上 下
38 / 86

第38話 抗戦する剣豪

しおりを挟む
 頭上から降り注ぐ火炎球に焼かれ、『剣豪―三刀―』は『グラウンドイーター』の背中に片膝をつき、動かなくなっていた。

「終わり、だよな……」

 安堵の息を吐いた俺のもとに、オルビークが近づいてくる。

「お疲れさまじゃな、シュウト。終わってみると呆気ないものじゃの。結局、『グラウンドイーター』も大した動きを見せんかったし……」

 オルビークに言われて、確かにそうだなと俺は思った。

 初めに峡谷を訪れた時、あれほどの猛攻を加えてきた『グラウンドイーター』がまるで飾りだ。

「あ、あれじゃないのか? 『グラウンドイーター』は夜にしか動けないってやつ。火炎球で周囲が明るくなったから動けないとか」

「『グラウンドイーター』が動けなくなるのは、体内周期のリズムが関係しているんじゃ。それは辺りの暗さに関係なく、時間に依存するものじゃよ。夜に活動する『グラウンドイーター』が凶暴化して、わらわたちを襲うようになったのは最近のことじゃし、『グラウンドイーター』のことはよくわからんの」

「……そうなのか?」

 てっきり、昔からこの周辺で暴れ回る存在なのかと思っていたのだが。

「『グラウンドイーター』は元々、中型のモンスターを捕食していて、人間たちには目もくれなかったんじゃ。じゃが、ここ最近、村を訪れる人間たちを襲うようになってな。それで、ギルダム中央村に警告の張り紙を貼ったというわけじゃ」

「最近って、いつ頃だ?」

「ここ二週間ほどのことじゃな。その暴君ぶりに共感でもしたのか、『剣豪―三刀―』までやってきて、二体は協力して暴れ回るようになった」

 オルビークのその発言は、俺の背筋を凍らせた。

 おかしい。タイミングが良すぎる。ここ二週間?

 それって、ちょうど帝国がギルダム自治区に侵攻を始めようとしていた時期じゃないのか?

 そこに現れた『剣豪―三刀―』。これは確実に帝国が送り込んだものだ。

 なら、同時期に凶暴化した『グラウンドイーター』は『剣豪―三刀―』に協力しているのではなく――使役されている可能性が高い。

 どうしてこんな簡単なことに聡明なオルビークが気づかないのかと思って、俺は気付いてしまった。

 そうだ、そもそもオルビークは。

「なあ、俺は帝国侵略の話をしたか?」

「――帝国? 何の話じゃ?」

 そう、彼女にはまだ帝国侵略の話をしていなかった。

 それを伝える目的もあって、俺は峡谷村を訪れたのだが、急な襲撃のせいで話が途中だったのだ。

 つまり、オルビークは答えに至るための重要な情報を知らなかったのだ。

 そして、もし俺の仮説が正しければ、敵はまだ本気を出していない。

 考え事をしていたせいで、目の前の光景に一瞬、反応が遅れた。

 眼前で動きを見せたのは、『剣豪―三刀―』。

 体勢は項垂れた状態のまま、素早く自らの大きな太刀を『グラウンドイーター』の背中に突き立てた。

 特殊な白い光が刀身を包み、『グラウンドイーター』の鱗を切り裂いていく。

 追従するように、二本の魔刀が『剣豪―三刀―』の両脇に同じく突き刺さり、光を放出する。

『邪神砲』の砲撃を受けて動きを止めていた『グラウンドイーター』が大きな叫び声を上げ、折れていた長い脚を伸ばして立ち上がった。

 激しい揺れが背中に乗っている俺たちを襲う。

 その隙に合わせて『剣豪―三刀―』が動いた。

 目に止まらぬ速度で突進した『剣豪―三刀―』は、『地獄射手』の正面まで行くと、鋭い太刀筋で得物を振り下ろす。

「ちっ……!」

『地獄射手』はそれを短剣でなんとかいなすが、彼の背後には魔刀二本が浮いていた。

『地獄射手』は振り返ってそれを確認すると、流れる汗と共に目を見開く。

 魔刀が体勢の崩れた『地獄射手』を襲い、その刀身は『地獄射手』の右腕、左脚を切り裂いた。

「ぐああああああああッ!!」

 一瞬のことで、俺たちは助けに入ることができない。

『地獄射手』の傷口は深く、彼は血を流しながらその場に倒れ込む。

 次に狙われたのは、先ほど火炎球を放ったオルビークだった。

『剣豪―三刀―』は的確に遠距離攻撃役の仲間を潰そうとしていた。

 明るい場所でも闇を作り出し、矢へと変える『地獄射手』。
 火炎球によって『剣豪―三刀―』に膝をつかせたオルビーク。

 この二者を排することで、純粋な近接戦に持ち込むつもりなのだろう。
 そして、その選択は正しい。

 近接戦に対応できないオルビークは呆然として、迫りくる『剣豪―三刀―』を見ていた。彼女は動かない。

 そして、『剣豪―三刀―』の刃が振り下ろされ。

「ほ~~~ら! 着いたよ~~~!!」

 その刃は、分厚い贅肉の壁によって防がれた。

 小さな身体のオルビークの前に現れた巨体は、『地獄暴食』である。

 馬車に乗れなかった彼は『グラウンドイーター』の脚をよじ登り、やっとこの場所に辿り着いたのだった。

「あ~~~あ! けっこうヤバいじょうきょうだね~~~!」

『地獄暴食』は周囲を見回し、血を流している『地獄射手』を見つける。

 彼は呑気な態度を崩さないまま、一瞬、無言になると。

 目つきだけを鋭く研ぎ澄ませ、目の前の『剣豪―三刀―』を射抜く。

 そして、ドスの効いた低い声で彼は言った。

「――でも、お前が調子に乗れるのはここまでだぞ」
しおりを挟む

処理中です...