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第二章
宮廷魔術師
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「――殿っ!!ご――たか!?――!!」
意識が朦朧としていて、誰かが喋っているのは分かるが、上手く聞き取れない。
「ええ、――よ。――して――?」
何とか動こうとするが、その瞬間に激痛がミーシャの体を襲い、意識は遠のいていく。
最後にミーシャが見たのは、何処までも落ちていきそうな黒をした瞳だった。
静かな夜の館の一角が、突如爆発する。
それに驚いたのは警備を行なっていた騎士たちだ。一体何が起こったのか、それを確認するために爆発地点へと足を運ぶ。まさか、夜盗が出たのではと思うと自然と槍を握る手に力が入り、速度は早まる。
どんな被害が出ているのか……そう思って到着して見ると騎士たちは不思議な光景を目にする。
敷地内全ての者がその爆音を耳にした。遠く離れた箇所でもガラスは震え、瓦礫の崩れる音がした。――しかし、いざ駆けつけてみれば壊れたと思っていた館には傷一つ付いている様子はなく、庭にも土が抉れた後もない。
「こりゃぁ……一体どうなってるんだ?」
あれだけ派手な音が聞こえたというのに、何一つとして変わらないいつもの光景に違和感をぬぐえない騎士の一人が口を開く。
「貴様ら――何をしている!!ぼーっとしていないで早く手錠を持ってこいっ!!」
「も、申し訳ございませんっ」
そんな騎士たちに向けて声を荒げたのは、騎士団長のノエルだ。彼の命令を受けて立ち止まっていた騎士たちが慌てて動き出す。
「まったく、無能どもめ……」
「仕方がないんじゃない?騎士であっても魔術を目にする機会なんてそうそうないし、知識がないのも仕方ないわよ」
「それもそうですが、彼らだって少なくとも訓練を受けた騎士なのです。しかし、侵入者が目の前にいるというのに、突っ立っているだけなんて……これは、訓練をさらに厳しくする必要があるようだな」
「相変わらず真面目ねぇ」
慌ただしく動き出す騎士たちの後ろ姿を見てノエルは騎士にあるまじき姿だと苛立ち、今後の訓練を厳しくしようと心に誓う。それを見た隣にいる魔女は、彼の生真面目さに若干呆れたような声を出し、左手に持った煙管に口を付ける。
そして、たっぷりと吸い込んだ後、ノエルの顔に向けて煙を吐き出す。
「ゴホッゴホッ!――ちょ、何をするんですか!?」
いきなり煙を吹きかけられたノエルが驚き咳き込む。
「ごめんなさいねぇ、ちょっと眉間に皺が寄りすぎじゃないかなって思って……」
「それならそうと言って下さい!!」
涙目になりながら講義するノエルを見てクスクスと笑い反応を楽しむ女性。そんな女性を見てタチが悪いと溜息をついた。
「うんうん、ちょっとマシになったわね。若い子が眉間にしわ寄せて年寄りみたいに難しい顔しているのは見てられなかったのよ」
だいぶマシになったと口にする女性が微笑む。
そんなやり取りをした女性に対し、ノエルは思ったことを笑顔で口にしていた。
「何だかお婆さみたいですね」
悪気はない。彼には悪気はないのだ。女性の容姿は出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んでいる。そして、体のラインがくっきり出るような服と醸し出す色香で男が鼻の下を伸ばすことは間違いない。そんな女性がお婆さんに見えるわけがない。周りの者からすれば、軽い雑談のようだろう。しかし――
「はい?」
女性から低い声が漏れ、ノエルは威圧感に襲われる。
「え、えっと――私……何かしましたか?」
思わずノエルは尋ねていた。そうしている間にも体は後ろに下がっていく。華奢な体の女性に鍛え抜いた体を持つノエルが気圧されている。
「ノエル君」
「はっはい」
つかつかと距離を縮めて来た女性がノエルの顎を掴み取り、無理矢理目線を合わせる。そして、感情の籠もらない声でノエルに囁いた。
「私は……お姉さんよ」
「……え、えっと」
「――返事がないわよ」
「御意ィ!!」
