5 / 35
5 六歳の王子に「ないしょばなしをする」守護精霊
しおりを挟む
ルイは困ったような、照れたような表情を浮かべた。わたしをまっすぐにとらえていた視線が、つながれた手に向けられる。
「しゅご、せいれい、って……」
首をコトンと傾け、かろうじて聞き取れるほどの、息のような声を吐き出した。
「……なに、それ?」
うーん、やっぱりそうなるかー。思っていたとおりのルイの反応に、わたしはこっそり溜め息をついた。
まわりをぐるっと森に囲まれたこの小さな村では、魔術師ですら一年に一度しか見る機会がない。守護精霊などという、さらに希少なものは、話題にすら上らないのだ。
でも……と、わたしを気を取り直してルイに微笑みかけた。
『ねえ、ルイ。ボーデ湖に住んでいる水の精霊さんのことは知ってるよね?』
「うん、もちろんだよ。ボーデの精霊様だね」
ルイは当たり前だと言わんばかりに、大きくうなずいた。
この村を含むボーデ湖周辺は、水の精霊さんのなわばりだ。この辺りに魔獣と呼ばれる凶悪な生き物がいないのは、水の精霊さんのおかげだ。
魔獣は人や動物だけではなく、ちいさな精霊をも食べてしまうので、すべての生き物にとって天敵にあたる。
雨が降ると、水の精霊さんは湖から外に出て、なわばりに入り込んでいる魔獣をバッタバッタと倒してまわる。
水の精霊さんはなわばりを守っているだけなのだけど、村の人たちにとっては魔獣から村を守ってくれるありがたい存在なのだ。
一年に一度おこなわれる精霊祭では、村をあげて水の精霊さんに感謝を捧げる。
ということは、水の精霊さんと友達のわたしは、たぶんだけど……えらいはず。
わたしは自信満々にルイに顔を近づけた。
『水の精霊さんはこの村を守ってくれてるよね。ああいった精霊がふつうの精霊で、わたしは守護精霊。ルイの魂と結ばれてて、ルイを守ってるの。どう? すごいでしょう?』
えっへん、と自慢げに胸を張ったわたしを見ながら、ルイはぽりぽりと頭をかいた。
「へー、すごいんだねー」と無感動な声を発するルイに、わたしは大きくうなずいた。
『うんうん、信じられないよね。いいよ、信じなくても。ただ、ルイが守護精霊持ちだってことは誰にも言っちゃダメだよ』
これっぽっちも、わたしの言うことを信じていないのだろう。ルイは大慌てでブンブンと首を横に振った。
「言わないよ、そんなこと――」と言いかけたルイに、わたしはぐいっと顔をくっつけた。
『黙っていてくれるなら、魔力測定の球をわたしの力で光らせてあげる。そうすれば、ルイは魔術師候補生として領都に行ける。どう?』
ルイの肩がビクンと跳ねた。一歩後ろに下がって、わたしを疑わしそうに見つめた。
とがらせた口先から、不信感と一緒にいらだちがこぼれおちる。
「それって……どういうこと? ぼくには魔術師になれるほどの魔力がないってこと?」
『ちがうよ。わたしはルイの魔力を使って生きてるの。わたしが生きていられるのはルイのおかげ。でも、そのせいでルイは魔力測定の球を光らせることができない。だから、わたしがルイの代わりに光らせるの』
「そんな話、信じられるわけが――」
眉をキュッと寄せて、わたしに詰め寄ろうとしたルイのからだが、ふわっと浮いた。ルイにとって、わたしは見知らぬ女の子だ。わたしの言うことなんて信じられるわけがない。
『どう? これがわたしの力。わたしは風をあやつれる。どこにだって飛んでいける。もちろん、ルイも一緒にね』
あわわわ、と唇を震わせながら、ルイは空中で手足をわたわた動かした。驚いたニワトリたちが、コケコケと小屋中を翔け回り、辺り一面に白い羽根が舞い飛ぶ。
「お、お、おろして」と涙目で声を絞り出したルイに、わたしは手を差し伸べた。
『これで信じてくれた?』
カクカクと頭を小刻みに動かしながら、ルイは恐る恐るわたしの手を取った。キョロキョロと足もとを見ながら、何度か地面を踏みしめた。
それから、ようやく安心したように、ふーっと息をついた。
と、その時、小川をはさんだ畑の向こうで、「あー!」と大きな叫び声があがった。
「ルイくん、ずっるーい! 家の中はダメって決まってるでしょう!」
ものすごい速さで走ってきたミレーヌが、ニワトリ小屋の格子に噛みつかんばかりに、ルイを睨みつけた。
ルイは真っ青な顔をして、わたしをミレーヌから隠そうと、背中にかばった。格子越しに、バタバタと手を振って、必死にミレーヌに弁解する。
「ちがうちがう。ニワトリ小屋は家じゃないし、この子は何でもないし、なんでもないったら、なんでもない」
「えー! ニワトリ小屋だって家の中みたいなものじゃない! 今日はずっとルイくんが探し役ね! ずっとだよ! ずーっと!」
絶句してうなだれるルイを横目に、わたしは格子をすり抜けて飛びあがった。とたんに、ルイの目がまん丸になる。
『今日の夜、ルイの家に行くから、その時までに決めておいて。寝てていいよ。叩き起こしてあげるから』
目だけじゃなく、口までポカーンと開いたルイが、わたしとミレーヌに視線をいったり来たりさせる。
『わたしはルイの守護精霊だからね。わたしの姿はルイにしか見えないし、声もルイにしか聞こえないよ』
ミレーヌに責められ続けるルイに手を振って、わたしは湖に向かって飛んだ。
「しゅご、せいれい、って……」
