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第一章
霜の巨人
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結局の所――巨人は日が昇っている頃には現れなかった。
名のある傭兵集団が壊滅して帰って来たと報告受け、巨人が城を占領しているかと思い、来てみれば、影も形もない。勢いが削がれた経験の浅い傭兵達は既に酒を昼間から飲み干し、寝てしまった。現在起きているのは、歴戦の傭兵か、真面目な騎士達だけだ。
辺りは闇に支配され、視界を広げるために所々に配置されている。傭兵や騎士は、各々の仲間の内でテントを張り、交代で見張りをしていた。
しかし、悲劇は突然やってくる。
「ギャアアアァッ!」
張り詰めた空気の中、叫び声が上がる。
日が傾き始め、テントを張って就寝する者が多く、辺りは静かになっていたがその叫び声を皮切りに一気に騒がしくなった。
状況を確認するためにテントから勢いよく飛び出てきた歴戦の傭兵は、自信の相棒を片手に持ち、辺りを警戒する。
辺りには、自分と同じように武器を手に持っている者がいた。人が身を潜めることが出来そうな場所に目をこらして行く。たき火や視界を確保するため、所々に設置した松明が囂々と燃えたぎり、人の視界を遮るはずの闇を照らしている。
その内の一つ……松明の明かりが照らすギリギリの範囲、そこに奇妙な物が照らされていた。腰を落として、何が起きても動けるようにしながら、そこに近づく。
「…………これは、氷?」
手に伝わる感触は冷たく、冬によく浅い川辺などでよく見られるものだった。特に気にすることもないだろうが今は時期が違う。この時期に、この気温で自然と氷が出来る状況などではないのだ。
――何故こんな場所に氷が……
そんな疑問を持ったとき……寒気が襲ってきた。夜は昼間より気温が下がるとは言え、おかしいと感じ始める。傭兵の吐く息は白くなり、体感する寒さはどんどんと増していく。手はかじかみ、以上だとこの場所を離れようとするも遅かった。
今度こそ、その場にいた者達全員が氷の像となり…………動く物はいなくなった。
「何てことだよ、まったく……」
瓦礫に身を隠し、下にいる戦士達を殺した張本人を睨みながらシグルドはため息をつく。原因となった巨人――その足下にいた奴らは気付かなかったのだろう。いくら松明やたき火の明かりがあるとは言え、照らされる範囲は限定されている。まして、あの巨体……見上げることがなければ背景と捉えてしまってもおかしくはない。
シグルド自身もあそこにいれば、簡単に気付くことなど出来なかっただろう。高い箇所で辺りを見渡すことで出来る位置にいたからこそ気付くことが出来たのだ。
「仇は討ってやるぞ……」
氷付けにされた傭兵や騎士達に向けて小さく呟く。
友人というわけではない。知り合いでもない。ここで気が合い意気投合した訳でもない。それでも同じ敵を倒すために戦うはずだった者達、戦友になるはずだった者達だ。目の前で息絶えた者達に対して何も思わないほど、シグルドは冷酷ではない。
「君はここに隠れていろ」
「……わ、わかった」
少女を安全な瓦礫の奥に追いやる。
完全に安全とは言いがたいが、これで少女があの巨人の標的にされることはないだろう。後は、自分がいかに被害を出さずにあの巨人を倒すかだ。
下にいた傭兵達は、火のそばにいた者もまとめて凍らされている。あの様子では、テントの中にいた者も生きているのも怪しい。
生き残っているのは自分とあの少女だけ……少女を戦場に出すわけにはいかないため、この巨人は、シグルド一人で倒さなければならなくなった。しかも、あの凍り付けの能力、ただの巨人ではなく霜の巨人と呼ばれる魔物だ。ただの巨人とは訳が違う。
