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一章
【13】悪役令嬢の沙汰 3
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今の俺は、ヤシュではない。
冒険者協会の〈白の冒険者〉として、この舞踏会に潜入している。
それなのにヨルバは、何の迷いもなく俺の名前を呼んだ。という事は――最初から、俺の正体がわかっていたという事だ。
なんてことだ。
「答えて」
「……それ、は」
フィリク殿下のもとから離れたヨルバに、我先にと周囲の令嬢たちが声をかけようとしていた。だが彼は誰にも目もくれず、ただ俺だけをじっと見つめていた。その雰囲気に押されて彼女たちはあと一歩が踏み出せないようでいるようだ。
むしろ囲んでくれた方が助かる、頑張ってくれ、令嬢たち。
「ヨルバ、……後で話そう。今じゃ、ない」
「……また、逃げるのか?」
掴まれた腕に、ぎゅっと力がこもる。
違う。逃げるとかそういうのじゃないんだ今は。
焦りすぎて思考が追いつかない。そもそも俺たちは、この場でこういう風に目立ってはいけないんだ。
令嬢たちの間から、ちらほらと黄色い声が上がり始めている。
ダメだ、これでは完全に「いい歳した大人が、いたいけな少年を手籠めにして別れ話をしている修羅場」みたいな、よからぬ図に見えてしまう……!
アリネ嬢もあわあわと俺とヨルバの顔を交互に見つめ、口元に手を当てて固まっていた。
――そして、追い打ちをかけるように。
「あらぁ……アリネではありませんこと? 見目麗しい殿方たちに色目を使っているのかしら? レオ様にしたみたいに」
近くから聞こえた鼻にかかった高飛車な声。
振り向くと、取り巻きを従えたシエンヌ嬢が優雅に歩み寄ってきていた。
「シ、シエンヌお姉さま……」
「お姉さま、なんて呼ばないでくださる? あなたと私は月とすっぽんほども違うのよ。あら、そのドレスの色……すっぽんそっくりね。心得ていらっしゃるのかしら?」
容赦ない毒舌にアリネ嬢が縮こまる。
シエンヌ嬢の怒りも分からないでもない。ずっと恋い慕っていた婚約者がぽっと出の少女にうつつを抜かす。その憤りの気持ちは分かる。だが今は、アリネ嬢とシエンヌ嬢のひりつく顔合わせに、問題が起きる前に止めないといけない。
そのために、俺がいるのだから。
俺はそっとヨルバに目配せする。
すると彼は渋々といった様子で、掴んでいた腕を離してくれた。……こういうときは、ちゃんと空気を読むんだよな。
「シエンヌ嬢、どうかご容赦を」
俺が一歩前に出てそう言うと、彼女はじろりと頭のてっぺんからつま先まで見てくる。
「ふぅん。あなたが、アリネのパートナーかしら?」
「はい。従兄妹としてご一緒しております」
「その子、人のものをすぐ欲しがる癖がありますの。ちゃんと教育し直したほうがよろしくてよ?」
「ご忠告、痛み入ります」
「ふん、あなたは立場がちゃんとわかっておいでね?」
シエンヌ嬢は気分が良さそうに小さく鼻で笑った。
そして手を軽く払うような仕草をしたかと思うと、彼女の手元に華やかな扇子がふわりと現れた。
周囲がわっとどよめく。
ただ、インベントリから扇子を取り出した。そんなプレイヤーにとってはささいな動作でも、この世界の人間には「無から物を生み出す」ように映るらしい。MPを使うスキルや魔法よりも、インパクトがあるのだろう。
そんな周囲の反応に満足したのか、シエンヌ嬢は優雅に扇子を広げ、艶やかに微笑んだ。
――想像以上にじゃじゃ馬なお嬢様のようだ。
人前でインベントリを開ける行為は、冒険者協会の規定で明確に禁止されている。それなのに彼女は何度もそれを破っている、と。現に目の前でそれを難なく見せた。
ユリシャスが苛立つのも当然だ。周りから「聖女の奇跡」だの、「選ばれし存在」だのともてはやされているが、俺の目には――その自覚と責任が釣り合っていない、ただの子どもに見える。
しかし数年前の俺にも身に覚えがあるぶん、他人事じゃないとも思う。だからこそ、放っておけないのかもしれない。
