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港区映画館殺人事件
ほな自殺とちゃうか
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「やっぱうまいっすね」
駒場は、レモン汁を垂らしたタン塩に喝采を上げる。
「せやろ?30超えたら最初はタン塩やねん。いつまでもバクバクカルビ喰うとると損するで」
そう言いながらも内海は嬉しそうに、ビールを飲む。
本題に入らねば、このまま飲み食いして帰るだけだと経費の使い道をドヤされる。
駒場は話し始めた。
「事件が起きたのは先週金曜の昼前でした。品川の映画館の多目的トイレで被害者の女性を見つけた第一発見者の映画館のスタッフはすぐに救急車を呼びましたが、すでに亡くなっていたようです。外傷はなく、検死によれば死因は睡眠薬の過剰摂取、いわゆるオーバードーズでした」
「ほな自殺やないか」
内海はハラミをタレに絡ませ口にする前に、あっけらかんとした様子で言った。
「大方、眠るように死にたいっていうて睡眠薬をバクバク飲んだんやろ?ほな自殺で決まりや」
駒場は七輪の空いたスペースにハラミを置きながらも、かぶりを振る。
「ですが、わからないんです」
「何が分からないねん。自殺やって」
「被害者はタオルでできた猿轡をはめられていたんです」
その言葉を聞いた内海は、咀嚼を一瞬止め、眉をしかめた。
「ほな自殺とちゃうか。睡眠薬で自殺する人間が自分の口元を押さえる必要ないもんね。それはもう、無理やり飲ませた睡眠薬を吐き出させんようにするために犯人が噛ませたと考えるべきなんよ」
継母が言うには、捜査本部の見解もほぼ内海と同じだったはずだ。
内海はすでに継母と同じように、出られるともわからない迷宮の入り口に入り込んでいるのではないか?
一抹の不安を胸にする駒場をよそに、無邪気に肉を食べる内海は続きを促す。
「ほな自殺とちゃうやないか。もうちょっと現場について教えてくれる?」
「事件現場となった多目的トイレはスタッフが明けるまで内側から鍵がかかっていた、つまり密室でした」
「はぁ、ほな自殺やないか。密室で人が死んだんやったら、真相に関わらず一旦は自殺を疑うのが礼儀やからねぇ」
「ですが、多目的トイレの扉はトイレ側のボタンを押すとゆっくり閉まる仕組みでして」
「やっぱり自殺とちゃうかぁ。殺害後に自分だけがトイレから出てくることも可能やったってことやろ。死体発見を遅らせる、犯人の卑劣な工作で決まりやねんから」
その間もひょいひょいと、トングで肉をひっくり返す二人。
「つまり現場は自殺でも他殺でも、密室は簡単に作れたっちゅう訳やな」
「そうなりますね」
駒場はよく焼けたハラミをひっくり返しながら、感心していた。
かつて乗せられていたネギ塩タレはすべて七輪の中に転げ落ちている。
内海はというと、先にネギ塩を落としてからハラミを焼き、焼きあがったそれに器用に乗せて食べていたのだ。
「ほな、どうして検死したんや」
内海の声で、本題を思い出す。
「状況からは病死かもわからんやろ。殺人事件を匂わす何かがあったから検死するっちゅう判断を誰かが下したはずとちゃう?」
「被害者は、直前までその映画館で、公開初日の映画を見ていたんです。シアターの他の客から、エンドロールの途中で席を立ったという目撃証言が採れています」
「なるほど、ほな自殺とちゃうか」
そう言うと、内海はビールのジョッキをグイと傾けた。
「映画を見るというのは、自殺を決意した人間の行動としてはあまりに不自然やからね」
自分ならどうするだろうか。
自殺するほどに追い込まれた状況で、最後に映画を見に行くだろうか。
駒場は自問自答する。
答えは、Noだ。
「自分も同感です。ただ、睡眠薬は被害者自身が心療内科から処方されたものでした」
「ほな自殺やないか!睡眠薬っちゅうんは思っているほどそう簡単に手に入れられるもんとちゃうねん。それが手元にある時点で自殺の線は濃厚と言わざるを得んやないか。こんなこと誰でもわかるやろ」
メニューのカルビのページを開いて渡す内海の言うことは、もっともらしく聞こえた。
悲しいことに、オーバードーズの方法は、その危険性と同じくらいネットで入手できるのだ。
だからこそ、効果の強い睡眠薬はそう簡単に手に入れられなくなりつつも、ある。
駒場自身が知る限り、捜査本部の結論が自殺に傾きかけたのも事実だ。
「それがですね、わからないんですよ」
「何が分からんねん」
「水です、水。現場に落ちていたペットボトルです」
「被害者の指紋が一つも見つからんかった、とか?」
水という言葉に触発されたのか、ビールを口にした内海は、そのまま金網のハラミへと箸を伸ばす。
「いえ、被害者の指紋はありました。ただ、被害者のものとは別の指紋が検出されたんですよ」
「ほな自殺とちゃうやないか!なんでそれを先に言わんねや!」
その拍子に、食べようとしていたハラミが再び金網にポトリと落ちる。
「それは、誰の指紋なのかはわかったん?」
「・・・ええ、現場となった映画館にいた人物でした」
駒場は、声を潜めて続けた。
「俳優の大館理業です」
「大館・・・」
内海は間違いなくその名前に聞き覚えがあった。
が、顔を思い出せない!なんかもじゃもじゃした髪だった気がするが、顔が・・・!
