学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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旅は道なりではなく世は情けない

旅は道なりではなく世は情けない その7

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「ここが神殿都市で首都ですか! リグレスとはまた違った感じですね」
 首都のフーヘラッドについたミアは目を輝かせてそう言った。
 そこは一面茶褐色の街並みだった。
 どこもかしこも茶褐色の煉瓦の建物ばかりだ。
 綺麗な街並み、というよりは、どこがどこだかよくわからない、といった印象の方が強い。
 同じ建材で作られた、同じような建物が並ぶ町。
 一つの神殿を中心として広がった古都。
 それがリズウィッド領の首都であるフーヘラッドという町だ。
「あんまり栄えてないって言いたいの、ミア?」
 ミアは見るからに浮かれているのだが、それに対してスティフィはからかうように、いや、からかってそう言った。
 実際、この町に華やかさはない。
 いや、見た目だけであれば、茶褐色一色の町はある種の美しささえあるのだが、この町は秘匿の神の信徒の町でもある。
 どこか厳かで粛々とした雰囲気があるのだ。
 この町を見ても、美しいとは思えても栄えているという感想は確かに出てこない。
「私には、ここも十分に栄えているように思えますけど?」
 けれど、ミアはその意図に気づかずに素直に自分が感じたものを答える。
 たしかにリグレスやティンチルのような活気や絢爛さはこの町にはない。
 だが、茶褐色一色で統一されたその街並みはやはりある種の美しさはあるのだ。
 統一された荘厳さが確かにある。
 リグレスやティンチルと言った町と比べれば、だが、この町はとても静かで、言うならば神聖なのだ。
 それはまるで町全体が神殿の一部のように、そう錯覚するほどだ。
 それに、ミアからすればこの町も十分に栄えている。
「ああ、うん……」
 ミアはスティフィが想像していた以上に、フーヘラッドという町に感動しているようだと、スティフィも感じ取る。
 ただ、この首都には茶褐色の街並み、それ以外に見どころがないことも事実だ。
 あと、あるとすれば町中央の神殿くらいのものだが、観光目的で行っても楽しい場所ではない。
 なにせ秘匿の神の神殿なのだ。
 そこで説明できるようなこともなく、観光目的としては不向きなのだ。
 それ以前に、実は危険な場所でもある。
「とりあえず宿を探しましょうか」
 フーベルト教授がそう言った。
 これより向かう東に、このフーヘラッドより栄えた都はない。
 東へ行けば行くほど後は田舎になっていくだけだ。
 むしろ、このフーヘラッドが極東と考えている人も少なくないほどだ。
「にしても茶褐色一色ですね。茶色の煉瓦でしょうか?」
 ジュリーもその街並みに感心しつつ、その煉瓦を観察する。
 一年を通して気候の変化が激しいリズウィッド領にしては珍しく干し煉瓦だ。
 耐水性の低い干し煉瓦を建物の建材としているということは、この首都周辺だけは、気候が安定しているのかもしれない。
 確かにこの辺りの空気はどこか乾燥しているし、空も真っ青で雲一つない。
 流石はこれだけの領地の主神を祀る都市だと、ジュリーも感心する。
 ただ、事実としては、主神だからというわけではなく、リズウィッド領の気候の変動が激しいのは、北にある山脈に住む雪山の王と南にある海に住む海の精霊達の仲が悪いからだ。
 精霊王の一人である朽木の王が収める土地より東は、リズウィッド領でも気候の変動はそこまで酷いものではない。
 とはいえ、そんな場所はリズウィッド領でも首都であるフーヘラッドくらいのものだが。
 リズウィッド領はこの首都フーヘラッドから西へと発展していった領地なのだ。
「この辺りは…… 良質な煉瓦用の粘土が取れるので…… それで、ですね……」
 と、サリー教授が感心しているジュリーに声を掛ける。
 この辺りの粘土が茶褐色なのは、粘土に豊富な鉄分が含まれているからだ。
 その鉄分のおかげで、良くも悪くも特徴ある粘土になっている。
「粘土ですって、荷物持ち君。粘土を少し追加しておきますか? あっ、大丈夫そうですか? そうですか」
