学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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廃墟と掃除と亡霊と

廃墟と掃除と亡霊と その5

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 五人は館の勝手口から館へと入る。
 勝手口から入ったので、そこは無論台所であったのだが、五人全員が顔を顰める。
 床には大量の虫が、虫種達の死骸が、埃と共に転がっていたからだ。
「殺虫陣の効果絶大ですね……」
 ミアはそう言って部屋の中を見回す。
 少なくとも生きている虫種はいなさそうだ。
 殺虫陣の効果で虫種は全滅しているが、流石にどれも小さな虫ばかりだが、パッと見ただけでも毒虫も多く転がっている。
 毒虫の中には体毛や、目に見えないほど小さな毒毛針があるのでその死骸に触るだけでも、危険な種もいるので下手に素手で触らないほうが良い。
 また、それとは別に至る所に埃が積もっている。
 その埃に虫達の足跡だけが残されている。
 長年、人に使われていなかったのが目に見えてわかる。 
 埃と虫種しか目につかない、そんな空間だった。
 それ以外は、荒らされた様子もない空き家の台所と言った感じだ。
「こんなに入り込んでいたんですねぇ」
 アビゲイルが床や机の上で、ひっくり返っている様々な種類の虫を見てそんな言葉を吐く。
 そして、まずは使い魔達を部屋にあげて、虫の死骸と埃の掃除をさせ始める。
「そんなことより、幽霊はいるの?」
 スティフィが辺りを警戒してそう聞くと、
「うーん、この辺りにはいませんねぇ。というか、入り口で待機している荷物持ち君を感じ取りでもしたのか逃げていってますねぇ」
 アビゲイルの義眼でも、この辺りに幽霊の姿を見ることはない。
 ただ、距離をとりつつも様子は伺っているようなので、気を抜くわけにもいかない。
 明かりが苦手なのか、太陽光が苦手なのか、遠くの暗がりから、そっとこちらを見ている幽霊達がアビゲイルの目には確認できる。
 とはいえ、ここは彼女らの長年の住処なのだから、様子を伺って来るのは当たり前かもしれないが。
「に、荷物持ち君は、や、やっぱり……? 建物内には?」
 ジュリーが一番後ろから、そう言って振り返り荷物持ち君を確認するが、門番でもするかのように、お勝手口の横に立ったまま動いていない。
 その様子から、やはり荷物持ち君は室内には入るつもりはないようだ。
「アビィちゃんの言う通り入ってきませんね」
 ミアも荷物持ち君の方を見て見るが、荷物持ち君はミアにも反応しない。
 護衛者の役目をおっていても、古老樹がそういう判断を下すという事だ。
 無月の女神的にも領域内に入れたくないのかもしれない。
 これではアビゲイルも本格的に荷物持ち君に頼るのを諦めざる得ない。
「うーん、毒虫も多いですねぇ。下手に触らないでくださいねぇ。まずは使い魔に掃除させますのでぇ」
 仕方ないので、アビゲイルも使い魔に指の動きだけで指示を伝えて働かせ始めた。
 このまま入口で手をこまねいても仕方がない。
 せっせせっせとグランドン教授から借りた使い魔が働いているのを見て、スティフィは、
「入ったは良いけど、どうするのが目的なのよ」
 と、アビゲイルに聞く。
 使い魔に掃除させるなら、ミア達が手伝いに来る意味はない。
「いや、掃除ですよぉ、掃除。最初からそう言っているじゃないですかぁ? 虫の撤去が終わった部屋からお願いしますよぉ」
 そう言って、アビゲイルはこの部屋に置きっぱなしになっている埃まみれのバケツとカラカラに乾いて固まった雑巾を使い魔に持ってこさせる。
 ついでに、その乾いた雑巾にも虫の死骸が絡みついているので、誰一人としてそれを受け取らない。
 ミアですら持参した雑巾を取り出すくらいだ。
 だが、そんなことを気にするアビゲイルでもない。
 雑巾とバケツをその場に置いて、使い魔に別のことを指示させる。
「幽霊も含めての掃除ね」
 スティフィはアビゲイルに鋭い目を向けて、皮肉のつもりで言った。
