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第七章
暗闇の中で
しおりを挟む初めに視界に映ったのは黒。目を凝らしても輪郭すら見えない程の完全な黒。そこでようやくシグルドは自分が仰向けで寝ていることに気付く。
「(――ッゥ。頭が痛い。何だ? 気絶していたのか?)」
長く寝ていたためか体は固く、頭が寝起きのように重い。
二日酔い?鈍痛?いいや違う。最後の記憶を引き出しながらシグルドは僅かにある灯りで、何とか景色を掴もうと辺りを見渡す。
シグルドの目に映ったのは岩、岩、そして岩だ。辺り一面がゴツゴツとした岩で覆われており、洞窟のように暗く青い炎が所々に存在する。この炎が無ければ、景色など分からなかっただろう。
「幽鬼、じゃないな」
松明のように辺りを照らす青い炎に近づき、目を凝らす。
炎の熱を感じさせず、周りを照らすためだけに存在するような炎。ただの炎ではないことはその時点で明白だった。
「ここは……何処だ?」
どのような原理で燃えているか分からない青い炎は置いておき、シグルドは記憶を掘り出す。覚えている最後の記憶は後ろから迫って来た蛇に飲み込まれそうになった所までだ。ならばここは蛇の腹の中なのか。しかし、岩の形状は自然界にあるようなもので人の手が加えられた形はしていない。
「目を、覚まされましたか」
「――レティー。無事だったか」
辺りを見渡すシグルドに声を掛けたのはレティーだ。顔にはいつもの無表情を張り付け、暗殺用の動きやすい衣服に身を包んだ彼女の片手には青い炎が灯った松明が握られている。
「? どうした片腕怪我しているのか?」
「……いえ、大丈夫です。お気になさらず」
「分かった。なら、あれからどうなったか――いや、それよりもミーシャ達は?」
「殿下とガンドライド殿なら大丈夫です。御二人共ここに来る前に気を失ってしまいましたが、命に別状はありません」
「そうか。良かった」
「…………」
全員が無事であると分かり、シグルドは胸を撫で下ろす。その様子を見てレティーは視線を落とした後、松明を掲げて先導する。
「こちらに――御二人の元にご案内します」
「あぁ、頼む。できれば現状の説明もしてくれると有難い」
「はい。と言っても私もつい先ほど目を覚ましたばかりですので分かっていることは少ないのですが、それで宜しければ御二人の元で」
「それで構わないよ。頼む」
青い炎の横を通り過ぎ、周辺で一番大きな岩の元へと二人は歩いていく。岩陰に入るとミーシャとガンドライドが離れて寝込んでいた。
シグルドが手頃な岩に腰を掛けるのを見て、レティーは口を開く。
「では、まずはここが何処なのか――ですが、私にも分かりません。皆様を探すために周囲を駆け回りましたが、同じような景色が続くばかりで手掛かりとなるものはあまり――」
「そうか……確かめておきたいことがあるんだが、最後の記憶はどうなっている? 俺は城壁を出る直前で終わっているんだ」
「そうですね。私も殆ど同じですが……しかし」
「どうしたんだ?」
歯切れが悪くなったレティーにシグルドが尋ねる。その様子から何か有り得ないものを見たかのようだった。
「いえ、何というか。あの時、私達はあの巨大な蛇に飲み込まれたと思ったのですが、その瞬間、レイ殿の持つ魔剣が」
「? こいつがどうかしたのか?」
背中に変わらずある魔剣を前に差し出す。炎の灯りに照らされ、輝かせる魔剣はいつもと変わらない。
「…………そうですね。不確かなことを話すのは好きではないのですが。この状況では仕方がないでしょう。あの時、飲み込まれそうになった瞬間なのですが、蛇に飲み込まれるよりも早くその魔剣に飲み込まれたように見えたのです」
「魔剣に飲み込まれる?」
「はい」
レティーが頷くのを見てシグルドは腕の中にある魔剣に視線を落とす。
声が聞こえることはあった。力を初めて解放した時とディギルにいた時だ。そして、レティーの話が本当ならば、今回は危機に陥ったシグルド達を守ったということになる。