 粘土と聞いて、ミアが荷物持ち君にそんなことを聞く。
 荷物持ち君にはあまり関係のない話なのだが、普通の泥人形と言う粘土で作られた使い魔は定期的に粘土を足してやらなければならない。
 そうしないと、どんどん目減りしていってしまうのだ。
 だが、ミアの提案を荷物持ち君は、すぐに首を横に振って断る。
「この辺りの粘土は鉄分が多いそうなので、植物としては嫌なのかもしれませんね」
 それを見たフーベルト教授はそんな事を言った。
 確かに鉄は植物にとっても必要な栄養素ではあるが、やはり多すぎても毒にもなるのだ。
 ただ、古老樹である荷物持ち君にはそれも関係ないことだ。
 恐らくは荷物持ち君が欲する品質の粘土ではないというだけなのだろう。
 フーベルト教授もそのことをなんとなくわかりつつも、そう言ったのだ。
「なるほど」
 と、素直にミアは鉄分が多すぎるから、と、そう理解した。
 そのやり取りをスティフィは横目で見つつ、
「久しぶりのまともな宿ね。体を拭くだけでもしたいわね」
 と、そう言った。
 シトウス砦でも天幕生活だだったし、馬車での車上生活では、もちろん、そんなことも来ていない。
 スティフィとしても、一応は気になるところだ。
「そうですね…… 流石に」
 ジュリーからしたら、かなり気になる問題だ。
 荒れ地に住む民としては、元々はあまり気にしなかったが、魔術学院で共同浴場にも入るようになって清潔さにはかなり気を使うようになっている。
「ん? なんなら俺が拭くの手伝うぜ?」
 そこで、エリックが満面の笑みでそんなことを言った。
 親切心、いや、かなりスケベ心からの発言だ。
「黙ってなさいよ」
 そんなエリックをスティフィが鋭く一言で黙らせる。
 そんなやり取りにももう慣れたフーベルト教授は、
「この馬車も止められる宿屋になりますからね。それなりに大きな宿屋になるはずですから、お風呂もあるかもしれないですね」
 そう言った。
 ただ、フーベルト教授の知識では、この辺りは普通の風呂ではなく蒸し風呂のほうが有名だったと記憶している。
 元々は体を清めるための儀式だったらしく、室内を蒸気で温め多湿しに、汗をかきやすくして体を清潔にして清めるためのものだ。
 それが蒸し風呂としても機能していたので、ここそのままフーヘラッドでは独特の風呂の文化となった。
 ただフーベルト教授も実はそのことにそこまで詳しくもないので、それ以上は語らない。
「それだと助かるわね。部屋は? 一部屋? 二部屋? それとも三部屋?」
 続いてスティフィが気になることは部屋割りだ。
 馬車の車上生活はもちろん、天幕生活でも部屋は一つしかなかった。
 流石に一人一部屋はないだろうが、教授夫婦と生徒でわかるかもしれないし、そこから生徒の間で男女で部屋を分けてくれるかもしれない。
 そう聞かれたフーベルト教授は苦笑しながら、
「宿泊料次第ですよ」
 と、答えた。
 教授となって日が浅いフーベルト教授には後ろ盾となってくれる支援者も少ない。
 フーベルト教授自体は、それほど裕福とは言えない懐事情をしている。
「魔術学院の教授とは思えない発言ね。フーベルト教授はともかくサリー教授は?」
 ただ魔術学院の教授は二人いる。
 夫婦ではあるが、サリー教授は長く教授をしているし、特に魔術具開発では一目を置かれているような教授だ。
 かなりの支援者も資金も持っているはずだ。
 はずなのだが、
「あっ…… いえ…… 二部屋ですか…… ね?」
 と、サリー教授はそう言った。
 その言葉にスティフィは表情を曇らせないし、異論も発せない。
 サリー教授はデミアス教の大神官、オーケンの娘だからだ。
「部屋割は?」
 と、スティフィの代わりにジュリーがおずおずと聞く。
 ジュリーとしては男女別の部屋割りを期待してのことだ。
「あの…… その……」
 と、サリー教授は顔を赤らめて、もじもじしだす。
 スティフィはすぐに察し、
「はい、教授組とミアちゃん係ですね、わかりました」
 と、発言する。
 まあ、二人とも学者肌の人間とはいえ、この二人は新婚なのだ。
 二人きりになりたい時もあるのは仕方がない事だ。
「まじかよ、やったぜ」
 だが、その言葉にエリックが喜ぶ。
 男一人に女三人だ。
 またエリックはマーカスのように女性に気を使う人間でもない。
 エリックの言葉に、ジュリーが嫌な表情を浮かべるのは仕方がない事だ。
