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第五章
人に非ず
しおりを挟む双方の睨み合い――その状況が長く続かず、吟遊詩人のような服を着た童顔の男が腕を軽く振るうことで変化する。
「やれ」
短く紡がれた言葉と共に後ろから全身鎧の騎士達が飛び出し、ガンドライドへと迫る。手斧、槍、剣。それぞれの武器を手にして、躱されぬように逃げ道を塞ぐ。
その様子を、ガンドライドは軽く鼻で嗤った。
「馬鹿が」
この程度で自分を狩れると思っているのかと嘲笑し、手の中にある得物を振るう。
グシャッと果実が潰れるような音を立てて、人間が潰れる。ガンドライドが振るった巨大な騎乗槍は、槍を構えていた騎士の顔面を砕くだけには留まらず、そのまま片足を軸にして、槍を振り回す。
それは騎乗槍ではなく鉄槌だった。巨大な鋼鉄の塊が、ガンドライドの馬鹿力と遠心力を加えて取り囲もうとしていた騎士達に襲い掛かる。
再び、聞こえてくるのは果実が潰れた音。鎧の破片と肉片が飛び散り、スラムの泥に血を流す。
ガンドライドは、騎乗槍の先端にベットリと付いた血を振るい落すと肩に担ぎ、挑発的な笑みを浮かべた。
「もう終わり?」
「そんな訳がないさ」
騎士を瞬く間に叩きのめされ、挑発を受けた男は眉も動かさずに返答する。
「へぇ、それならもっとこのクソ忌々しい騎士を出してきなよ。叩きのめしてやるからさ」
「それは御免被るね。彼らは本来であるならば帝国の首都を守るために存在する騎士達、預かっている身としてはこれ以上の被害は出させたくないんだ」
「あぁ? アンタ、こいつらの親玉じゃないの?」
男の言葉にガンドライドが眉を寄せる。
この男の指示で、騎士達が襲い掛かってきたのだ。それだけでこいつらを率いれる立場にいるということは分かる。だが、目の前の男は、預かっていると言ったのだ。
「まさかただ雇われているだけの傭兵――な訳ないか。アンタの格好奇天烈すぎるし」
「酷くないかい? これでも帝国の末席に加えて貰っている身なんだけど」
「ふぅん……じゃあ敵じゃん」
「おっとっと、待ってくれよ。そんなに答えを急がないで欲しい」
騎乗槍を握りしめ、戦闘態勢に入りかけたガンドライドに男が両手を上げて待ったをかける。敵意を向けられているというのに落ち着いた様子で話しかける男に目を細める。
読めない。シグルドのようにふざけたながら対応するのでもなく、それでいて真面目に話をしようとしているのでもない。まるで、中身が空っぽの存在を相手にしているような気分に陥る。
「僕はね、感動したんだよ!!」
「はぁ?」
「もちろん君の存在にさ!! 強化された兵を意とも容易く殴殺するその武力。技術はまだ未熟だが、いずれ君は騎士団長にも並びうる存在になるだろう。だから、こそ言いたい!! 君も皇帝陛下に忠誠を誓わないかい? いずれ、大陸を統べる帝国に使えれば、名誉なことこの上ない。功績を上げれば、名前は子々孫々まで語り継がれることになるだろうっ」
両手を高く掲げ、天に叫ぶように男は語る。
それを見ていたガンドライドは、まるで舞台の上にいる役者でも見ている気分をガンドライドは味わった。
早口で語っていることから興奮していることが分かる。帝国に忠誠を誓っていることは本当だろう。しかし、本気で勧誘しているつもりはないと感じたのだ。
「アンタ、本気で勧誘してないでしょ?」
「あぁ、悲しい!! 私の情熱が、この燃える思いが届いていない!! というのは嘘で、やっぱり気付たか。大抵の人は冷めた目で見てくるか、断るって真面目な顔で剣を向けてくるだけなんだけどね」
大袈裟に額に手に当てて悲しむ素振りを見せたかと思えば、見破られたことを残念がりもせずに男は笑う。
その時々出てくる芝居ぶった動きはガンドライドを苛つかせた。
「――で、もういい? こっちは無駄なおしゃべりに付き合うつもりはないのよ。さっさとコイツ等みたいな蜥蜴野郎を呼びなさいよ」
「あれ? 僕一人じゃ君に勝てないって思われてる?」
「当たり前でしょ。それに面倒なのよ。いちいち相手をするのって……だから、まとめて相手してあげる」
「ひゅぅっカッコいい~。君程の実力を持っていれば、その傲慢は当たり前か。でも間違っていることが二つある。」
かかって来いと啖呵を切るガンドライドに手を叩いて称賛?を送るとガンドライドの間違いを訂正するために二本の指を立てる。