普通であれば面と向かって注意すればいいだけの話だろう。けれど彼女の取り扱いには要注意だ。権力も能力もある。
ここは、遠回しにでも釘を刺しておくべきだろう。ユリシャスもそう言っていた。
「シエンヌ嬢。ひとつ、よろしいですか?」
俺がそう切り出すと、彼女は不機嫌そうに眉をひそめる。
「……なにかしら?」
「世の中には、飾り箱のように美しく作られたものがあります。銀色の縁取りに、丁寧な包装。誰が見ても、高価で価値がありそうに見える」
その場にいた周囲の視線が、自然とこちらに向く。
「ですが中を開けてみなければ、中身があるのか、腐っているのかすら分かりません。本当に価値があるのは箱の豪華さではなく、その中に何が詰まっているかです」
シエンヌ嬢がぴくりと肩を動かした。
俺はそれを見て、さらに言葉を重ねる。
「箱だけ磨き続けもてはやされても、見誤った扱いをすればその手の中で中身もろとも箱は簡単に崩れ落ちます。……そうなってからでは、遅いんです」
静かに、けれどはっきりとした声で言い切る。シエンヌ嬢は一瞬、言葉を失ったように口を開きかけて、すぐに何も言わず、きつく唇を結ぶ。
「素敵な『中身をお持ち』である貴女にはおわかりでしょう? どうかその豪華な箱の扱いには、くれぐれもお気をつけて」
「……あなた、もしかして」
プレイヤーであることを安易に見せびらかしてはいけない。考えて行動するべきだ。そう遠回しに釘をさす。
少し言い過ぎたかもしれないがかなり効いたらしく、彼女は口元を扇を隠しながらこちらを睨みつける。怖い。とても怖いけど、にっこりと笑い返すと、彼女の顔はよりいっそう歪む。
「ふんっ、どうりで綺麗な顔をしていると思ったのよ。まがい物じゃないの」
「生まれてからずっとこの顔ですが、お気に召しませんでしたか?」
「なんですって……!?」
この顔は撮った写真を元に作られた容姿だ。つまりほぼ俺の顔と言ってもいい。
ただ事実を言っただけなのに、しかしそれがどうにも癇に障ったらしい。
「アリネ、あなたの従兄妹は随分とあなたに似て陰険なのね。お似合いのカップルだわ! でもその勇ましい所は気に入ったわ。レオ様と私の披露宴に呼んであげてもよくってよ。……ああでも、すごい年の差カップルよね? はたから見れば、いい大人が若い子を誑かしてるみたい。かわいそうねぇ」
「えっ、あの、ヤシュさんとはそんな……!」
俺に口で勝てないと見るや、矛先をアリネ嬢に向けてきた。
確かに年齢差はある。一回り近く離れているし向こうから見たら十分おじさんだろう。
……そんなにおじさんに見える? いやそうだよな、この子たちの年齢なら、年上は全員おじさんに見えるか。
「俺はただの保護者ですよ。そういう関係ではございません」
「あら、そうなの? でしたら私が紹介してあげてもよろしくてよ? アリネみたいな平凡な子は面白くないものね。ほらあなたたち、誰かいないの?」
取り巻きにそう声をかければ、彼女たちは顔を赤らめながらそろそろと手を挙げた。そして我先にと、気付けば俺の周囲はきゃあきゃあと華やかな嬌声に包まれていた。
それも気にくわなかったのだろう、シエンヌ嬢の顔がみるみるうちに不機嫌になっていく。
だが、そのシエンヌ嬢よりも、誰よりも不機嫌な気配が背後からして――俺はそれにいち早く気付いてしまった。
すっと、細身の人影が俺と女の子たちの間に滑り込んだ。こちらに背中を向けているためその表情を伺うことはできないが、その場の空気がふっと張り詰める。美しい少年の静かな気迫に、目の前の少女たちは一瞬で動きを止め、戸惑い混じりに顔を赤らめていた。
「……勝手に、触るな」
ヨルバだ。
低く落とされたその声には、はっきりとした独占欲が滲んでいた。なぜか「隣に立つのは自分だ」と言っているようにも聞こえ、きゃあ、と令嬢たちから黄色い悲鳴があがった。
――ま、待て。勝手に? 勝手にってなんだ? その台詞、絶対誤解を招くやつだ。ヨルバ、わざとか……!? いやわざとじゃないなこれ!?
