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後編
重症?
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沈黙が続く。
え、どうしよう。この状況どうすればいい?
ローデリヒ様なんでナチュラルに誘ってきたの?
そしてなんで私はナチュラルに頷いてるの?
きっと深く考えてなかったんだよね?!私も考えてなかった!!
私とローデリヒ様が少しも動けず固まっていたが、幼児はそんな事お構い無しである。 わたしの服を引っ張っていたアーベルが、今度はローデリヒ様の腰に巻いたタオルに手を伸ばした。
「待て、アーベル。引っ張るな。頼むから」
ぐいぐいとタオルを力任せに引っ張るアーベル。ローデリヒ様は焦ったようにタオルを掴む。結構際どいところまで見えそうになってるけど、咄嗟に手で顔を覆ったので私は見ていない。まだ見ていない。
「私は見ていませんから!」
「……いや、指の隙間広すぎないか?」
冷静に突っ込みつつ、ローデリヒ様はアーベルの手を離させて抱き抱えた。勿論しっかりと腰のタオルは巻き直している。
仕切り直すかのように一呼吸おいた後、ローデリヒ様はおもむろに切り出した。
「その……、風呂に誘ったのはだな……」
「は、はい?!」
私の声が裏返った。ローデリヒ様がまたしばしの間黙り込む。沈黙が落ち着かなくてソワソワしていると、彼は珍しく私から気まずそうに目線を逸らした。いつもは真っ直ぐガン見してくるのに。
「その、……特に他意はない」
「えっ?あっ、はい!」
何も考えずに言ったんだろうな、と私には伝わっていたけれど、堂々と改めて宣言したローデリヒ様の顔は僅かに上気していた。
あれ?この人もう既に逆上せているんじゃ……?
「ローデリヒ様?実は結構長い間お風呂入ってました?」
「どうした?風呂は入ったばかりだが?」
「いや、なんか……逆上せてるように見えて……。顔赤いですよ?水でも飲みます?」
「特に逆上せて等いないが……、飲もう」
否定しつつも、ローデリヒ様はアーベルを連れて洗面所から出て、テーブルの上の水差しからカップに注ぐ。慣れた手付きでアーベルにも飲ませながら、ローデリヒ様は口を開く。
「逆上せたように見えたのなら、それは自分自身の言動を恥じただけだ」
「恥じた?」
オウム返しのように問うと、アーベルに水を飲ませた彼は、自分のカップに口を付けた。透明なカップの中の水が大きく揺れる。
「深い意味等無かったとはいえ、男嫌いの貴女に問い掛けるには不適切だった」
相変わらずローデリヒ様って言い方が堅苦しいと思いつつ、どうしたものかなと彼に近付く。そして、空いてた彼の片手を両手で握った。
急なことに驚きで目を見張るローデリヒ様に、私は得意気に笑った。
「ほら、私だって進歩しているんですよ?ローデリヒ様の事だって触れちゃいます」
私より一回りちょっと大きいその手のひらは、かなり硬い。日頃から鍛えている。そんな感じの手。
瞬間的に殴り飛ばしていた頃と比べて、だいぶ進歩したと思う。いや、今でも瞬間的に殴り飛ばしてしまうかもしれない。ローデリヒ様以外なら。
「ローデリヒ様に慣れてきてる……って事なんだと思います。一緒にお風呂入る夫婦も居ますし、そんなローデリヒ様が自分を責めるような事でもないと思いますけど……」
軽く手を握り返される。私の手の形を確かめるように、無言でにぎにぎとしていたローデリヒ様は愕然とした表情で呟いた。
「一緒にお風呂入る夫婦が居る……?!」
タオル一枚腰に巻いたローデリヒ様と手を握っている非常にシュールな体勢。ローデリヒ様が真剣に考え込むように口元に手を当てた。そんなに深刻な顔するような事でもないと思うんだけど。
「……いや、難しいだろう。血圧と心拍数上がる。血管に負担をかけてしまう。健康に悪い。通常時でも控えた方が良いだろうし、妊婦は辞めた方が良い」
「何の話ですか?」
