それなりに怖い話。

只野誠

文字の大きさ
414 / 710
ぬま

ぬま

しおりを挟む
 男が住んでいる場所の近くに、近くと言っても歩くとそれなりに距離はあり車で行くことにはなるのだが、山間に大きな沼がある。
 地元の釣り人には隠れたフナの釣り場所として知られている。

 男は休みの日に朝早くその沼に向かう。
 それこそ夜が明ける前、そんな時間に急ぐように向かう。

 別に釣りが趣味なわけではない。
 男の趣味は写真だ。
 朝日があの名も知らない沼の水面に反射するその光景は神々しいものがある。

 それを写真に収める為だ。

 途中までは、車で進める所までは車で、後はどうしても歩きになる。
 遊歩道的な道はあるが、車が通れるような道ではない。
 男はカメラと朝食が入った鞄だけを持って遊歩道を小走りに歩く。
 もう夜が開け始めている。
 あまり時間はない。

 無事に日が昇る前に男は沼のほとりにたどり着く。
 そして、少し靄が出ている中、カメラを構える。
 男の予想では、沼を挟んで山の合間から日の出が始まるはずだと。
 少なくとも方向的にはそう言う場所を選んだ。
 カメラを構えながら、男は今か今かと構図を想像してその瞬間を待つ。
 沼の水面と山の合間からの日の出を撮るために男は地面に寝っ転がり、その時を待つ。

 だが、カメラの画面に、デジタルの画面に、おかしなものが映り込んでくる。
 沼の水面から何かが浮き出してくるのだ。

 男はカメラを覗き込むのをやめて、沼を見る。
 そこにも実際にそれはある。

 それは最初、沼の底から湧き水が勢いよく湧き出ているかのような、そんな物でしかなかった。
 水柱が立つほどでもない、ただそれだけの物だった。
 だがそれは次第に異質な物へとなっていく。

 湧き出ているのは水ではなく泥だ。
 それでもまだ超常的な物ではない。
 ただその湧きだした泥が、沼の水面に立つように人型を作っていったのであれば、話は変わって来る。

 沼の水面に湧き出た泥は、どんどんと人の形へとなっていく。
 そして、それは男を見つけると、手を伸ばすのだ。
 男に向かい手を伸ばすのだ。

 男が恐怖で固まっていると日が昇る。
 その日に照らされて、その泥の人型は崩れ、沼の底へと沈んでいく。
 複数の波紋で複雑な波となった沼の水面に朝日が当たり黄金の輝きを見せ始める。

 だが、男は沼から逃げ帰る。
 流石に写真など撮る気にもなれない。
 そして、その話を親にする。
 そうすると男の父親は、あの沼は昔っから人食い沼と言われている、と、そう言った。
 なにか言い伝え的な話は父親も聞いていなかったので、男に話してはなかったがとも続ける。
 男の父親は笑いながら、もう沼にはいかんほうがいいぞ、とそう言った。
 男も、頼まれてもいかない、とそう答えた。

 これはそれだけの話だ。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...