ヨルバは本気で、不機嫌になっている。
そしてゆっくりと俺を振り返り、眉をひそめて少しだけむすっとした表情を見せる。それだけで、咎められているような気がして、心の中で「えっ、これ俺が悪いの?」と、思わず目を瞬かせてしまう。
ヨルバは一歩、俺の方へと歩み寄る。
胸元が触れ合うほどの距離まで近づいて思わず後ずさろうとしたが、手首をそっと掴まれて動けなかった。
見下ろす俺に対して、彼は下から顔をそっと寄せてくる。瞳がじっとこちら見つめ、すっと細められた瞬間、どくん、と胸の奥が鳴る。たったそれだけなのに、逃げ場を失ったような感覚に囚われてしまった。
吐息が、かすかに唇に触れる。
「……お前は、いつもそうだ」
ぽつりと呟いたその言葉は、どこか拗ねたような声色だった。
俺たちの間に流れるこの妙な空気を、周囲の令嬢たちも感じ取ったのだろう。
息を呑むような気配が伝わってくる。誰かの喉が、ごくり、と鳴る音が、確かに耳に届いた気がした。
この世界にも、娯楽として同性同士の恋愛を描いた小説や芝居は存在する。
特に男同士の見目麗しい組み合わせは、とある女性たちの間では称賛されることもあるとかなんとか、聞いたこともある。聞いてはいたが、実際に自分がそんな目で見られるのは、なんというか。こそばゆくて、やたらと複雑で。しかも相手がヨルバとなるとなおさらで。
でも、これは、そういうのではない。決して。
俺がいつも状況説明を投げ出して、肝心なことから逃げてばかりいるから、ヨルバはきっと、それに不満を抱いているのだと思う。
そう、ただそれだけだ。
だが、そんな混乱の中に追い打ちをかけるように、さらなる一波乱が起きた。
「アリネ嬢! ここにいたのか、探したぞ!」
突如として華やかな場の空気を切り裂くような大声が響いた。現れたのはフィリク殿下と同じ金髪に、紫の瞳の持ち主。件の第三王子であるレオニス殿下だった。
「れ、レオニス様……」
アリネ嬢が小さく震える。彼女の表情は明らかに怯えの色を浮かべていた。だが王子はお構いなしに歩み寄り、その腰を抱き寄せるように腕を回した。
「シエンヌ嬢もいるのか。ちょうどいい!」
王子の視線がアリネ嬢からシエンヌ嬢へと。
胸騒ぎする。嫌な予感が、全身を駆け抜けた。
やめろ、その口を開かないでくれ。
そんな願いも虚しく、レオニス殿下は満面の笑みを浮かべたまま堂々と声を張り上げた。
「シエンヌ・ルヴェール嬢。この私、アモイラ国第三王子レオニス・ファルビネリュ・アモイラは、本日をもって、貴女との婚約を正式に破棄させていただく!」
瞬間、会場が凍りついた。
シエンヌ嬢の顔は見る間に強張り、アリネ嬢は一歩も動けず、周囲の令嬢たちのざわめきが静かな波紋となって広がっていく。
本来なら祝福に満ちたはずの舞踏会の場が、今やまるで公開処刑のようだ。
あぁ、次から次へと、これ以上この場をややこしくするのは止めてくれ……。
俺のそんな嘆きはざわめきの渦に呑まれ、あっけなく消えていった。
冒険者協会の〈白の冒険者〉として、この舞踏会に潜入している。
それなのにヨルバは、何の迷いもなく俺の名前を呼んだ。という事は――最初から、俺の正体がわかっていたという事だ。
なんてことだ。
「答えて」
「……それ、は」
フィリク殿下のもとから離れたヨルバに、我先にと周囲の令嬢たちが声をかけようとしていた。だが彼は誰にも目もくれず、ただ俺だけをじっと見つめていた。その雰囲気に押されて彼女たちはあと一歩が踏み出せないようでいるようだ。
むしろ囲んでくれた方が助かる、頑張ってくれ、令嬢たち。
