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15. ワルツ
フィンレイ様はふと視線を外し、彼は光の溢れる王宮を見上げた。テラスから漏れ聞こえる笑い声と演奏に、わずかに眉をひそめる。
「中の音楽はうるさすぎるし、空気も悪い。どうだい。ここで一曲踊るのは」
彼は手を差し出した。待っていた。
私は固まった。彼の手を見つめる。白く、優雅で、傷ひとつない手。光の世界に属する手。
視線が、自分の胸元へと落ちる。 乾いた土色のドレス。カビと、古い匂いが染み付いている。裾は庭の泥を吸って重く垂れ下がっていた。自分の指先を見る。震えていて、指輪の一つもない。でも――
『自分を下げるな』
さっきのフィンレイ様の言葉が蘇った。私は差し出された手を取った。
「……私で、よければ」
「是非に」
彼は一礼した。完璧で、優雅な礼。なぜだかそれは、舞踏会でのセレスタリア国の皇太子を彷彿とさせた。生まれつき光の者、支配する者の持つオーラだ。
片手が、私の腰に添えられる。もう片方の手が、私の指に絡まる。強い力。痛くはない。けれど、絶対的な安定感。
「ついてきて」
暗い庭園の真ん中へ、彼は私をエスコートした。私たちはワルツを踊り始めた。ただ月明かりの下、二人だけで。
彼が下がる。私が進む。ワン、トゥー、スリー。夜気から切り出された、静寂のリズム。
私の泥色のドレス重く、靴はすり減っていた。けれど、彼の腕の中で、私は自由だった。彼は重力など感じさせない滑らかさで踊る。川を流れる水のように。
見上げた。目を逸らせない。至近距離で見る彼の美しさは、暴力ですらあった。月明かりが、彼のその輪郭を照らし出す。すべてのパーツが一分の狂いもなく完璧に配置されている。
何よりも、その目。深い海から拾い上げたようなブルーの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
彼は、私を見ていた。彼だけが、私を見てくれた。
熱。肌が触れ合う場所で、化学反応のように熱が灯る。数ヶ月間、私の心臓を覆っていた氷を溶かしていく。
「上手いな」
彼が囁いた。低い振動が伝わる。
「私は……公爵夫人になるための教育を受けましたから」
「なら、その相手は愚か者だ。これほどの踊り手を、闇に放置するとは」
彼が私を回した。一瞬、自分が誰であるかを忘れた。リアム様もアリスも忘れた。
ただ、彼だけ。私がガラス細工であるかのように大切に扱いながら、同時に、世界で唯一の確かな存在を見るかのような目で私を見る、美しくも恐ろしい不思議な人。
止まっていたはずの心臓が、一度だけ、痛いほど大きく跳ねた。
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