最初は何を言っているか分からなかったが、ここで返事をしなければ自分の頭部が胴体と永遠におさらばしていたかもしれない。実際にはやらないと思いたいが、女性からは簡単に実行しそうな雰囲気が醸し出されているのを感じ取り、顔を青ざめて全力で返事をする。
何時いかなる時も女性に年のことを尋ねるのは魔物の口に手を突っ込むようなものなのだ。
「そ、それにしても、侵入者がこんな子供だったとは驚きですね!!」
女性から発せられる圧に耐えきれなくなったのか……あからさまに話しを変えて、地面にグッタリと倒れ込んでいる少女を見下ろす。
「はぁ……気を付けなさい。見かけによらずこの娘、かなりの魔力を持っていたわよ。それこそこの館一つ吹っ飛ばせるぐらいのね」
「それは本当ですか!?――危険ですね。魔封じの鎖を使用した方が良いかもしれませんね」
「そうね、そうした方が良いわ。身体能力は高くない典型的な魔術師だけど、魔力だけで言うなら階級は上級魔術師と同じぐらいだったわ」
――そう全力で魔力を込める魔術を何発も放てることはないだろうけど、最後にそう付け加えて煙管に口を付ける。
「それほどですか、分かりました。部下に注意するようにキツく言っておきます」
基本魔術師は部屋に籠もって知識ばかり蓄えていることが多く、身体能力は高くは無い。魔術師で、騎士を複数人相手取れる実力者でも単純な持久走をすれば、街中の子供に負けてしまうほどだ。
そんなこともあって魔術師を見下している騎士も多いのだが、魔術師と騎士とでは比べる土俵が違うと考えているノエルに油断などない。
「それにしても、そんな相手に傷一つ無く勝利するとは……流石ですね」
国に仕えている魔術師には、下級・中級・上級という階級がある。階級を上げるには手柄とは別に重要になるのが魔力の大きさだ。下級は見習い程度の……中級であれば、数人いれば城を落とせるレベルの実力者になり、上級魔術師にもなると、一人で大きな屋敷を半壊させることができるほどの力を持っており、国家でいるのは片手の指で数えるほどしかいない。
そんな魔術師を相手に無傷で完勝した目の前の女性に惜しみない賞賛を贈る。そんな賞賛を贈られた女性は、特に何でもないようにして髪をなびかせて口を開く。
「当たり前でしょ、私を誰だと思っているの?」
「申し訳ありません。我が帝国の宮廷魔術師ウル様」
「ふふっ――別に怒っていないわよ?」
頭を下げ謝罪するノエルに、彼の生真面目さが面白く映ったのか宮廷魔術師と呼ばれた女性は微笑みを向けると少女へと視線を戻す。
「(今の私なら問題なく勝てるレベルの魔術師――それでもこの年でこれだけの魔力を保有しているなんて、神童とうたわれていたのは事実だったのね)」
王国の王女が中級魔術師を凌駕していた噂は帝国まで届いている。これまではただの王族が我が身の可愛らしさに流した噂だと思っていたが、事実を目の前で見せられれば納得するしかない。
――その時、複数の足音とジャラジャラとした鎖の音が耳に入る。
「歓談中申し訳ございません。手錠を持ってまいりました」
「そうか、ならば直ぐに拘束をしろ。それと、こいつは魔術師だ。魔封じの鎖も使用して魔術を使えないようにしておけ」
「はっ!!了解いたしました」
少女の手に手錠を取り付け、騎士の二人が両腕を持って意識のないミーシャを担ぎ上げる。始めはこんな少女に手錠など必要なのかと疑問に思っていた騎士たちは、命令だからと納得して少女に手錠を掛け始める。
それを確認した女性は、睡魔が襲ってきたのか欠伸をする。
「じゃあ、明日は早いしもう休ませて貰うわ」
「お待ち下さい。私はこのことを閣下に報告をしなければなりません。その際に宮廷魔術師殿もご同行願えないでしょうか?私たちではあの少女と直接相対したわけではございませんので……」
ヒラヒラと手を振って自身の部屋へと戻るために歩き出す女性に、ノエルが待ったを掛ける。
「え~……行かなきゃダメ?」
「お願いします」
「はぁ~……分かったわ。さっさと済ませましょ」
眠気マックスである女性はあんまり気乗りしない様子だ。ブツブツと言いながら、ノエルの後ろに付いてくる。