 それに対して、アビゲイルはいつもの張り付いた笑顔で応えるだけだ。
「埃も凄いですしね」
 と、ミアは持参した雑巾を握りしめてそう言った。
 お勝手口のすぐ外に井戸はあるのだが、枯れているので水を用意することはできない。
 マリユ教授がここを去る際に、変なものが住み着かないように、井戸を枯らして封印して行ったという話だ。
 既に井戸の封印もアビゲイルにより解かれ復旧中ではあるが、水がすぐに戻ってくることはない。
 水が戻ってくるには、もうしばらく時間が掛かるとのことだ。
「この館の地図は?」
 スティフィはアビゲイルに確認する。
「失われていてないそうですぅ。でも基本的に四角ですよぉ。中央に大きな中庭があって、それを囲うようになっていて廊下で繋がってますよぉ、迷う作りじゃないですねぇ」
 と、アビゲイルは答えた。
 ただ、スティフィはアビゲイルの言葉を信じてないので参考程度にしか思っていない。
 外から見た感じでは、確かにアビゲイルの言う通り、基本は四角い建物に思える。
「その分、部屋数も多そうだけどね」
 外部から見て、鎧戸が嵌められ中の様子は伺え無かったが、窓の数を数えていたスティフィはポツリとそんなことを言った。
 少なくとも一階だけで二十近い部屋が、窓の数から確認できている。
「二階建て…… ですか?」
 ジュリーも確認する。
 階数が多ければ、その分労働も増える。
 既にこの人数では人数不足感があるほど、この屋敷は広い。
「いえ、地下を合わせて四階建てですねぇ」
「三階と地下があるってことね」
 予想よりも階数が多いことにスティフィは顔を顰めるしかない。
 藪を通り越して林のようになっている中庭を含めるとかなりの広さがある屋敷だ。
 普通に掃除するだけでも大変なのに、毒虫の死骸や幽霊の脅威もある。
 どう考えても楽な仕事ではない。
 もう少し人数が欲しいとそう思えてしまう。
「そうですね。とはいえ、三階は星見台ならぬ夜見台ですねぇ、屋上みたいなものですよぉ。地下は儀式場と倉庫。地上も、ほとんど中庭なので見た目ほど広くはないですよぉ」
 アビゲイルはそう言ってはいるが、十分に広い。
 そもそも台所からしてかなり広く立派だ。
 一時期、マリユ教授とその弟子が十数人で暮らしていたと聞いたが、それを考えても広い位だ。
「ああ、夜の女神だから夜見台ね」
 館の広さよりも、スティフィは「夜見台」という言葉の方が気になったようだ。
 無月の女神は月無き夜の女神。無月の女神は夜空そのものとも言われている。
 それ故に、その巫女と巫女候補達は新月の晩は、夜見台にて、夜に、夜空にむかい祈りを捧げると言われている。
 その為の場所なのだろう。
「そうですよぉ。うちは夜空そのものが御神体ですからねぇ」
 そう言って、アビゲイルは夜見台のことを思い出す。
 屋上に空を見上げるための背もたれが倒された椅子があるくらいだ。
 一応、一部に屋根はあるが、壁はほとんどない。そんな場所だ。
 掃除、という話なら、地下の方が大変だろう。
 地下には儀式場の他に倉庫がいくつかある。
 マリユ教授、秘蔵の多くの呪物も未だに保管されているはずなので、ある意味、幽霊などよりよほど危険かもしれない。
 アビゲイルはそのことを知ってはいるが、口には出さない。
 言うと、またスティフィに色々言われると思ったからだ。
 ただそれだけの理由で、アビゲイルは倉庫、いや、超が付くほど危険な宝物庫のことを黙っているのだ。
「いや、まあ、それは良いのよ。で、具体的にどうするのかって話よ?」
 スティフィは少し苛立ちながら、アビゲイルに確認する。
 今は、使い魔以外、ただやることも分からず入口で棒立ちしているだけだ。
「え? えーと、まずは私が使い魔で虫種達の死骸を片しますので、それが終わったら各自掃除をお願いしますぅ」
 アビゲイルはスティフィに聞かれ、適当に思いついたことを答える。
「はい、任せてください!」
 と、ミアだけが元気に返事をする。
 残りの三人はうんざりとした表情している。
「ばらけない方が良いわよね?」
 確認とばかりに、スティフィが聞いてくる。
「あー、そうですねぇ、幽霊は一人になると襲ってくるっていう話もありますし、決して館内では一人にならないでくださいねぇ」