「私も朧気であるため、自信はないのですが……」
「いや、多分そうだと思う」
「それは、何故でしょうか?」
「だって、ここに俺達以外の人間はいないんだろ?」
記憶が定かではないことを付け加えるレティーだが、それは間違っていないとシグルドはレティーの言葉を肯定する。
「コイツには何度か声を掛けて貰ったことがある。だから明確な意思がある。と思う」
「曖昧ですね」
「まぁな。俺も頻繁に声を掛けられる訳じゃないからな。それに、こっちの声は無視すると来た」
「…………」
「それでも声が聞こえて助かったこともある。ディギルでミーシャの所に駆け付けられたりな。だから、今回も助けてくれたんだよ」
「そのような魔剣があるとは聞いたことがないのですが」
「俺もだよ。でも、意思を持つ武器何て目にすることそうそうないだろ?」
「……確かに、そうですね。その魔剣に助けられたということは事実ですし」
謎が多く、未だに詳しく解析されることがない意思を持つ武器。正体不明のものを近くに置くのに抵抗があるが、それで命を救われたことも事実。何より魔剣は今ある武装の中でも飛び切り強力なものだ。
これからどんなものが出て来るかも分からないのに武器を捨てる選択肢などは取ることはできない。
「…………」
「…………」
「……レイ殿」
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、私が話せることはこれ以上は……」
「あ、あぁ。そうか。すまない。それじゃあ、まずは生き残るために周辺の捜索でもするか!!」
じっと見つめてくるシグルドに耐え切れず、レティーが情報はこれ以上ないことを告げる。一瞬気まずさが場を支配し、それから逃げるようにシグルドは提案する。
「はい。異論はありません。しかし、二人共ここを離れるというのは」
「分かってるさ。だから、俺が行って来るよ。そんなに離れるつもりはないが、ついでに俺も周囲を調べてみる。何かあった時は——そうだな。酒場で魔術を使ってたよな? 他に何ができる?」
「人形で店主に成り代わっていたことですか? あの人形は魔術道具の一種です。魔力を通せば誰でも使える代物なので、私が魔術を使える訳ではありません」
「でも、それって魔力操作はできるってことだよな?」
「なら、大丈夫だ」
何が大丈夫なのか首を傾げるレティーを余所にシグルドは立ち上がり、意識のないミーシャに歩み寄る。そして――
「えっと、確かここら辺に」
「な――!!?」
その唐突な行動にレティーが目を見開き、言葉を失う。
何と、シグルドは寝ている少女の体をまさぐり始めたのである。
「何をしているのですか貴方は—————!!!!」
その行動には流石のレティーも冷静ではいられなかった。珍しく声を荒げ、意識のない少女の体中をまさぐるシグルドの脳天に掌よりも大きな石を叩き落す。
「ガッ――――」
「本当にッ!! 何をッ!! しているのですかッ!!」
「おぼぉ!? ちょ、ちょっと――ちょっと待って本当に!? 脳天に滅茶苦茶尖った部分を叩き付けないでくれ!! 痛い、マジでこれは痛い!?」
「痛いで済んで良かったと思って下さい!! 何をするかと思えば、殿下の体をまさぐる!? まさか、貴方が殿下に味方をするのはそういうことですか。そういうことなんですね!! これまで雰囲気は戦士らしくないのに腕が立って少しは信頼できると思っていたのに見損ないました!!」
「待って、俺そんなこと思われてたの!? というか、俺は少女欲情したりしない!! ルーン石を使わせて貰おうと思っただけだ!!」
「どの口が言いますか!!」
後ろに火山でもあるかの如く怒りが目に見えるレティーに抗議するが、猶予はなかった。
鋭利な石を持ち、怒り心頭のレティーに意識のない少女の体をまさぐった変態シグルド。二人の鬼ごっこは暫く続くのだった。
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