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第55話 精神摩耗
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戦闘の跡を、俺たちは越えていく。
赤黒い血がまき散らされた床に足を踏み込むと、ぴちゃり、と不快な音がして、俺は喉までこみあげてくるものを必死でこらえた。
鉄の混じった生ぐさい臭い。
大怪我を負い、あまりの痛みに悲鳴を上げることさえ忘れて、ただ目を開け、呼吸だけをする存在になって横たわる敵の姿を直視すると、なんだかよくわからない感情が爆発しそうになるから、俺はひたすら目を背け続けた。
レーナやアリカとほんの少し、平和な日常のような会話を交わしたからといって、目の前の地獄が消えてなくなるわけではない。
俺が血だまりを渡り終えた後も、追従するモンスターたちの足音と血の跳ねる音は延々と続く。
どこまで逃げてもすぐに追いついてくる化け物に取りつかれた気分だ。
頭の片隅がじんじんと痺れてきている。
今はまだ、意識の表層まで出てきていないが、おそらく、俺の心は少しずつ破壊されてきているはずだ。
平和な日常に生きていた人間が、こんな血の臭いのする場所で正常でいられるわけがないのだ。
強烈なストレスが心を破壊し、俺から正確な判断力や感情を奪い去っていく。
完全な放心状態になるまでに、宮殿の奥まで辿り着かねばならないといけない、と俺は改めて思った。
泣きたい。叫びたい。逃げたい。死にたい。生きたい。
複数の感情が入り混じるこの心を、あとどれだけもたせることができるだろうか。
少なくとも、余裕な態度を取っていられないことだけは確かだ。
「うああああああああああああっ!!」
また一人、俺は敵を切り伏せた。
『邪神剣』が操作する左腕には、全く感覚がない。
だから、人を斬った感触も感じられないのだ。
その分、目の前に見える敵の苦悶の表情、絶叫、俺を呪う言葉、飛び散る血液が、俺の心に酷く傷をつける。
視界がぐらりと揺らいだ。
一瞬、辺りが真っ白になって、
「今だ!! あいつを殺せぇえええええッ!!!」
真横から、大きな槍を持った『鉄人形』が鋭い突きを繰り出してきた。
だが、戦闘に関して、俺の判断や意思など関係ない。
『邪神剣』によって大槍は無情に弾かれ、返す刃が『鉄人形』を真っ二つに両断する。
『鉄人形』を使役していた文字召喚術師は顔を醜く歪めて、恐怖のせいか、子供のように叫び声を上げながら地団太を踏んだ。
敵から見れば、俺は間違いなく化け物だろう。
もはや、視界さえ関係なく、隙を生んだ本体とは別で、左腕の闇の剣が全てを斬り捨てる。
そんな存在を目の当たりにすれば、地団太の一つも踏みたくなるに違いない。
周囲ではアンデッドたちが敵召喚術師を戦闘不能へと追い込んでいる。
劣勢の予兆もなく、極めて一歩的な蹂躙に近い進軍だった。
時折、子供の召喚術師見習いたちと遭遇すると、レーナがやってきて、途中に確保しておいた安全な部屋に連れていく。
その子供たちは顔見知りのレーナの言うことを素直に聞いたが、途中振り返って俺を見た時の瞳は、まさに全てを破壊し尽す魔王を見る目だった。
むせかえる血の臭いが廊下を満たした頃、俺たちはようやく巨大な扉の前へと辿り着いた。
扉は天井付近まで伸びていて、両開きの扉としては俺が生きてきた人生の中で、間違いなく最大の部類だ。
今まで宣言通りに事態を見守るだけで、戦闘に参加していなかったオルビークが、初めて興味深そうに前に出てきた。
「ふぅむ……面白い。この扉には魔法バリアが張られているのじゃ」
「魔法バリア……? それは進軍の邪魔になるものか?」
オルビークは巨大な扉に近づくと、そっと手を触れる。
一見、何の反応もないように見えるが、彼女はうんうん、とツインテールの髪を揺らしながら頷く。
「魔法バリアは物理と魔術、両方の攻撃を弾き返す魔術の一種じゃ。そして、ここにあるものは非常に強固なもの――」
「マジか……じゃあ、別の道を探さないとダメってことか」
俺がオルビークの言葉に対し、食い気味で返事をすると、彼女はむっとした顔を作って、頬をぷくりと膨らませた。
「……話を最後まで聞くのじゃ。確かにこの魔法バリアは強固ではある。だが、その言葉には『召喚術師が頑張って作ったにしては』という捕捉がつく」
オルビークはそこまで言うと得意げな表情を作って、巨大な扉をゆっくりと撫でていく。
すると、何かが砕けるような音が周囲に大きく響いた。
だが、見た目は何も変わっていない。
とても不思議な現象だ。
オルビークが一度手を放してから、もう一度、とん、と触れると、巨大な両扉は激しい勢いで弾かれるように開放された。
「このような未熟な魔術を見ると、魔術師は喧嘩を売られているように感じるのじゃ。わらわがいてよかったのう、シュウト」
そう言って、オルビークは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
巨大な扉の先、俺の目の前には不自然に静まり返った広大な半球状の空間。