いや、お風呂に入るだけで病気になるみたいな感じで話されても。
「中断してしまったが……、アーベルを風呂に入れてくる。風呂から上がった後は任せていいか?」
「分かりました」
ローデリヒ様の手によってピカピカに磨かれたアーベルをタオルで拭く係を拝命した私は、動き回るアーベルをホールドしつつ、ササッと拭いて服を着せた。なんだかんだゼルマさんとかイーナさんにまるっきり任せきりにせず、頻繁に子育てに参加しているから一応慣れてはいる。
この世界の王侯貴族は子育てなんて侍女さん達に任せきりだしね。私も親に育てられた感があんまりない。
そう考えると私とローデリヒ様は、アーベルに構いまくっているという事だ。
まさかこんな所で役に立つとは……、なんて思いつつ、ローデリヒ様もお風呂から上がったので、私もいただくことにした。
王城のお風呂場よりも質素な感じだったけど、小市民である私には特に不便なく利用出来た。用意してあったバスローブを羽織り、長い髪の毛をタオルで拭きながら部屋に戻る。
同じくバスローブを着ているローデリヒ様が私の気配を感じて振り向く。ベットに腰掛けて、既に布団に潜り込んで眠っていたアーベルの頭を撫でていたらしい。
「あ、アーベル寝たんですか?」
「ああ。今日は色々あったからな。髪の毛が濡れている。風邪をひく」
「……ああ、その事なんですけど」
この部屋にはドライヤーっぽい温風機がない。魔石とかいう宝石みたいな見た目の石で動くやつなので、かなり高価らしい。流石にタオルドライになっちゃうかなあと思って、ガシガシと勢い良く拭いていた。私、髪の毛結構長いんだよね……。
そのままを話すとローデリヒ様が手招きをした。
誘われるままに近付く。ローデリヒ様の隣りに腰を下ろすと、両手を伸ばしてきた。私の頬の横を通り過ぎた所で一度止まる。
フワッとかすかな空気の流れと、空気がほのかに温かくなったのを感じた。
「よし、乾いた」
「……あ、本当だ」
自分の横髪を触ると、ドライヤーを使ったみたいに乾いている。相変わらず便利だよねローデリヒ様の魔法。それに比べて私の魔法ときたら……、って高頻度で感じてしまう。
「どうした?乾いていなかったか?」
「……いや、ローデリヒ様の魔法が便利だなって複雑な気分になってました。キャンプ向きかも」
髪の毛を弄っていた私を訝しげにローデリヒ様は尋ねる。遠い目になりながら答えると、「キャンプ向き……」と複雑そうな顔をされた。キャンプする時にローデリヒ様連れて行ったら便利だと思う。
「転移とかも使えるし、遭難しても助けをすぐ呼べるじゃないですか」
「そうだが……、転移は一人でしか使えないからな」
「やっぱりそう簡単にはいかないか……」
みんな一気に転移出来たら良いのに……とは思うけど、そうなると馬車とか御者さんが必要なくなってしまうのか。それはそれで大変。みんな一気に転移出来てたら、とっくにこのココシュカの街ではなく離宮に居るだろうしなあ。
「……そういえば、私に慣れてきたと言っていたが……、確かに殴られる回数が目に見えて減ったな」
そんな私が暴力女みたいな……いや、ボコボコにしてたから合ってた。カウンターは家庭内暴力にカウントされ……るよね。
……よく、この王太子様、私と離縁しなかったな……。
「流石にローデリヒ様をボコボコにするのは色々と支障があるかなあ、と頑張りました。アーベルにも悪影響ですし」
「まあそうだな」
スーピーと音を立てて寝ているアーベルを一瞥する。ぷにぷにのほっぺをつついても起きない位。ちゃんと眠ってくれているようで良かった。
ローデリヒ様は私の様子を微笑ましく見ていたが、ベットの上に足を上げて胡座をかいた。やや両手を開く。
「おいで」
アーベルから手を離し、ローデリヒ様に誘われるがままに距離を詰める。けれど、面と向かって行くのは改まった感じがして気恥ずかしい。
躊躇ったのを察してか、ローデリヒ様の方から手を伸ばしてきた。
え、どうしよう。この状況どうすればいい?