あの音で館にいるもの全てが起きてしまったのか、周囲には人だかりができていたが、部下にもう問題ないことを伝えるように指示して自分は仕えている主君の部屋へと歩き出した。
意識が朦朧としていて、誰かが喋っているのは分かるが、上手く聞き取れない。
「ええ、――よ。――して――?」
何とか動こうとするが、その瞬間に激痛がミーシャの体を襲い、意識は遠のいていく。
最後にミーシャが見たのは、何処までも落ちていきそうな黒をした瞳だった。
静かな夜の館の一角が、突如爆発する。
それに驚いたのは警備を行なっていた騎士たちだ。一体何が起こったのか、それを確認するために爆発地点へと足を運ぶ。まさか、夜盗が出たのではと思うと自然と槍を握る手に力が入り、速度は早まる。
どんな被害が出ているのか……そう思って到着して見ると騎士たちは不思議な光景を目にする。
敷地内全ての者がその爆音を耳にした。遠く離れた箇所でもガラスは震え、瓦礫の崩れる音がした。――しかし、いざ駆けつけてみれば壊れたと思っていた館には傷一つ付いている様子はなく、庭にも土が抉れた後もない。
「こりゃぁ……一体どうなってるんだ?」
あれだけ派手な音が聞こえたというのに、何一つとして変わらないいつもの光景に違和感をぬぐえない騎士の一人が口を開く。
「貴様ら――何をしている!!ぼーっとしていないで早く手錠を持ってこいっ!!」
「も、申し訳ございませんっ」
そんな騎士たちに向けて声を荒げたのは、騎士団長のノエルだ。彼の命令を受けて立ち止まっていた騎士たちが慌てて動き出す。
「まったく、無能どもめ……」
「仕方がないんじゃない?騎士であっても魔術を目にする機会なんてそうそうないし、知識がないのも仕方ないわよ」
「それもそうですが、彼らだって少なくとも訓練を受けた騎士なのです。しかし、侵入者が目の前にいるというのに、突っ立っているだけなんて……これは、訓練をさらに厳しくする必要があるようだな」
「相変わらず真面目ねぇ」
慌ただしく動き出す騎士たちの後ろ姿を見てノエルは騎士にあるまじき姿だと苛立ち、今後の訓練を厳しくしようと心に誓う。それを見た隣にいる魔女は、彼の生真面目さに若干呆れたような声を出し、左手に持った煙管に口を付ける。
そして、たっぷりと吸い込んだ後、ノエルの顔に向けて煙を吐き出す。
「ゴホッゴホッ!――ちょ、何をするんですか!?」
いきなり煙を吹きかけられたノエルが驚き咳き込む。
「ごめんなさいねぇ、ちょっと眉間に皺が寄りすぎじゃないかなって思って……」
「それならそうと言って下さい!!」
涙目になりながら講義するノエルを見てクスクスと笑い反応を楽しむ女性。そんな女性を見てタチが悪いと溜息をついた。
「うんうん、ちょっとマシになったわね。若い子が眉間にしわ寄せて年寄りみたいに難しい顔しているのは見てられなかったのよ」
だいぶマシになったと口にする女性が微笑む。
そんなやり取りをした女性に対し、ノエルは思ったことを笑顔で口にしていた。
「何だかお婆さみたいですね」
悪気はない。彼には悪気はないのだ。女性の容姿は出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んでいる。そして、体のラインがくっきり出るような服と醸し出す色香で男が鼻の下を伸ばすことは間違いない。そんな女性がお婆さんに見えるわけがない。周りの者からすれば、軽い雑談のようだろう。しかし――
「はい?」
女性から低い声が漏れ、ノエルは威圧感に襲われる。
「え、えっと――私……何かしましたか?」
思わずノエルは尋ねていた。そうしている間にも体は後ろに下がっていく。華奢な体の女性に鍛え抜いた体を持つノエルが気圧されている。
「ノエル君」
「はっはい」
つかつかと距離を縮めて来た女性がノエルの顎を掴み取り、無理矢理目線を合わせる。そして、感情の籠もらない声でノエルに囁いた。
「私は……お姉さんよ」
「……え、えっと」
「――返事がないわよ」
「御意ィ!!」