それでも、シグルドは笑う。
武器が手元にないなど言い訳にすらしない、困難に臆することなく立ち向かう英雄の姿がそこにあった。
「……始めるか」
その言葉を合図に高台から空中へと身を投げ出す。短い滞空時間を終え、地面に静かに着地し、勢いをそのままに走り出した。
凍り付いた武具を手に取り、勢いを殺さずに巨人に一直線に迫る。そこで巨人も、人間を超えた速度で接近するシグルドに気がついた。
まだ、生き残りがいたと報告は受けていた。だが、巨人にとって人間は奴隷、もしくは食料のようなものだ。彼らにとって人間は警戒するものではない。
いつものように押し潰すか、下の奴らと同じように凍り付けにするかを迷う。これだけいれば腹は満たされる。これ以上の数は要らない。しかし、押し潰せばせっかくの食料が砕け散ってしまうかもしれない。それは嫌だ。
ならば、残っている選択は凍り付け一択。
巨人の全身から万物を凍らすオーラが出現する。
小さな炎など役には立たない。受ければ一瞬で生身が凍り付く。それはシグルドとて同じだ。故にシグルドは素早く動いた。
手に取ったのは、一本の槍。
騎士が使うために、立てかけていた槍を一つ掴み、上体を反らす。限界まで反らされた体は、矢を引き絞った弓のようだ。その状態からシグルドが霜の巨人目掛けて槍の一撃を撃ち出した。
ただの食料と捉えていなくとも、巨大な図体では回避するのは難しかっただろう。空気を裂いて飛来した槍は、霜の巨人の目を的確に抉った。
「ガアァァァァァァッッ!!」
叫びが空気を振るわせる。
自らの視野が片方にまで狭まる。残った視野に自身の目を抑えた片手に血が、こびりついているのが見えた。自らの体の一部を失った……その事実に霜の巨人は怒りに身を震わせる。
目を潰されたことでオーラは消失、シグルドを見下ろすその目には、自身の目を潰された怒りの炎が渦巻いている。
もう凍り付けにした人間を気にとめることなく拳を握り振り下ろす。巨大な岩を彷彿させる大きさの拳がシグルドに迫る。鉄のように固い体の骨と分厚い皮で守られている巨人には、生半可な刃は通じない。
手に持っている刃では打ち合った瞬間に砕け散ってしまうだろう。
巨人の拳が、大地にめり込む。地面に亀裂が走り、めくり上がる。長く形を保ってきた城の壁が衝撃によって破壊される。
これまで幾人もの巨人の頭を叩き割ってきた技が炸裂し、相手が死んだことを確信する――が、腕に人影が見えたことで、避けられたのだと理解した。
反撃も防御も許さない速さで巨人の腕を駆け上がる。シグルドが生きているのを確認してから一瞬のこと――肩まで駆け上がったシグルドが突き刺さったままの槍をもう一押しとばかりに叩いた。
再び、闇に絶叫が響く。
さらに奥深くへと突き刺さった槍は今度こそ抜けなくなった。
「こっちだぞ」
――耳元で声がする。
耳元に何かがいることほど不快なことはない。ハエを叩くように腕を振り回す。その巨大な腕を振り回すだけでも風圧で荷台やテントが吹き飛んでいく。上半身を暴れさせる霜の巨人。腕が城壁に当たり砕け、岩の雨を降らせているが、それが当たることはない。
常人にとっては脅威でもシグルドにとっては、遅すぎる動き……こんなものに当たるほど腕が鈍っているはずがない。
巨人の膝裏に蹴りを叩き込む。
上に意識を持って行かせてからの下半身への攻撃――予想していなかったことへの連続に巨人もたまらず膝を着く。
しかし、それ以上に驚愕させたのは、人間が自分を跪かせたこと。
力は言うまでもなくこちらが上。例え意識していなかったとしても自分が一撃で跪かされたことに相手が人間なのかを疑った。
そんな巨人の顔の目のまで、自身を跪かせた者が手招きをする。