首をコトンと傾け、かろうじて聞き取れるほどの、息のような声を吐き出した。
「……なに、それ?」
うーん、やっぱりそうなるかー。思っていたとおりのルイの反応に、わたしはこっそり溜め息をついた。
まわりをぐるっと森に囲まれたこの小さな村では、魔術師ですら一年に一度しか見る機会がない。守護精霊などという、さらに希少なものは、話題にすら上らないのだ。
でも……と、わたしを気を取り直してルイに微笑みかけた。
『ねえ、ルイ。ボーデ湖に住んでいる水の精霊さんのことは知ってるよね?』
「うん、もちろんだよ。ボーデの精霊様だね」
ルイは当たり前だと言わんばかりに、大きくうなずいた。
この村を含むボーデ湖周辺は、水の精霊さんのなわばりだ。この辺りに魔獣と呼ばれる凶悪な生き物がいないのは、水の精霊さんのおかげだ。
魔獣は人や動物だけではなく、ちいさな精霊をも食べてしまうので、すべての生き物にとって天敵にあたる。
雨が降ると、水の精霊さんは湖から外に出て、なわばりに入り込んでいる魔獣をバッタバッタと倒してまわる。
水の精霊さんはなわばりを守っているだけなのだけど、村の人たちにとっては魔獣から村を守ってくれるありがたい存在なのだ。
一年に一度おこなわれる精霊祭では、村をあげて水の精霊さんに感謝を捧げる。
ということは、水の精霊さんと友達のわたしは、たぶんだけど……えらいはず。
わたしは自信満々にルイに顔を近づけた。
『水の精霊さんはこの村を守ってくれてるよね。ああいった精霊がふつうの精霊で、わたしは守護精霊。ルイの魂と結ばれてて、ルイを守ってるの。どう? すごいでしょう?』
えっへん、と自慢げに胸を張ったわたしを見ながら、ルイはぽりぽりと頭をかいた。
「へー、すごいんだねー」と無感動な声を発するルイに、わたしは大きくうなずいた。
『うんうん、信じられないよね。いいよ、信じなくても。ただ、ルイが守護精霊持ちだってことは誰にも言っちゃダメだよ』
これっぽっちも、わたしの言うことを信じていないのだろう。ルイは大慌てでブンブンと首を横に振った。
「言わないよ、そんなこと――」と言いかけたルイに、わたしはぐいっと顔をくっつけた。
『黙っていてくれるなら、魔力測定の球をわたしの力で光らせてあげる。そうすれば、ルイは魔術師候補生として領都に行ける。どう?』
ルイの肩がビクンと跳ねた。一歩後ろに下がって、わたしを疑わしそうに見つめた。
とがらせた口先から、不信感と一緒にいらだちがこぼれおちる。
「それって……どういうこと? ぼくには魔術師になれるほどの魔力がないってこと?」
『ちがうよ。わたしはルイの魔力を使って生きてるの。わたしが生きていられるのはルイのおかげ。でも、そのせいでルイは魔力測定の球を光らせることができない。だから、わたしがルイの代わりに光らせるの』
「そんな話、信じられるわけが――」
眉をキュッと寄せて、わたしに詰め寄ろうとしたルイのからだが、ふわっと浮いた。ルイにとって、わたしは見知らぬ女の子だ。わたしの言うことなんて信じられるわけがない。
『どう? これがわたしの力。わたしは風をあやつれる。どこにだって飛んでいける。もちろん、ルイも一緒にね』
あわわわ、と唇を震わせながら、ルイは空中で手足をわたわた動かした。驚いたニワトリたちが、コケコケと小屋中を翔け回り、辺り一面に白い羽根が舞い飛ぶ。
「お、お、おろして」と涙目で声を絞り出したルイに、わたしは手を差し伸べた。
『これで信じてくれた?』
カクカクと頭を小刻みに動かしながら、ルイは恐る恐るわたしの手を取った。キョロキョロと足もとを見ながら、何度か地面を踏みしめた。
それから、ようやく安心したように、ふーっと息をついた。
と、その時、小川をはさんだ畑の向こうで、「あー!」と大きな叫び声があがった。
「ルイくん、ずっるーい! 家の中はダメって決まってるでしょう!」
ものすごい速さで走ってきたミレーヌが、ニワトリ小屋の格子に噛みつかんばかりに、ルイを睨みつけた。
ルイは真っ青な顔をして、わたしをミレーヌから隠そうと、背中にかばった。格子越しに、バタバタと手を振って、必死にミレーヌに弁解する。
「ちがうちがう。ニワトリ小屋は家じゃないし、この子は何でもないし、なんでもないったら、なんでもない」
「えー! ニワトリ小屋だって家の中みたいなものじゃない! 今日はずっとルイくんが探し役ね! ずっとだよ! ずーっと!」
絶句してうなだれるルイを横目に、わたしは格子をすり抜けて飛びあがった。とたんに、ルイの目がまん丸になる。
『今日の夜、ルイの家に行くから、その時までに決めておいて。寝てていいよ。叩き起こしてあげるから』
目だけじゃなく、口までポカーンと開いたルイが、わたしとミレーヌに視線をいったり来たりさせる。
『わたしはルイの守護精霊だからね。わたしの姿はルイにしか見えないし、声もルイにしか聞こえないよ』
ミレーヌに責められ続けるルイに手を振って、わたしは湖に向かって飛んだ。
0
あなたにおすすめの小説
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
いや、無理。 (完結)
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる