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第31話 闇を払え
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その悲鳴は、悪夢の始まりだった。
悲鳴は一人のものだけじゃない。
一つ、また一つと増えていき、ゆっくりと近づいてくる。
「……空洞の方からじゃな。数人に破損した石壁の様子を見にいかせたんじゃが、恐らくそいつらじゃろう。しかし、まさかお主らが石壁の穴を応急修復していなかったとはな」
「……完全に俺のミスだ。あの時、俺たちを追ってきているモンスターの正体を掴んでいれば……!」
「そんな風に頭を抱えずとも良い。お主らは部外者であり、この夜に訪れてきたのだから、当然、『グラウンドイーター』どもの正体を掴めていない可能性もあった。それを考慮できなかったのは、わらわの落ち度じゃ。そうやって悩むくらいなら、その命を以って、侵入した化け物を止めようと考えてくれ」
オルビークは俺のミスを叱責しようとはしなかった。
だが、それは逆に俺の心を締め付ける。
失敗をして、叱責もされない人間というのは、相手にとってその価値もないということに他ならないからだ。
「……召喚主」
ずっと無言でそばに控えていた『地獄骸』が小さく声をかけてくる。その声色には闘志が宿っていた。俺も同意するように頷く。
自分の失敗は自分でどうにかするしかない。
「レーナ、アリカ! 相手かどんなモンスターか、まだよくわからない以上、お前たちを前線に出すわけにはいかない。……今回は明らかに重傷者がいる。治療魔法を使用できるモンスターを後方で召喚しておいてくれ」
「……わかりましたっ。気をつけてください、シュウトさま」
レーナは真剣な表情でこくりと首を縦に振る。
「ちゃんと帰ってきてくださいね。私たちもできるだけ早く、モンスターを召喚できるようにします。レーナ、共同召喚を実施します。準備をして!」
そう言って、アリカは目の前に魔法記述具を顕現させる。魔法の万年筆を握り込むと、万年筆に高速で記述を始めた。
レーナはその隣に立ち、アリカが記した文字を自らが顕現させた羊皮紙に写していく。
すると、羊皮紙を包み込む魔法の輝きが増し、二つの羊皮紙が一つの光に包まれた。
二人が文字召喚術師として本気で召喚するところを初めて見た気がする。
この場所は彼女たちに任せて、俺と『地獄骸』が空洞の方へと足を向けようとすると、オルビークが俺たちを呼び止める。
「待つのじゃ。わらわもいく」
「いいのか? これは俺の失態だ」
「誰かの責任にして高みの見物をする者に、村人を取り纏める長の資格はないのう」
その言葉と同時、オルビークの周囲の空間に拳大の火炎球が無数に出現する。
「わらわの村を侵した代価、その身で払わせてやる」
峡谷村と魔法石壁を繋ぐ空洞は、闇と静寂に包まれていた。
俺、『地獄骸』、オルビークの三人は闇の中に目を凝らす。周囲はオルビークの火炎球によって照らし出されているが、闇はまだまだ深い。
「わらわとの会話で気付いていたかもしれんが、この村の住人達はみな、魔術師なんじゃよ。技能の優劣こそあれど。そして、石壁の確認に向かわせた者たちは全員が火の魔術を使える。じゃが、この場所は暗い。ということは、じゃ――」
オルビークが右手を強く前に振りかざすと、多数の火炎球が前方へと撃ち出された。闇を切り裂いて、周囲の光景を光のもとに引きずり出す。
そして、俺の目に入ったのは、凄惨な光景だった。
峡谷村と魔法石壁のちょうど中間地点、その辺りに数人の人が倒れ込んでいた。
ごつごつと荒れた岩の地面には血溜まり。
反吐が出るような鉄の臭いが充満する中を、俺は警戒しながら進んでいく。
音はしない。気配もない。
だが、周囲の闇の中に、彼らをあんな姿にした存在が確実に潜んでいる。
俺に追従していた『炎精霊』たちには、前に出ないように伝えておいた。
