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後編
誤魔化せる?
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「い、意外と大きい……」
段々と近付くと感じる。かなり大きな街で、人の気配がかなりする。今は能力を制限されているので、肌で感じている程度。
ローデリヒ様はある程度の距離まで来ると、《千里眼》の発動をやめた。目立つもんね……。
いや、それだけじゃない。
「え、ローデリヒ様。私達結構目立っちゃいません?……ほら、私は一応軽装だけどドレスだし」
一応軽装だけど、普通の街中の人はドレスなんて着ない事は王城の引きこもりでも分かる。
つまり今の私達は、めちゃくちゃ貴族っぽさが出てしまっているってこと。
ローデリヒ様も汗をかいているし乱れてはいるが、装いは貴族男性のもの。こちらも堅苦しいタイプの服ではないけれど、ド素人でも一目瞭然である。
「大丈夫だ。商隊で移動していたが、盗賊に襲われた商人夫婦設定で行こうと思う」
「え……、商人とかよくわからないんですが……数学苦手だし……」
「問題ない。私が上手く誤魔化す」
何故か自信満々にローデリヒ様が答える。本当に大丈夫なのだろうか。
あれ?ローデリヒ様ってそんな上手く誤魔化せるタイプだったっけ……?
不安しか感じないまま、門番代わりの街道警備兵さん達に近付く。というか、向こうが私達に気付いて、1人が代表して来た。
「……身分のある方とお見受けいたしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
開口一番でもう察せるよね。
めちゃくちゃ目立ってるって。
「ただの一介の商人だ。名乗るほどでもない。……ただ、情けないことに盗賊に襲われてな。馬車と荷物が無くなってしまった。この通り、妻は身重だから宿で一旦落ち着きたいのだが……」
冷や汗ダラダラの私とは対照的に、ローデリヒ様は涼しい顔をしている。一体どうするのこれ。
「さ、左様でございましたか……。盗賊についての特徴を伺いたいので、詰所の方までご同行願えますか?」
ほらーー!!やっぱり大丈夫じゃなかった!!
ご同行願えますか?なんて、普通に連行されてるじゃん?!前世でもお巡りさんに職質されたことすらないのに。
ローデリヒ様はそんな状況を分かっているのか、いないのか。通常モードで頷いた。もう本当にいつも通りの愛想の欠けらも無い顔で。
「分かった。――ただ」
「……ただ?」
「妻が身重だ。早く休ませたいから手短にしてくれ」
「はっ、はい、かしこまりました……」
私達は詰所まで連行された。
「――これにて、聴取は以上になります。
お時間をいただきありがとうございます。それではどうぞごゆっくりお過ごしください。街道はともかく、このココシュカの街中は治安が良いので安心してご滞在出来るかと」
ローデリヒ様と私の目撃証言を書面に纏めた兵士さんが、緊張した面持ちで頭を下げる。ちょっと萎縮してるところもあるのかな。私はほとんど話していない。ローデリヒ様がほとんど適当な目撃証言をしていた。非常に捜査のためにならない気がしている。
でも、思ったよりも不審者扱いされなかった。
「ああ、治安が良いのは知っている。ありがとう」
フッとローデリヒ様は兵士さんに笑いかけた。信じて貰えたのは、本当に治安が良いからだと思う。ちなみに身分証みたいなものはこの世界には基本的にない。近衛騎士さんとか、警備兵さんなどの護衛兵系の人達ならあるみたいなんだけど。
ローデリヒ様はアーベルを抱き上げたまま街へ入る。私も続いた。
やや兵士さんから離れてから、ローデリヒ様はこっそりと私に耳うちをした。
「大丈夫だっただろう?」
いや、あんまり大丈夫じゃなかったと思う。
警備兵さんは、あんまり突っ込んじゃダメなんだろうなって顔をしていた。というか、ローデリヒ様相手にビビりまくっていたようだった。
自国の王太子の顔そのままだしなあ……。
警備兵さんが自国の王太子の顔を知っているのかは分からないけど。
