竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

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第五章

紅の剣閃

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「■■■■」
「テメェッ――チッ」
「キャアッ!?」

 ブレスによって開けられた大穴を昇っていく翼を生やした怪物。その姿は不完全ながらも小竜ワイバーンを連想させる。成長していることに背筋が凍る感覚を覚えたシグルドは一刻も早く討伐せんと追いかけようとしたが、届いた悲鳴によって脚を止め、上に登っていく怪物を睨み付けると直ぐに引き返す。

「無事か!?」
「無事かじゃないわこのアホ!! 早く追え!!」
「分かった。舌を噛むなよ」

 ミーシャとレティーを担ぎ、崩れ落ちる瓦礫から逃れる。
 瓦礫から瓦礫に大きく跳躍し、地上へと出たシグルド達が目にしたのは、血を流す街の人々と翼を生やし、空を飛ぶことを可能にした怪物。
 地面に降り立っている所を見ると空を飛ぶことに慣れていないのだろう。空を飛ばれては、厄介極まりない存在になる。

「レイ殿、殿下は私が――」
「頼む」

 ミーシャをレティーに預け、シグルドは駆け出す。間合いは一瞬で無くなり、爪と魔剣が火花を散らした。
 ——失態だ。胸の中で己を叱咤する。
 怪物が上に穴を開けることを失念していた。防御の姿勢を取らずに、そのまま突っ込むべきだった。後悔を胸に抱いて歯が砕けるほど強く食いしばる。

「■■■死■■■」

 背中から翼が生え、翼竜へと進化——いや、戻ると言った方が正しいのか。正真正銘の魔物に戻りつつある怪物。腕は先程よりも太く、爪もより鋭利になり、下水道で戦っていた時はシグルドとさほど変わらない背丈であったのに、今は頭一つ大きくなっている。
 小さな子供ならば丸呑みできる顎を開け、高温の炎を至近距離で放つ。
 その瞬間——シグルドの姿が消える。

 猛スピードで移動した訳ではない。姿くらましをした訳でもない。シグルドはただ体全体の力を抜いて、滑らかな動きで足元へと移動しただけだ。
 大きく開けられた顎。放たれた炎熱。それらのせいで怪物の視界は前方は極端に狭くなっていた。それ故にシグルドが足元に滑り込んだのを見逃した。

「——シッ」

 体に掛った重力すらも無駄にならないように、滑らかな脚運びから繰り出されたのは魔剣による切り上げ。腹部から顎にかけて縦に切り裂く。

「悪いな。アルゥツ」

 魂が混じり合い、怪物になってしまったアルゥツを想う。
 彼は国に忠義を捧げた騎士だった。自分と同じ境遇にあった者達を想うことができる優しい人間だった。そんな彼が、また悲劇にあった。
 彼を利用しようとした者と一緒というのは彼も無念だろう。だが、シグルドにはどうすることもできない。
 恨んでくれてもいい。呪ってくれてもいい。そうアルゥツに向けて謝罪を口にする。

「■■■痛■■■」
「それだけで済むと思うなよ」

 切り上げた胴体は既に再生している。以前下水道で戦った怪物達にはなかった能力。着実に怪物は黒竜の力を再現しつつある。
 それでも尚、シグルドの速度が勝った。
 怪物の部位で最も硬いのは爪。魔剣グラムと鍔迫り合える唯一の部位。それを使えなくするためにまずは手首を切り落とす。そして、そこから蹂躙が始まった。

 上に逃げられぬよう片翼を切り落とし、人間の名残か蹴りを放ってきた怪物の脚を切り飛ばす。痛みに耐えるように唸る瞬間に喉を潰し、残った片翼で防御の姿勢を取れば、その片翼を切り落とす。
 僅か数秒で、シグルドは怪物を瀕死の状態に持ち込んだ。

