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6 六歳の王子を「連れさらう」守護精霊
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村中がすっかり寝静まった夜更けに、わたしはルイの家を訪れた。すっかり夢の中にいたルイだったけど、心は決まったようだ。
寝ぼけ声ながらも、「魔術師になるために、領都に行きたい」と言ったルイを、わたしは風でくるみ、夜の空へと誘った。
「ひゃっ…ふぅっ……へぇっ、ひぃっー……むぅっ…うむぅっ」
両手で必死に抑えているにもかかわらず、ルイの口からもれる悲鳴のような声がとまらない。風で包みこんだ体もぶるぶる震えている。
一面に星がちりばめられた空。天高く昇った満月からは、やさしい光が降りそそいでいる。
明かりなどなくても、眼下に広がる森をはっきりと見てとれるはずだ。夏の風は肌に心地よく、むし暑さを吹き飛ばしてくれる。
『うーん? 寒いの、ルイ? 暗くて恐いってことは、ないよね?』
「ふぇっ!? こ、こ、恐くなんか、ふぅわっ! あ、あ、あるわけが、あああぁっ!」
ルイの悲鳴が夜空に響き渡る。村まで届いただろうか? いや、村を流れる小川のカエルの鳴き声のほうが、よっぽど大きいだろう。
お目当てのボーデ湖を視界にとらえ、わたしはふっと高度を下げた。とたんにルイの悲鳴が、もはや声ではない何かに変わった。
大きな月を浮かべていた湖面が、わたしたちを出迎えるかのように、ゆっくりと持ちあがる。いつもは水晶のように透きとおっている水の精霊さんが、やわらかな月光をたたえて妖艶に微笑んだ。
『お待たせー、水の精霊さん。待ったー?』
水際にルイを降ろしながら、わたしは水の精霊さんに大きく手を振った。
『あーらあら、そのまーるくうずくまってる子が、あなたの守護主なの?』
いつもとはちがう、ツンッとした声が、湖面に波紋を起こす。水の精霊さんは見下すような視線をルイに向けた。
あれっ? 水の精霊さんはルイのことをお気に召さないのかな。まあ、あんまり人に関心がないもんね。
そう思いながら振り返ると、月明かりのもとでもはっきりとわかるほど、ルイの顔がまっかっかだった。
『あー、水の精霊さんってハダカだからね。ルイは男の子だから、まじまじ見るわけにはいかないよね』
口をついて出た言葉に、またしても、水の精霊さんが湖面を揺らした。
『ハダカ? あいかわらず、風の子はおかしなことを言うね』
どうやら、ご機嫌を損ねたらしい。近くにいた小さな精霊が、ピューッと逃げていくのが見えた。
『うーん、そうだね。こう、ふわっとしたものを、まとえないの? ひらひらっとした布みたいなものってわかる?』
『やれやれ、あんたは人に馴染みすぎだよ。精霊の尊厳というものを、これっぽっちもわかっちゃいない。人ごときにあわせてなんてられないよ。だいたいだよ。あんたときたら風のくせに、やれ形がどうだの、服がどうだのと――』
いつものことながら、水の精霊さんの説教が始まった。長生きしているせいだろうか? どうにも考え方が古いというか、固いのだ。
ずっと同じ場所に住んでいるせいかもしれない。たぶん、川で暮らしてたら、もっとやわらかい考え方をするんだろうなと思いながらも、とりあえず、うんうんとうなずいておく。
『あんた、これっぽちも聞いてないじゃないか。ああ、これだから風の精霊は。何を言ったって聞き流すだけだよ。前にいた奴も、おんなじように、はいはい聞いてますみたいな素振りだけ見せて、いっこうに――』
村のご老人たちも、近所の人を捕まえては、くどくどと同じことを話していたけど、水の精霊さんも結局は人と同じなんじゃないだろうか?
