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#014 アイ・オープナー
しおりを挟むドアを開けると、そこには外とまるで違う雰囲気を漂わせる空間が拡がっていた。
薄暗い照明と、静かに流れる、心地のいいジャズサウンド。カウンターの向こうには沢山のボトルとグラスが並び、その手前には一人の男性がこちらを見て微笑んでいる。
「いらっしゃいませ」
彼の声に誘われるようにして体が動く。
この日私は、人生初めてのバーに足を踏み入れた。
「お好きなお席へどうぞ」
店内へと入ってきた私に、男性は優しく声をかけてくる。しかし私は、初めてのバーに来たという緊張感からその場を動けずにいた。
すると男性は、自分とカウンターを挟んだ正面の席を指して、「こちらへ」とでも言うような目で私を見つめた。
席に座ると、男性は「バーに来るのは初めてですか?」と聞いてきた。
「そうなんです、なので少し緊張してしまって…」
きっと、緊張しているのがモロに出ていたのだろう。場違いな所へ来たと思われてしまったのだろうか。
「何だか恥ずかしい所を見せてしまってすいません……」
私が謝ると、男性は優しく微笑んで「初めてのバーにこの店を選んでくださったんですね」と言った。
「とても嬉しいです。お客様がこの店に足を運んでくださったのは、運命だったのかもしれません」
「運命」だなんて、キザなセリフに私は驚いた。
しかしそれと同時に、一瞬の胸の高鳴りも感じる。
きっと、この男性は仕事柄、こういうことに慣れているのだろう。とても様になっている気がする。
嫌な気持ちもしない。
それからも、男性との会話で段々と緊張が解けていき、店に入ってから30分程たった頃、私はすっかりバーの雰囲気に馴染めるようになっていた。
最初はあまり進まなかったお酒も、今では3杯目が空になろうとしている。
「……次はー、何飲もうかな……」
「このタイミングで言うのも変かもしれませんが……、せっかくですので、今日という日を記念して、私からお客様へ一杯サービスさせて頂けませんか?」
「え。いいんですか?」
「はい、もちろんです。少々お待ちください」
突然の申し出だったが、次は何を飲もうか悩んでいた所だったので、私はそのままカクテルを作ってもらうことにした。
男性は、後ろの棚に並んでいる沢山のボトルの中から数本を手に取って、それらをシェイカーの中に注いでいった。
カクテルを作っているところを目の前で見ることはもちろん初めてだった為、思わず釘づけになってしまう。
そうして、私が見とれている間に、男性は一杯のカクテルを完成させてしまった。
「アイ・オープナーでございます」
「アイ・オープナー…?」
「はい。ラムをベースにしたカクテルでして、口当たりまろやかな甘口のカクテルになっております。カクテルをあまり飲みなれていないお客様でも飲みやすいかと」
私はそっとグラスを持ち上げ、カクテルに口をつけた。
口の中へと流れ込んできたカクテルは、男性の言う通り、まろやかで甘い。ラムの芳醇な香りと、柑橘系の爽やかさも相まって、とても飲みやすかった。
「美味しい…」
「お気に召して頂けましたか?」
「はい…!とても美味しいです」
「よかった。今日の出会いに相応しいカクテルになったようですね」
男性はそう優しく微笑むと、グラスを持っていない私の手へ、自分の手を重ねてきた。
自分の手よりも大きく、温かいその手に、私の心臓が大きく跳ねる。
「え、あ…あの?」
「カクテル言葉…というものはご存知ですか?」
「カクテル言葉…?」
「えぇ。その一杯のカクテルに込められた意味や思いを表すものです」
重なっているだけの手に、少しだけ力が込められる。
「このカクテルにも、私からお客様への思いを込めた言葉があります」
「……どんな言葉ですか?」
「その答えは……」
男性が、スラリとした指を絡めるようにして、私の手を握る。
私は、胸の下で大きく脈打つ心臓の音が、手から伝わってしまうのではないかと思うほどドキドキしていた。
「また次回、お客様がいらしてくださった時に……」
ー完ー
今回のカクテル 「アイ・オープナー」
ラムをベースに、オレンジリキュールや卵黄などと合わせて作られる。
甘口でまろやかな口当たりは、女性にも人気。
意味は、「運命の出会い」
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