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第二部
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ノアが王宮での「無双」を開始してから、数日が経過した。
レオの前世の社畜スキルの結晶たる「業務改善案」は、恐ろしいほどの威力を発揮していた。隣国の大使は矛盾を突かれて逃げ帰り、物流の混乱も徐々に解消されつつある。
結果として、ノアは宣言通り、午後の早い時間には公爵邸へと帰還するようになった。
「レオ、ただいま。……ああ、やはりここにいたんだね。私の賢い妖精さん」
レオは、いつもの日当たりのいいソファで、ノアに抱き上げられるのを待っていた。
ノアの帰宅が早まったことで、レオが享受する「福利厚生」は爆発的に向上した。
最高級の茶菓子は種類が増え、ノアによるマッサージの時間は倍になり、移動はすべてノアの腕の中という、歩行を忘れるほどの徹底した過保護ぶりだ。
(……うん、完璧。残業という悪を滅ぼした甲斐があったよ。これぞ僕が求めていたホワイトなニート生活……)
しかし、レオの心からの満足感とは裏腹に、その体には奇妙な「異変」が生じ始めていた。
ノアが愛おしそうに髪を梳くたび、あるいは甘い言葉を囁くたび、レオの視界がふわりと歪むのだ。
それは心地よい微睡みではなく、脳の奥を直接かき混ぜられるような、不快な浮遊感だった。
「……っ。……うーん……」
「レオ? どうしたんだい、顔色が悪い。……セバス、すぐに冷たい水と、氷を!」
ノアの焦燥した声が遠く聞こえる。
レオはノアの胸板に顔を埋めたまま、荒い息を吐いた。
吐き気と眩暈。
そして、魔力が体の内側から無理やり引き摺り出されるような、独特の倦怠感。
(おかしいな……。筋肉痛は治ったはずなのに。……なんで、こんなに、頭が重いんだ……?)
ノアが胸元に顔を埋めるレオの首元に手を差し入れる。
「……熱はない。だが、魔力の流れが極端に乱れている。レオ、もしかして今日もまた何か書き物をしたのかい?」
「……え。あ、……隣国の返答への、再反論を、一案だけ……」
ノアの声は、深い絶望に震えていた。
ノアの目には、レオが「命の灯火を削って、自分のために知恵を絞り出した」ように見えていた。
本来、人間が辿り着けないはずの領域の答えを出すために、レオが自らの魂を魔力として燃やしている――そう解釈してしまったのだ。
(ああ、レオ。君は、私を助けるために、その儚い命を削ったのか……)
ノアの腕に、骨がきしむほどの力がこもる。
レオが「ノアの休暇のため」に気楽に振りかざした知恵は、ノアの目には我が身を顧みない聖女の献身のように映っていた。
「……セバス。王宮へ伝えろ。明日からしばらく私は登城しない。公務の書類も一切持ち込ませるな。……紙の一枚、風の一吹きさえ、レオを脅かすものはすべて排除しろ」
「承知いたしました」
ノアの瞳に、昏い決意が宿る。
レオの知恵が有用であればあるほど、ノアはそれを「命を削る呪い」だと確信し、彼を一切の思考から遠ざけようと、より深い孤独な監禁へと傾倒していく。
(……あれ? おかしい。……休みが増えるのはいいけど。……ノア兄様の目が、さっきから笑ってないんだけど……?)
レオの眩暈は、ノアのさらなる過保護を呼び覚ますトリガーとなってしまった。
レオの前世の社畜スキルの結晶たる「業務改善案」は、恐ろしいほどの威力を発揮していた。隣国の大使は矛盾を突かれて逃げ帰り、物流の混乱も徐々に解消されつつある。
結果として、ノアは宣言通り、午後の早い時間には公爵邸へと帰還するようになった。
「レオ、ただいま。……ああ、やはりここにいたんだね。私の賢い妖精さん」
レオは、いつもの日当たりのいいソファで、ノアに抱き上げられるのを待っていた。
ノアの帰宅が早まったことで、レオが享受する「福利厚生」は爆発的に向上した。
最高級の茶菓子は種類が増え、ノアによるマッサージの時間は倍になり、移動はすべてノアの腕の中という、歩行を忘れるほどの徹底した過保護ぶりだ。
(……うん、完璧。残業という悪を滅ぼした甲斐があったよ。これぞ僕が求めていたホワイトなニート生活……)
しかし、レオの心からの満足感とは裏腹に、その体には奇妙な「異変」が生じ始めていた。
ノアが愛おしそうに髪を梳くたび、あるいは甘い言葉を囁くたび、レオの視界がふわりと歪むのだ。
それは心地よい微睡みではなく、脳の奥を直接かき混ぜられるような、不快な浮遊感だった。
「……っ。……うーん……」
「レオ? どうしたんだい、顔色が悪い。……セバス、すぐに冷たい水と、氷を!」
ノアの焦燥した声が遠く聞こえる。
レオはノアの胸板に顔を埋めたまま、荒い息を吐いた。
吐き気と眩暈。
そして、魔力が体の内側から無理やり引き摺り出されるような、独特の倦怠感。
(おかしいな……。筋肉痛は治ったはずなのに。……なんで、こんなに、頭が重いんだ……?)
ノアが胸元に顔を埋めるレオの首元に手を差し入れる。
「……熱はない。だが、魔力の流れが極端に乱れている。レオ、もしかして今日もまた何か書き物をしたのかい?」
「……え。あ、……隣国の返答への、再反論を、一案だけ……」
ノアの声は、深い絶望に震えていた。
ノアの目には、レオが「命の灯火を削って、自分のために知恵を絞り出した」ように見えていた。
本来、人間が辿り着けないはずの領域の答えを出すために、レオが自らの魂を魔力として燃やしている――そう解釈してしまったのだ。
(ああ、レオ。君は、私を助けるために、その儚い命を削ったのか……)
ノアの腕に、骨がきしむほどの力がこもる。
レオが「ノアの休暇のため」に気楽に振りかざした知恵は、ノアの目には我が身を顧みない聖女の献身のように映っていた。
「……セバス。王宮へ伝えろ。明日からしばらく私は登城しない。公務の書類も一切持ち込ませるな。……紙の一枚、風の一吹きさえ、レオを脅かすものはすべて排除しろ」
「承知いたしました」
ノアの瞳に、昏い決意が宿る。
レオの知恵が有用であればあるほど、ノアはそれを「命を削る呪い」だと確信し、彼を一切の思考から遠ざけようと、より深い孤独な監禁へと傾倒していく。
(……あれ? おかしい。……休みが増えるのはいいけど。……ノア兄様の目が、さっきから笑ってないんだけど……?)
レオの眩暈は、ノアのさらなる過保護を呼び覚ますトリガーとなってしまった。
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