「ジュリーがあからさまに嫌な顔してるじゃない」
 と、そう言ってエリックではなくジュリーの方を見る。
 スティフィ的にもエリックはからかいがいがないので、ジュリーの方をからかうつもりなのだ。
「はい、まあ…… 嫌ですが」
 けれど、ジュリーもエリックに遠慮するだけ無駄なことをもう知っている。
 エリックにはジュリーも遠慮はしない。
 嫌だが、自分の師匠であるサリー教授がそう言った以上、それに従うしかジュリーには選択肢がないだけだ。
「なんでだよ? ジュリー先輩!」
 と、エリックが不満そうにそう言うが、ジュリーの方もそれ以上は相手にすらしない。
「それはそうですよ。でも、宿屋に泊まれるだけでマシですよね」
 ミアもそう言ってはいるが、ちゃんとした宿に泊まれるのであればどうでもいいとも考えている。
 馬車も上等なもので悪くはないが、やはり場所は狭いし、席も兼ねている寝床は硬いのだ。
 柔らかい寝台で寝れるだけマシだとミアは考えている。
「そうよ、ここより先はどんどん田舎になっていくだけなんだから」
 スティフィもサリー教授がそう言った以上、それ以上の、ミアが考えている以上の発言はしない。
 それはそれとして、恐らくこれより東に向かえば大都市と呼ばれる様な町は、このフーヘラッドの町が最後となる。
 この町より東は、どんどん田舎になっていくだけだ。
 当然、宿屋の質も落ちていく。
 言ってしまえば、まともな宿屋に泊まれるのは、これがこの旅で最後かもしれない、と言うことだ。
「そうですよね、まともな寝台で寝れるのも、ここが最後かもしれないんですよね」
 ジュリーもそのことが分かっているので、しみじみとそう口に出す。
 あまりにしみじみとジュリーが言うので、
「最後ってどうしてですか?」
 と、ミアが聞き返す。
「ああ、いえ、この旅で、という意味ですよ」
 ミアに他意はなかったのだが、ジュリーは少し焦りながらそう言った。
 ジュリー的には恐ろしい神に会いに行く旅でその結果どうなるかも見当がついていない、そう考えている節もあるので、ミアに対して少しだけ後ろめたいこともある。
「だそうよ、エリック。あんた馬小屋で寝てくれない?」
 そんなやり取りに飽きたスティフィが、エリックに声を掛ける。
「流石にそれはないだろ? スティフィちゃん」
 エリック的にも、この旅でまともな寝台で寝れる最後の機会と言うことで、そこは譲る気もない。
 それと何もする気はエリックにはないが、女子と同部屋というだけでエリック的にも気分は上がるものだ。
 ついでに、何か間違いがあるかもしれない、と、そう言う期待もあるのだ。



 とりあえず、宿を決めて荷物と馬車を宿屋に預けたミア達は街の中心、秘匿の神の神殿に来ていた。
「ここがルイーズ様の家ですか」
 茶褐色ではあるが、他の建物と違い、干し煉瓦の建物ではない。
 一枚の岩からくりぬいた様な、そんな石材で作られた神殿だ。
 それだけではない、他の建物とはどこか違う雰囲気を発している。
「家というか、他の領地では領主の城と同じようなものですよね……?」
 ジュリーが遠慮がちにミアに話しかける。
 だが、ミアとしたら、
「お城なんて見たことないです。まあ、こんな大きな神殿も初めて見ましたが」
 という感想しか出てこない。
 未だにミアは、城という物が想像できていない。
 それとは別に、リグレスやティンチルとあまりにも風体が違いすぎる。
 リグレスとティンチルも似ているとは言い難い街並みだが、人の造った建造物という感じではあるのだ。
 だが、この秘匿の神の神殿はどこか人工物という感じがしない。自然がそのまま神殿になったような感じがする建築物なのだ。
 神の力で突如出現した神殿と言われても、誰も疑いもしないだろう。
「ミアは海沿いから山を通って来たとか言ってたけど、どこから山に入ったのよ」
 スティフィは以前ミアが言っていたことを思い出して、そんな事をミアに聞いた。
 街道沿いに東側から来れば必ず通る場所であるが、ミアは街道沿いに来ていたわけではない。
「確かエンティティル? とかそんな名前の海沿いの町です。そこで荷物やなけなしの路銀を盗まれたんですよ。まあ、本当に大事なものは、この巫女服に収納していたので助かりましたが」
 ミアはそこで路銀を完全に失い、地図上では山を数個抜ければ、たどり着けるであろうシュトルムルン魔術学院に向かい出したのだ。
