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第37話 空中戦

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 オルビークが顕現させた大炎の燭台によって、闇が消え去った峡谷。

 正面、頭上十五メートルほどの高さに『グラウンドイーター』の胴体がある。

 俺たちの乗った馬車は駆ける。

 通常であれば、高い位置に存在する『グラウンドイーター』に攻撃を加えることができない。

 しかし俺は全く怯むことなく、後退の指示を出すこともない。

 なぜなら、俺たちの攻撃は『グラウンドイーター』に容易く届くからだ。

『魔地馬』は脚を高速で動かして、地面を蹴り進む。

 牽引される馬車は『魔地馬』の能力で軽くなっている。そう、普段は重量を軽くするため使っている能力。それを使用するのだ。

「ちょっとした曲芸の時間だ」

 俺は指を鳴らして合図を出す。
 すると、『魔地馬』の身体から魔力の光が迸った。

「『魔地馬』! 重力操作の能力を最大に引き上げろッ!」

 俺が叫んで数秒後、ふわり、と馬車が浮いた。

『魔地馬』の能力は重力操作。

 故に、それを極限まで強めることで、馬車が受ける重力はゼロになる。

 これこそが頭上に坐する化け物に攻撃を加える秘策だった。

「跳べッ! 『魔地馬』!」

 自重ごとゼロにした『魔地馬』が地面を大きく蹴る。

 すると、『魔地馬』と馬車は『グラウンドイーター』が待ち構える上空まで一瞬で浮上した。

『グラウンドイーター』はさすがにこの行動を予測していなかったのだろう。

 馬車は『グラウンドイーター』の頭上を越え、敵はその大きな瞳で呆然と俺たちの姿を見上げる。

 馬車はくるりと体勢を変え、『グラウンドイーター』を真正面に捉えた。
 今こそが、攻撃の好機。

「よし、今だ! 後方に反重力展開! 自分の砲撃で吹き飛ばされるなよ。やっちまえ! 『邪神砲』!」

『魔地馬』が激しく嘶き、馬車後方に強力な反重力場が展開される。

 強烈な『邪神砲』の反動を無重力状態で受ければ、俺たちもコントロールを失うのは明白だった。そのための反重力場である。

「それじゃああああああ、さよならだぜええええええ!!! この化け物野郎ぉおおおお!!!!!」

 峡谷の主を地に落とす、鉄壁粉砕の一撃が『邪神砲』から発射される。

 邪悪な光を帯びた禍々しい砲弾が、超高速で『グラウンドイーター』に迫っていく。
 
 砲弾は斜め上から直撃した。

 厚い鱗と皮膚を破り、『グラウンドイーター』の身体を貫通した砲弾は、轟音と共に峡谷の底へと着弾する。

 強力な衝撃を上方向から受けた『グラウンドイーター』は抗うこともできず膝を折り、地に落ちる。

 砂煙が高くまで舞って、峡谷を覆った。

「よし、『地獄骸』と『地獄射手』は降下! 『剣豪―三刀―』を仕留めろ!」

 俺の号令と共に、『地獄骸』たちが馬車から飛び降り、砂煙の中へと高速で降下した。

 だが、敵も黙ってはいない。

 砂煙の中から、『剣豪―三刀―』の二本の魔刀が一直線に飛んできて、『地獄骸』たちを襲う。

「さすがは古の剣豪。この程度で地に足はつかないかッ!」

『地獄骸』は戦闘を楽しんでいるような声色でそう言うと、魔刀を弾き返す。

「ふん、僕は野蛮な近接戦は避けたいんだけどね」

『地獄骸』とは対称的に、少し嫌そうな『地獄射手』も同様に持っていた短剣で魔刀の攻撃を受け止めた。

 魔刀は一度弾いたからといって、『剣豪―三刀―』のもとに戻っていくわけではない。

 降下する『地獄骸』たちの周囲を執拗に飛び回り、無数の剣撃を加え続ける。

 そのまま『地獄骸』たちは砂煙に包まれて、ここからは視認できなくなった。

「くそっ! どうにかならないのか、この砂煙」

「ここはわらわに任せておけ、シュウト」

 そう言って、オルビークが馬車の後方から下を覗く。彼女に名前を呼ばれたのは初めてな気がした。

 もしかしたら、少しは認めてくれたのかもしれない。

 オルビークが目を閉じて念じると、無数の火炎球が馬車の周りに出現する。
 手をかざすと、それらは一斉に砂煙へと向かっていった。

 激しい風を巻き起こした火炎球は、視界を塞ぐ砂煙を次々に払っていく。

『グラウンドイーター』の背中では、『地獄骸』たちと『剣豪―三刀―』が剣を交えていた。

「さあ、魔術師が高潔かつ、最強の存在である所以、シュウトにも見せてやろう」

 オルビークの両目が赤く、獰猛に光る。

 さらに出現した火炎球が『グラウンドイーター』の巨体に降り注ぎ、手足の長い竜擬きはあまりの痛みに絶叫した。火炎球は『剣豪―三刀―』をも狙う。

 移動しても追尾する火炎球は、交戦中の『剣豪―三刀―』の頭上から急襲し、『剣豪―三刀―』の銀色の鎧を魔法の炎で焼いた。

 形勢は一気に傾いた。
 すでに決着はついたといってもいいだろう。

 俺は馬車を『グラウンドイーター』の背中に着地させ、『地獄骸』たちのもとへと駆け寄る。

「ようやく終わったな……」

 俺の眼前には、膝をついて全身を火炎に包まれた『剣豪―三刀―』の姿。

 やっと、戦闘は終わり、緊張を解くことができる。

 だが、それは甘かった。

 俺は軽く考えていたのだ。

『剣豪―三刀―』が遥か昔から生き残ってきたことの事実を。

 そして、それは最悪の事態を招くことになる。
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