never coming morning

高山小石

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3.チサト~夜の始まり夢の終わり1

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 その噂はほどなくしてチサトの耳にも入ってきた。正確には、マサアキが故意に流していたその話は、チサトとマサアキの友達にもれなく伝わっていた。
『マサアキがもう一人のチサトを手に入れたらしい』
 そして、友達の何人かは『チサト』に会って話もしていた。その評判がいいことも、チサト本人に聞こえてきていた。
「私はどうしたらいいのかなぁ」
 チサトは北半球総合学校寮の一室で、ベッドにだらしなく転がっていた。
(このままどんどん『チサト』が私の代わりをしていったら、私はいったいどうなるんだろ? マサアキとの6年間とか、友達とか……私の存在の意味が無くなるのかな? ……こんな時、あなただったらどうするの? ミユウ)

 暗い空、ともる街灯。
 夜、そんなに遅くはない時間、チサトは一人で坂を下っていた。
「ここ……学校の近くだ」
 坂の下には、チサトがミユウたちと一緒に過ごした中学校がある。ノースほど大きくない、でも思い出深い学校。チサトは自然とそこに向かって歩いていた。
「わぁ。大きな月」
 学校とそう離れていない場所に、大きな月が浮かんでいた。そのせいか道は明るくて、チサトは不安になることもなくゆっくりと門をくぐった。短いスロープをおりていくと下駄箱がある。その前に人影があった。肩にかかる黒髪は、さらさらと風にそよいでいる。その瞳は水をたたえたように深く優しい。
(ミユウ?)
 昔の記憶とちっとも変わらないミユウは、ゆっくりと後ろの空を指した。
 そこにはさっき見た、大きな月がある。
「知ってるわ」
 突然、空が明るくなった。

「……夢?」
 チサトが瞬きすると、いつもの自分の部屋、自分のベッドだった。
「学校に行かなきゃ」
 今チサトが通っている学校は、夢で見た中学校とは違う。ミユウとは学校が離れてそれっきりになっていた。
(どうしてあんな夢をみたんだろ?)
「グッモーニン」
「あ、おはよぅ」
 通いだして二年目になろうかというのに、チサトは今の学校に慣れていなかった。
 小等部から研究施設まである北半球総合学校には、年齢も人種も様々な人たちであふれている。すれ違う度に挨拶をされるのは、チサトには、親しみがわくというよりもありがた迷惑だった。
「オハヨ。なあに? またため息ついてるのか?」
「ファー」
 ほっとした顔で、チサトは中国語でおはようと答えた。
「ほんとに勉強してるんだ。嬉しいヨ」
「やっぱり同じ言葉で話したいから」
 ファーはこの学校での初めての友達で、チサトと一番仲がいい。チサトはファーの素直さときれいな黒髪が好きだった。今日、ファーは長い髪をすっきりまとめている。チサトの視線に気づき、ファーは首をかしげる。
「今日のかわいいか?」
「うん。知的だわ」
「チサトの赤茶色の髪もいいヨ。くりくりしてるし」
「私は黒い髪が好き」
 軽く肩をすくめるファー。
(チサトの基準はいつもミユウね。もっと自分に自信持ったらいいのに)
 そう思いつつ、ファーはそのことを口にしない。チサトにとってミユウがどれだけ大切な存在かも知っているからだ。
「私も会ってみたいヨ。美人なミユウに」
「うん。髪もきれいだけど、目がね、すごくきれいよ」
 チサトは思い出す。初めて目が合った時のこと、話をした時のこと。
『私、チサトのこと好きよ』
 その一言でどれだけ救われたかしれない。なにもかも、自分すら嫌になっていた時、ミユウは心を溶かしてくれた。チサトにとってミユウは絶対的な味方のような存在だった。
「……チサト!」
 何回目かのファーの呼びかけにチサトは気づく。
「あ、なに?」
「聞いたでショ、マサアキのこと。チサトどうするか? 私、力になるヨ」
「……」
「チサト?」
「あ、私、次、別教室だった。その話はまた後で。じゃあね」
「チサト!」
 走り去るチサトをファーはじっと目で追う。それを知っていてチサトは振り返らない。
 駆け込んだコンピューター室は、いつも通り少し薄暗い。机には一人一台のマシンが置いてある。チサトは呼吸を整えながら、中央奥の自分の席に座った。スイッチを入れると、モニターがぼんやりと光る。手にセンサーを付けると、ゆっくり机にうつぶせた。
(ミユウ……)