 その時のミアは知らなかったのだが、精霊の領域の一部も横断しているため、本当に危険な行為であった。
 ただ近道な事だけは確かで、街道沿いに行くと大きく山を迂回しなければならなくなる。
「収納付きの巫女服とか、面白い…… というか珍しい…… ですよね」
 サリー教授がそう言って、ミアの巫女服を改めて見る。
 巫女服というよりは外套、それもかなり分厚い物のように思える。
 機能美溢れる野外用の服にしか見えない。
「山に入ることが多かったので……」
 と、ミアが言ってはいるが、それにしても多機能な服になっていて防寒性もかなり高い。
 服の中に収納場所も多く、巫女服というよりは作業着と、いや、小さな動く個人用天幕と言ったようにすら思えるくらいだ。 
 秘匿の神殿前でそうこうしていると、神殿の内部から出て来た少女がミアを見て驚く。
「あら、本当にミア様じゃないですか……」
 そう声を発したのは、シュトルムルン魔術学院でミア達を見送ったルイーズだ。
 部下の報告でミアが神殿前にいると聞いて確認しに来たのだ。
 後ろには護衛のブノアだけでなく他の護衛騎士達もいる。
 たしかに、ここは領主の住む場所ではあるが、そのルイーズは家出という体でシュトルムルン魔術学院の方にいるはずだ。
「え? ルイーズ様、なんで?」
 と、ミアが声を上げる。
「それはこちらが言いたいですよ」
 それにルイーズが少し苦笑しつつ返す。
 かなり遅れてルイーズは護衛を連れて魔術学院を出たはずなので、ここでミア達と出会うとは思っても見なかったのだ。
「家出やめたんだ?」
 と、スティフィに言われて、ルイーズは嫌な表情を隠しもしない。
 そして、愚痴る。誰かに言いたくて仕方がなかったと、ばかりに愚痴る。
 からかったはずのスティフィが逆に引く様な早口でルイーズは愚痴った。
「ミア様が旅立った後、お父様が食堂に毎日来るようになって、ミア様のことをあれやこれやと聞いてくるので、嫌になって逆に逃げて来たんです。お父様はしばらく魔術学院のほうから動けなさそうですしね」
 と。
 そうして、ルイーズは本当にうんざりした顔を見せる。
「あ、ああ…… お姫様も大変ね」
 スティフィもそう言って、今からかうのは危険だと判断する。
 ルイーズはこの領地の姫なのだ。
 本気で怒らせても得はない。
「あっ、それはともかくルイーズ様! ルイーズ様の家を見学させてください!」
 そんなルイーズにミアは、そんなこと、と斬り捨てて、見学を申し出る。
「え? あー、普通に一般公開してますわよ? そもそも一般の神官たちも住んでいる場所なので」
 それに対して、ルイーズは苦笑するしかない。
 見学料はあるが実はこの神殿は一般公開されているのだ。
 無論、立ち入り禁止の場所は多く、事前に立ち入り禁止の場所に入ってもリズウィッドとしては責任は取れない、という旨の誓約書を書かされるが。
 一般公開はされているのだ。
 それにルイーズの言う通り秘匿の神の神官たちが住んでいる場所でもある。
 ここはリズウィッド領の領主の住まう地でもあるが、宗教的な、この領地の主神の聖地でもあるのだ。
 そもそも、元をただせば、リズウィッド家もそれにつならなる貴族も、神に見出された神官の家系だ。
「そうなんですか?」
 ミアは、いや、その言葉にミアだけが面食らう。
 他の者はそれとなく知っていたという顔をする。
「はい。ただ、入れる場所と入れない場所があるので…… 入れない場所に入られて何が起きても責任は持てませんからね?」
 と、ルイーズはミアをまっすぐに見てそう言った。
 これは忠告であり本当の事だ。
 ルイーズ的にはミアにはこの神殿に入って欲しくはない。
 ミアの出自的にどうのと言うことではなく、この秘匿の神の神殿には色々とあるのだ。
 なぜなら、ここも神の領域であるのだ。
 ここで何が起きても人間は口出しすらできない。
「秘匿の蔵って奴?」
 スティフィがそんな言葉を発する。
「そうです。この神殿には各領地で公に出来ないものが、多く秘蔵されていますが、それを神の力で秘匿しているんですよ。そう言った場所は立ち入り禁止ですし、行方不明者がでても捜索もできません」
 ルイーズはそう宣言する。
 基本的に危険な場所でもある。
 何も知らずに迷い込めば、帰ってくることはできない。
 そんな場所でもある。
 神殿であると共に神の住まう迷宮でもある場所なのだ。
