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激情編
25-3
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帰宅して、疲れ切った陽波は乾燥大豆を見つめた。何が節分だ。今日はまだ三が日だぞ。
「アストー。この豆どうしよう。たぶんこのままじゃ食べられないんだよね。節分的には食べるのもやらないとなんだけど」
「煮る?」
「いいね、そうしよっか……」
節分といえば煎り大豆だが煮ても焼いても食べれば一緒である。ここでアストが言った。
「あ、でもここから戻すのに時間かかるんだよね。一晩水にさらさないといけなくて」
「え? そうなの? アストよく知ってるね」
「一時期たくさん勉強しましたから……」
「偉い。いいよね、アストは頑張り屋さんでさ。きっといいお嫁さんになるよ」
陽波はテーブルに突っ伏した。疲労には勝てない。突っ伏したままで言う。
「じゃあ今日は適当に炒って食べようか。残りは水に浸けて明日煮ればいいでしょ」
「陽波、俺をお嫁さんにもらってくれる?」
「私のさっきの発言は軽く流していいから」
陽波は力なく笑って、大豆の袋を手にした。すぐに軽くなる。陽波が上から持った袋を、アストが下から持っていた。
「大豆は俺がやるから。夕飯も作るよ。陽波は休んでて」
「え~! 悪いよ~」
「今更何言ってるの。陽波は魔法少女で疲れてるんだから、これくらいやるよ」
アストは腕まくりをしてキッチンに立った。陽波はその背を見つめる。この生活もやっぱり悪くないなあ、とぼんやり思う。下手に新しい彼氏を作るより、アストの方が安心感もある。本当にお嫁さんにしてもいいかもしれない。しかし。やはり脳内から黒須の顔が離れなかった。
「私最低かもしれん……」
思ったことが口から出ていた。どっちつかずのままうろうろするのが一番悪いと陽波も分かっている。分かってはいるが、気持ちが定まらないものはどうしようもない。
アストが手早く夕飯を作り、陽波は食べ終えた。二人は煎り大豆を目の前にして座っている。
「えーとね、節分には豆を年の数食べると良いって言うの。何だっけ、確か、厄払いだったか、幸福を呼ぶんだったか忘れたけど。とにかく良いことがあるわけよ」
「年の数って……年齢だよね?」
「そうだよ。私は二十七粒。ん? 二十八粒か?」
今年で二十八になる場合は二十八粒なのだろうか。陽波が考えていると、アストはぼそっと呟いた。
「あの、俺は……」
「何? アストはいくつ食べ……あ! ああ~! あっははは! そうじゃん!」
アストの歳は二百歳だ。二百粒も食べるのはさすがに厳しい。
「あっはははは! おかしー! 二百って、あははは!」
「笑い事じゃないよー」
「ごめんごめん。まあ、一粒で十粒分扱いにしちゃえば?」
「二十粒なら食べられる」
陽波とアストは数えながら一粒ずつ口に入れた。
――ああ、そっか。
陽波は大事なことを思い出していた。アストと陽波は生きる世界が違うのだと。文字通り世界も違うのだが、お互いに生きる時間があまりに違いすぎる。
アストは寿命まで残り何百年もある。しかし陽波は精々七十年だ。共に生きる道なんて最初から存在していない。どう足掻いたって無理なものは無理だ。どんなに好きでも、どんなに一緒にいたくても。
「陽波、あと何粒?」
アストの声で我に返った。陽波は暗くなった気持ちを抑えて笑みを浮かべる。
「あ、ああ、途中から数えるの忘れてた」
「えー! それって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。どっちにしろ余るんだから、アストもいっぱい食え」
陽波は大豆を口に放り込みながら、密かに数を数えた。十、二十、三十。二百なんてあまりに遠すぎる。
「陽波、疲れた? 大丈夫?」
「うん。なんか、二百ってすごく多いなって思って」
「二百粒は無理じゃないかな……」
「そうだね。でもアストは二百年生きてるんでしょ」
「まあね」
アストは当たり前のように言った。陽波にはとても届かない数字なのに。自分なんてたったの二十七だ。三十に近い数字、アラウンドサーティー。だから何だって話だ。アラサーだから、何だ。平凡に仕事をして、適当に魔法少女をやって、恋愛らしい恋愛をしてこなくて。二百年も生きた人間が、こんな何も無いアラサーのどこを好きになるというのか。
陽波は自嘲しながら、小さな自分を見つめて言った。
「ねえアスト、私思ったんだけどさ、やっぱり」
「陽波。年齢はね、関係ないよ」
「誰も年齢の話してないんですけど? アラサーの心を抉る気か?」
「俺はね、もし自分が三歳でも二歳でも、陽波に会ったら陽波を好きになるよ」
絶対、とアストは陽波を見つめた。そんな絶対なんてあるもんか。陽波は皮肉に思いながらも、心臓の奥の、大事な部分が揺れた気がした。
「そんなのねえ、言われたってねえ、信用出来ませんよ。絶対私より可愛い子がいたらそっち好きになるに決まってんじゃないの。私がアストだったら絶対そうするし」
陽波は拗ねたように顔を背けて大豆を齧った。アストは軽い笑い声を立てる。
「あはは。でも陽波は俺じゃないよ。俺は俺だし」
「知ってるわい」
「俺も陽波じゃないから、陽波が何考えてるかとか全部は分かんない。でも陽波は俺と一緒になるのが一番良いんだ、それだけは分かる」
「断言しないでよ怖いから」