「どうした?休憩が必要か?」
こちらはいつでも準備は出来ているからいつでも掛かってこい。そう言わんばかりの態度で挑発する男に、霜の巨人が襲いかかる。
名のある傭兵集団が壊滅して帰って来たと報告受け、巨人が城を占領しているかと思い、来てみれば、影も形もない。勢いが削がれた経験の浅い傭兵達は既に酒を昼間から飲み干し、寝てしまった。現在起きているのは、歴戦の傭兵か、真面目な騎士達だけだ。
辺りは闇に支配され、視界を広げるために所々に配置されている。傭兵や騎士は、各々の仲間の内でテントを張り、交代で見張りをしていた。
しかし、悲劇は突然やってくる。
「ギャアアアァッ!」
張り詰めた空気の中、叫び声が上がる。
日が傾き始め、テントを張って就寝する者が多く、辺りは静かになっていたがその叫び声を皮切りに一気に騒がしくなった。
状況を確認するためにテントから勢いよく飛び出てきた歴戦の傭兵は、自信の相棒を片手に持ち、辺りを警戒する。
辺りには、自分と同じように武器を手に持っている者がいた。人が身を潜めることが出来そうな場所に目をこらして行く。たき火や視界を確保するため、所々に設置した松明が囂々と燃えたぎり、人の視界を遮るはずの闇を照らしている。
その内の一つ……松明の明かりが照らすギリギリの範囲、そこに奇妙な物が照らされていた。腰を落として、何が起きても動けるようにしながら、そこに近づく。
「…………これは、氷?」
手に伝わる感触は冷たく、冬によく浅い川辺などでよく見られるものだった。特に気にすることもないだろうが今は時期が違う。この時期に、この気温で自然と氷が出来る状況などではないのだ。
――何故こんな場所に氷が……
そんな疑問を持ったとき……寒気が襲ってきた。夜は昼間より気温が下がるとは言え、おかしいと感じ始める。傭兵の吐く息は白くなり、体感する寒さはどんどんと増していく。手はかじかみ、以上だとこの場所を離れようとするも遅かった。
今度こそ、その場にいた者達全員が氷の像となり…………動く物はいなくなった。
「何てことだよ、まったく……」
瓦礫に身を隠し、下にいる戦士達を殺した張本人を睨みながらシグルドはため息をつく。原因となった巨人――その足下にいた奴らは気付かなかったのだろう。いくら松明やたき火の明かりがあるとは言え、照らされる範囲は限定されている。まして、あの巨体……見上げることがなければ背景と捉えてしまってもおかしくはない。
シグルド自身もあそこにいれば、簡単に気付くことなど出来なかっただろう。高い箇所で辺りを見渡すことで出来る位置にいたからこそ気付くことが出来たのだ。
「仇は討ってやるぞ……」
氷付けにされた傭兵や騎士達に向けて小さく呟く。
友人というわけではない。知り合いでもない。ここで気が合い意気投合した訳でもない。それでも同じ敵を倒すために戦うはずだった者達、戦友になるはずだった者達だ。目の前で息絶えた者達に対して何も思わないほど、シグルドは冷酷ではない。
「君はここに隠れていろ」
「……わ、わかった」
少女を安全な瓦礫の奥に追いやる。
完全に安全とは言いがたいが、これで少女があの巨人の標的にされることはないだろう。後は、自分がいかに被害を出さずにあの巨人を倒すかだ。
下にいた傭兵達は、火のそばにいた者もまとめて凍らされている。あの様子では、テントの中にいた者も生きているのも怪しい。
生き残っているのは自分とあの少女だけ……少女を戦場に出すわけにはいかないため、この巨人は、シグルド一人で倒さなければならなくなった。しかも、あの凍り付けの能力、ただの巨人ではなく霜の巨人と呼ばれる魔物だ。ただの巨人とは訳が違う。
それでも、シグルドは笑う。