全ての闇を照らし出せば、即座に開戦する可能性が高い。
その前に、村人の安否だけでも確かめておきたかった。
「これは……酷い……」
一番近くにいた倒れている青年のそばに屈む。胸から腹にかけて、大きな裂傷がある。
何か鋭い刃物で切りつけられたような形だ。
辛うじて、まだ青年に息はあった。
通常の治療ではまず助かる見込みはないが、早いうちに魔法を使用すれば助かるかもしれない。
「でも、なんだこれ……普通の刃物じゃこんな風にはならないぞ……大きすぎる……」
「……それは、細身の刀による、刀傷でしょうな」
周囲を警戒する『地獄骸』が、ちらりと傷に目をやって言った。
「細身の刀……それが敵の得物ってことだな」
俺がそう言った瞬間、闇の中に動きがあった。
ガシャン、と重い鉄の塊が擦れ合うような音がした。
それが敵の足音だと気付くまでに、一秒ほどかかる。ガシャン、ガシャンと音は連続し、だんだんと間隔を速めながら闇の中をこちらに近づいてくる。
「オルビーク殿ッ! 闇に火を!」
『地獄骸』がオルビークに向かって叫ぶ。
「わかっておる!」
時間の遅延もなく、オルビークは右手で指を鳴らす。
それと同時、空洞内に設置されていた燭台に、手前から順に急速に火がついていく。
そして、足音の主を闇から引きずり出そうとした時。
闇の中から何かが高速で、オルビークへと投げつけられた。
「……なんじゃ?」
「『地獄骸』ッ! オルビークを守れ!」
俺は咄嗟に指示を出す。『地獄骸』は瞬時に反応を見せ、投げつけられた物体がオルビークに到達するよりも前に地面に叩き落とした。
俺はその物体に目を凝らす。
それは、日本刀に酷似した刀だった。刀身は血に塗れ、火の魔法の灯りで輝いている。
だが、ただの刀ではない。
その武器は黒い光を纏っており、地面に落ちてからもカタカタと細かく震え、突然ひとりでに浮き上がると、目で追えない程の速度で飛んできた闇の中へと戻っていった。
燭台の火が闇を払う。
空洞内の暗闇が消滅した。
そして、『グラウンドイーター』の主人格モンスター、その姿が露わになる。
悲鳴は一人のものだけじゃない。
一つ、また一つと増えていき、ゆっくりと近づいてくる。
「……空洞の方からじゃな。数人に破損した石壁の様子を見にいかせたんじゃが、恐らくそいつらじゃろう。しかし、まさかお主らが石壁の穴を応急修復していなかったとはな」
「……完全に俺のミスだ。あの時、俺たちを追ってきているモンスターの正体を掴んでいれば……!」
「そんな風に頭を抱えずとも良い。お主らは部外者であり、この夜に訪れてきたのだから、当然、『グラウンドイーター』どもの正体を掴めていない可能性もあった。それを考慮できなかったのは、わらわの落ち度じゃ。そうやって悩むくらいなら、その命を以って、侵入した化け物を止めようと考えてくれ」
オルビークは俺のミスを叱責しようとはしなかった。
だが、それは逆に俺の心を締め付ける。
失敗をして、叱責もされない人間というのは、相手にとってその価値もないということに他ならないからだ。
「……召喚主」
ずっと無言でそばに控えていた『地獄骸』が小さく声をかけてくる。その声色には闘志が宿っていた。俺も同意するように頷く。
自分の失敗は自分でどうにかするしかない。
「レーナ、アリカ! 相手かどんなモンスターか、まだよくわからない以上、お前たちを前線に出すわけにはいかない。……今回は明らかに重傷者がいる。治療魔法を使用できるモンスターを後方で召喚しておいてくれ」
「……わかりましたっ。気をつけてください、シュウトさま」
レーナは真剣な表情でこくりと首を縦に振る。
「ちゃんと帰ってきてくださいね。私たちもできるだけ早く、モンスターを召喚できるようにします。レーナ、共同召喚を実施します。準備をして!」
そう言って、アリカは目の前に魔法記述具を顕現させる。魔法の万年筆を握り込むと、万年筆に高速で記述を始めた。
レーナはその隣に立ち、アリカが記した文字を自らが顕現させた羊皮紙に写していく。
