ってろ」

 煙たがるように私を邪険視するお父さんの目が私の心を抉る。
 初めて出会った時の、あの優しそうなお父さんは……何処に行ったの。

「なんでお父さんは、私にそんなに冷たいの! 弟が生まれてから、私を邪魔者扱いして! 私だって、お父さんの娘なんだよ!」

 訴えかける様に叫ぶ私だが、返って来たのは強い舌打ちだった。

「娘って言っても、お前と俺とでは血が繋がってねえだろうが。俺にとって子供はコイツだけだ。だから鈴音——————お前は邪魔なんだよ、だからさっさと出て行ってくれないか?」

 縋る私を最大限の拒絶で返したお父さんに……私は絶望に染まり。

「嘘だ……嘘だ……う、うわぁあああああああ―――――――――」

――――――――――――――――
―――――――――――
――――――――
――――――

「うわぁああああああああ!」

 絶望の闇に染まりつつあった私の意識は、映像が切り替わった様に現実に呼び戻された。
 飛び跳ねる様に上体を起き上らせた私は周囲を見渡すが……ここは、私の部屋だ。

「鈴音! どうしたのいきなり大声を出して!?」

 扉が開かれて入って来たのは血相をかいたお母さん。
 
「お母……さん? お、弟……は?」

「弟? 何を言ってるの鈴音。貴方には弟はいないでしょ? 私の子供は貴方しかいないんだから」

 それってつまり……今のは、夢?
 私には弟が居なくて……まだお母さんたちは、結婚をしていない。

「凄い汗じゃない鈴音。どうしたの? 何か嫌な夢でも……」

 お母さんはそう言いながら私の首元をタオルで拭う。
 季節は秋ごろで夜もそこまで熱くないはずなのに、ここまで汗かくなんて……悪夢を見た所為での寝汗なのか……。
 心配そうに私を見つめるお母さんに私は作り笑いを浮かばせ。

「なんでもないよお母さん。嫌な夢って言っても、全然覚えてないから。本当に、何の夢を見ていたんだろうね、私」

 ハハッと誤魔化す様に笑う私だが、お母さんの心配そうな顔は変わらない。

「本当に大丈夫なの? お母さんと一緒に寝る?」

「もう、子供じゃないんだから大丈夫だよ。てか、まだ夜中の3時じゃん。まだ寝れる時間があるんだから、お母さんはさっさと眠りに戻って」

 う、うん……と私に言われてお母さんは自室に戻っていく。
 お母さんを終始作り笑いで見送った私は、部屋の扉が閉じたと同時に糸が切れた様にベットに横たわる。

「夢……だったんだ、あれは……。良かったぁ……」

 私は先程まで観ていた物が夢だったとして安堵で涙が流れる。
 お母さんには夢の内容を忘れたと言ったが嘘だ。本当は鮮明に覚えている。残酷にも。

「なんで……あんな夢を見たのかな……」

 白々しく言う私だが、心当たりが1つだけあった。
 私はスマホを手に取り、電源を付ける。画面は開いていた記事のままだったから、捜査せずにその原因を見る事が出来た。

 昨晩私は、ある不安に駆られてネットで検索をかけた。その検索ワードは

『親、再婚、連れ子、実子——————差別』

 私が見たのはまとめサイトだけど、どちらかというと質問箱にあった質問と回答を抜き取った内容で、そこにはこんな事が書いてあった。

『Q.私には前の旦那との間に授かった娘がいます。そして最近初婚の男性と再婚をしました。再婚する前から現主人は娘の事を我が子の様に可愛がってくれて、娘も現主人に懐いていました。再婚してから3年後の今、私は現主人との子供を授かりました。ここで質問です。連れ子と実子でやっぱり差別はあるのでしょうか?』

 それに対して、

『A.やっぱり少なからずあると思います。血の繋がりは本能的な物ですから』

『A.私の知り合いに同じ様な状況の人がいますが、やっぱり差別はあるようです。旦那的にはしてないと言いますが、恐らく無意識に連れ子と実子を差別していると思われます』

 など。匿名だからか本当か不安を煽る為かは分からない返答をしているが、私を不安にさせるのには十分だった。

「ありえないよ……。だって、康太さんはあんなに優しい人なんだよ? だから、もしお母さんとの間に康太さんの血が繋がった子供が出来ても、私の事を愛してくれるよ……。大丈夫……大丈夫なはずなのに……なんで、こんなに怖いの……」

