雪の下の緑

良北都 喜満(よしきたと よしみ)

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 タスクを多くこなすことが強制されているわけではない。罰則だってない。
 達成したタスクの数を他人と比較して、少ないと恥ずかしいだとか劣っているだとかは、この育成制度の運用の年月が伸びるうちに格好の悪い罵倒の例にもならなくなった。

 もし自分の実力と希望に則した選択肢を「退屈」と感じても、別の分野の基礎講習や講義の受講を積み重ね直せば新しいタスクに挑むことができる。無理なんてしなくていいのだ。

 それでも、サトはタスクをなるべく多く達成できたらと思っていた。ワトラのように報酬をモチベーションにできれば良かったが、そうではないサトにとっては数をこなすくらいが今できることだった。

「あいつ、なんであんなに散財しがちなの。サト知ってる?」

 意気揚々と教室の後部の席へ向かったワトラが離れてから、ネイトが尋ねてきた。

「ううん、わからない。けど悪い理由ではないんじゃない?楽しそうだから」

「それは確かに。連休なら旅行でも行くのかなぁ。あーー自分で言ったらどこか行きたくなってきた」

 有名な観光地の名称を呟くネイトが電子端末を操作しだし、自分のことに集中しようとサトは視線を外した。

 ネイトの他に都合が良さそうな人物はいるだろうか、と考えながらこの日の基礎講義を受ける準備をする。
 今時間の基礎講義は講師の話を聞いて、内容を把握し、最後に記述テストに回答するだけだ。この内容で報酬が出るから出席率が良い。

 筆記具やノートを机上に配置しつつサトが顔を上げれば、斜め前の席に掛けるタツキが視界に入った。

 新規のタスクの内容を脳裏に思い浮かべる。発表は2週間後。地域の良い所を、現地取材して発表するタスク。

 サトは考える。彼とは過去に一緒のグループでタスクにあたったことがある。タツキはサトと寮が別棟なのでサトに絡んできていたグループとは関わっていなさそうでもある。不真面目な印象もない。日頃この施設内で見かける時に特定の誰かとべったりというタイプでもないから、まだ誰とも組んでいないかもしれない。

 タツキに声をかけるなら、何か説得材料を示しておきたいところだ。

 講義内容をノートへ書き取りつつ思考して、講義の締めであるテスト用紙が配られた時には考えがまとまった。
 決心が鈍らないうちにと、講義後、サトは机上を片付けるのを後回しにしてまずはタツキの元へ近づいた。

「タツキ、ちょっといい?」

「ん? なに」

 サトはちょっと声を潜めてにじり寄った。

「いきなりでごめんだけど、2週間後の参加条件が2人組のタスク、俺と組まない?」

「そんなの出てたの。しばらく基礎系だけにしてたから知らなかった……高め?」

 複数人参加を条件とするタスクは1人用のタスクよりわずかに1人あたりの報酬が高いのが常だった。お祭り騒ぎするほどではないが、ワイワイと仲間内で楽しみながら少しお得な報酬を得る。それをメリットと捉えている人もいた。
 一方で、他者とのコミュニケーションを苦痛としている層からは、参加しないだけで差があるのは不平等ではないかと不満の声もある。

「ちょっとね。内容は市内の良い所を取材してからの発表だって。去年、一緒に入った食堂とかどうかな。取材がてら、なにかご馳走になれそうじゃない? せこいけど」

 タツキが記憶に集中するように視線を1点に止めた。
 
「あそこか。……いいね。教えて貰って良かった。チャンス逃すところだったわ」

 サトは返事を聞いて肩が軽くなって初めて、勝手に力が入っていたと気がついた。仲の悪くないタツキ相手にまで緊張している。
 それを知ってか知らずか、タツキは屈託なく笑って言った。

「タスクついでに美味いもん食べられたらラッキーだな。楽しみ」

 件の「食堂」とはタスクとして昨年の夏、サトとタツキともう1人の計3人で店員として勤めた場所だ。味は良かったし、オーナーも良い人だ。

「うんうん。誘っておいてあれなんだけど、俺、あの後行ってないんだよね」

「じゃあ、今日のタスク終わったら行かない? 変わらず17時までだったらだけど。片付け始めるタイミングで相談までできるかも」

「そうしよ! 本当にありがとうタツキ」

「ん? なにが?」

 きょとんとした顔のタツキにサトもきょとんとした。

「いや……そりゃ組んでもらえて? だよ」

「いやいや、別に組むでしょ」

「……そう? だったらいいけど……じゃあ、また後で……」

 サトは自身の今の境遇について話すわけにもいかず、そそくさと自席に戻って次に続く講義の準備に取りかかった。


 サトとタツキのこの日の日程が終了したのは午後14時だった。

 タスクの合間に打ち合わせて待ち合わせ場所と決めた正面玄関。そこに接する2階まで吹き抜けの幅広な通路は、広いがゆえに暖気が1階にあまり留まってくれない。
 加えて、今はまだ壁沿いの暖房器具が稼働していなかった。

 どうぞ寛いでと言わんばかりの4人掛けのテーブルセットがひんやりとしていてサトは身じろいだ。
 両手を膝上で握ったり開いたりしながら、サト自身のちょっとした事件についてどう思うかタツキに確認がいるだろうか、向こうから尋ねてきてもいない風説にまで臆病すぎるんじゃないか、などと考えていた。
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