不自然なほど、気配がない。
どうやら、この先へ進むには、覚悟が必要なようだ。
赤黒い血がまき散らされた床に足を踏み込むと、ぴちゃり、と不快な音がして、俺は喉までこみあげてくるものを必死でこらえた。
鉄の混じった生ぐさい臭い。
大怪我を負い、あまりの痛みに悲鳴を上げることさえ忘れて、ただ目を開け、呼吸だけをする存在になって横たわる敵の姿を直視すると、なんだかよくわからない感情が爆発しそうになるから、俺はひたすら目を背け続けた。
レーナやアリカとほんの少し、平和な日常のような会話を交わしたからといって、目の前の地獄が消えてなくなるわけではない。
俺が血だまりを渡り終えた後も、追従するモンスターたちの足音と血の跳ねる音は延々と続く。
どこまで逃げてもすぐに追いついてくる化け物に取りつかれた気分だ。
頭の片隅がじんじんと痺れてきている。
今はまだ、意識の表層まで出てきていないが、おそらく、俺の心は少しずつ破壊されてきているはずだ。
平和な日常に生きていた人間が、こんな血の臭いのする場所で正常でいられるわけがないのだ。
強烈なストレスが心を破壊し、俺から正確な判断力や感情を奪い去っていく。
完全な放心状態になるまでに、宮殿の奥まで辿り着かねばならないといけない、と俺は改めて思った。
泣きたい。叫びたい。逃げたい。死にたい。生きたい。
複数の感情が入り混じるこの心を、あとどれだけもたせることができるだろうか。
少なくとも、余裕な態度を取っていられないことだけは確かだ。
「うああああああああああああっ!!」
また一人、俺は敵を切り伏せた。
『邪神剣』が操作する左腕には、全く感覚がない。
だから、人を斬った感触も感じられないのだ。
その分、目の前に見える敵の苦悶の表情、絶叫、俺を呪う言葉、飛び散る血液が、俺の心に酷く傷をつける。
視界がぐらりと揺らいだ。
一瞬、辺りが真っ白になって、
「今だ!! あいつを殺せぇえええええッ!!!」
真横から、大きな槍を持った『鉄人形』が鋭い突きを繰り出してきた。
だが、戦闘に関して、俺の判断や意思など関係ない。
『邪神剣』によって大槍は無情に弾かれ、返す刃が『鉄人形』を真っ二つに両断する。
『鉄人形』を使役していた文字召喚術師は顔を醜く歪めて、恐怖のせいか、子供のように叫び声を上げながら地団太を踏んだ。
敵から見れば、俺は間違いなく化け物だろう。
もはや、視界さえ関係なく、隙を生んだ本体とは別で、左腕の闇の剣が全てを斬り捨てる。
そんな存在を目の当たりにすれば、地団太の一つも踏みたくなるに違いない。
周囲ではアンデッドたちが敵召喚術師を戦闘不能へと追い込んでいる。
劣勢の予兆もなく、極めて一歩的な蹂躙に近い進軍だった。
時折、子供の召喚術師見習いたちと遭遇すると、レーナがやってきて、途中に確保しておいた安全な部屋に連れていく。
その子供たちは顔見知りのレーナの言うことを素直に聞いたが、途中振り返って俺を見た時の瞳は、まさに全てを破壊し尽す魔王を見る目だった。
むせかえる血の臭いが廊下を満たした頃、俺たちはようやく巨大な扉の前へと辿り着いた。
扉は天井付近まで伸びていて、両開きの扉としては俺が生きてきた人生の中で、間違いなく最大の部類だ。
今まで宣言通りに事態を見守るだけで、戦闘に参加していなかったオルビークが、初めて興味深そうに前に出てきた。
「ふぅむ……面白い。この扉には魔法バリアが張られているのじゃ」
「魔法バリア……? それは進軍の邪魔になるものか?」
オルビークは巨大な扉に近づくと、そっと手を触れる。
一見、何の反応もないように見えるが、彼女はうんうん、とツインテールの髪を揺らしながら頷く。
「魔法バリアは物理と魔術、両方の攻撃を弾き返す魔術の一種じゃ。そして、ここにあるものは非常に強固なもの――」
「マジか……じゃあ、別の道を探さないとダメってことか」
俺がオルビークの言葉に対し、食い気味で返事をすると、彼女はむっとした顔を作って、頬をぷくりと膨らませた。
「……話を最後まで聞くのじゃ。確かにこの魔法バリアは強固ではある。だが、その言葉には『召喚術師が頑張って作ったにしては』という捕捉がつく」
オルビークはそこまで言うと得意げな表情を作って、巨大な扉をゆっくりと撫でていく。
すると、何かが砕けるような音が周囲に大きく響いた。
だが、見た目は何も変わっていない。
とても不思議な現象だ。
オルビークが一度手を放してから、もう一度、とん、と触れると、巨大な両扉は激しい勢いで弾かれるように開放された。
「このような未熟な魔術を見ると、魔術師は喧嘩を売られているように感じるのじゃ。わらわがいてよかったのう、シュウト」
そう言って、オルビークは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
巨大な扉の先、俺の目の前には不自然に静まり返った広大な半球状の空間。
不自然なほど、気配がない。
どうやら、この先へ進むには、覚悟が必要なようだ。
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