 なら、どうしてそんな場所を一般公開しているかというと、それが目的だからだ。
 一言で言ってしまえば、人身御供だ。
 秘匿の神が生贄を求めることはないが、神隠し、といった現象をよく起こす。
 秘匿の神は人も隠すのだ。
 隠された人々がどうなったかなど誰も知らないし、帰って来たこともない。
 だからこそ、ミアにこの神殿が見学できることを知っていても誰も教えなかったのだ。
「そんな場所を一般公開しているんですか?」
 と、ミアがそんなことを言った。
 もっともな意見だが、それを言えるのはミアがミアだからだ。
「もちろん、しているのは安全な場所だけですよ。とはいえ、見て回るものも特に何もないんですよね。秘匿の神殿だけに、重要なものは大体秘匿されていますので……」
 一応、ルイーズ、いや、リズウィッド側としても、安全な場所しか一般公開していない。
 それでも、行方不明者は年に何回かは出る。
 それが神の仕業なので誰も何も言えないし、リズウィッドの人間としても神が望んでいるものなので何も言うつもりもない。
 それはそういうものとして、常識として、存在しているものだ。
 そんな理由から大使館的なものは神殿から離されて作られている。
 ここに好んで住む者は熱心な信者と立場的に離れられない領主の一族くらいなものだ。
 ルイーズからすると、リズウィッド家の血縁者が神隠しに会うことなどないのだが、あまり居たい場所でもないのだ。
「それでも見学したいです!」
 ミアはルイーズの気を知らずに元気にそう言った。
 ルイーズも神の手前、あまり否定することも出来ない。
 それにミアは恐らくは神隠しに合うことはない。
 恐らくは、だが。
「私が付き添いましょう。その後で…… 一応、母様にご紹介させてください。ミア様」
 それでも念のためにと、ルイーズが自分が一緒なら、まだ安全だろうと、そう申し出て、そのあとで離れに住んでいる母にも会わせるつもりだ。
 ルイーズの母は意外にもミアに会ってみたいと、そう言っていた。
「え? 私ですか? なんでです?」
 だが、肝心のミアはそう言ってきょとんとした顔を見せた。
「なんでも何もありませんよ」
 ルイーズからすると力なくその言葉が自然と出て来た。
 自分の腹違いの姉妹かもしれない、そうやきもきしているのはルイーズだけなのだ。
 ミアの方は全く気にしていない、いや、本当にミアの言う通り、興味がないのだ。
 それが事実であるなしに関わらず、ミア自身には関係がないと、本気でそう思っているのだ。
「姉かもしれないのを除いても、あんたこの領地の貴族でしょうに」
 そんなミアにスティフィが半笑いで突っ込む。
「あっ、そうでしたね……」
 ミアもスティフィに言われて、やっと思い出したようだ。
 ミアがこの領地の貴族と言うことだけは確認されていることだ。
 それもかなりリズウィッドでも特殊な家系の貴族だ。
「わっ、私もご挨拶を……」
 と、ジュリーが一歩前に出てルイーズに申し出る。
 ジュリーも一応は他の領地の領主の娘なのだ。
 隣の農家と、そう変わらない家に住み、似たような暮らしをして来たジュリーだが、一応は領主の娘という立場なのだ。
 吹けば飛ぶようなアンバー領だが、いや、だからそこ、アンバー領を代表して挨拶をしなければならない。
「はい、ジュリー様。教授お二人はどうされますか?」
 それをルイーズも快く快諾する。
 そして、後ろにいる教授達に声を掛ける。
「僕たちは大人しく神殿でも見学させてもらおうかな?」
 と、フーベルト教授は答える。
 魔術学院の教授ともなると、それなりの地位を持つようになる。
 本来なら、挨拶をしに行くのが礼儀なのだが、下手をしたら貴族の、領主の、時代が時代ならば王族の、身内のゴタゴタが始まるかもしれない。
 なら、逆に教授という立場としてはその場にいないほうが良い、そう判断しての事だ。
 領主の一族のゴタゴタに首を突っ込みたがる者などいない。
 そこには少なからず神が関わってくるのだから。
「そう…… です…… ね」
 サリー教授も同意見だ。
「エリック様は……」
 と、ルイーズがエリックに視線を送る、それとなくついて来ないで、という視線を送るのだが、
「ん? もちろん付いて行くぜ?」
 と、エリックは元気に答えるだけだ。





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