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結婚生活③
会いに行くのが怖くて
しおりを挟むシャルロットは今、今夜で何度目になるか分からない、屋敷の執務室の前にいた。手には今朝貰った封筒ごと握りしめる。けれどきっと、このまま部屋に帰るだろう。
会いに行くのが、怖くて。
手が震えて扉のノックもできない。仕方なく、シャルロットはまた私室へと戻った。
「旦那様もあんまりです!!」
涙目に訴えてくるナカバが、拳を握りしめる。
「こんなめでたい日に、あんなもの!」
違う、と言いたいけれど言えなかった。言葉が出てこなくて、それよりももう休みたかった。
少し前の私なら、確かに喜んでいたのに。けれど今では、もう私など必要ないと言われているようで。
生まれた赤ちゃんはどちらに似ているのか、今は分からない。けれど私にうんと似ていてほしい。もしもここを出ていったあと、ゼス様が呪いのように私のことを忘れられなければいいのに。
そんなことを何故か考えてしまう。
まるで私が、離縁したくないようだ。
***
「ゼイルド様」
「…バロンか」
執務室にいたゼイルドは、ゆっくりと顔をあげる。ペンを持ってはいるものの、何を書くでもなく、ただぼうっとしていた。
「奥様が熱を出されたそうですが」
「なにっ!?」
ガタンと立ち上がったゼイルドを嗜めるように、バロンは座るように促した。
「…産後は体調を崩すことが多いと聞きます。話を聞きましたが、奥様に祝辞も御礼も述べていないと」
「っ……出ていくことを、祝えるか、礼をいえるか!」
「ならば何故、あんなものを?」
「それがアイツの望みだろう!!!」
「それで奥様が傷付いたとは、お思いにならないのですか!」
珍しい、バロンの怒鳴り声。こんなに怒りを露にするのは本当に久しぶりでないか。
「…俺だって、会いたい」
会って、この手で抱き締めたい。ありがとう、大変だっただろ?って、子供にも、無事生まれてきてくれてありがとうって、言いたいのに。
会いに行くのが怖くて。
言えない自分がもどかしくて、執務室の屑籠には書き損じた離縁届が何十枚も丸めて入っている。
「…貴方が思っているほど、そこまで悪くはありませんよ。少なくとも奥様は、ゼイルド様を大事に思ってらっしゃいます」
「ーーそんなこと、あるはず…」
「でなければ、少しの情でもなければ、子供など産めません。女性というのは本当に脆いものなのですから」
それは知っている。女は脆くて、それでも強くて。それを主張していたのがフィリアで、それがより目立っていたのだ、シャルロットだった。
だから、一瞬で惚れた。
一瞬で、一目惚れした。
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