武器が手元にないなど言い訳にすらしない、困難に臆することなく立ち向かう英雄の姿がそこにあった。
「……始めるか」
その言葉を合図に高台から空中へと身を投げ出す。短い滞空時間を終え、地面に静かに着地し、勢いをそのままに走り出した。
凍り付いた武具を手に取り、勢いを殺さずに巨人に一直線に迫る。そこで巨人も、人間を超えた速度で接近するシグルドに気がついた。
まだ、生き残りがいたと報告は受けていた。だが、巨人にとって人間は奴隷、もしくは食料のようなものだ。彼らにとって人間は警戒するものではない。
いつものように押し潰すか、下の奴らと同じように凍り付けにするかを迷う。これだけいれば腹は満たされる。これ以上の数は要らない。しかし、押し潰せばせっかくの食料が砕け散ってしまうかもしれない。それは嫌だ。
ならば、残っている選択は凍り付け一択。
巨人の全身から万物を凍らすオーラが出現する。
小さな炎など役には立たない。受ければ一瞬で生身が凍り付く。それはシグルドとて同じだ。故にシグルドは素早く動いた。
手に取ったのは、一本の槍。
騎士が使うために、立てかけていた槍を一つ掴み、上体を反らす。限界まで反らされた体は、矢を引き絞った弓のようだ。その状態からシグルドが霜の巨人目掛けて槍の一撃を撃ち出した。
ただの食料と捉えていなくとも、巨大な図体では回避するのは難しかっただろう。空気を裂いて飛来した槍は、霜の巨人の目を的確に抉った。
「ガアァァァァァァッッ!!」
叫びが空気を振るわせる。
自らの視野が片方にまで狭まる。残った視野に自身の目を抑えた片手に血が、こびりついているのが見えた。自らの体の一部を失った……その事実に霜の巨人は怒りに身を震わせる。
目を潰されたことでオーラは消失、シグルドを見下ろすその目には、自身の目を潰された怒りの炎が渦巻いている。
もう凍り付けにした人間を気にとめることなく拳を握り振り下ろす。巨大な岩を彷彿させる大きさの拳がシグルドに迫る。鉄のように固い体の骨と分厚い皮で守られている巨人には、生半可な刃は通じない。
手に持っている刃では打ち合った瞬間に砕け散ってしまうだろう。
巨人の拳が、大地にめり込む。地面に亀裂が走り、めくり上がる。長く形を保ってきた城の壁が衝撃によって破壊される。
これまで幾人もの巨人の頭を叩き割ってきた技が炸裂し、相手が死んだことを確信する――が、腕に人影が見えたことで、避けられたのだと理解した。
反撃も防御も許さない速さで巨人の腕を駆け上がる。シグルドが生きているのを確認してから一瞬のこと――肩まで駆け上がったシグルドが突き刺さったままの槍をもう一押しとばかりに叩いた。
再び、闇に絶叫が響く。
さらに奥深くへと突き刺さった槍は今度こそ抜けなくなった。
「こっちだぞ」
――耳元で声がする。
耳元に何かがいることほど不快なことはない。ハエを叩くように腕を振り回す。その巨大な腕を振り回すだけでも風圧で荷台やテントが吹き飛んでいく。上半身を暴れさせる霜の巨人。腕が城壁に当たり砕け、岩の雨を降らせているが、それが当たることはない。
常人にとっては脅威でもシグルドにとっては、遅すぎる動き……こんなものに当たるほど腕が鈍っているはずがない。
巨人の膝裏に蹴りを叩き込む。
上に意識を持って行かせてからの下半身への攻撃――予想していなかったことへの連続に巨人もたまらず膝を着く。
しかし、それ以上に驚愕させたのは、人間が自分を跪かせたこと。
力は言うまでもなくこちらが上。例え意識していなかったとしても自分が一撃で跪かされたことに相手が人間なのかを疑った。
そんな巨人の顔の目のまで、自身を跪かせた者が手招きをする。
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