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【第二章】
四
しおりを挟むいつしか翠蘭と風騎は、天気と時間が許せば、桂池の奥にある牆壁を挟んで、僅かな時間であっても他愛ない話をするようになっていった。
話題は本当に他愛のないものだ。街での暮らしのこと、彩秋飯館での客とのやりとり。家族の話の流れで、祖母が胡慶国の人間だから自分は色素が少なくて、少し気にしているのだとつい話すと、
「わたしの外婆も胡慶のひとだよ。だから同じだ。肌の白さや目鼻だちがひとより濃いから、小さいときはよくいじめられた」
「風騎さまをいじめるひとがいるんですか!?」
「そりゃもちろん。まわりの子たちはいい喧嘩仲間でもあったな。官吏を目指すと言ったら、みんながみんな笑い飛ばしてくれたよ」
懐かしそうな声だった。
「令妹さん、病気がちとさっき言っていたが、大変なのか?」
「―――原因がはっきりと判らないからどうすることもできないんです。一応、お医生さまは解熱剤だったり痛み止めや滋養剤を処方してはくれますけど、なかなか効かなくて。肝が弱いからではないかとは言われているんですけど……」
李基静の援助にすがるしか、実際のところ小芳には望みはない。
翠蘭が毎日あの不味い薬湯を飲まされているのも、小芳の病気のことがあるかららしい。
「心配になるな。家族からの手紙にはなんとある?」
「あ、いえ」
「まだ届かないのか? 一通も?」
「はぁ……」
言葉を濁らすしかできない翠蘭。牆壁の向こうからは、信じられないという気配が伝わってくる。
「でも、たぶん大丈夫ですから」
「何故そう思う?」
「わたくしが後宮に上がることで家にそれなりにお金が入りますから、医院で診てもらえているはずです」
それに本物の鈴葉が見つかれば、二年で家に帰ることができる。二年辛抱すれば、健康になった小芳と再会できる。
ただ、それは風騎との別れでもあるのだけれど。
翠蘭の胸の底が、ちりりと小さく引きつれる。
そうか、と、牆壁の向こうから声があった。
「ではわたしも信じよう。そなたの令妹であるのなら、元気になる力は持っているだろう」
「ええ」
「―――済まぬ、もう、行かねばならぬようだ」
「あ……はい」
牆壁を見上げる翠蘭。その上端に止まっていた青い小鳥が、足に結ばれた糸に引かれて降りていく。
風騎は、こうして牆壁の上に青い小鳥を留まらせることで、やってきた自分の存在を知らせてくれる。決まった時間に来るわけでもなく、翠蘭もまた決まった時間に園林に出られるわけではなかったからもちろんすれ違いもあったが、壺世宮での息の詰まる日々に訪れた、それは安息の時間だった。
「ではまたな。時間が合えばまた逢おう」
「はい。あの、お元気で」
「そなたも」
言い残し、さくさくと風騎が去っていく足音が遠ざかっていった。
彼の去った牆壁にそっと手を伸ばし、頬をそっと押し当てる。
そこに彼の体温が残されているわけもないのに、そうせずにはいられなかった。
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