「す、すごい」
「(それだけやれるのなら最初からやれっつーの)」

 シグルドが怪物を追い込む姿を見てレティーが息を飲み、ミーシャが内心愚痴を零す。
 いつもとは違い、冷酷さすら見える攻め。恐らくだが、普段は無意識に制限している力があるのだろう。最初からできていたら下水道で殺すこともできたんじゃないのかと思わなくもないが、アルゥツのことが気掛かりで攻め気があまりなかったシグルドを思い出し、考え直す。
 シグルドが怒っているのは被害が出たからだ。アルゥツという人物が更なる悲劇に見舞われたからだ。その怒りが無ければシグルドは無意識で制限している力を外すことはなかったし、容赦のない攻めを見せることもなかった。

 残った片足で地面を蹴り、シグルドに追撃されないように炎熱をばら撒きながら後方に飛ぶ。
 瀕死に陥った状態でもあれだけ動けるのは黒竜の血を持っているからだろう。僅かな時間で欠損した体を再生させた怪物が立ち上がり、態勢を整えようとする。

「再生か。なら、こちらはこうしよう」

 態勢を整える前、怪物が顔を上げた瞬間にはもうシグルドは距離を詰めていた。
 理性がなくとも魔術が使えることを忘れてはいない。再生すればブレスを放たれることを忘れてはいない。例え、飛ぶことに慣れていなくとも、翼が生えて飛行能力を得たことへの警戒を解いてはいない。
 もう、この場から誰かを傷つけさせることを許すシグルドではない。
 隙を与えず、余裕を与えず、シグルドは魔剣を振るう。

「魔剣開放——火炎付加」

 魔力を放出するだけだったこれまでとは違い、魔剣の周囲に魔力を纏わせ留まらせる。広範囲に炎熱を放つ訳でも、範囲を絞って威力を上げるのでもなく、魔剣に炎を纏わせる。

 肉が焦げる匂いがした。
 遠くの物陰からひっそりと様子を窺っていた住民の鼻にも届いたのだろう。生きている魔物を焼く行為に吐き気を覚え、我慢しきれなくなった者が一部顔を俯かせていた。
 引き攣ったような悲鳴が上がるが、それは周囲のみ。戦いに身を投じているシグルドと相対する怪物は声すら出さなかった。
 静かに、豪快に、猛烈に、剣が体を引き裂き、炎が肉を焼いていく。

 体に欠損ができても再生し続ける怪物。しかし、地下下水道での一戦で、唯一再生していなかった箇があった。それは傷口を焼いた箇所。
 故にシグルドは魔剣を開放した。街に被害が出ないように、剣のみに魔力を集中させて……。
 広範囲にしても、範囲を絞ってもここは街中。必ず被害は出てしまう。そんなことはシグルドは絶対にしない。無関係な人間を巻き込むことを嫌うシグルドは絶対にそれを許さない。
 そのための戦術が、魔剣に炎を纏わせることだった。
 一見、ぶっつけ本番にも見える戦術だが、よくよく考えればシグルドは似たようなことを何度もしていた。初めて魔剣の力を開放した時もそうだ。あの死人(ゾンビ)の集合体のような怪物を殺す時も、初めは魔剣に炎の渦を纏わせてから放った。ならば、後は応用だ。魔力を流し、纏わせ、放つのではなく。纏わせ、循環させる。魔力もありったけ込めるのではなく、一定の量の魔力を流すだけに留めることで、魔剣の暴発を防ぐ。
 少しでも間違えれば魔剣の暴発にも繋がる精密な魔力操作。シグルドは着実に魔力をコントロールする技量を上げていた。

 刃先に沿って回転した炎は傷口を塞ぎ、再生を阻む。今度こそ確実に消えない傷を怪物は負い、死へと近づいていた。

「————」

 視界が真紅の炎で埋まる中、怪物の中に生まれたのは恐怖。そして、後悔。
 今更ながらに気付いてしまう。例え強力な体を手に入れたとしても、それを使いこなせることができなければ無意味だったと。自分の強みは相手を術にかけ、翻弄することであったはず。それなのに、いつの間にか純粋な腕力を以て敵を殺そうとしていた。優れた肉体など必要などなかった。ただ、あの方々に認められた魔術で最後まで戦うべきだったと。醜い怪物になってしまった男は、最後の最後で自分の敗因に気付いたのだった。
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