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第63話 永遠に近い一瞬

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 文字召喚を行うための情報を全て書き込むまでに、最速でも二分は必要だ。

 俺は再顕現させた万年筆を握り込み、ただ目の前の羊皮紙に文字を刻み込むことだけを考える。

 ――これから始まる二分間は恐らく、今まで経験した中で最も長く、最も吐き気を催し、最も希望に満ち溢れた一分になるだろう。

「――ああ、頼んだ。なんとしても持ちこたえろ」

 俺は顕現完了と同時に、万年筆に文字を高速で走らせ始める。

 王国の魔術師エイドス・ヴェルガもすぐさまその阻止に動き出した。

 俺とヴェルガの間には、120体を超える全召喚モンスターによる盾がある。

 迎撃態勢を取るS~A級モンスターの他に、傷を負ってただ立っていることしかできない下級モンスターも、俺を守るようにヴェルガの前に立ちはだかる。

 文字通りの総力戦。

 突破されれば、敵の勝ち。

 守り切れれば、俺たちの勝ちだ。

「泣けるねえ、でもねえ、雑魚がそんなに集まっても意味ないんだよねえッ!!!」

 ヴェルガの周囲に大量の火炎球が出現する。

 それらは正面から召喚モンスターの壁へと直撃し、派手な爆風が数匹の召喚モンスターを蹴散らす。

 攻撃の手は休まらず、一瞬にして、数十体のモンスターが周囲の床に跳ね飛ばされた。

 ヴェルガと共に立つ聖巨人の左腕からは、聖なる光弾が無数に射出された。

 それと同時、聖巨人はモンスターの壁を蹴散らすべく、地面を大きく蹴ってこちらへ向かってくる。

「こ~こで負けるわけにはいかないんだよ~~!!」

 飛来した聖なる光弾を、弾力のある贅肉で受け止めた『地獄暴食』は、身体に薄い闇の膜を張って、光弾を霧散させた。

『魔地馬』は壁の最前列に出ると、瞬発的に強力な重力操作を行い、空中へと浮かぶ。

 こちらへ駆けてくる聖巨人の顔面、その真正面へと躍り出た馬車に取りつけられた『邪神砲』の砲口はすでに発射準備を終えていた。

「旦那ぁ――――――――!! 俺は信じてまっせ~~~~~~~!! 一発、デカいの喰らわせたらぁ!!」

『邪神砲』の叫びと共に、聖巨人の顔面目がけて強烈な砲撃が放たれた。

 だが、素早い身のこなしでそれを躱した聖巨人が、右の剛腕で馬車を弾き落とす。

 しかし、聖巨人の意識が馬車に注がれている間に、『地獄射手』がその眼前に迫っていた。

「よそ見してるなんて、余裕だねッ!」

『地獄射手』の両手に握られた短刀が聖巨人の瞳部分を切り裂いた。

 金属は大きく削げ、痛みに苦しむように、聖巨人の足が止まる。

 しかし、それを見過ごすヴェルガではない。

 魔術で空中へと浮いたヴェルガが起動した攻撃魔術によって生じた雷撃が『地獄射手』の身体を焼いた。

「ぐああああああああああああッ!!」

『地獄射手』が地面へ落ちていくのを見届けることもなく、瞬時に地面へと移動したヴェルガは、鋭く尖った氷を剣のように操る。

 そして、目の前で迎撃態勢を取る『地獄暴食』の腹をいとも容易く斬りつけた。

 俺の手は依然、高速で動き続けていた。

 あと少し、あと少しなんだ。

 設定文章はすでに半分以上記述した。

 もう少しだけ、俺に時間を――。

「さあて、片付いたねえ」

 近くで聞こえた声に、俺は目を見開く。

 恐怖に包まれながら顔を上げると、三メートルほど離れた正面にエイドス・ヴェルガが聖巨人を引き連れて立っていた。
 
 そして。

 床に倒れている、俺の配下たちが目に入る。

 みな、痛みに呻き、苦悶の表情を浮かべていた。

 それでもなお、エイドス・ヴェルガを俺に近寄らせまいと、震える手を伸ばしていた。

 S~A級のモンスターたちも含むほぼ全員が一分足らずで地に伏した。

 俺とヴェルガの間でなおも立ち塞がっているのは、たった一種類のモンスターだけ。

 そのモンスターは雑魚と呼ばれていた。

 しかし、傷を負っても戦線を離脱しようとしなかった者たちだ。

『雑魚と呼ばれる死後』十体が身体の震えを抑えて、俺を守ろうとしてくれていた。

 彼らの瞳はまだ、希望を失っていなかった。

 一体の『雑魚と呼ばれる死後』がこちらを向いて言う。

「召喚主さま、われわれが守りますから……ぜったいに、召喚をせいこうさせてくださいね……!」

 そうだ。まだ終わりじゃない。

 配下が諦めていないのだ。ならまだ、俺も希望を持つべきだ。

 だから、俺は魔王としての責務を果たす。

 配下全員の希望に応えるため、文字の記述の完了を目指す。

 高速で文字を書き連ねながら、俺は『雑魚と呼ばれる死後』に向かって叫ぶ。

「あと三十秒だッ! あと三十秒だけ……稼いでくれ!」

 本来なら、ヴェルガ相手に一秒ともたないはずの彼らに、それでも俺は命令した。

『雑魚と呼ばれる死後』たちの覚悟を信じて。
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