「あのぉ~、仮面ライダーの人やったっけ?」
駒場は残りのハラミを一気に金網に並べながらも答える。
「それはオダギリジョーですね。大館は確かに雰囲気も似てますし同じく2000年代初頭にブレイクしましたけど、特撮には出てませんよ」
「はぁ~・・・ダメや、スマホで調べよ」
内海は検索されて出てきた顔を見て、「やっぱりオダギリジョーとごっちゃになるやんなこの顔」と心の中で毒づいた。
大館は俳優業のほかに、今では映画監督も務めている。
彼が初めてメガホンを取った2010年代前半頃を、内海は思い出す。
主演も務めた「君の心臓をnavi time」などは、そのテーマと芸術性の高さから話題となっていたはずだ。
ただ、週刊コミック誌のアニメ映画や配管工のゲームが原作の映画がメガヒットを記録するような時代に、大館の作る作品が日陰に追いやられるのもわけはないだろう。
「大館は当日現場となった映画館に舞台挨拶のために来ていました。被害者がチケットを買った会は上映前に挨拶を、上映後に簡単なトークショーが企画されていました。本人曰く、イベントの司会との直前打ち合わせ時に水を飲んだ記憶はあるが、どこかに行ってしまったとのことです」
映画館にいた大館。そして、指紋の残るペットボトル。
「・・・ほなそいつが犯人やんか」
駒場は、レモン汁を垂らしたタン塩に喝采を上げる。
「せやろ?30超えたら最初はタン塩やねん。いつまでもバクバクカルビ喰うとると損するで」
そう言いながらも内海は嬉しそうに、ビールを飲む。
本題に入らねば、このまま飲み食いして帰るだけだと経費の使い道をドヤされる。
駒場は話し始めた。
「事件が起きたのは先週金曜の昼前でした。品川の映画館の多目的トイレで被害者の女性を見つけた第一発見者の映画館のスタッフはすぐに救急車を呼びましたが、すでに亡くなっていたようです。外傷はなく、検死によれば死因は睡眠薬の過剰摂取、いわゆるオーバードーズでした」
「ほな自殺やないか」
内海はハラミをタレに絡ませ口にする前に、あっけらかんとした様子で言った。
「大方、眠るように死にたいっていうて睡眠薬をバクバク飲んだんやろ?ほな自殺で決まりや」
駒場は七輪の空いたスペースにハラミを置きながらも、かぶりを振る。
「ですが、わからないんです」
「何が分からないねん。自殺やって」
「被害者はタオルでできた猿轡をはめられていたんです」
その言葉を聞いた内海は、咀嚼を一瞬止め、眉をしかめた。
「ほな自殺とちゃうか。睡眠薬で自殺する人間が自分の口元を押さえる必要ないもんね。それはもう、無理やり飲ませた睡眠薬を吐き出させんようにするために犯人が噛ませたと考えるべきなんよ」
継母が言うには、捜査本部の見解もほぼ内海と同じだったはずだ。
内海はすでに継母と同じように、出られるともわからない迷宮の入り口に入り込んでいるのではないか?