ローデリヒ様なんでナチュラルに誘ってきたの?
そしてなんで私はナチュラルに頷いてるの?
きっと深く考えてなかったんだよね?!私も考えてなかった!!
私とローデリヒ様が少しも動けず固まっていたが、幼児はそんな事お構い無しである。 わたしの服を引っ張っていたアーベルが、今度はローデリヒ様の腰に巻いたタオルに手を伸ばした。
「待て、アーベル。引っ張るな。頼むから」
ぐいぐいとタオルを力任せに引っ張るアーベル。ローデリヒ様は焦ったようにタオルを掴む。結構際どいところまで見えそうになってるけど、咄嗟に手で顔を覆ったので私は見ていない。まだ見ていない。
「私は見ていませんから!」
「……いや、指の隙間広すぎないか?」
冷静に突っ込みつつ、ローデリヒ様はアーベルの手を離させて抱き抱えた。勿論しっかりと腰のタオルは巻き直している。
仕切り直すかのように一呼吸おいた後、ローデリヒ様はおもむろに切り出した。
「その……、風呂に誘ったのはだな……」
「は、はい?!」
私の声が裏返った。ローデリヒ様がまたしばしの間黙り込む。沈黙が落ち着かなくてソワソワしていると、彼は珍しく私から気まずそうに目線を逸らした。いつもは真っ直ぐガン見してくるのに。
「その、……特に他意はない」
「えっ?あっ、はい!」
何も考えずに言ったんだろうな、と私には伝わっていたけれど、堂々と改めて宣言したローデリヒ様の顔は僅かに上気していた。
あれ?この人もう既に逆上せているんじゃ……?
「ローデリヒ様?実は結構長い間お風呂入ってました?」
「どうした?風呂は入ったばかりだが?」
「いや、なんか……逆上せてるように見えて……。顔赤いですよ?水でも飲みます?」
「特に逆上せて等いないが……、飲もう」
否定しつつも、ローデリヒ様はアーベルを連れて洗面所から出て、テーブルの上の水差しからカップに注ぐ。慣れた手付きでアーベルにも飲ませながら、ローデリヒ様は口を開く。
「逆上せたように見えたのなら、それは自分自身の言動を恥じただけだ」
「恥じた?」
オウム返しのように問うと、アーベルに水を飲ませた彼は、自分のカップに口を付けた。透明なカップの中の水が大きく揺れる。
「深い意味等無かったとはいえ、男嫌いの貴女に問い掛けるには不適切だった」
相変わらずローデリヒ様って言い方が堅苦しいと思いつつ、どうしたものかなと彼に近付く。そして、空いてた彼の片手を両手で握った。
急なことに驚きで目を見張るローデリヒ様に、私は得意気に笑った。
「ほら、私だって進歩しているんですよ?ローデリヒ様の事だって触れちゃいます」
私より一回りちょっと大きいその手のひらは、かなり硬い。日頃から鍛えている。そんな感じの手。
瞬間的に殴り飛ばしていた頃と比べて、だいぶ進歩したと思う。いや、今でも瞬間的に殴り飛ばしてしまうかもしれない。ローデリヒ様以外なら。
「ローデリヒ様に慣れてきてる……って事なんだと思います。一緒にお風呂入る夫婦も居ますし、そんなローデリヒ様が自分を責めるような事でもないと思いますけど……」
軽く手を握り返される。私の手の形を確かめるように、無言でにぎにぎとしていたローデリヒ様は愕然とした表情で呟いた。
「一緒にお風呂入る夫婦が居る……?!」
タオル一枚腰に巻いたローデリヒ様と手を握っている非常にシュールな体勢。ローデリヒ様が真剣に考え込むように口元に手を当てた。そんなに深刻な顔するような事でもないと思うんだけど。
「……いや、難しいだろう。血圧と心拍数上がる。血管に負担をかけてしまう。健康に悪い。通常時でも控えた方が良いだろうし、妊婦は辞めた方が良い」
「何の話ですか?」
いや、お風呂に入るだけで病気になるみたいな感じで話されても。
「中断してしまったが……、アーベルを風呂に入れてくる。風呂から上がった後は任せていいか?」
「分かりました」