「ヨルバ、……後で話そう。今じゃ、ない」
「……また、逃げるのか?」
掴まれた腕に、ぎゅっと力がこもる。
違う。逃げるとかそういうのじゃないんだ今は。
焦りすぎて思考が追いつかない。そもそも俺たちは、この場でこういう風に目立ってはいけないんだ。
令嬢たちの間から、ちらほらと黄色い声が上がり始めている。
ダメだ、これでは完全に「いい歳した大人が、いたいけな少年を手籠めにして別れ話をしている修羅場」みたいな、よからぬ図に見えてしまう……!
アリネ嬢もあわあわと俺とヨルバの顔を交互に見つめ、口元に手を当てて固まっていた。
――そして、追い打ちをかけるように。
「あらぁ……アリネではありませんこと? 見目麗しい殿方たちに色目を使っているのかしら? レオ様にしたみたいに」
近くから聞こえた鼻にかかった高飛車な声。
振り向くと、取り巻きを従えたシエンヌ嬢が優雅に歩み寄ってきていた。
「シ、シエンヌお姉さま……」
「お姉さま、なんて呼ばないでくださる? あなたと私は月とすっぽんほども違うのよ。あら、そのドレスの色……すっぽんそっくりね。心得ていらっしゃるのかしら?」
容赦ない毒舌にアリネ嬢が縮こまる。
シエンヌ嬢の怒りも分からないでもない。ずっと恋い慕っていた婚約者がぽっと出の少女にうつつを抜かす。その憤りの気持ちは分かる。だが今は、アリネ嬢とシエンヌ嬢のひりつく顔合わせに、問題が起きる前に止めないといけない。
そのために、俺がいるのだから。
俺はそっとヨルバに目配せする。
すると彼は渋々といった様子で、掴んでいた腕を離してくれた。……こういうときは、ちゃんと空気を読むんだよな。
「シエンヌ嬢、どうかご容赦を」
俺が一歩前に出てそう言うと、彼女はじろりと頭のてっぺんからつま先まで見てくる。
「ふぅん。あなたが、アリネのパートナーかしら?」
「はい。従兄妹としてご一緒しております」
「その子、人のものをすぐ欲しがる癖がありますの。ちゃんと教育し直したほうがよろしくてよ?」
「ご忠告、痛み入ります」
「ふん、あなたは立場がちゃんとわかっておいでね?」
シエンヌ嬢は気分が良さそうに小さく鼻で笑った。
そして手を軽く払うような仕草をしたかと思うと、彼女の手元に華やかな扇子がふわりと現れた。
周囲がわっとどよめく。
ただ、インベントリから扇子を取り出した。そんなプレイヤーにとってはささいな動作でも、この世界の人間には「無から物を生み出す」ように映るらしい。MPを使うスキルや魔法よりも、インパクトがあるのだろう。
そんな周囲の反応に満足したのか、シエンヌ嬢は優雅に扇子を広げ、艶やかに微笑んだ。
――想像以上にじゃじゃ馬なお嬢様のようだ。
人前でインベントリを開ける行為は、冒険者協会の規定で明確に禁止されている。それなのに彼女は何度もそれを破っている、と。現に目の前でそれを難なく見せた。
ユリシャスが苛立つのも当然だ。周りから「聖女の奇跡」だの、「選ばれし存在」だのともてはやされているが、俺の目には――その自覚と責任が釣り合っていない、ただの子どもに見える。
しかし数年前の俺にも身に覚えがあるぶん、他人事じゃないとも思う。だからこそ、放っておけないのかもしれない。
普通であれば面と向かって注意すればいいだけの話だろう。けれど彼女の取り扱いには要注意だ。権力も能力もある。
ここは、遠回しにでも釘を刺しておくべきだろう。ユリシャスもそう言っていた。
「シエンヌ嬢。ひとつ、よろしいですか?」
俺がそう切り出すと、彼女は不機嫌そうに眉をひそめる。
「……なにかしら?」