陽波は冗談かと思い笑いながら大豆を摘まんだ。……しかしアストは何を根拠に断言したのだろうか。考えだすと何だか怖いので陽波は考えるのをやめた。
「アストー。この豆どうしよう。たぶんこのままじゃ食べられないんだよね。節分的には食べるのもやらないとなんだけど」
「煮る?」
「いいね、そうしよっか……」
節分といえば煎り大豆だが煮ても焼いても食べれば一緒である。ここでアストが言った。
「あ、でもここから戻すのに時間かかるんだよね。一晩水にさらさないといけなくて」
「え? そうなの? アストよく知ってるね」
「一時期たくさん勉強しましたから……」
「偉い。いいよね、アストは頑張り屋さんでさ。きっといいお嫁さんになるよ」
陽波はテーブルに突っ伏した。疲労には勝てない。突っ伏したままで言う。
「じゃあ今日は適当に炒って食べようか。残りは水に浸けて明日煮ればいいでしょ」
「陽波、俺をお嫁さんにもらってくれる?」
「私のさっきの発言は軽く流していいから」
陽波は力なく笑って、大豆の袋を手にした。すぐに軽くなる。陽波が上から持った袋を、アストが下から持っていた。
「大豆は俺がやるから。夕飯も作るよ。陽波は休んでて」
「え~! 悪いよ~」
「今更何言ってるの。陽波は魔法少女で疲れてるんだから、これくらいやるよ」
アストは腕まくりをしてキッチンに立った。陽波はその背を見つめる。この生活もやっぱり悪くないなあ、とぼんやり思う。下手に新しい彼氏を作るより、アストの方が安心感もある。本当にお嫁さんにしてもいいかもしれない。しかし。やはり脳内から黒須の顔が離れなかった。
「私最低かもしれん……」
思ったことが口から出ていた。どっちつかずのままうろうろするのが一番悪いと陽波も分かっている。分かってはいるが、気持ちが定まらないものはどうしようもない。
アストが手早く夕飯を作り、陽波は食べ終えた。二人は煎り大豆を目の前にして座っている。
「えーとね、節分には豆を年の数食べると良いって言うの。何だっけ、確か、厄払いだったか、幸福を呼ぶんだったか忘れたけど。とにかく良いことがあるわけよ」
「年の数って……年齢だよね?」
「そうだよ。私は二十七粒。ん? 二十八粒か?」
今年で二十八になる場合は二十八粒なのだろうか。陽波が考えていると、アストはぼそっと呟いた。
「あの、俺は……」
「何? アストはいくつ食べ……あ! ああ~! あっははは! そうじゃん!」
アストの歳は二百歳だ。二百粒も食べるのはさすがに厳しい。
「あっはははは! おかしー! 二百って、あははは!」
「笑い事じゃないよー」
「ごめんごめん。まあ、一粒で十粒分扱いにしちゃえば?」
「二十粒なら食べられる」
陽波とアストは数えながら一粒ずつ口に入れた。
――ああ、そっか。
陽波は大事なことを思い出していた。アストと陽波は生きる世界が違うのだと。文字通り世界も違うのだが、お互いに生きる時間があまりに違いすぎる。
アストは寿命まで残り何百年もある。しかし陽波は精々七十年だ。共に生きる道なんて最初から存在していない。どう足掻いたって無理なものは無理だ。どんなに好きでも、どんなに一緒にいたくても。
「陽波、あと何粒?」
アストの声で我に返った。陽波は暗くなった気持ちを抑えて笑みを浮かべる。
「あ、ああ、途中から数えるの忘れてた」
「えー! それって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。どっちにしろ余るんだから、アストもいっぱい食え」
陽波は大豆を口に放り込みながら、密かに数を数えた。十、二十、三十。二百なんてあまりに遠すぎる。
「陽波、疲れた? 大丈夫?」
「うん。なんか、二百ってすごく多いなって思って」
「二百粒は無理じゃないかな……」
「そうだね。でもアストは二百年生きてるんでしょ」
「まあね」
アストは当たり前のように言った。陽波にはとても届かない数字なのに。自分なんてたったの二十七だ。三十に近い数字、アラウンドサーティー。だから何だって話だ。アラサーだから、何だ。平凡に仕事をして、適当に魔法少女をやって、恋愛らしい恋愛をしてこなくて。二百年も生きた人間が、こんな何も無いアラサーのどこを好きになるというのか。
陽波は自嘲しながら、小さな自分を見つめて言った。
「ねえアスト、私思ったんだけどさ、やっぱり」
「陽波。年齢はね、関係ないよ」
「誰も年齢の話してないんですけど? アラサーの心を抉る気か?」
「俺はね、もし自分が三歳でも二歳でも、陽波に会ったら陽波を好きになるよ」
絶対、とアストは陽波を見つめた。そんな絶対なんてあるもんか。陽波は皮肉に思いながらも、心臓の奥の、大事な部分が揺れた気がした。
「そんなのねえ、言われたってねえ、信用出来ませんよ。絶対私より可愛い子がいたらそっち好きになるに決まってんじゃないの。私がアストだったら絶対そうするし」
陽波は拗ねたように顔を背けて大豆を齧った。アストは軽い笑い声を立てる。
「あはは。でも陽波は俺じゃないよ。俺は俺だし」
「知ってるわい」
「俺も陽波じゃないから、陽波が何考えてるかとか全部は分かんない。でも陽波は俺と一緒になるのが一番良いんだ、それだけは分かる」
「断言しないでよ怖いから」
陽波は冗談かと思い笑いながら大豆を摘まんだ。……しかしアストは何を根拠に断言したのだろうか。考えだすと何だか怖いので陽波は考えるのをやめた。
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