俺の最強のゲームアカウントが乗っ取られた話。

ひがらく

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一章

【13】悪役令嬢の沙汰 2

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 俺がエスコートしているのは、オーバン家の伯爵令嬢――アリネ嬢だ。
 亜麻色の髪に、素朴な印象の可愛らしい少女。そして彼女はあの王子の想い人でもある、今回の舞踏会の重要人物だ。
 
 王都学園では、卒業する生徒がパートナーを選び、ともに舞踏会へ参加する決まりがある。相手は友人でも恋人でも家族でも構わない。
 
 もちろんアリネ嬢も当然誘われていた。件の第三王子、レオニス殿下から。だが彼女は婚約者を差し置いては失礼にあたると、何度誘われても断ったと言う。
 あの下心丸見え王子――ユリシャスがさきほど口走っていたのを思い出す。
 
「アリネ嬢、疲れましたか? 少し休みます?」
「えっ、あ、だ、大丈夫です……! すみません、私なんかに付き合わせてしまって……」
「俺のことは気になさらないでください。あなたを護衛するのが、今夜の俺の役目ですから」
「……ありがとうございます」
 
 本来、貴族同士の揉めごとに冒険者協会が介入することはない。だが、その一人がプレイヤーである以上、その尻ぬぐいは同じプレイヤーの俺たちに回ってくる。

 公爵令嬢、シエンヌ・ルヴェール。
 彼女はフィリク殿下の弟君、レオニス殿下の婚約者であり、バレトゥーム帝国の王族の血を引く者。しかも珍しいことに、「生い立ち持ち」のプレイヤーだった。しかし学生時代から度々トラブルを起こしており、冒険者協会からも目をつけられているとのこと。
 
 一方の第三王子、レオニス・トゥルバリオ・アモイラは、王子の中でも問題児との噂がある。幼い頃は優秀だったらしいが、学園に入ってアリネ嬢と出会ってから盲目的になってしまったらしい。婚約者がいるにもかかわらずアリネ嬢に一方的な好意を寄せ、猛アタック。その結果、婚約者はアリネ嬢に嫌がらせの数々を働き、関係は泥沼に陥ったと言う。
 
 まるでどこかで聞いたことのある「悪役令嬢」の物語のようだ。
 当の本人たちはまだ十五、十六の年頃。思春期真っただ中の、まだ子どもとも言える若者たちだ。物事を見定める視野はまだ未熟で、恋愛沙汰に必死になってしまうのも理解できなくはない。

「それよりもこんなおめでたい場に年上の俺がエスコート役なんて、窮屈な真似をさせてしまってすみません」
「そ、そんなことは……!  ヤシュ様は、その……とてもかっこよくて、素敵な方です……!」

 「その白狼の仮面も、とてもお似合いです」と、恥じらうように言葉を添えた彼女は、頬をほんのり赤く染めていた。
 初対面だが、アリネ嬢はとても素直で愛らしい少女だった。素朴で、けれど細やかな気配りができる。レオニス殿下が惹かれるのも、なんとなくわかる気がした。

「実は俺、こういうかしこまった場は苦手でして……」
「そうなんですか? そうは思えない立ち振る舞いですよ。ふふっ」
 
 彼女の笑い声に、張りつめていた空気がふっと和らぐ。
 どうやら、自分の姿はこの場にそれなりに馴染んでいるようだ。
 
 礼服も仮面もユリシャスが用意してくれたものだが、着慣れない正装の重みに肩の力は抜けない。身体にぴたりと沿う白の礼服には、胸元から袖口まで銀糸の刺繍が施されている。飾り気はないが、目を引く品格がある。軽やかに見えて、実のところ動きづらいのが欠点だが。
 仮面は白狼を模したもので、彫刻のようにシャープな造形。視界がやや狭まるが、しっかりと作り込まれている。
 髪もスキンで白く染め、耳上から複雑に編み込んで後頭部に流している。前髪もすっきりと整えられ、清潔感のある仕上がりだ。

 鏡で自分の姿を確認したとき――自分とは思えないほど整った美男子が立っていて、そのあまりの変貌ぶりに思わず二度見してしまった。
 
 自分の顔に特別な自信があったわけではないが、こうも印象が変わるとなると、日頃のスキンケアくらいはちゃんとすべきかもしれない、とすら思ってしまった。
 
 そして何より、アリネ嬢の反応や、ホール内からちらりと感じる視線の多さからしても――どうやら、俺の真っ白なこの姿は少なからず目を引いているらしい。
 ユリシャスが言うには、その「目立ち」も牽制にはなるらしいが、人の視線を浴びることには慣れていないため、あまり居心地は良くない。

「何か飲み物でもとってきましょうか」
「あ、そうですね。私も――っ!」 

 そのとき、鋭い視線が突き刺さった。

 そちらへ顔を向けると、銀髪の少女がこちらを、いや、アリネ嬢を鋭く睨みつけていた。豪奢なドレスを身にまとい取り巻きの令嬢たちに囲まれているその姿は、まさしく公爵令嬢シエンヌ・ルヴェールその人。
 アリネ嬢はその視線に気づいたのか、わずかに肩をすくめて縮こまる。俺は彼女をかばうように、さりげなく間に立った。

「大丈夫ですか?」
「あっ、はい……」
「随分と勇ましいお嬢さんですね」
「以前は、こうではなかったんです。お姉さま……シエンヌ様は、とてもお優しくて、でも今は……」

