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第六章
水面下で
しおりを挟む騎士達の間にできる僅かな隙間をすり抜ける。
騒ぎを聞きつけ、加勢にやって来た騎士も行く手を阻もうとするが意味はない。それに形はなく、力は無意味だったからだ。
相対したこともない敵に百戦錬磨の騎士達が狼狽える。
剣も槍も鉄槌も戦斧も矢も捉えることができない。それが人間であったのならば、帝国の騎士達が戸惑うこともなかっただろう。魔獣であれば、知識を使って罠に、戦術に嵌めて戦っただろう。だが、それには全てが通じない。
「ガァア!?」
「クソっ——また一人やられたぞ!!」
「応援を呼べ!! 全員で囲んで」
「馬鹿野郎!! それは既にやった。魔術師だ、街に在住する魔術師を呼んで来い」
「狼狽えるな同胞達!! 落ち着くのだ。敵は単純な行動しかしない。よく見るのだ!! 敵は纏まっている者を優先して叩いている。これを利用するのだ!! 戦い方は魔獣を相手にするのと一緒だ。儂が指揮を執る。各員儂にしたが————ギャッァア!?」
「隊長ォオ!?」
瓦礫の上に立ち、指揮を飛ばそうとしていた老兵が突如として飲み込まれ、上空に持ち上げられたかと思えば、急降下して地面に叩き付けられる。
部下が直ぐに駆け付けるもそこにあったのは既に老兵だったもの。大量の水によって押し潰された姿だった。
「グッ——援軍は……援軍はまだ来ないのか!!」
そう叫んだ騎士の視線の先には巨大な水の塊があった。
プクリ、と水が膨らみ、数百の水の雨が降り注ぐ。それは矢が降り注ぐよりも恐ろしく、騎士達に死を齎す。
これまで薙ぎ払うか、突き刺すかなどの単調な攻撃しかしなかった水の塊が指揮者を狙う、広範囲に及ぶ攻撃を仕掛けるなどのパターンを変えてきたことで騎士達に動揺が走る。
まさか、思考があるのではないのか。
力で及ばない相手が魔獣ならば、罠にかけるなどの方法はいくらでもあった。倒せなくても被害を抑えることはできただろう、
だが、相手が思考を持ち、学習していくのならば話は別だ。
全滅する——。最悪な結果を思い浮かべた騎士の目の前には巨大な水の塊があった。
「はぁ、めんどくさ」
眼下に広がる死体の山を見下ろしてガンドライドは溜息をつく。次から次へと群がってくる騎士達を薙ぎ払うだけの作業。彼女にとっては水の鞭を一振りするだけでいい。それにスキルを使っている間は物理的攻撃は通じなくなる。相手の射程外の高さから矢を射るようなものだ。
一方的な蹂躙。騎士達にとっては最悪の極みだが、ガンドライドにとってはこれ以上ないくらい退屈な時間だっただろう。
「もうそろそろ言っていいかなぁ。敵も少なくなってきたし……」
見下ろせば、散り散りになりながらも味方を救助しようとしている者もいる。指揮者が出始めれば潰し、纏まった個所があれば薙ぎ払い、散開すれば雨の矢を降らせる。それを繰り返していくだけで、敵は減っていった。
今残っているのは偶然ガンドライドが取りこぼした者、運の良かった者達だけだ。
そんな彼らの中には恨めしそうに睨み付けてくる者はいるものの武器を手に取り、襲ってくる者はいない。
ガンドライドが攻勢に出ないから手を出さないのか、それとも絶望的な力の差に諦めたのか。どちらなのかは分からない。
「うぅん…………何か眠たくなってきたなぁ」
目を擦り——騎士達からすれば、水の触手が畝っているように見える——襲ってくる眠気と格闘する。
興味のない相手と詰まらない時間を過ごすほど退屈な時間はない。ガンドライドも本来ならば、仕事をほっぽり出してミーシャの所に駆け込む所だ。それをしないのはこの仕事がミーシャ自身から伝えられ、期待していると言われたからだろう。
「戻るのは合図があってから。だったわね」
出発する前に伝えられた撤退の合図。失敗の際は打ち上げ花火が、成功した際には建物ごと破壊されることになっている。
遠くに視線を向ければ皇帝がいる黄金亭が見える。あれが破壊されれば自分は姉の元へと駆け付けられる。
早く壊れろと念じてみるが、残念なことに時間は速くは成りもしないし、建物が破壊されることもなかった。
「——ん?」
気を落としそうになるのを耐えるガンドライドの耳に一つの爆発音が届く。
目を向けるとそこにあったのは炎の柱だ。ガンドライドもよく知っている保護者気取りの男が持っていた魔剣の力だ。