 言い忘れてたと、言わんばかりにアビゲイルもそれを追加で注意を促す。
「はい! つまり幽霊さんの研究を進める場合は一人になれば良いわけですね!」
 ミアだけが幽霊を恐れていないようにそう言った。 
「いや、ミア…… 幽霊って危険だからね? 基本的に恨みを持って死んだ死者で、生きている人間を敵のように襲ってくるのよ?」
 と、スティフィもそう言いつつも、聞きかじりの知識でしかない。
 ただミアにはよく言い聞かせておかなければ、と、そう強く言っている。
「え? でも、研究しないと夏休みの課題が終わりませんよ?」
 ミアはミアで夏休みの研究課題の事しか頭にないようだ。
 ミアにとっては、それが神からの使命の一部の様なものなので、仕方がないことだが。
「それはそうだけど…… まあ、ミアにはまだ精霊が憑いているから幽霊達も…… 幽霊と精霊って干渉し合えるの?」
 スティフィもここで疑問が浮かぶ。
 性質的には精霊も幽霊も似ている。
 基本見ることも出来ず、一方的に干渉してくる。
 それらが戦えばどうなるか想像もつかない。
 ただ、ミアについているのは大精霊ともいえる精霊なので、人間の幽霊如きがどうこうできるとも思えない。
「色んな説がありますよぉ。似た者同士とか全く別物だとか。一応、一般的には干渉し合える、だろう…… という話ですが」
 アビゲイルがスティフィの疑問に答えるが、どうも自信がなさそうだ。
 その言葉でジュリーの顔が輝いた。
 それを見たスティフィは、ジュリーが精霊魔術を使えるのだと予測がつく。
 以前は使えなかったはずだが、サリー教授の弟子に着いた時に精霊王と契約しに行っていたのかもしれない。
「実際はわからないと?」
「はぁい」
「あっ、ダメですね、箒がありましたが虫の巣になってますね、使うと小さい虫が逆に落ちてきそうです」
 そんな話の中、ミアは、ミアだけは真面目に掃除をしようと部屋に取り残されていた箒を見つけるが、逆に虫の巣になっていたため、それを手に取ることを諦めた。
 箒の穂の部分に黒い小さな甲虫のような虫がたくさんくっついている。
 それどころか、柄の部分も虫に食われてボロボロになっている。
 無論もう死んではいるのだろうが、毒虫のこともあるのでミアもそれを手に取ろうとは思わなかった。
「ミア、話聞いてた? それと持ってきた清掃道具の方を使いなさいよ」
 スティフィはやきもきしながら、ミアに注意する。
「え? 話ですか? 幽霊と精霊が干渉し合えるかどうかわからないって話ですよね」
 と、ミアはちゃんと答える。
「ちゃんと聞いてたのね」
「大丈夫ですよ! 今日はちゃんと身の安全のために古老樹の杖を持ってきているので」
 ミアはそう言って、その場でくるんと半回転して飛んで見せた。
 背中には確かに古老樹の杖が括りつけられている。ついでにニンニクを括りつけてある棒も背負っている。
 ニンニクの棒はともかく、古老樹の杖ならば幽霊にも対抗できるかもしれない。
 一応、ミアもそれなりに気を着けている証拠だろう。
「杖は平気なんですね」
 と、ジュリーがまだお勝手入口で、荷物持ち君を見ながら言った。
「生木かどうかの違いなんですかねぇ? 興味深いですねぇ」
「というか、ジュリー、あんた精霊魔術使えるのね?」
 一応、スティフィがそのことを確認すると、ジュリーはぎこちなく頷く。
 幽霊に精霊で対抗出来るのであれば、意外と身近な対抗手段になる。
「今年に入ってからですが、サリー教授が引率で朽木の王に会いに行く事があったので、それに同行して、その時に契約してきました」
 と、ジュリーはそう言った。
 ジュリーが契約したのは普通の下位精霊だ。
 当たり前だが、ミアに憑いているような強力な精霊ではない。
「おお、ジュリーは何の精霊が使えるんですか?」
 ミアが嬉しそうに聞いてくる。
 力が強すぎる精霊の為、上手く精霊を扱えないミアにとっては身近に精霊を扱える人間がいると色々と話を聞けるかもしれないからだ。
「火と水の二体です。便利ですので」
 と、ジュリーは答える。
 その二つのことを扱うのが長けた精霊は初心者御用達の二体とも言える精霊だ。