最初は何を言っているか分からなかったが、ここで返事をしなければ自分の頭部が胴体と永遠におさらばしていたかもしれない。実際にはやらないと思いたいが、女性からは簡単に実行しそうな雰囲気が醸し出されているのを感じ取り、顔を青ざめて全力で返事をする。
何時いかなる時も女性に年のことを尋ねるのは魔物の口に手を突っ込むようなものなのだ。
「そ、それにしても、侵入者がこんな子供だったとは驚きですね!!」
女性から発せられる圧に耐えきれなくなったのか……あからさまに話しを変えて、地面にグッタリと倒れ込んでいる少女を見下ろす。
「はぁ……気を付けなさい。見かけによらずこの娘、かなりの魔力を持っていたわよ。それこそこの館一つ吹っ飛ばせるぐらいのね」
「それは本当ですか!?――危険ですね。魔封じの鎖を使用した方が良いかもしれませんね」
「そうね、そうした方が良いわ。身体能力は高くない典型的な魔術師だけど、魔力だけで言うなら階級は上級魔術師と同じぐらいだったわ」
――そう全力で魔力を込める魔術を何発も放てることはないだろうけど、最後にそう付け加えて煙管に口を付ける。
「それほどですか、分かりました。部下に注意するようにキツく言っておきます」
基本魔術師は部屋に籠もって知識ばかり蓄えていることが多く、身体能力は高くは無い。魔術師で、騎士を複数人相手取れる実力者でも単純な持久走をすれば、街中の子供に負けてしまうほどだ。
そんなこともあって魔術師を見下している騎士も多いのだが、魔術師と騎士とでは比べる土俵が違うと考えているノエルに油断などない。
「それにしても、そんな相手に傷一つ無く勝利するとは……流石ですね」
国に仕えている魔術師には、下級・中級・上級という階級がある。階級を上げるには手柄とは別に重要になるのが魔力の大きさだ。下級は見習い程度の……中級であれば、数人いれば城を落とせるレベルの実力者になり、上級魔術師にもなると、一人で大きな屋敷を半壊させることができるほどの力を持っており、国家でいるのは片手の指で数えるほどしかいない。
そんな魔術師を相手に無傷で完勝した目の前の女性に惜しみない賞賛を贈る。そんな賞賛を贈られた女性は、特に何でもないようにして髪をなびかせて口を開く。
「当たり前でしょ、私を誰だと思っているの?」
「申し訳ありません。我が帝国の宮廷魔術師ウル様」
「ふふっ――別に怒っていないわよ?」
頭を下げ謝罪するノエルに、彼の生真面目さが面白く映ったのか宮廷魔術師と呼ばれた女性は微笑みを向けると少女へと視線を戻す。
「(今の私なら問題なく勝てるレベルの魔術師――それでもこの年でこれだけの魔力を保有しているなんて、神童とうたわれていたのは事実だったのね)」
王国の王女が中級魔術師を凌駕していた噂は帝国まで届いている。これまではただの王族が我が身の可愛らしさに流した噂だと思っていたが、事実を目の前で見せられれば納得するしかない。
――その時、複数の足音とジャラジャラとした鎖の音が耳に入る。
「歓談中申し訳ございません。手錠を持ってまいりました」
「そうか、ならば直ぐに拘束をしろ。それと、こいつは魔術師だ。魔封じの鎖も使用して魔術を使えないようにしておけ」
「はっ!!了解いたしました」
少女の手に手錠を取り付け、騎士の二人が両腕を持って意識のないミーシャを担ぎ上げる。始めはこんな少女に手錠など必要なのかと疑問に思っていた騎士たちは、命令だからと納得して少女に手錠を掛け始める。
それを確認した女性は、睡魔が襲ってきたのか欠伸をする。
「じゃあ、明日は早いしもう休ませて貰うわ」
「お待ち下さい。私はこのことを閣下に報告をしなければなりません。その際に宮廷魔術師殿もご同行願えないでしょうか?私たちではあの少女と直接相対したわけではございませんので……」
ヒラヒラと手を振って自身の部屋へと戻るために歩き出す女性に、ノエルが待ったを掛ける。
「え~……行かなきゃダメ?」
「お願いします」
「はぁ~……分かったわ。さっさと済ませましょ」
眠気マックスである女性はあんまり気乗りしない様子だ。ブツブツと言いながら、ノエルの後ろに付いてくる。
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