一抹の不安を胸にする駒場をよそに、無邪気に肉を食べる内海は続きを促す。
「ほな自殺とちゃうやないか。もうちょっと現場について教えてくれる?」
「事件現場となった多目的トイレはスタッフが明けるまで内側から鍵がかかっていた、つまり密室でした」
「はぁ、ほな自殺やないか。密室で人が死んだんやったら、真相に関わらず一旦は自殺を疑うのが礼儀やからねぇ」
「ですが、多目的トイレの扉はトイレ側のボタンを押すとゆっくり閉まる仕組みでして」
「やっぱり自殺とちゃうかぁ。殺害後に自分だけがトイレから出てくることも可能やったってことやろ。死体発見を遅らせる、犯人の卑劣な工作で決まりやねんから」
その間もひょいひょいと、トングで肉をひっくり返す二人。
「つまり現場は自殺でも他殺でも、密室は簡単に作れたっちゅう訳やな」
「そうなりますね」
駒場はよく焼けたハラミをひっくり返しながら、感心していた。
かつて乗せられていたネギ塩タレはすべて七輪の中に転げ落ちている。
内海はというと、先にネギ塩を落としてからハラミを焼き、焼きあがったそれに器用に乗せて食べていたのだ。
「ほな、どうして検死したんや」
内海の声で、本題を思い出す。
「状況からは病死かもわからんやろ。殺人事件を匂わす何かがあったから検死するっちゅう判断を誰かが下したはずとちゃう?」
「被害者は、直前までその映画館で、公開初日の映画を見ていたんです。シアターの他の客から、エンドロールの途中で席を立ったという目撃証言が採れています」
「なるほど、ほな自殺とちゃうか」
そう言うと、内海はビールのジョッキをグイと傾けた。
「映画を見るというのは、自殺を決意した人間の行動としてはあまりに不自然やからね」
自分ならどうするだろうか。
自殺するほどに追い込まれた状況で、最後に映画を見に行くだろうか。
駒場は自問自答する。
答えは、Noだ。
「自分も同感です。ただ、睡眠薬は被害者自身が心療内科から処方されたものでした」
「ほな自殺やないか!睡眠薬っちゅうんは思っているほどそう簡単に手に入れられるもんとちゃうねん。それが手元にある時点で自殺の線は濃厚と言わざるを得んやないか。こんなこと誰でもわかるやろ」
メニューのカルビのページを開いて渡す内海の言うことは、もっともらしく聞こえた。
悲しいことに、オーバードーズの方法は、その危険性と同じくらいネットで入手できるのだ。
だからこそ、効果の強い睡眠薬はそう簡単に手に入れられなくなりつつも、ある。
駒場自身が知る限り、捜査本部の結論が自殺に傾きかけたのも事実だ。
「それがですね、わからないんですよ」
「何が分からんねん」
「水です、水。現場に落ちていたペットボトルです」
「被害者の指紋が一つも見つからんかった、とか?」
水という言葉に触発されたのか、ビールを口にした内海は、そのまま金網のハラミへと箸を伸ばす。
「いえ、被害者の指紋はありました。ただ、被害者のものとは別の指紋が検出されたんですよ」
「ほな自殺とちゃうやないか!なんでそれを先に言わんねや!」
その拍子に、食べようとしていたハラミが再び金網にポトリと落ちる。
「それは、誰の指紋なのかはわかったん?」
「・・・ええ、現場となった映画館にいた人物でした」
駒場は、声を潜めて続けた。
「俳優の大館理業です」
「大館・・・」
内海は間違いなくその名前に聞き覚えがあった。
が、顔を思い出せない!なんかもじゃもじゃした髪だった気がするが、顔が・・・!
「あのぉ~、仮面ライダーの人やったっけ?」
駒場は残りのハラミを一気に金網に並べながらも答える。
「それはオダギリジョーですね。大館は確かに雰囲気も似てますし同じく2000年代初頭にブレイクしましたけど、特撮には出てませんよ」
「はぁ~・・・ダメや、スマホで調べよ」
内海は検索されて出てきた顔を見て、「やっぱりオダギリジョーとごっちゃになるやんなこの顔」と心の中で毒づいた。
大館は俳優業のほかに、今では映画監督も務めている。
彼が初めてメガホンを取った2010年代前半頃を、内海は思い出す。
主演も務めた「君の心臓をnavi time」などは、そのテーマと芸術性の高さから話題となっていたはずだ。
ただ、週刊コミック誌のアニメ映画や配管工のゲームが原作の映画がメガヒットを記録するような時代に、大館の作る作品が日陰に追いやられるのもわけはないだろう。
「大館は当日現場となった映画館に舞台挨拶のために来ていました。被害者がチケットを買った会は上映前に挨拶を、上映後に簡単なトークショーが企画されていました。本人曰く、イベントの司会との直前打ち合わせ時に水を飲んだ記憶はあるが、どこかに行ってしまったとのことです」
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