「警備兵の言う通り、このココシュカの街は治安がそれなりに良い。近くに宿がありそうだから、そこに行こう」
「はい!」
通常通りの表情でローデリヒ様が堂々と警備兵さんに答えていたものだから、ビクビクと怖がっていた私もなんだか落ち着いていた。逆になんでそんなに平然としてられるのかが不思議だったけど、ドロドロした社交界を王太子として1人でこなしてるんだった。そりゃあ、それなりに取り繕うのも上手いわけで。
正直、私はあんまり得意じゃないんだよね……。出来ない訳では無いってだけで。
これでも、元公爵令嬢だし!……あんまり生かせていないけど。
ココシュカの街は綺麗な街だった。街並みはやっぱり近世ヨーロッパに近いかも。石畳に舗装された道の両脇には、商店が幾つも並んでいる。ちょっと隣りの道を見てみると、露店が多かったりする。露店が多い道の方が、人混みの騒々しさを肌で感じた。
ローデリヒ様が選んだのは、商店が立ち並ぶ道の一角の宿屋だった。そんなに人が多い場所ではない。露店が並ぶ道が庶民向けなら、商店ばかりの方は富裕層向けなのだろう。
そこそこお値段がしそうな外観の宿屋で、心の中が小市民女子高生の私は気が引けた。
「えっ、ここに泊まるんですか?」
大きい庭は手入れがされているのか、花々が咲いている。建物自体も新しめ。真っ白な外壁だ。入り口のドアの取っ手なんて、よくわからない細かい趣向が凝っていた。
絶対高いよここ。
私の引き攣った顔に、ローデリヒ様は少し難しい顔をした。
「すまない。今は商人のフリをしているから、宿のランクもそこまで落としている。……馬小屋みたいだが、少しの間辛抱してくれ」
「馬小屋?!」
「え?……あ、ああ」
いかにも高そうな宿屋が馬小屋みたいって……。王城の馬小屋ってこんなに立派なの?なんなら、前世で住んでた実家よりも立派なんだけど。王城の馬達めちゃくちゃ贅沢じゃん……。
ややローデリヒ様が伺うように私の顔を覗き込む。
「やはりもう少し広い所に行くか?少しだけ歩くことになるが――」
「い、いえ!ここで大丈夫です!」
慌てて首を横に振った。ローデリヒ様を追い越して、宿屋の中へ入る。やっぱり中も予想通り綺麗だった。
今世の生まれも育ちも超上流階級なんだけど、こんな所よりももっと立派な所に住んでるんだけど。なんなら、超上流階級ならもっといい所に泊まるのが当たり前なんだけど。
なんというかこう……、平民の富裕層向けって感じ、稼いでる商人とかが泊まりそうな宿ですら気が引ける。
ローデリヒ様と近いような階級出身なので、ローデリヒ様と同じような感覚のはずなんだけど、馬小屋って表現には流石にならないわ……。
それよりも、ローデリヒ様が手早くチェックインみたいな手続きしてるんだけど、お金って持っているのだろうか?
お金って大体、侍従とか侍女が代わりに払って、後で経費精算みたいな感じでしてくれるから私達は基本的に手ぶらなんだよね。
ちなみに私は今も手ぶらです。
一銭も持っていなかったりする。
本当に私ってば役立たず……!
「疲れたか?」
「大丈夫です!」
チェックインを済ませたらしい。ローデリヒ様がアーベルを片腕に抱いて、片方で鍵を握っている。
難しい顔をしていた私をローデリヒ様は、心配そうに見下ろした。まあ、確かに疲れたと言えば、色々ありすぎて疲れちゃってるけど。
「体調が悪くなったらすぐに言え。大事な身体だ。無理だけはするな」
「勿論ですよ」
安定期とは言え、お腹に子供がいるからあんまり動き続けるのも大変だし、今のところ順調だけどこれから何があるか分からないし。
取り敢えずローデリヒ様のフォローがあるから、疲れも少ない方なんだと思う。むしろ、ローデリヒ様の方が疲れているんじゃないだろうか。
「ほら、アーベル。今日はみんなでお泊まりだ」
「おー……と?」
ローデリヒ様の言葉を返したアーベルは、キョトンと目を丸くしている。
流石にお泊まりっていう意味は分からなかったかあ、とその光景をほのぼのと眺めながら気付いた。
私とローデリヒ様、アーベルとお泊まりって……何気に初めてじゃないだろうか?