「世の中には、飾り箱のように美しく作られたものがあります。銀色の縁取りに、丁寧な包装。誰が見ても、高価で価値がありそうに見える」
その場にいた周囲の視線が、自然とこちらに向く。
「ですが中を開けてみなければ、中身があるのか、腐っているのかすら分かりません。本当に価値があるのは箱の豪華さではなく、その中に何が詰まっているかです」
シエンヌ嬢がぴくりと肩を動かした。
俺はそれを見て、さらに言葉を重ねる。
「箱だけ磨き続けもてはやされても、見誤った扱いをすればその手の中で中身もろとも箱は簡単に崩れ落ちます。……そうなってからでは、遅いんです」
静かに、けれどはっきりとした声で言い切る。シエンヌ嬢は一瞬、言葉を失ったように口を開きかけて、すぐに何も言わず、きつく唇を結ぶ。
「素敵な『中身をお持ち』である貴女にはおわかりでしょう? どうかその豪華な箱の扱いには、くれぐれもお気をつけて」
「……あなた、もしかして」
プレイヤーであることを安易に見せびらかしてはいけない。考えて行動するべきだ。そう遠回しに釘をさす。
少し言い過ぎたかもしれないがかなり効いたらしく、彼女は口元を扇を隠しながらこちらを睨みつける。怖い。とても怖いけど、にっこりと笑い返すと、彼女の顔はよりいっそう歪む。
「ふんっ、どうりで綺麗な顔をしていると思ったのよ。まがい物じゃないの」
「生まれてからずっとこの顔ですが、お気に召しませんでしたか?」
「なんですって……!?」
この顔は撮った写真を元に作られた容姿だ。つまりほぼ俺の顔と言ってもいい。
ただ事実を言っただけなのに、しかしそれがどうにも癇に障ったらしい。
「アリネ、あなたの従兄妹は随分とあなたに似て陰険なのね。お似合いのカップルだわ! でもその勇ましい所は気に入ったわ。レオ様と私の披露宴に呼んであげてもよくってよ。……ああでも、すごい年の差カップルよね? はたから見れば、いい大人が若い子を誑かしてるみたい。かわいそうねぇ」
「えっ、あの、ヤシュさんとはそんな……!」
俺に口で勝てないと見るや、矛先をアリネ嬢に向けてきた。
確かに年齢差はある。一回り近く離れているし向こうから見たら十分おじさんだろう。
……そんなにおじさんに見える? いやそうだよな、この子たちの年齢なら、年上は全員おじさんに見えるか。
「俺はただの保護者ですよ。そういう関係ではございません」
「あら、そうなの? でしたら私が紹介してあげてもよろしくてよ? アリネみたいな平凡な子は面白くないものね。ほらあなたたち、誰かいないの?」
取り巻きにそう声をかければ、彼女たちは顔を赤らめながらそろそろと手を挙げた。そして我先にと、気付けば俺の周囲はきゃあきゃあと華やかな嬌声に包まれていた。
それも気にくわなかったのだろう、シエンヌ嬢の顔がみるみるうちに不機嫌になっていく。
だが、そのシエンヌ嬢よりも、誰よりも不機嫌な気配が背後からして――俺はそれにいち早く気付いてしまった。
すっと、細身の人影が俺と女の子たちの間に滑り込んだ。こちらに背中を向けているためその表情を伺うことはできないが、その場の空気がふっと張り詰める。美しい少年の静かな気迫に、目の前の少女たちは一瞬で動きを止め、戸惑い混じりに顔を赤らめていた。
「……勝手に、触るな」
ヨルバだ。
低く落とされたその声には、はっきりとした独占欲が滲んでいた。なぜか「隣に立つのは自分だ」と言っているようにも聞こえ、きゃあ、と令嬢たちから黄色い悲鳴があがった。
――ま、待て。勝手に? 勝手にってなんだ? その台詞、絶対誤解を招くやつだ。ヨルバ、わざとか……!? いやわざとじゃないなこれ!?