ローデリヒ様の手によってピカピカに磨かれたアーベルをタオルで拭く係を拝命した私は、動き回るアーベルをホールドしつつ、ササッと拭いて服を着せた。なんだかんだゼルマさんとかイーナさんにまるっきり任せきりにせず、頻繁に子育てに参加しているから一応慣れてはいる。
この世界の王侯貴族は子育てなんて侍女さん達に任せきりだしね。私も親に育てられた感があんまりない。
そう考えると私とローデリヒ様は、アーベルに構いまくっているという事だ。
まさかこんな所で役に立つとは……、なんて思いつつ、ローデリヒ様もお風呂から上がったので、私もいただくことにした。
王城のお風呂場よりも質素な感じだったけど、小市民である私には特に不便なく利用出来た。用意してあったバスローブを羽織り、長い髪の毛をタオルで拭きながら部屋に戻る。
同じくバスローブを着ているローデリヒ様が私の気配を感じて振り向く。ベットに腰掛けて、既に布団に潜り込んで眠っていたアーベルの頭を撫でていたらしい。
「あ、アーベル寝たんですか?」
「ああ。今日は色々あったからな。髪の毛が濡れている。風邪をひく」
「……ああ、その事なんですけど」
この部屋にはドライヤーっぽい温風機がない。魔石とかいう宝石みたいな見た目の石で動くやつなので、かなり高価らしい。流石にタオルドライになっちゃうかなあと思って、ガシガシと勢い良く拭いていた。私、髪の毛結構長いんだよね……。
そのままを話すとローデリヒ様が手招きをした。
誘われるままに近付く。ローデリヒ様の隣りに腰を下ろすと、両手を伸ばしてきた。私の頬の横を通り過ぎた所で一度止まる。
フワッとかすかな空気の流れと、空気がほのかに温かくなったのを感じた。
「よし、乾いた」
「……あ、本当だ」
自分の横髪を触ると、ドライヤーを使ったみたいに乾いている。相変わらず便利だよねローデリヒ様の魔法。それに比べて私の魔法ときたら……、って高頻度で感じてしまう。
「どうした?乾いていなかったか?」
「……いや、ローデリヒ様の魔法が便利だなって複雑な気分になってました。キャンプ向きかも」
髪の毛を弄っていた私を訝しげにローデリヒ様は尋ねる。遠い目になりながら答えると、「キャンプ向き……」と複雑そうな顔をされた。キャンプする時にローデリヒ様連れて行ったら便利だと思う。
「転移とかも使えるし、遭難しても助けをすぐ呼べるじゃないですか」
「そうだが……、転移は一人でしか使えないからな」
「やっぱりそう簡単にはいかないか……」
みんな一気に転移出来たら良いのに……とは思うけど、そうなると馬車とか御者さんが必要なくなってしまうのか。それはそれで大変。みんな一気に転移出来てたら、とっくにこのココシュカの街ではなく離宮に居るだろうしなあ。
「……そういえば、私に慣れてきたと言っていたが……、確かに殴られる回数が目に見えて減ったな」
そんな私が暴力女みたいな……いや、ボコボコにしてたから合ってた。カウンターは家庭内暴力にカウントされ……るよね。
……よく、この王太子様、私と離縁しなかったな……。
「流石にローデリヒ様をボコボコにするのは色々と支障があるかなあ、と頑張りました。アーベルにも悪影響ですし」
「まあそうだな」
スーピーと音を立てて寝ているアーベルを一瞥する。ぷにぷにのほっぺをつついても起きない位。ちゃんと眠ってくれているようで良かった。
ローデリヒ様は私の様子を微笑ましく見ていたが、ベットの上に足を上げて胡座をかいた。やや両手を開く。
「おいで」
アーベルから手を離し、ローデリヒ様に誘われるがままに距離を詰める。けれど、面と向かって行くのは改まった感じがして気恥ずかしい。
躊躇ったのを察してか、ローデリヒ様の方から手を伸ばしてきた。
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