「まず一つ、そいつは蜥蜴じゃない。どちらかというと、蛇に寄せた強化兵さ。蜥蜴型もいるにはいるんだけどね。かなり、気性が荒くなって理性も失ってしまうし、形も変わる。ただの魔物になってしまいことが多いんだよね」
「へぇ……」
「そう言えば、驚かなかったね。もしかして、知っていたのかい?」
「答える必要があるか?」
「いいや、ない。ないけど気になるね。この後じっくり話し合いをしたくなるよ」
そう言って男は目を細める。
じっくりと体の隅々まで舐めるように見る目線はそれだけで人を不快にさせる。特に短気なガンドライドがそれを我慢できるはずがなかった。
「その不快な視線をやめろ、目玉をくり抜いてやろうかっ」
「ごめんごめん、ちょっと、見すぎてしまったよ。でもいいだろう? 減るもんじゃないし?」
「――殺す」
殺気を全力ではないとはいえぶつけているというのに爽やかな笑顔を向ける男に対し、ガンドライドは騎乗槍を構え、今度こそ突進する。
伏兵がいようが、特殊な魔術道具で身を固めていたとしてもそれらを力ずくで叩きのめすために、柄を握りしめる。
だが、鬼のような形相で迫るガンドライドを目にしても、男は至って様子は変わらない。それどころか話の続きをするために、笑顔で口を開く。
「そう言えば、話が続きだったね。君が間違っている所の二つ目何だが――」
「知るかァ!!」
男が言い終える前にガンドライドが騎乗槍を突き出す。男が騎乗槍の先端に掌を向ける、以上のことはしなかった。
「防御のつもりかよ!!」
壁になりすらしない掌。先程騎士達を軽く叩きのめしたのを目にしていないのかと言いたくなる。
より一層脚に力を入れて加速する。強靭な鋼鉄の壁だろうが、魔術の障壁だろうが関係なく貫く槍になる。
空気を叩き、衝撃波を生み、一つの槍そのものとなったガンドライドは簡単なものでは止まらない。この突破を止めるのは、シグルドでも難しいだろう。
「死ねぇ!!」
勢いよく突き出された騎乗槍。その槍は、男の掌へと突き刺さり――――そのまま男の肉体を貫いた。
ズザザザザザザ!!と泥を跳ね飛ばしながら、脚で急停止をかけ、思わず男を二度見する。
――本当に死んだのか、目の前で自分の槍が貫いたというのに、腕には感触が残っているというのに先程の出来事を疑ってしまう。
あまりにも呆気なく、肩透かしを食らった気分に陥る。
余裕たっぷりで待ち受けていたにも関わらず、何もできなかったのだ。少しの抵抗はあると思っていたガンドライドに取ってはある意味予想外だっただろう。
「――いや、違う。これは予想外なんかじゃない」
しばらく呆れていたが、頭を振るって正気に戻る。
最近負け続けることが多く、気弱になっていたのだろう。考えてみれば、負けるよりも勝つ方が多いのだ。この男も他の雑魚と同じようにただやられる方だったというだけ。これまでも、女だからと言うだけで侮ってきた連中と同じ。
そうガンドライドは考え直す。
「そう、そうだよ。私は強い。ただ、シグルドとか一部の奴らに経験で負けているだけ。そもそも一端の騎士程度に負ける何てあり得ない。だって奴らとは種族が違う。私を人として見て戦いを挑むこと自体が間違っているんだから」
自分自身の言葉を聞きながら、状況を受け入れていく。血を拭き取り、思考を切り替える。邪魔者はいなくなった。ならば、本来の目的であるミーシャを見つけることが重要だ。
「フフフッ――お姉様、ガンドライドが直ぐお傍に参りま~す!!」
最早ガンドライドの頭の中には男の姿は消え去り、ミーシャしかいない。いつもの邪魔者もいない今、歯止めを利かせる必要もない。
軽快にスキップを踏みながらミーシャと再会することを妄想し、この場を後に――しようとした時だった。
「――ッ!!」
殺気を感じ取り、騎乗槍を構える。
目の前で起こったのは火花――首を狙って振るわれた刃が構えた騎乗槍に当たったことで起きた現象。
「うそ、防がれちゃった」
「――お前は」
刃を振るったのは死体だ。もっと具体的に言うのならば、首から上が潰れたのに、言葉を発した死体だ。
言葉を発する器官がない以上、耳に届いた言葉は、あの男の言葉となる。
どうやって生き延びたのか見当もつかないが、死体が次々に起き上がってくる以上、活かしてここから帰すつもりはないのだろう。
「面倒なことを」
「今更気付いても遅いよ。じゃあ続きをしようか。君の間違いは、魔術師を人として見て戦いを挑んできたことだ。さぁ、演劇を始めよう」
金属の擦れ合う音に驚いたカラスが飛び立った。
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