段々と近付くと感じる。かなり大きな街で、人の気配がかなりする。今は能力を制限されているので、肌で感じている程度。
ローデリヒ様はある程度の距離まで来ると、《千里眼》の発動をやめた。目立つもんね……。
いや、それだけじゃない。
「え、ローデリヒ様。私達結構目立っちゃいません?……ほら、私は一応軽装だけどドレスだし」
一応軽装だけど、普通の街中の人はドレスなんて着ない事は王城の引きこもりでも分かる。
つまり今の私達は、めちゃくちゃ貴族っぽさが出てしまっているってこと。
ローデリヒ様も汗をかいているし乱れてはいるが、装いは貴族男性のもの。こちらも堅苦しいタイプの服ではないけれど、ド素人でも一目瞭然である。
「大丈夫だ。商隊で移動していたが、盗賊に襲われた商人夫婦設定で行こうと思う」
「え……、商人とかよくわからないんですが……数学苦手だし……」
「問題ない。私が上手く誤魔化す」
何故か自信満々にローデリヒ様が答える。本当に大丈夫なのだろうか。
あれ?ローデリヒ様ってそんな上手く誤魔化せるタイプだったっけ……?
不安しか感じないまま、門番代わりの街道警備兵さん達に近付く。というか、向こうが私達に気付いて、1人が代表して来た。
「……身分のある方とお見受けいたしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
開口一番でもう察せるよね。
めちゃくちゃ目立ってるって。
「ただの一介の商人だ。名乗るほどでもない。……ただ、情けないことに盗賊に襲われてな。馬車と荷物が無くなってしまった。この通り、妻は身重だから宿で一旦落ち着きたいのだが……」
冷や汗ダラダラの私とは対照的に、ローデリヒ様は涼しい顔をしている。一体どうするのこれ。
「さ、左様でございましたか……。盗賊についての特徴を伺いたいので、詰所の方までご同行願えますか?」
ほらーー!!やっぱり大丈夫じゃなかった!!
ご同行願えますか?なんて、普通に連行されてるじゃん?!前世でもお巡りさんに職質されたことすらないのに。
ローデリヒ様はそんな状況を分かっているのか、いないのか。通常モードで頷いた。もう本当にいつも通りの愛想の欠けらも無い顔で。
「分かった。――ただ」
「……ただ?」
「妻が身重だ。早く休ませたいから手短にしてくれ」
「はっ、はい、かしこまりました……」
私達は詰所まで連行された。
「――これにて、聴取は以上になります。
お時間をいただきありがとうございます。それではどうぞごゆっくりお過ごしください。街道はともかく、このココシュカの街中は治安が良いので安心してご滞在出来るかと」
ローデリヒ様と私の目撃証言を書面に纏めた兵士さんが、緊張した面持ちで頭を下げる。ちょっと萎縮してるところもあるのかな。私はほとんど話していない。ローデリヒ様がほとんど適当な目撃証言をしていた。非常に捜査のためにならない気がしている。
でも、思ったよりも不審者扱いされなかった。
「ああ、治安が良いのは知っている。ありがとう」
フッとローデリヒ様は兵士さんに笑いかけた。信じて貰えたのは、本当に治安が良いからだと思う。ちなみに身分証みたいなものはこの世界には基本的にない。近衛騎士さんとか、警備兵さんなどの護衛兵系の人達ならあるみたいなんだけど。
ローデリヒ様はアーベルを抱き上げたまま街へ入る。私も続いた。
やや兵士さんから離れてから、ローデリヒ様はこっそりと私に耳うちをした。
「大丈夫だっただろう?」
いや、あんまり大丈夫じゃなかったと思う。
警備兵さんは、あんまり突っ込んじゃダメなんだろうなって顔をしていた。というか、ローデリヒ様相手にビビりまくっていたようだった。
自国の王太子の顔そのままだしなあ……。
警備兵さんが自国の王太子の顔を知っているのかは分からないけど。
「警備兵の言う通り、このココシュカの街は治安がそれなりに良い。近くに宿がありそうだから、そこに行こう」
「はい!」
