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第20話 戻ってきた日常と出立

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 レーナが村の子供たちと楽しげに話していた。

 きゃっ、きゃっとしている様子は微笑ましいよね。何を話しているのかな、と、俺は不自然なほど満面な笑みを浮かべて近づいていく。

「ふっふっふ~~。わたし、昨日この村を救った魔王の弟子なんですよー! えっへん、すごいでしょ!」

 俺は彼女の妄言を耳でキャッチしたのと同時、全力で走り出した。

「すごーい」と聞いていた子供たちが俺の鬼の形相に気付いて、散り散りに逃げ出す。

 何事かと振り返ったレーナだが、もう時はすでに遅い。

「うおおおおおおおおおっ!!!」

 俺が振り下ろしたげんこつが、彼女の脳天に直撃する。
 ゴッ! と結構いい音がした。

「いっっったぁ~~~~~~い!!!!! なにするんですか~~魔王様~~!」

「魔王じゃねえ! やっぱ、お前かよ! なんか最近、村の人たちから魔王さまって呼ばれて困ってたんだけど、お前が広めてたんだな! 聞き耳立てて正解だわ!」

 頭を押さえて、涙目でその場にうずくまるレーナに俺はガンガン説教をする。

 確かに、俺は心の中では『魔王』としてアンデッドを率いる覚悟をしたような、しなかったような、そんな曖昧な感じだが、他人から呼称されるのは良くない。

 こういうのを看過していると、いつか全然関係のない人々からも、悪の魔王扱いされることになるのだ。

 レーナは説教が不服なようで、桜色の唇を突き出して「う~」と低く唸った。

「それ、わたしだけじゃないですよ! わたしだけ怒るの、不公平です!」

 そうやってぷんぷん怒りながら、彼女は通りの反対側を指さす。

 そこにはアリカと、彼女を囲むように数人の男たちがいた。

 ……男共の目が完全にとろけている。

 どうやらクールな見た目に騙されて、アリカを好きになった男たちのようだ。

 アリカもまんざらではないようで、特に嫌がっている様子もないため、別に放っておいてもいいだろう。

 なんでレーナがアリカたちを指さしたのかと疑問に思って、俺は少しだけ彼女の会話を聞いてみる。

「そ、そんなに迫られても困ります。私という存在は、昨日村を救った魔王様のものですから……」

「うわあああああああああ!!」

 俺は錯乱したように叫びながら地面を蹴ると、猛スピードでアリカの脳天にげんこつを叩き落とす。

「痛い! 酷いですよ、魔王様!」

 アリカはげんこつの落ちた頭のてっぺんをさすりさすり、不満を口にする。

「だから、魔王じゃねえ! え、なにこれ、嫌がらせ!? あと、お前は俺のものじゃないから!」

「だって昨日、『俺は魔王じゃないって!』って言いながら、すごく嬉しそうな顔してたので、てっきりそう呼んでほしいのかと……。それに私はシュウトさんの弟子なんですから、あなたのもの同然です。召喚術師なら常識です」

「えー、俺、そんな顔してた……?」

 まあ、戦いの後で、安堵の表情は出てたかもしれないけれど……!