 ガヤガヤする空気にチサトは顔を上げた。いつの間にか、教室は人でいっぱいになっていた。
(時間には正確な先生なのに。授業はまだ?)
 きょろきょろ視線をさまよわすと、戸口に金髪少年を見つけた。
(ジーニィだ。珍しい。普通の授業に出るなんて)
 ノースの有名人であるジーニィとアンジュの顔は、話したことがないチサトも知っていた。
(またなにかイタズラするつもりなのかな? それとも新しい機械のお披露目?)
 これまでのイタズラや機械を思い出して、チサトはくすりと笑う。その瞬間、
「!」
(目があっちゃった)
 すぐにそらしたチサトだったが、さらに驚いたのはその後だった。
「やぁ、チサト」
 目の前にジーニィがやってきたのだ。
「!」
「めずらしいね、チサトがここにいるなんて」
「え?」
「初めてなんじゃない? ここで会うの」
「……」
(教室にいるのは初めてじゃないけど、ジーニィと話すのは初めてね)
 黙っているチサトを、ジーニィは気にもせず話し続ける。
「チサトは何を探してるの?こんなところまで来るなんて、よっぽど大事なモノなんだ?」
「???」
「ジーニィ!」
 知ってる声に顔を向けると、顔を輝かせてファーが走ってきていた。その髪は先ほどの清潔なまとめ髪とは違い、おろした黒髪にはゆるやかなウェーブがふわりとかかっていた。
「やぁファー。調子はどうだい?」
「まぁまぁネ。この前三曲目が集まったところヨ」
 ピースサインを出しながらファーが笑う。
「へぇ。すごいじゃん。全部そろったら、ぜひ聞かせて欲しいね」
「いいヨ。とてもキレイな曲だから、楽しみにしててネ」
(ファーったら、いつの間にジーニィと知り合いに? それに髪型がさっきと違う)
「ファー?」
 思わず呼びかけたチサトに、ファーはいつもと同じくるくると変わる表情で答えた。
「エ? チサト? ここで会うの初めてだネ。チサトも何か探しモノか?」
「? 私はいつも通りコンピューター室に」
「コンピューター室?」
 きょとんとするファー。
 その仕草に、改めてチサトは周囲を見まわした。
 目に映ったのは、薄暗い中、長い机に塊のように積まれた本だった。壁は一面本棚になっているので、きっと本棚からひっぱり出されたのだろう。長い机には小さな灯りがいくつもついていて、たくさんの人が本を閲覧していた。
(モニターじゃなかった?)
 不安になったチサトは誰ともなく疑問を口にしていた。
「……ここ、どこ?」
「『図書館』だヨ」
「『駅』とも言うけどね」
 迷いのないファーとジーニィの答えに、チサトはますます混乱する。
「図書館? 駅? ここはノース総合」
「ここはノースじゃないヨ」
「ノースでもあるけどね」
(なに? 二人ともなにを言ってるの?)
「ノースであってノースじゃない。現実じゃないけどウソじゃない。俺は『………』って呼んでるけどね」
「え?」
 ちょうど横に積み上げられていた本が崩れ落ち、肝心の所がチサトには聞き取れなかった。
「私は『夢の国』って呼んでるヨ」
「統一した名前はないの?」
「ない。ここにはすべてがあってすべてがない」
「なんだか、なぞなぞみたい」
「そうだね」
 ジーニィのポケットから電子音が鳴った。
「おっと時間だ。じゃ、俺はこれで。またね二人とも」
「再見!」
 ジーニィは後ろを向いたかと思うと、暗闇に溶けるように消えた。
「あっ。消えた?」
「空間移動だヨ。チサトもやってみる?」
 チサトに向き直り、当たり前のように言うファー。
「できるの?」
「うん。この前、ジーニィが開発した方程式を使えば、どこにでも行けるヨ」
「方程式、で? 魔法とかじゃないんだ?」
「そう。どこ行きたい? チサト」
「どこって」
 ここがどこかもわからないのに、とチサトが答えられないでいると、ファーはぐっとチサトの手を握った。
「じゃ、私の好みで決めるヨ。いいネ? 行くよ!」
「ちょっ」
「2107!」
(待ってファー! 私……)
 チサトの身体が揺らぐ。