 私は信じたい気持ちと不安の狭間に心を揺さぶられ声を潜める様に、泣いた。


 結局私はその後一睡もできる事なく、朝を迎えた。

「鈴音。なんか眠そうだけど、あの後はしっかり眠れたの?」

 自室に戻ったお母さんはしっかり眠れたようで、瞼を重くしている私にそう尋ねる。

「全然」

「どうして?」

「漫画が面白過ぎて」

 眠たいからか私は素っ気なく嘘を返してしまった。ごめんお母さん。
 だがお母さんは特に気にも留めてない様で、

「もう。後少ししたら編入試験があるんだから、しっかり勉強はするんだよ」

 そう言えば1か月後に編入試験があるんだった。
 だけど私が決めた高校は前の高校と比べると偏差値も低くて、正直あまり勉強しなくても受かるレベルだ。まあ、慢心せずに復習はしとくけど。

 私が朝食で出されたハムエッグを頬張っていると、お母さんが対面して座り。

「そう言えば鈴音。今日の昼なんだけど、こーちゃんからご飯を誘われているんだけど、鈴音が良かったら行かないかな? こーちゃんも鈴音が来てくれると嬉しいって言っているし」

 こーちゃん……康太さん。その名前を聞いた時、私の心臓は強く跳ねる。
 私はあの悪夢を思い出して、一瞬吐きそうになったけど、グッと堪える。

「鈴音?」

「ううん。なんでもないよ、大丈夫。てかいいの? 普通こういうのって2人キリでイチャイチャするんじゃないの? なら、私が居ても邪魔者になるんだから、2人で楽しんでこれば? あ、お金は頂戴ね、弁当でも買うから」

 自分で言ってて自滅する様に胸が締め付けられる。
 私は……2人にとって邪魔者になるのかな……。
 
 揶揄い気味に言う私に、お母さんはムッと眉を寄せて。

「何を言ってるの鈴音。鈴音は私の大事な娘、そして、将来はこーちゃんの娘になるんだから。家族なんだから、邪魔者なんて思うはずがないよ」

 お母さんの言葉に私のモヤモヤが僅かに晴れた。
 ……そうだよね。私はお母さんとは血が繋がっている。お母さんが私を邪険に扱う訳がない。
 だけど、もし……自分の初恋の人でもある康太さんとの間に子供を授かったら、本当に、そう思い続けてくれるのかな? なんせ私は……お母さんが憎くて溜まらない、元教師の血を持っているんだから。

「鈴音、どうしたの? 箸が止まっているけど……本当は気分でも悪いんじゃないの? なら、昼まで寝てても」

 私の態度を不審に思ったお母さんが声をかけてくれるが……私は箸を机に置き、お母さんに質問する。

「ねえ、お母さん……。お母さんはさ、康太さんの子供、欲しかったりするの?」

「ぶふぅうううううう!」

 丁度味噌汁を飲んでいる時にそんな質問をした所為で、味噌汁を吹き出すという古典的な驚き方をするお母さん。ゴホッゴホッとと咳き込んだあと、顔を赤くしたお母さんがバンと机を叩く。

「な、なんて質問をしているの鈴音、いきなり!」

「それで、どうなの?」

 娘からのとんでもない質問に狼狽するお母さんに私は平静のトーンで返す。
 私が真面目に聞いているのを察したのか、お母さんは椅子に座り直し、そして恥ずかしそうに。

「そ、それは、ね……こーちゃんが求めてくれるなら、こーちゃんとの子供を作るのはやぶさかじゃないけど……って、何娘相手に恥ずかしい回答を言わせるのよ!」

 康太さんが求めれば……なんて言うけど、お母さんは康太さんとの子供が欲しいはずだ。
 当たり前だ。相手は30年来の初恋の相手だ。女性なら本能的に欲しがっても不思議じゃない。
 だけど、もし……2人の間に子供が生まれたら、あの悪夢が正夢に……。
 絶対にありえないという未来に不安を募らせる私は、無意識に口が開き。

「私は…………嫌だな」

「鈴音……今、なんて言ったの?」

 お母さんの声に私はハッと我に返る。

「お母さん……今私、なんて……?」

「いや、声が小さくて聞き取れなかったけど、自分で言ってて分からないの?」

 どうやら私の呟きはお母さんに届いていなかったようだ。良かったと思うが、私は居た堪れなくなってそそくさに食器を集める。

「少し残すけどごめん。私、今日はずっと勉強するから、昼食はお母さんたちだけで言って来て!」

 私は誤魔化す様に食器を台所に置いてリビングを出た。
 背中に「鈴音!」とお母さんの呼び声が聞こえたけど、私はそのまま自室に籠った。
 自室に戻った私は、毛布に包まい身を縮める。そして、自己嫌悪に陥り呟く。

「私……最低だ」

 昨日まではお母さんと康太さんとの付き合いを心の底から祝った。
 優しい康太さんが憧れお父さんになってくれるのではと本当に喜んだ。
 だけど、今の私は……2人の付き合いを、心の底から祝う事は出来なくなっていた。
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