 王子が現れてから、友人関係が壊れたということか。可哀想だ。

「ひとまず、フィリク殿下へご挨拶に向かいましょうか」

 アリネ嬢は小さく頷き、俺はその小さな手を取ってホールの中央、殿下のもとへと導いた。

 この舞踏会を取り仕切っているのは、フィリク殿下本人だ。本来であればテネス公が務めるはずだったらしいが、今回は殿下が代理を務めているという。
 
 卒業生たちは順に殿下へ挨拶をしていく。これが毎年の通例行事であり、その後に本格的なダンスが始まると聞いている。

 フィリク殿下は深い藍色の礼服に身を包んでいた。胸元には王家の紋章をかたどったブローチ。全身に施された金の装飾が、王族としての威厳を一層引き立てている。
 彼がつけていた仮面は白兎を模したもの。可憐で少し遊び心のあるモチーフだが、殿下がつけるとまるでおとぎの国の王子様のようだ。
 
「アリネ嬢。今宵は素敵な装いですね。その仮面は鳥の子ですか?」
「ご、ご機嫌麗しゅうございます! フィリク殿下……!はい、小鳥のモチーフです……!」

 殿下とアリネ嬢が他愛もない会話を交わす間、俺はそっと彼女の背後に立った。シエンヌ嬢から少しでも視線を遮れるように、さりげなく身体をずらす。これでゆっくりと殿下と話ができるだろう。
 だが、俺は彼女を守ることに気を取られていて――の存在に気づくのが遅れた。

 ――フィリク殿下のすぐ背後、一歩引いた位置に控える人物に。

 左半分を覆う漆黒の仮面。頭のほうへ装飾が流れ、湾曲した龍の角もまるで最初から装飾品の一部であるかのように自然にそこにあった。アッシュグレーの髪は丁寧に後ろに撫でつけられていて、額も耳もすっきりと露出している。
 全身黒で統一された騎士団の礼装に近い装いは、首元から足元まで無駄のない綺麗なシルエットで仕立てられている。腰にはいつもの二本の剣が腰帯におさまっていた。
 全体的に落ち着いた黒の装いが重厚感を醸し出している。そのせいか、琥珀色――アンバーの瞳が、いっそう鮮やかに目立っていた。

 俺はすぐに気づいた。――ヨルバだ。

 いやいやいや、かっこよすぎだって。俺はあの顔に弱いんだ。貴族にもみえる騎士のような、その凛々しい装い。写真を撮りたい。撮ってデスクトップの壁紙にしたい。ああだめだ、落ち着け、俺。今は興奮してる場合じゃない。
 
 フィリク殿下と並んで立つ姿は護衛騎士そのもので、まるで絵画の一部のように完璧。正直、見惚れないほうが無理だ。

 この舞踏会には、年齢的に十五、十六歳くらいの参加者がほとんどだ。そのせいか、ヨルバの小柄な体格はほとんど気にならない。むしろその整った顔立ちと、洗練された立ち姿。そして仮面越しでも隠しきれない艶やかな雰囲気に引き寄せられるのか、近くにいた女の子たちが何人も話しかけたそうに視線を向けていた。
 
「それで君のパートナーは――」

 フィリク殿下がこちらに視線を向ける。
 俺はあらかじめ用意していた偽名で名乗り、一礼した。形的にはアリネ嬢の従兄妹となっている。
 
 殿下は一瞬きょとんとした顔を見せたがすぐに何かに気づいたようで、ちらりと目配せしてくる。ユリシャスからアリネ嬢に護衛がつくと伝えられていたのだろうが、それが〈白の冒険者〉だとは知らされていなかったようだ。
 その目配せに小さく頷いて返すと、殿下は口の端を持ち上げて満足そうにした。

「良きパートナーに巡り合えたようだね」
「は、はい。とてもお優しくて――……」

 ――視線を、感じる。
 
 殿下の背後に控えるヨルバへとちらりと目を向けると、視線がぶつかった。
 
 気づかないふりをしていたが、フィリク殿下に挨拶した時からずっと見られているなとは感じていた。
 今、アリネ嬢が殿下と話している間もその視線は途切れることなく、静かに、鋭く、俺を捉えていた。

 その視線から逃れるように、アリネ嬢の腰にそっと手を添える。

「アリネ嬢、殿下もお忙しいでしょう。そろそろ行きましょうか」
「あ、はい。……フィリク殿下、本日はお話ありがとうございました……!」
「またお会いできるのを楽しみにしているよ。アリネ嬢。良い夜を」

 俺たちはそのまま人混みに紛れ、後ろからの視線を断ち切るように歩き出す。
 この人の流れに身を任せれば、やがてその視線も途切れるだろう――そう思ったのも束の間、背後から足音がひとつ。こつこつと、確実に近づいてきていた。
 
 ……嫌な予感がする。

 隣にはアリネ嬢がいるため、速足で去ることはできない。
 その足は俺の元へ辿り着くのに、そう時間はかからなかった。
 
 案の定、背後から手が伸び、俺の腕をぐいと掴んだ。荒々しくはないが、拒めない力強さだった。
 ゆっくり振り返ると、そこにいたのはヨルバだった。

 漆黒の仮面と礼装に身を包んだ護衛騎士のようなその姿。
 正面から見た彼は、やっぱりかっこよかった。……じゃなくて。
 
 竜を模した仮面の奥から、ヨルバは怪訝そうな面持ちで、アリネ嬢と俺とを交互に見た。そして――

「――なぜ、ここにいる?」

 アリネ嬢も突然のことにきょとんとしている。
 まずい。非常に、まずい。頼む、空気を呼んでくれヨルバ。
 
 だが彼は、一歩も退かなかった。
 
「ヤシュ」

 その名を呼ばれた瞬間、音を立てて何かが崩れるのを感じた。
 
 ――ああ、終わった。
 

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