「ミスチサト? 大丈夫ですか? 気分でも悪いのですか?」
「え? い、いいえ。大丈夫です」
 ふせていた顔を上げると目の前には見慣れた先生がいた。いつものようにピッチリしたタイトスカートのスーツで、まとめた髪は一筋も乱れていない。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい」
 チサトの答えに満足そうにうなずくと、先生は教壇の方に歩いていった。
「OK。エブリバディ、グッモーニン!」
(コンピューター室だ)
 薄暗い教室にはちゃんとモニターが置いてある。今、モニターには先生から出された問題がうつっていて、ぼんやりと明るい。
(さっきの、なに? 夢にしては現実的だった。ジーニィ、そしてファー)

「……ト、チサト!」
「ファー?」
 目の前にいるのはファーだった。切れ長の目をさらに細めてチサトを見つめている。
「どうした? 大丈夫か?」
「うん」
 頭上にはくらりとするほど強い太陽。足元には砂。
「え、ここは?」
 チサトも目を細めて仰ぎ見る。
「南の島だヨ。みんな『猫の夢』って呼んでるケド」
「『猫の夢』?」
 ゴミ一つ落ちていない砂浜によせるのは、穏やかなエメラルドグリーンの波。ゆったりとしたリズムは、チサトをなごませた。
「どうして『猫の夢』なんて」
「知りたい?」
 背の高い木を揺らす乾いた風と一緒に、背に羽をつけた金髪少女が降りてきた。
「アンジュ」
「ほら、あそこ」
 アンジュが示す先には小さな小屋があった。その扉の前に、一匹の猫が海を見つめて座っている。
「猫?」
「あの猫の御主人様は海に行ったまま帰ってこないの。ずっと。だから猫は待ってる。海を見つめて」
「えっと?」
「それで猫の夢ネ」
 なるほどとファーはうなずく。
「ここは探し物をする世界。チサト、あなたの探し物はなに?」
「わ、私は」
 アンジュのまっすぐな視線がチサトにはつらかった。
(私、なにも探してなんかない)
「そういえばファー。曲を探してるって本当? 私、そんな話聞いたことな……!」
 言い終わる前に、ファーの姿がかき消えた。
「バカだなー」
 ファーが消えた場所にジーニィがあきれ顔で現れた。
「ちょっと! ファーをどこへやったの?」
「やっただなんて失礼な。君が消したんだよ、チサト」
「私が?」
「そうさ。現実世界のことを持ち込んだから」
 アンジュがやんわりと二人の間に割って入った。
「チサト、ここはとても不安定な世界なの。少しでも『揺らぎ』があったら」
「相手が消える」
「私じゃなく?」
「そう。君はファーとずいぶん仲がいいみたいだね。あれだけのことで消えるなんて」
「あの、悪いんだけど、もうちょっと初めからわかるように説明してくれない?」
(もぉ! なんだってこんな年下の子に頼まなくちゃならないのよ)
 くくっと笑いながらジーニィ。
「チサト。まぁ、そんな怒らないで聞いてよ」
「わ、私、怒ってなんか」
(やだ。思ってることが伝わるの?)
「わりとね。ここは不安定な世界だって言っただろ? 感情には敏感なんだ。猫の想いがこの島を作ってしまうくらいにね。だから、みんなここで探し物をするのさ。探そうとする想いが強ければ強いほど、この世界はそれに答えてくれる。ヤマビコのようなものさ。声が大きいほど、反響も大きい。山はここでは人だ。たくさんの人の知識やなんかが想いに対して答えを返すんだよ」
「でも私、なにを探しているのかもわからないのに」
(どうしてここに来てしまったのかも、わからないのに)
「あせらないで、チサト。ここに来てしまったのなら、ここでしばらく過ごしてみればいいわ。どうしていいのかわからないのなら、わからないでいいのよ。ここではなにかすることに意味があるの。なんでもいいから、チサトがしたいと思うことをすればいいのよ」
「そうすると自然に答えが見つかるよ」
「行き当たりばったりじゃない。そんな簡単でいいの?」
「そうですよ、チサト」
「先生?」
 聞き覚えのある低めの声に、チサトは瞬きをする。
 机の上のモニターには違う問題が表示されていた。
「どうしました? これはそんなに考える問題ではありませんよ」
「は、はい」
(私、変になっちゃったのかなぁ)
 問題を解きながら、チサトはぼんやりと思う。
(今まで続き物の夢なんて見たことなかったのに。でも、もう見ないわね。今日はたまたま寝不足で、ここがちょうど薄暗いからよ、きっと)
 しかしチサトの予想もむなしく、この後も、家に帰ってからもチサトは『夢の国』に訪れ続けたのだった。
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