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「アゼル様には呆れたわ」
 翌日、レミーアはアスラーナと学園のテラスで話していた。
「ごめんなさい、ラード様に怪我をさせてしまって…」
「貴女が殴るなんてお兄様が何か言ったんでしょう?お兄様が悪いわ」
「いいえ、私が…」
 本当に私が悪いのだと説明しようとしても、アスラーナは笑うばかりだった。
「例え貴女が悪くても、私は無条件で貴女の味方になるって決めているの」
 ずうっと前からね、とアスラーナが抱き締めてきたけれどーー殺意を感じてハッと後ろを見た。
「ラ、ラード様」
「あら、お兄様」
 恐ろしい表情を浮かべていたラードだけれど、アスラーナが振り返った瞬間にいつもの笑顔を浮かべる。ほとほと恐ろしいなとため息をつく。
「アスラーナ。悪いのは私ではなく、」
「お兄様、レミーアを責めますの…?」
 上目遣いをしたアスラーナに、ラードは表情を一気に崩壊させた。
「いいや私が全て悪かったんだアスラーナの言う通りに決まっている!!」
 気持ち悪い表情だが、アスラーナは頬を紅くさせているし何も言わないでおこう。
「じゃあレミーア、私は先生に呼ばれているから」
「えぇ、またね」
 歩いていくアスラーナの後ろ姿に、隣の破顔したままのラードに首を傾げる。ついていかないのだろうか、と思ったときだ。
「…お前が悪い」
「……それを言うためにわざわざ残ったんですか」
「私の整った顔が腫れているんだ」
「ナルシスト発言にドン引きしているので少々お待ちください」
「本当のことを言ったまでだ」
「気持ち悪っ!」
 殴るぞ、と言われてようやくレミーアは黙った。
「それで、なにか?」
「アゼルはどこにいる?」
「研究室にいらっしゃらないのですか?」
 残念ながらラードのように婚約者の居場所を逐一把握したりはしていない。
「いないから聞いているんだ」
「何か御用でも?私がお会いしたときに伝えておきましょうか?」
「あぁ…明日の約束が駄目になったと伝えてくれ」
「分かりました。…あら」
 宙から舞って降りた花びらに、ふとテラスの柵の向こうにある木に笑みが溢れる。
「とてもいい香りが」
「アモナの花か。まだ枯れていないのか」
「昨年はアスラーナと押し花をつくりましたのよ」
「知っている」
 懐かしいわ、と視線を下ろして驚く。
「そこにまだ綺麗な花が」
「挿し木に良さそうだな」
 手を伸ばせば届きそうな距離だと、柵を乗り出す。
「おい、危ないぞ」
「もう少しで…取れそう…っ」
「危な、」
「あっ」
 手がかすった瞬間、花が下に落ちてしまった。
「…一階まで取りに行きます」
「そこまで欲しいのか」
 呆れた眼差しをするラードにアモナの花の素晴らしさを教えようとしたとき、花が落ちた辺りに一人の生徒がきた。ふと足を止めて花を拾う姿を見て、レミーアは慌てて声を上げた。
「ごめんなさい、落としてしまったの!そこで待っててくださらない?」
 顔を上げた男は、何故かそのまま固まって動かない。
「すぐに取りに行きますっ」
「おい、レミーア」
「ラード様、アゼル様にお会いしたら伝えておきますわね」
「…知らねぇぞ」
 その言葉は、レミーアには届かなかった。



「あの…」
「あ、はい」
「そのお花、私が落としてしまったの。拾ってくださってありがとう」
 笑いかけたレミーアに、男は狼狽えた。
「いえ、あの…えっと、どうぞ」
「ありがとう。では…」
 教室にでも戻ろうと来た道に振り返ると同時に、男から声がかかった。
「この時期にアモナの花なんて、珍しいですね」
 パッとレミーアの表情が和らいだのは言うまでもない。アモナの花はシュドナという花とよく似ているため、見分けがつく者は少ない。
「植物に詳しいのですね」
「植物、は…綺麗ですから…」
 不思議な空気を纏った人だと思った。この花を見て、美しいと感じて、地面にあるものをしゃがんで拾う人は一体この世界に何人いるだろう。
 名前を聞いてもいいかと口を開きかけたレミーアの肩に、ゆっくりと温かい手が乗せられる。振り返るとそこにはアゼルが立っていた。
「レミーア、探したよ」
「アゼル様っ!」
 今日会うのは初めてだ、やっと会えたと嬉しくて顔を綻ばせる。
「…そちらは?」
「あ……花を拾ってくださって」
「へぇ。珍しいね、アモナの花か。もう全て枯れてしまったように見えていたけれど」
「えぇ、嬉しくなって摘みましたの」
「そう。それより話したいことがあったんだ、もう昼時だし昼食をとろう」
「そうですわね。…じゃあ、ごきげんよう」
 男に会釈すると、アゼルも声をかけた。
が世話になったね。どうもありがとう」
 何だかアゼルの視線が冷ややかなのは、気のせいだろうか。
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