よく、人と精霊はちがうなんて言ってるけど、同じだよね。
『ほーら、聞いてないじゃないか。今、私が言ってたことを言ってみなよ』
うん? と首を傾げたわたしを、ジト目で睨んでいた水の精霊さんだったが、ふと空を見上げた。
『まあ、でも、今夜はいい月だね。明日は雨になるよ』
わたしもつられて空を見上げる。月に傘がかかってるわけでもないのに、水の精霊さんは雨が降ると言う。
『うんうん。風もにおうし、朝には降り始めるかな』
風の精霊であるわたしも、天気には敏感だ。精霊のいちばんの関心事は、結局は自然のことだ。
さっきまで怒っていたことも、どこ吹く風。水の精霊さんは月を見ながら、キラキラと体を波打たせた。
『じゃあ、ぼちぼち、ルイの髪を染めてもらおうっかな』
すっかり機嫌が直った頃合いを見計らって、わたしはうずくまったままのルイを、ずずっと動かした。
「えっ! えぇっ!?」とあたふたしているルイを、ゆっくりと水の精霊さんの前まで運ぶ。
『そういえば、そんなこと言ってたね。でもね。あんたがやらせたほうがいいだろうよ。もうじき出ていくんだろう?』
水の精霊さんは、小指の先ぐらいの小さな水の精霊を、湖の中から浮かび上がらせて、わたしのほうに寄こした。
『こいつにやらせてみな。このくらいのちっちゃな奴なら、どこにでもいるからさ。捕まえて頼めば、あんたの言うことを聞くだろうよ。まあ、他の水の精霊のなわばりじゃなければだけどね』
寝ぼけ声ながらも、「魔術師になるために、領都に行きたい」と言ったルイを、わたしは風でくるみ、夜の空へと誘った。
「ひゃっ…ふぅっ……へぇっ、ひぃっー……むぅっ…うむぅっ」
両手で必死に抑えているにもかかわらず、ルイの口からもれる悲鳴のような声がとまらない。風で包みこんだ体もぶるぶる震えている。
一面に星がちりばめられた空。天高く昇った満月からは、やさしい光が降りそそいでいる。
明かりなどなくても、眼下に広がる森をはっきりと見てとれるはずだ。夏の風は肌に心地よく、むし暑さを吹き飛ばしてくれる。
『うーん? 寒いの、ルイ? 暗くて恐いってことは、ないよね?』
「ふぇっ!? こ、こ、恐くなんか、ふぅわっ! あ、あ、あるわけが、あああぁっ!」
ルイの悲鳴が夜空に響き渡る。村まで届いただろうか? いや、村を流れる小川のカエルの鳴き声のほうが、よっぽど大きいだろう。
お目当てのボーデ湖を視界にとらえ、わたしはふっと高度を下げた。とたんにルイの悲鳴が、もはや声ではない何かに変わった。
大きな月を浮かべていた湖面が、わたしたちを出迎えるかのように、ゆっくりと持ちあがる。いつもは水晶のように透きとおっている水の精霊さんが、やわらかな月光をたたえて妖艶に微笑んだ。
『お待たせー、水の精霊さん。待ったー?』
水際にルイを降ろしながら、わたしは水の精霊さんに大きく手を振った。
『あーらあら、そのまーるくうずくまってる子が、あなたの守護主なの?』
いつもとはちがう、ツンッとした声が、湖面に波紋を起こす。水の精霊さんは見下すような視線をルイに向けた。
あれっ? 水の精霊さんはルイのことをお気に召さないのかな。まあ、あんまり人に関心がないもんね。
そう思いながら振り返ると、月明かりのもとでもはっきりとわかるほど、ルイの顔がまっかっかだった。
『あー、水の精霊さんってハダカだからね。ルイは男の子だから、まじまじ見るわけにはいかないよね』
口をついて出た言葉に、またしても、水の精霊さんが湖面を揺らした。
『ハダカ? あいかわらず、風の子はおかしなことを言うね』
どうやら、ご機嫌を損ねたらしい。近くにいた小さな精霊が、ピューッと逃げていくのが見えた。
『うーん、そうだね。こう、ふわっとしたものを、まとえないの? ひらひらっとした布みたいなものってわかる?』
『やれやれ、あんたは人に馴染みすぎだよ。精霊の尊厳というものを、これっぽっちもわかっちゃいない。人ごときにあわせてなんてられないよ。だいたいだよ。あんたときたら風のくせに、やれ形がどうだの、服がどうだのと――』
いつものことながら、水の精霊さんの説教が始まった。長生きしているせいだろうか? どうにも考え方が古いというか、固いのだ。
ずっと同じ場所に住んでいるせいかもしれない。たぶん、川で暮らしてたら、もっとやわらかい考え方をするんだろうなと思いながらも、とりあえず、うんうんとうなずいておく。
『あんた、これっぽちも聞いてないじゃないか。ああ、これだから風の精霊は。何を言ったって聞き流すだけだよ。前にいた奴も、おんなじように、はいはい聞いてますみたいな素振りだけ見せて、いっこうに――』
村のご老人たちも、近所の人を捕まえては、くどくどと同じことを話していたけど、水の精霊さんも結局は人と同じなんじゃないだろうか?
よく、人と精霊はちがうなんて言ってるけど、同じだよね。
『ほーら、聞いてないじゃないか。今、私が言ってたことを言ってみなよ』
うん? と首を傾げたわたしを、ジト目で睨んでいた水の精霊さんだったが、ふと空を見上げた。
『まあ、でも、今夜はいい月だね。明日は雨になるよ』
わたしもつられて空を見上げる。月に傘がかかってるわけでもないのに、水の精霊さんは雨が降ると言う。
『うんうん。風もにおうし、朝には降り始めるかな』
風の精霊であるわたしも、天気には敏感だ。精霊のいちばんの関心事は、結局は自然のことだ。
さっきまで怒っていたことも、どこ吹く風。水の精霊さんは月を見ながら、キラキラと体を波打たせた。
『じゃあ、ぼちぼち、ルイの髪を染めてもらおうっかな』
すっかり機嫌が直った頃合いを見計らって、わたしはうずくまったままのルイを、ずずっと動かした。
「えっ! えぇっ!?」とあたふたしているルイを、ゆっくりと水の精霊さんの前まで運ぶ。
『そういえば、そんなこと言ってたね。でもね。あんたがやらせたほうがいいだろうよ。もうじき出ていくんだろう?』
水の精霊さんは、小指の先ぐらいの小さな水の精霊を、湖の中から浮かび上がらせて、わたしのほうに寄こした。
『こいつにやらせてみな。このくらいのちっちゃな奴なら、どこにでもいるからさ。捕まえて頼めば、あんたの言うことを聞くだろうよ。まあ、他の水の精霊のなわばりじゃなければだけどね』
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