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第75話 この雰囲気は文化祭!

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 暗黒城の内部は異様な熱気に包まれていた。

 城の一階部分には高級ホテルも顔負けの大広間がある。

 普段はたくさんのソファやテーブルを設け、配下モンスターたちが交流をする憩いの場となっている場所だが、今日は木製のパーテーションでいくつかの区画に分けられ、それぞれのブースでアンデッドたちが忙しそうに準備をしていた。

 ふと掲げられたブース名に目をやれば、「魔王様、降臨から独立自治区設立までの歴史」やら、「魔王様が召喚し、見事活躍を果たしたエースモンスターたちのプロフィール紹介」やら、回覧可能な展示ブースが視界に入る。

 だが資料館的なニュアンスで統一されているのかと思えば、決してそんなことはなく、俺は食欲をそそる匂いに思わず振り返る。

 そこでは、オルビークが魔術により巨大な火炎球を出現させており、『地獄暴食』がその巨体で大きな鉄鍋を掴み、火炎球をコンロ代わりにして焼きそばを作っていた。

「おお、シュウトよ。良いところに通りかかったのじゃ! このオルビーク特製火力で作った『暗黒城焼きそば』の試食を頼む!」

 オルビークは鉄鍋から器用に焼きそばを掬うと、食器に入れて差し出してきた。

 湯気の上がった焼きそばは確かに旨そうだ。オルビークが暗黒城名物にしようとしていたのは、どうやらこの焼きそばだったらしい。

「匂いは最高だな。じゃあ、お言葉に甘えて……」

 渡された箸で、俺は焼きそばを掴み上げ、口へと運ぶ。少しピリッとする変わった香辛料の香りがした。

 元の世界では味わったことのないスパイスだ。だが、それが食欲をより増幅させる。俺はかきこむように焼きそばを胃袋に入れて言った。

 結果、俺は試食用として渡された分をすぐに食べ終えてしまった。

「旨いな、これ!」

 その絶妙な味付けに思わず目を輝かせて賞賛の言葉を口にする。

「そうじゃろう、そうじゃろう! これは峡谷村でしか取れない特殊な香辛料を使っておるのじゃ!」

「なるほど、あそこは独特な環境だもんな」

 確かに崖の中に隠された峡谷村は常に薄暗く、オルビークの魔術によって常時照明を確保しているからか、魔力の残滓のようなものが発生し、空気中に潤沢に含まれていると聞いた。

 そこで生産された香辛料なら、希少性が高い特殊な風味になっていてもおかしくないだろう。

「このご当地焼きそばで、現ナマを稼いでみせるのじゃ!」

「見た目幼女が現ナマって言うと生々しいな……」

 まぁよろしく頼むよ、と言って、俺は調理を続けるオルビークたちのブースから離れる。

 一つ一つに時間をかけすぎると、全てをチェックできなさそうだ。

 オルビークの他にも有志のモンスターたちのみで運営されている食品ブースも多数あり、みんな忙しそうに準備する様子は楽しそうだった。

 俺はその光景にふと既視感を覚える。

 それは遠い昔、元の世界で経験したことのある何か。

 少しだけ考えて、俺はそれが何か思い出した。

「そうか、この雰囲気は文化祭だ」

 自分達の手作りで、普段はやらない店や展示品を作り、お客さんをもてなす。

 学生時代の一大イベントであり、その準備やイベント当日は熱狂的な高揚感に、学校全体が包まれる。

 その懐かしい雰囲気が今の暗黒城を包んでいるのだった。

 元の世界。それを思い出すと、今の現状とあまりにかけ離れていて、思わず俺は小さく笑ってしまう。

 文字召喚術師となり、魔王となり、配下ができ、レーナたちに出会った。

 それは全てかけがえのない出来事であり、この世界での生活に俺は慣れ始めている。

 初めはレーナの余計な行動のせいで厄介事が発生したとばかり思っていたが、これはこれでよかったのかもしれない。

 文化祭の醍醐味は、準備の過程で皆の団結力が高まることだ。

 皆には思う存分楽しんでもらい、今後の独立自治区防衛へ向けて英気を養ってもらおう。

 なんだかんだと俺の予想の斜め上を行く好状況を作り出すレーナに密かに舌を巻きながら、俺は別の場所の見回りへと移った。
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