すると、羊皮紙を包み込む魔法の輝きが増し、二つの羊皮紙が一つの光に包まれた。
二人が文字召喚術師として本気で召喚するところを初めて見た気がする。
この場所は彼女たちに任せて、俺と『地獄骸』が空洞の方へと足を向けようとすると、オルビークが俺たちを呼び止める。
「待つのじゃ。わらわもいく」
「いいのか? これは俺の失態だ」
「誰かの責任にして高みの見物をする者に、村人を取り纏める長の資格はないのう」
その言葉と同時、オルビークの周囲の空間に拳大の火炎球が無数に出現する。
「わらわの村を侵した代価、その身で払わせてやる」
峡谷村と魔法石壁を繋ぐ空洞は、闇と静寂に包まれていた。
俺、『地獄骸』、オルビークの三人は闇の中に目を凝らす。周囲はオルビークの火炎球によって照らし出されているが、闇はまだまだ深い。
「わらわとの会話で気付いていたかもしれんが、この村の住人達はみな、魔術師なんじゃよ。技能の優劣こそあれど。そして、石壁の確認に向かわせた者たちは全員が火の魔術を使える。じゃが、この場所は暗い。ということは、じゃ――」
オルビークが右手を強く前に振りかざすと、多数の火炎球が前方へと撃ち出された。闇を切り裂いて、周囲の光景を光のもとに引きずり出す。
そして、俺の目に入ったのは、凄惨な光景だった。
峡谷村と魔法石壁のちょうど中間地点、その辺りに数人の人が倒れ込んでいた。
ごつごつと荒れた岩の地面には血溜まり。
反吐が出るような鉄の臭いが充満する中を、俺は警戒しながら進んでいく。
音はしない。気配もない。
だが、周囲の闇の中に、彼らをあんな姿にした存在が確実に潜んでいる。
俺に追従していた『炎精霊』たちには、前に出ないように伝えておいた。
全ての闇を照らし出せば、即座に開戦する可能性が高い。
その前に、村人の安否だけでも確かめておきたかった。
「これは……酷い……」
一番近くにいた倒れている青年のそばに屈む。胸から腹にかけて、大きな裂傷がある。
何か鋭い刃物で切りつけられたような形だ。
辛うじて、まだ青年に息はあった。
通常の治療ではまず助かる見込みはないが、早いうちに魔法を使用すれば助かるかもしれない。
「でも、なんだこれ……普通の刃物じゃこんな風にはならないぞ……大きすぎる……」
「……それは、細身の刀による、刀傷でしょうな」
周囲を警戒する『地獄骸』が、ちらりと傷に目をやって言った。
「細身の刀……それが敵の得物ってことだな」
俺がそう言った瞬間、闇の中に動きがあった。
ガシャン、と重い鉄の塊が擦れ合うような音がした。
それが敵の足音だと気付くまでに、一秒ほどかかる。ガシャン、ガシャンと音は連続し、だんだんと間隔を速めながら闇の中をこちらに近づいてくる。
「オルビーク殿ッ! 闇に火を!」
『地獄骸』がオルビークに向かって叫ぶ。
「わかっておる!」
時間の遅延もなく、オルビークは右手で指を鳴らす。
それと同時、空洞内に設置されていた燭台に、手前から順に急速に火がついていく。
そして、足音の主を闇から引きずり出そうとした時。
闇の中から何かが高速で、オルビークへと投げつけられた。
「……なんじゃ?」
「『地獄骸』ッ! オルビークを守れ!」
俺は咄嗟に指示を出す。『地獄骸』は瞬時に反応を見せ、投げつけられた物体がオルビークに到達するよりも前に地面に叩き落とした。
俺はその物体に目を凝らす。
それは、日本刀に酷似した刀だった。刀身は血に塗れ、火の魔法の灯りで輝いている。
だが、ただの刀ではない。
その武器は黒い光を纏っており、地面に落ちてからもカタカタと細かく震え、突然ひとりでに浮き上がると、目で追えない程の速度で飛んできた闇の中へと戻っていった。
燭台の火が闇を払う。
空洞内の暗闇が消滅した。
そして、『グラウンドイーター』の主人格モンスター、その姿が露わになる。
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