 アリカが俺のものかどうかについてはややこしくなりそうだから、言及するのをやめておいた。

 召喚術師の間では普通の考え方なのかもしれない。

 だが、アリカは時として真顔で嘘をつくから全て信じるのも良くないだろう。

「それにシュウトさんを魔王って呼んでるの、私だけじゃないですよ。私だけ怒るのは不公平です!」

「ああ、レーナならもう叱ったぞ?」

「レーナもですけど、ほら、あそこに!」

 え、まだいるんですか……と閉口しながら、アリカの指さした方を見ると。

「我が召喚主は、昨日の戦闘でこの村から帝国兵を追い払った魔王様であるのだ。どうだ、素晴らしかろう!」

 村の血気盛んそうな青年たちに囲まれ、自慢げにそう話しているのは『地獄骸』だった。

「すげー!」、「俺も村を守るため、兵に加わりたい!」みたいな青年たちの言葉を聞いて、満足げに頷いている。

「『地獄骸』……お前まで……」

 そばまで近寄って、俺が恨めしそうに呟くと、

「はっ!? 召喚主、これは違うのです。こうやってお呼びした方が、より御身の高潔さが伝わるかと……」

 焦った様子の『地獄骸』が八本の手をあたふたと動かして弁解してくる。八本も腕があると、あたふたとした時にすごい邪魔だな……。

 というか、この前の戦後会議での宣言を魔王就任宣言と捉えている奴が大半のようだった。

 違う……俺はただの一般人なんだ……。

 ため息を吐いてから、俺は『地獄骸』に告げる。

「まあ、いいや。とりあえずついてこい、『地獄骸』。これから一度、暗黒城に戻るぞ」

「暗黒城に? それはまた突然ですな」

「村長に聞いたところ、暗黒城の近くにも一つ、ギルダム自治区に属する村があるらしい。暗黒城の本格的な施設建設と同時に、その村の調査を行うことにした。実はそこが帝国との国境付近でな、急いで防御能力を上げるべきだと判断したんだ」

「かしこまりました。それでは、準備に取り掛かりましょう。配下のアンデッドたちはいかがすればよろしいですか?」

「戦闘特化の奴は、万一に備えてこの村の防衛のために置いていく。基本的には『天使翼』が見張っていてくれるはずだから、問題ないと思うけどな。残りの建築能力を持ったアンデッドたちは連れていくから呼んでおけ」

 そうして指示を聞き終えると、『地獄骸』は配下のアンデッドたちに招集をかけに去っていった。

 俺も準備をしようとしていると、

「シュウトさま~~! わたしも準備できましたっ!」

 そう言って、わくわくした表情で現れたのはレーナだった。麦わら帽子を被って、どこかへピクニックにでも行くかのようだ。

 服はいつもの制服チックな奴ではなく、白いワンピース。無邪気な顔立ちとは相反する大きな胸が強調されていて、俺はごくりと息を呑む。

「……って、なんの準備だ? レーナ」

「へ? 暗黒城近くの村までお散歩するんですよね?」

「え、俺、レーナとアリカは置いていこうと思ってたんだけど」

 それにそもそも、お散歩じゃないです。

 俺の言葉を聞いたレーナは信じられないといった様子で目を見開く。

「な、なんでですか~~~! ず~る~い~! シュウトさまだけお散歩ず~る~い~!」

 だから、散歩じゃないんだけど……。

「帝国兵と遭遇する確率も高い地域だ。だから、レーナを危険な目には遭わせたくないんだよ」

 仕方ないので、俺は優しい声色と表情を作って、イケメン風にささやいてみる。

 レーナはキュンっとしたように頬をぽっと赤らめて、口に手を当てる。

 だが、次の瞬間、はっと気づいて、む~と頬を膨らませる。

「い、一瞬騙されそうになりましたけど、本当は足手まといだとか、またおっちょこちょいで何かしでかすんじゃないか、とか思ってるんでしょ! どうせ!」

 ご名答である。さすが愛弟子、俺の思考を読めるようになってきたか。
 
 俺は観念して頷く。

「正解だ。じゃ、そういうことで」

「い~~や~~! わたしとお師匠も連れてってください~~! お願い~~~~~します~~~~~!!!」

 こうなるのが容易く予想できたので、さっさと出発しようとしていたのだが遅かったようだ。

 腕に引っついて駄々をこねるレーナを振りほどくのは至難の業。

「んじゃ、アリカも呼んでこい。遅れたら置いてくからな」

 ため息交じりにそう言うと、レーナはぱぁっと顔を輝かせた。
 そして、こくこくっと頷くと、アリカを捜しに走り去っていく。

 俺はその様子を微笑ましく見送り、

「よし、今のうちに行くか」

 清々しい笑顔で、レーナたちを全く待たずに村の外へと向かったのだった。
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