竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

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第二章

偽り

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 騎士達は元より、ミーシャは指輪に掛けてあった魔術の術式を追って館へと辿り着いた。その魔術の術式を辿ることは魔術師にしかできない。そして、シグルドは魔術師ではない。
 では、何故ここにシグルドが辿り着けたのか……
 それは彼が持つ一つのスキルのおかげだ。

 スキル:黒竜の叡智こくりゅうのえいち

 黒竜ファフニールの返り血が口に入った際に、いつの間にか手に入れていたスキル——これまで黒竜ファフニールが培ってきた膨大な知識を利用できるものだ。
 山の向こうに何があるのか、この大地がどうなっているのか、この世界にどれだけの魔物が生息しているのか、花の蜜の味といった些細なことまで分かるのだ。
 しかし、これは人間が使うには限界があった。
 凡人では、スキルを発動した瞬間に流れ込んでくる膨大な知識の量に情報処理が追いつかず、廃人になってしまう。
 シグルドもこのスキルを使用したことがあるが、長時間使用した後は必ず頭痛と吐き気に襲われて酷い有様になる。あまりスキルを使用することなどないのだが、今回は他の手段がなかった。動物が出現する朝方まで待ち、日が昇ると同時に動き出す動物に話しを通してミーシャを探して貰ったのだ。

 スキルの使用で頭痛が酷いが、そのおかげで間に合うことができた。できたが、目の前の光景を見て怒りで柄を握りしめることになる。
 ――――たった一人の少女をボロ雑巾のように扱う男達。そんなことをシグルドが許すはずがなかった。

「貴様、何者だ!?」

 近くにいた騎士の剣戟を弾きながら、シグルドはこう答えた。

「寄って集って少女をいたぶる貴様らに、罰を与えに来た剣士だよ」






 轟音と土煙ともに、現れた白髪の剣士。突如起こった出来事に目を見開くが、訓練された騎士達は、すぐに腰から剣を抜き、フラメルを守るように陣形を立てる。
 フラメルは騎士達に守られながら自身の館に乗り込んできた闖入者を観察する。その男は、部屋でノエルから報告された情報と完全に一致していた。

「君は、王国の騎士かな?丁度良かったよ。君のことを探していたんだ」

 手間が省けたと喜ぶフラメル。そんなフラメルを無視して足下に転がっているミーシャへと目線を移す。

「少し待っていろ、直ぐに助ける」
「――フ、ハハハハハハハッ‼」

 シグルドの言葉を聞いたフラメルが笑い出す。

「王国の騎士は、戦力差も分からないのか?これでは国が滅ぶのは道理だったようだ」

 クツクツと馬鹿にしたように笑うフラメルはシグルドを見下し、周りを見ろと両手を広げて見せる。
 フラメルを守るように前衛に二人、シグルドの両側に二人、そして、騒ぎを駆けつけてきた捜索隊がシグルドを包囲する。
 多勢に無勢――今の状況を表わすならばその言葉が正しいだろう。

「降伏したまえ、そうすれば苦しむことなく命を絶ってやる」
「断る」

 降伏勧告を切り捨てるように断る。その言葉口にしたシグルドを憐れみを向けて周りの騎士に号令を掛ける。

「なら、主を助けることなく悔いを抱いて死んでいけ」

 振り下ろされた腕が始まりの合図だった。
 シグルドの周りにいた騎士達が動き出す。四方から槍が、剣が、シグルドの命を奪わんと迫る。
 前を対処しても後ろから、後ろを対処しても前から、周囲を固められた時点で勝敗は決まっていた。
 ——そう、騎士達は思っていた。それは、フラメルも同じだろう。

 振り下ろしていたはずの剣が、突きだしていた槍が全て弾かれる。人とは思えない膂力で振るわれた剣の威力は凄まじく、弾いただけで騎士達を吹き飛ばした。

「——ガァッ」「キャッ」「グオォ!!」

 館の壁や樹木に叩き付けられ、動かなくなる騎士達……。そして、それを引き起こした張本人はいつの間にか引き抜いた剣を構えていた。

「どうやら、戦力差を理解していないのはお前の方だったらしいな?伯爵」
「きさま、——騎士団全員を連れてこぉいっ!!」
「その前に終わっているよっ」

 後ろに待機していた騎士に指示を出すフラメルに向けて走り出す。
 当然のように周辺の騎士がここに集まるよりも早くフラメルの懐に潜り込む。反応できなかったフラメルの顔に恐怖が映り込むが、迷い無くシグルドは剣を振り下ろした。

 鎧も鎖帷子も身に付けていない——もし身に付けていてもルーンを刻んだ剣を阻むことはできないだろうが——フラメルに身を防ぐ手段はない。しかし、それはフラメルだけの話しだ。

 ギィンッ‼

 剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。
 シグルドとフラメルの間に入ったのはノエル。力は完全にシグルドの方が上のため、たった一撃だけで膝を着いているが、何とかフラメルに刃が届くのを防いでいた。

「ふんっ‼」「——グアァッ」

 だが、一撃防いだとしても二度目は防げなかった。
 もう一度、剣を振るったシグルドに吹き飛ばされてしまう。その様子を見ていたフラメルはあり得ないようなものを見る目でシグルドを見ていた。