ヨルバは本気で、不機嫌になっている。
そしてゆっくりと俺を振り返り、眉をひそめて少しだけむすっとした表情を見せる。それだけで、咎められているような気がして、心の中で「えっ、これ俺が悪いの?」と、思わず目を瞬かせてしまう。
ヨルバは一歩、俺の方へと歩み寄る。
胸元が触れ合うほどの距離まで近づいて思わず後ずさろうとしたが、手首をそっと掴まれて動けなかった。
見下ろす俺に対して、彼は下から顔をそっと寄せてくる。瞳がじっとこちら見つめ、すっと細められた瞬間、どくん、と胸の奥が鳴る。たったそれだけなのに、逃げ場を失ったような感覚に囚われてしまった。
吐息が、かすかに唇に触れる。
「……お前は、いつもそうだ」
ぽつりと呟いたその言葉は、どこか拗ねたような声色だった。
俺たちの間に流れるこの妙な空気を、周囲の令嬢たちも感じ取ったのだろう。
息を呑むような気配が伝わってくる。誰かの喉が、ごくり、と鳴る音が、確かに耳に届いた気がした。
この世界にも、娯楽として同性同士の恋愛を描いた小説や芝居は存在する。
特に男同士の見目麗しい組み合わせは、とある女性たちの間では称賛されることもあるとかなんとか、聞いたこともある。聞いてはいたが、実際に自分がそんな目で見られるのは、なんというか。こそばゆくて、やたらと複雑で。しかも相手がヨルバとなるとなおさらで。
でも、これは、そういうのではない。決して。
俺がいつも状況説明を投げ出して、肝心なことから逃げてばかりいるから、ヨルバはきっと、それに不満を抱いているのだと思う。
そう、ただそれだけだ。
だが、そんな混乱の中に追い打ちをかけるように、さらなる一波乱が起きた。
「アリネ嬢! ここにいたのか、探したぞ!」
突如として華やかな場の空気を切り裂くような大声が響いた。現れたのはフィリク殿下と同じ金髪に、紫の瞳の持ち主。件の第三王子であるレオニス殿下だった。
「れ、レオニス様……」
アリネ嬢が小さく震える。彼女の表情は明らかに怯えの色を浮かべていた。だが王子はお構いなしに歩み寄り、その腰を抱き寄せるように腕を回した。
「シエンヌ嬢もいるのか。ちょうどいい!」
王子の視線がアリネ嬢からシエンヌ嬢へと。
胸騒ぎする。嫌な予感が、全身を駆け抜けた。
やめろ、その口を開かないでくれ。
そんな願いも虚しく、レオニス殿下は満面の笑みを浮かべたまま堂々と声を張り上げた。
「シエンヌ・ルヴェール嬢。この私、アモイラ国第三王子レオニス・ファルビネリュ・アモイラは、本日をもって、貴女との婚約を正式に破棄させていただく!」
瞬間、会場が凍りついた。
シエンヌ嬢の顔は見る間に強張り、アリネ嬢は一歩も動けず、周囲の令嬢たちのざわめきが静かな波紋となって広がっていく。
本来なら祝福に満ちたはずの舞踏会の場が、今やまるで公開処刑のようだ。
あぁ、次から次へと、これ以上この場をややこしくするのは止めてくれ……。
俺のそんな嘆きはざわめきの渦に呑まれ、あっけなく消えていった。
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楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
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