「初心者がとりあえず選ぶ基本みたいな奴ね」
 ジュリーの答えに、スティフィが茶々を入れる。
「水と火が、簡単に使えるのは便利ですよ!」
 ジュリーはそう言って反論する。
 確かに、水と火を簡単に扱えるようになるので、とても便利な精霊だ。
 ただ、火を扱うのに長けた精霊は少々危険ではあるが。
 精霊魔術師の初心者は良くそれで小火を起こす。
 その対処の為、水を扱うのに長けた精霊を同時に契約するのが一般的だ。
「あっ、じゃあ、ジュリーちゃんに水を用意してもらいましょうかぁ。私、精霊魔術は苦手なんですよねぇ」
 ちょうどいいとばかりにアビゲイルはそう言った。
 井戸の水がまだ戻って来てないので、拭き掃除はまた後でと考えていたのだが、それも解決しそうだ。
「え? あっ、はい。この辺りは湿度が高いのでかなりの量を用意できると思います」
 この辺りだけ気温は低いのに、湿気はわからないので、妙にじめじめとして不快なのだ。
 ただそれだけに、水の扱いに長けた精霊で水を集めるのも楽だ。
 この湿度なら、まだ力の弱い下位精霊でも十分に水を集めれるだろう。
「まずは水を貯める瓶でもぉ…… って、そこらにいっぱいありますねぇ」
 そう言って、アビゲイルが瓶の中を覗こうとする。
「中は虫だらけだろうけどね、天然の虫の呪術が出来上がってんじゃない?」
 アビゲイルが中身を確認する前に、スティフィにそう言われ、アビゲイルは瓶の中を覗くのをやめた。
 実際そうなっていたからだ。
 室内に元からあった瓶を使うことを諦め、持ってきた桶に水を貯めることにした。

 そうして、やっと無月の館の掃除が始まった。

 基本的にはアビゲイルが虫種の死骸を使い魔で片付ける。
 その後に普通の掃除をしていくだけだ。
 そうやって部屋の掃除が終われば次の部屋へと言った感じだ。
 必ず二人以上で行動すること以外は特に変わったこともない。
 館自体もアビゲイルの言っていた通り単純な構造となっている。
 今は完全に藪で覆われているが、館の中央は大きな中庭となっていてる。
 大きな敷地の館だが、その大半は中庭なので、それほど内部自体が広いわけではない。
 中庭は長方形でそれを囲うように廊下が作られ、更に廊下を囲うように外側に向けて部屋が置かれている。
 で、四隅には階段塔というべき塔がある。
 基本はそんな作りになっている。

 いくつかの部屋を掃除し終わり、日も傾いて来たくらいの時期だ。
 急に部屋の椅子の一つがガタガタと揺れ始めた。
「ひぃぃぃぃぃぃ」
 と、それを見たジュリーが声を上げる。
「アビゲイル! 幽霊いるの!?」
 スティフィが即座に銀の短剣を抜き放ち、構えて聞くのだが、
「この場にはいませんねぇ。遠くから念動力で悪戯しているだけですねぇ」
 と、アビゲイルは部屋の入口、その奥を見ながら答えた。
 かなり遠くにいる幽霊がこちらにちょっかいをかけて来ているのがアビゲイルだけには見える。
「念動力ですか。しかも遠くからですか? ちゃんと書き記しておきましょう。夕方くらいに…… っと」
 ミアはそう言って、揺れる椅子をまじまじと観察しながら、その様子を雑記帳に書き記していく。
 その後、震える椅子を触り出したりしたので、それをスティフィが止める。
「やめなさい、ミア」
「え? でも、どれくらいの念動力なのか調べませんと」
 と、ミアは不思議そうな顔を見せる。
 そうしたところで椅子がガタガタと震えていたのが止まる。
「あっ、止まりましたねぇ。今日はこれくらいにしますか。ちょっかいかけられましたし、やっぱり日があるうちは大人しいんですかねぇ?」
 そう言って、アビゲイルはあたりを見回す。
 妙な気配を感じつつも幽霊達の姿を確認することはできない。
「それも書いておきます!」
「撤収ですね、早く撤収しましょう!」
 と、それを聞いたジュリーが同意する。
 だが、アビゲイルは、慎重にその場を動かずに周りを見回すだけだ。
「スティフィちゃんはなにか感じてますかぁ?」
 しばらく辺りを見回した後、アビゲイルはスティフィにも意見を求める。
「暗がりの方から視線は感じるけど、何もいないし気配もないのよ」
 と、スティフィは日の当たらない暗がりの方を見てそう言った。