「そういえば、実力者がいるかもしれないからそいつらが来たら確実に殺しておけってお姉様が言ってたっけ」
未だに続く火柱と轟音。
先程までも騒がしかったが、それを上回る騒がしさ。剣と剣がぶつかり合い、生まれる衝撃波。これを人間が生み出しているなど只人は思わないだろう。
実力のある者は多く見積もって二人だ。あの暴れっぷりを見るとその内の一人はあちらに行っていると見ていいだろうと判断する。
「殺しておけって言われてるけど、そう言う奴は来ないなぁ。なら、もうちょっと近づいた方が良いのかな?」
今の所ガンドライドの所には手応えのある者は来ていない。
自身の敬愛する姉が実力者だと言うのであれば、一撃くらいは受け止めれる奴だろうと想像をしていたが、その一撃すら耐えられない——全員が腕を振るえば紙吹雪のように飛んでいく者達ばかりだ。
「お姉様、今は何をしてるかなぁ」
ここにはいないミーシャに思いを寄せる。最近は触れる時間すら取れなくなっていたが、全てが終わった後ならばいくらでも時間は作れるだろう。
この夜を超えれば、そう考えてガンドライドは実力者を炙り出すために、皇帝がいる黄金亭へと向かった。
騒ぎが大きくなっていく。騎士の声が、鎧同士がぶつかる音が、破壊音が、衝撃が——街中に響いていく。
住人達も城塞都市に住んでいる以上、覚悟はしていた。いつかは戦いが起こり、巻き込まれてしまうかもしれないと——。
だから準備を進めてきた。家の地下に、あるいは別の区画に避難場所を作ることで身を守る。それが非戦闘員である彼らにできる唯一の生き残る方法だ。
この日も、遂にこの時が来たかと動く者は多かった。
騎士達が直ぐに騒ぎを静める。そう考える者も少なくはなかった。だが、一向に消えることのない騒ぎや夜を照らす巨大な炎が不安を煽り、一人、また一人と身を守るために動き出す。
家の地下に避難室を設けている者の避難は速かったが、それ以外の者は違った。この街の殆どの住民は集合住宅での暮らしだ。そのため、街公認の避難場所へと行く必要があったのだ。
街に公認されている避難場所は様々だ。宿屋であったり、市役所であったりと守りやすく火が燃え移りにくい場所などが選ばれている。
そんな数ある内の一つである図書館で問題が起きていた。
「どう、なってるんだ」
「騎士様は? どこへ行かれたの!?」
「誰が一体こんなことを……」
安全な場所を求めてきた住民達が足を止め、炎に包まれた図書館の前で立ち尽くす。周りには騎士はおらず、彼らに更に不安を募らせる。
だが、彼らにだってこのまま立ち尽くしているだけではだめだと言うのは分かった。
目の前で炎に包まれる図書館。そして、後ろには街中に響き渡る衝撃音と破壊音。恐怖に煽られた住民の一人が叫ぶ。
逃げよう——と。
どこへ——と誰かが返した。
他の避難場所へ行けばいい——と違う住民が提案した。
そうして一団は動き出す。身を縮め、戦火がこちらに降りかからないことを祈りながら、早足で街中を移動する。数十名、あるいは百名近くになる集団が息を潜めても目立つことは避けられない。しかし、幸か不幸か彼らは誰にも遭遇せずに次の避難場所まで辿り着く。
これで安全だ。そう思った彼らが目にしたのは炎に包まれた館だ。その前には同じように立ち尽くす、避難してきたであろう住民の姿があった。
話を聞けば彼らも避難場所が焼かれており、ここへ流れてきた者達だと住民は理解する。
避難するべき場所がない。その事実に不安が大きくなる住民達。
他の場所に行こう。でも、他の場所ももう駄目なんじゃないか。不穏な空気と声が広がっていく。
そんな中、幼い少女の声が場を響いた。
——街の外へ行こう。もう中は安全じゃない。このままじゃあいつか私達も巻き込まれてしまう。
背丈が小さく、声の主がどこにいるのか把握できた者はいなかった。だが、先行きの見えない不安が彼らの背を押した。
北門から外に行こう。あそこは今は静かだから安全だろう。南も東の門も火の手が上がっている。だから、遠い所に行った方が良い。そう結論付けて住民達は納得し、脚を動かし始める。
かくして住民達は外へと足を向け始める。そんな彼らの中には一人だけフードを深く被った少女がいた。
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