通常通りの表情でローデリヒ様が堂々と警備兵さんに答えていたものだから、ビクビクと怖がっていた私もなんだか落ち着いていた。逆になんでそんなに平然としてられるのかが不思議だったけど、ドロドロした社交界を王太子として1人でこなしてるんだった。そりゃあ、それなりに取り繕うのも上手いわけで。
正直、私はあんまり得意じゃないんだよね……。出来ない訳では無いってだけで。
これでも、元公爵令嬢だし!……あんまり生かせていないけど。
ココシュカの街は綺麗な街だった。街並みはやっぱり近世ヨーロッパに近いかも。石畳に舗装された道の両脇には、商店が幾つも並んでいる。ちょっと隣りの道を見てみると、露店が多かったりする。露店が多い道の方が、人混みの騒々しさを肌で感じた。
ローデリヒ様が選んだのは、商店が立ち並ぶ道の一角の宿屋だった。そんなに人が多い場所ではない。露店が並ぶ道が庶民向けなら、商店ばかりの方は富裕層向けなのだろう。
そこそこお値段がしそうな外観の宿屋で、心の中が小市民女子高生の私は気が引けた。
「えっ、ここに泊まるんですか?」
大きい庭は手入れがされているのか、花々が咲いている。建物自体も新しめ。真っ白な外壁だ。入り口のドアの取っ手なんて、よくわからない細かい趣向が凝っていた。
絶対高いよここ。
私の引き攣った顔に、ローデリヒ様は少し難しい顔をした。
「すまない。今は商人のフリをしているから、宿のランクもそこまで落としている。……馬小屋みたいだが、少しの間辛抱してくれ」
「馬小屋?!」
「え?……あ、ああ」
いかにも高そうな宿屋が馬小屋みたいって……。王城の馬小屋ってこんなに立派なの?なんなら、前世で住んでた実家よりも立派なんだけど。王城の馬達めちゃくちゃ贅沢じゃん……。
ややローデリヒ様が伺うように私の顔を覗き込む。
「やはりもう少し広い所に行くか?少しだけ歩くことになるが――」
「い、いえ!ここで大丈夫です!」
慌てて首を横に振った。ローデリヒ様を追い越して、宿屋の中へ入る。やっぱり中も予想通り綺麗だった。
今世の生まれも育ちも超上流階級なんだけど、こんな所よりももっと立派な所に住んでるんだけど。なんなら、超上流階級ならもっといい所に泊まるのが当たり前なんだけど。
なんというかこう……、平民の富裕層向けって感じ、稼いでる商人とかが泊まりそうな宿ですら気が引ける。
ローデリヒ様と近いような階級出身なので、ローデリヒ様と同じような感覚のはずなんだけど、馬小屋って表現には流石にならないわ……。
それよりも、ローデリヒ様が手早くチェックインみたいな手続きしてるんだけど、お金って持っているのだろうか?
お金って大体、侍従とか侍女が代わりに払って、後で経費精算みたいな感じでしてくれるから私達は基本的に手ぶらなんだよね。
ちなみに私は今も手ぶらです。
一銭も持っていなかったりする。
本当に私ってば役立たず……!
「疲れたか?」
「大丈夫です!」
チェックインを済ませたらしい。ローデリヒ様がアーベルを片腕に抱いて、片方で鍵を握っている。
難しい顔をしていた私をローデリヒ様は、心配そうに見下ろした。まあ、確かに疲れたと言えば、色々ありすぎて疲れちゃってるけど。
「体調が悪くなったらすぐに言え。大事な身体だ。無理だけはするな」
「勿論ですよ」
安定期とは言え、お腹に子供がいるからあんまり動き続けるのも大変だし、今のところ順調だけどこれから何があるか分からないし。
取り敢えずローデリヒ様のフォローがあるから、疲れも少ない方なんだと思う。むしろ、ローデリヒ様の方が疲れているんじゃないだろうか。
「ほら、アーベル。今日はみんなでお泊まりだ」
「おー……と?」
ローデリヒ様の言葉を返したアーベルは、キョトンと目を丸くしている。
流石にお泊まりっていう意味は分からなかったかあ、とその光景をほのぼのと眺めながら気付いた。
私とローデリヒ様、アーベルとお泊まりって……何気に初めてじゃないだろうか?
応援ありがとうございます!
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