「あ、あり得ん。あれだけの人数を一人で……」
「——閣下、お逃げ下さい。ここは私が‼」

 忠義を通す騎士らしく、シグルドの前に立ちその体を盾とし、主に近づくシグルドを遠ざけるために斬りかかる。

 耳をつんざく音が再び響く。
 力の差は歴然だった。シグルドが僅かに力を込めて振るうだけで剣はどこかへと飛んでいく。それでもノエルは笑みを浮かべていた。

「(本命はそちらではない‼)」

 剣を持っていた右手とは逆——後ろに隠していた左手に持っていたのは茶色の丸い物体。
 特別な素材で作られたソレは人間一人殺す殺傷能力はないが、当たれば重傷は免れない。
 ノエルはお上品な戦いをする騎士とは違い、こういった道具も使う。それが効率的だと考えて……。

「(こいつで顔面を殴れば、確実にやれる‼)」

 伯爵を守れる。そう思っていた。あいにくリューロント村で同じようなものを見ていたシグルドはその道具を知っていた。
 残念なことにそれは意表を突く攻撃でもなかった。道具の危険性が分かったシグルドが腕を斬り飛ばすことで剣と同じように飛んでいく。

「あああああああああああああああ‼」

 遅れて腕が切り落とされたことに気付いたノエルが絶叫を上げる。シグルドに傷一つ負わせることができなかったが、騎士団を集める合図を出すまでの時間稼ぎにはなった。

「騎士団長っ」
「ヴァイス、団長を連れて後ろに——油断するなよ‼危険な奴だっ」

 再び、周囲を取り囲まれるシグルド、今度は先程の数の倍ほどになっている。その状況にシグルドは舌打ちをする。
 こうなる前にミーシャを連れて逃げるつもりだったのだが、仕留めきれなかった。

「こうなれば、仕方が無い。全員で掛かれっ‼その間に王女の処刑を始める」
「くそったれめ」

 フラメルが安全な場所へと男にミーシャを担がせようとする。
 いち早くミーシャの元に向かおうとするが、その間に素早く達が入り込み、邪魔をする。直ぐさま薙ぎ払うが、恐れを知らずに飛び込んでくる騎士達は騎士の鏡と言えよう。
 後から後から出てくる騎士達も厄介と言えるだろうが、最もシグルドの体を蝕んでいるのはスキルの反動だった。

 動き回る度にグワングワンと頭がなり、かなりの吐き気襲われる。格好付ける場面でないなら一人で吐き散らしていた所だ。

「(気持ち悪い……体も重いし、長時間使うとこんな感じなるなんて知らなかった。——でも)」

 届く。助けられる。そう伝えようとして口を開いた。

「待ってろミ「来るなぁっ‼」―シャ……は?」

 予想外の言葉に意味を一瞬考える。フラメルも何を言っているのか分からなかったのだろう。助けに来たはずの男、しかも数の差をものともしない剣士が助けに来たと言うのに、生きられる可能性を自分で捨てようとしている少女に……。

「お前っ——何言ってるんだ!?」
「うるさいっ‼もういい、もうどうでもいい‼」

 癇癪を起こしたように喚き散らし、戦場に似つかわしくない言い合いが飛び交う。

「やることあるって言っていただろ!?それはいいのか!?」
「うるさい、黙れっ‼私がもういいと言ったからもういいんだよ、帰れぇ‼」
「ここまできて帰れるか‼」
「うるさい、帰れぇ‼」

 斬りかかってきた騎士の頭を掴み上げ、そのまま後ろにいた三人に向けて投げつけ
 る。投げつけられた騎士を避けきれずに後ろにいた騎士達も棒倒しのようにバタバタと共倒れしていく。

「いいから待ってろ、話はそれから聞いてやるっ‼」

 斬りかかってきた騎士の剣を受け流し、斬り付ける。
 ボロボロになった少女が追い詰められていることは想像に難しくないが、まずは少女を助けることが先決だ。そして、逃げる。指名手配はされるだろうが、動いてしまったものは仕方が無い。
 騎士達の包囲網を抜け、ミーシャへ近づこうと脚に力を込める。――が、その脚が前に出ることはなかった。

「——もう裏切られるのは嫌なんだよぉ‼」

 それは叫びだった。

「苦しいのも痛いのも、もう嫌なんだっ‼お父様もマリアもヨハン死んだ。私を守って死んだんだっ‼味方だったはずなのに……頼れる人だって思ってたのに裏切られて殺されかけた‼もう安心できる場所はない‼頼れる人だっていない‼誰だって私を拒絶する。お前だって私のことが煩わしかっただろ‼なら、もういい。 これから全て一人の方が苦しまない。‼」

 いつもフードと虚勢によって隠された少女の叫び。その言葉はシグルドの胸に深く突き刺さる。

 取りあえずなんていらない。少女が欲しいのは——絶対。最後まで付き合ってくれる人。どんな状況でも裏切らない味方が欲しいのだ。

「(あぁ、お前は俺をまったく信用していないんだな……」」

 それもそうだろう。少女のことをどうにかしてやりたいが、どうにもできない状況に悩み続けてどっちつかずの状態だったのだ。不安になって信用しなくなるのが普通だ。
 この場で、取り合えずで助けられても、自分の身が危険に晒されるなら必ず裏切る。それならばここで命を絶ってしまった方が良い。
 それが少女の出した結論だった。

 ミーシャがフラメルに抱えられ、館の中へと消えていく。
 動きの止まったシグルドに追いついた騎士達が再び包囲する。それでも全力ではないシグルドが突破しようと思えば突破できる陣形だ。

「全員、今のうちに討ち取れ‼」

 それをせずに、ただ陣形の真ん中で突っ立っている。そんなシグルドに、副団長の号令に従った騎士達全員が刃を持って突撃した。
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