 確かにそっちの方から視線を感じるが、そこには誰もいない。
 気配もない。
 感じるのは確かな視線だけだ。
「ニンニクお祓い棒の出番ですか?」
 そう言って、ミアは古老樹の杖と一緒に背負っていた、ニンニクお祓い棒とやらを取り出す。
 そんなものを取り出すなら、古老樹の杖の方を取り出せとばかりに、
「出番はないわよ、しまっときなさいよ」
 と、スティフィはミアに告げる。
 そんな呑気なやり取りをしているときだ。
 アビゲイルの顔から、張り付いた笑顔が消える。
 そして、
「マーちゃんの聖水は冥府の神の聖水ですか?」
 と、マーちゃんに確認する。
「はい、一応は。師匠に聞いて初めて聖水を作ったので、何とも言えませんが、わよ」
 と、慌ててマーちゃんが答える。
「それをこの部屋の入口に撒いてください。すぐに」
 と、アビゲイルは珍しく鋭く言い放つ。
「え? 今ですか?」
 マーちゃんは驚いて聞き返すが、いつになくアビゲイルの表情が真剣だったので、返事を待たずに行動に移す。
「なるはやです」
 と、アビゲイルは叫ぶ。
 アビゲイルの義眼には、いつのまにかに数体の幽霊がこの部屋を取り囲むようにいるのが見えている。
「わ、わかりました、わよ?」
 そう言って、マーちゃんは部屋の入口に聖水を撒く。
 幽霊達はそれを嫌がるように避けていく。
 これで幽霊が入口から入ってくることはなさそうだ。
 やはり冥府の神に祝福されたものは効果があるようだ。
「どういう事?」
 と、スティフィも銀の短剣をとりあえず構えたまま聞く。
「なんかすでに囲まれてますねぇ」
 と、冷や汗を垂らしながらアビゲイルはボソッと言った。
「はぁ? 幽霊に? あんた見えるんじゃないの?」
 と、スティフィは非難するが、
「見えますが、透視能力はないんですよ。物陰から来られるとわからいんですよぉ。壁に春画を張りましょう。効果があるかもしれないですからぁ」
 そう言って、アビゲイルは懐から春画を取り出して壁に張り出した。
 それを四方の壁に貼っていく。
 ついでに、その春画の裏には天幕に書かれた紋様と同じ物が描かれているのをスティフィは見逃さなかった。
 だが、それ以上に見逃せないものがある。
「って、春画って私の絵じゃない!」
 その春画と言われた物に描かれているのはスティフィ自身の姿だった。
 去年、ティンチルに行った時の際どい水着姿の物で、オーケンがマーカスの額の入れ墨の目を通して送られてきたものを印刷し小銭稼ぎをした物だ。
「ティンチルに行った時の水着って奴ですね。もう去年の話ですか、懐かしいですね」
 と、しみじみとミアがそう言った。
 幽霊に取り囲まれているという現状をまるで理解していないかのようだ。
 とはいえ、神を身近に感じているミアにとって、幽霊など恐れるものでもないのかもしれないが。
「ミア、あんたとことん呑気ね」
「ど、ど、ど、どうするんですか? せ、精霊、火の精霊を呼びますか?」
 ジュリーは既に恐慌状態になりかけているようだ。
 魔力の水薬を手に持ち、精霊に命令しようとしている。
 それを、アビゲイルが手で直接止める。
「火事になったら、主に呪い殺されますよぉ…… どうも幽霊が日が落ちると活動的になるっていうのは本当みたいですねぇ。我々を館から出したくないようですがぁ」
 この部屋を取り囲む幽霊を見ながらそう言った。
 どの幽霊も生前の姿とはかけ離れているので、どれが誰の幽霊か、アビゲイルにも判断がつかない。
 アビゲイルにはかつてに姉妹弟子たちが、亡者のようにしかみえない。
 これが元姉妹弟子と思うと、なんだか情けないものがある。
 栄えある、かどうかは別として、無月の巫女の弟子がこの体たらくとは、と。
 それは、悲しみよりも怒りの方が強い。
「視線だけじゃなくて、妙な気配をじりじりと感じ始めているんだけど?」
 と、スティフィが悲鳴のような声を上げる。
 日が傾くにつれて幽霊達の力が増しているようだ。
「これはちょっと甘く見ていましたねぇ」
 と、アビゲイルが顔を歪めながら、そんなことを漏らす。



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