英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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魔人決戦編

第28話

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 拳が迫る。
 速すぎる拳は空気を唸らせ、渦を巻き、ただの拳が――ただの拳でもデレディオスの拳ならば十分脅威なのだが――大地を割る一撃と化す。
 躱した拳が地面に触れた瞬間、地面が割れ、建物は崩れ、災害が起こったかのような現象を引き起こす。
 後ろでアルバ様の悲鳴が聞こえる。
 気を取られた瞬間には、拳が俄然に迫っていた。
 首を捻って拳を躱す。衝撃波だけで首が取れそうになる。

「フハハハハ! 余所見をするとは余裕だな。強者との戦いは一瞬の隙が命取りだぞ!?」

「妖精剣術『無窮六連』!!」

「なんと!?」

 振り上げられた六つの拳に細剣レイピアを叩き込み、弾く。
 デレディオスは驚いた声を上げ、上半身を仰け反らせた。

「妖精剣術『無窮一刺・破城』」

 その隙に私は大きく踏み込み、細剣をがら空きの胸に叩き込む。
 デレディオスは大きく吹き飛び、今にも崩れそうな家屋の中へと突っ込んだ。
 衝撃で家屋が崩れていく。

「す、すごい」

「倒しちゃった……」

「馬鹿なことを言うな。只人」

 あれでデレディオスが倒れたと思っている只人の男女に悪態を付く。
 一瞬でも私が圧倒しているように見えたのだろうか。だとしたら、目を洗い流した方が良い。
 こんなのはまだ序の口だ。
 証拠にデレディオスは使

「ッ――」

 右腕を抑える。
 デレディオスを細剣で突いた時、山での殴ったかのような衝撃が私の腕に圧し掛かって来た。
 そのせいでズキズキとした鈍い痛みが右腕にはある。再生能力も致命傷にしか効果がないため、直ぐには治らない。

「いやはや、見事見事。この我を吹き飛ばせるようになるとは、あのお転婆娘が成長したものだな」

「…………」

「どうしたリボルヴィア? 戦いの最中にお喋りするのは嫌いだったか?」

「今の私が気さくにお喋りに興じられると思っているの?」

「ふぅむ、勿体ないものだ。どうせならばこの状況も楽しめば良いものを」

 楽しめるか。
 そう胸の中で愚痴を吐く。

「楽しむだと? 貴様、俺の国を、いや、俺の国だけじゃない。世界を滅ぼしかけておきながら、楽しむと言ったのか!?」

「ん? 悪いか?」

「このっ――」

 悪びれた様子もないデレディオスに只人族の男が怒りで顔を真っ赤にする。

「悪党が、悪の化身が!! 多くの人を不幸にし、多くの命を奪っておきながら殺戮を楽しむか!! 貴様らなど人ではない。人に似ただけの怪物だ!! 後世の歴史家に貴様らがどれだけの悪行を成したのかを語り継がせてやるッ。覚悟しろ。貴様らの身勝手さの報いを貴様らの子々孫々に受けさせてやる!!」

「はぁ、何というか。只人族は本当に意味の無いことをするな」

 男の叫びにデレディオスが溜息をする。
 確かにそうだな。意味の無いことだ。子々孫々に報いを受けさせると言っているが、デレディオスの罪に子孫たちには関係ない。デレディオスの罪はデレディオス個人だけのものだから。
 被害者は納得しないだろうが、報復は加害者にしか許されない。加害者が死ねばそこで終わりだ。
 転生でもされない限り、前世の罪が受け継がれることはない。

「それに未来の奴等が我のことをどう語り継いだ所で気にもせん。机に嚙り付き、言い伝えだけ耳にして偉人を知った気になる馬鹿者共の評価など知ったことではないわ。どんなに悪人に仕立てられようと、我には我の正義があるからな」

 正義?
 デレディオスに似合わない言葉に眉を顰めた。

「正義、ね。国を襲って、滅ぼすことがあなたの正義なのか? 私には人を殺すなと言っていたのに……これまで何人殺したんだ?」

「何だリボルヴィア。善悪を気にするようになったのか?」

「あなたが珍しく正義があると口にしたから、私も口にしただけだ」

「珍しく、か。そうでもないぞ。我は何時だって正義について考えておるぞ?」

 デレディオスがゴキリと首を鳴らして距離を詰めて来る。

「さて、話を続けるのも良いが、戦いも続けようではないか。お主の腕が元に戻る前に決着を付けさせて貰おう」

「…………」

 私の腕の負傷に気付いていたのか。

「リア、私たちもッ」

「お下がりくださいアルバ様、来てはいけません!!」

「一瞬の隙が命取りだと言ったはずだぞ?」

 アルバ様の方に視線を向けた瞬間、デレディオスが私に接近する。再び、視線を向けた時には拳は俄然に迫っていた。

「――ッ」

 間一髪で拳を避け、死角から細剣を突き出し、反撃する。

「調子を上げていくぞ」

「!?」

 デレディオスは突き出した細剣を払い、

「戦人流『鉄砕』!!」

「妖精剣術『旋風の舞』!!」

 六つの拳が襲って来る。
 一発一発が私の闘人鎧では防げない威力だ。
 それらを身を捻って躱し、空いた隙間をすり抜ける様にしてデレディオスの首を狙う。

「戦人流『断斬』」

「はぁ!?」

 だが、デレディオスも簡単にやられる男ではない。
 僅かに身を逸らして躱し、私が空中で身動きできない状態でいる間に、お返しとばかりにを放って私の首を切り飛ばそうとする。
 手刀で斬撃、しかも蒼級の奥義を放つ何てどんな修行をすればできるんだ。この技、あのサクスムが最高の武具を身に纏ってようやく出せる技だぞッ!?
 剣を地面に突き刺し、自分自身を引き寄せて、デレディオスから距離を取る。

「ほほう、中々やるな。では、なんちゃって戦人流『ちゃぶ台返し』!!」

 真面に戦える私を見て笑顔を浮かべたデレディオスが地面に手を突き刺し、机をひっくり返すように腕を勢いよく振り上げる。
 その結果を見て、私は口端が引き攣るのを感じた。

「ふざけてるな。本当にッ」

 
 いや、私だけじゃない。ここには――。

「キャアアア!?」

「クソッ、一体なんだこれは!!?」

「全員逃げろ!!」

 視界の隅にアルバ様が映る。
 考えている暇などなかった。
 強く地面を蹴り、これまで以上の速度で走る。

「オフィキウム、走れ!! 私が連れて行く!!」

 勇者一行の中で唯一この状況から脱出できる男の名前を叫び、アルバ様と只人族二人の手を取る。
 流石に重いが、やるしかない。

「妖精走法『無窮一閃』ッ」

 アルバ様を背中に、只人族の腕を掴み、走る。
 真っ赤な足跡を残し、安全圏まで一気に駆け抜ける。

「ここまで来ればッ」

「待て、リボルヴィア。上を見ろ!!」

 土と石の津波の届かない場所まで来て、一安心した所でオフィキウムが叫ぶ。
 指を指した方向を見れば、また目を見開くことになった。
 デレディオスが

「ガハハハハ!! 続けていくぞォ! そぉれ、なんちゃって戦人流『城落とし』じゃあ!!」

「俺の家をよくもッ!!」

「死にたくなければそこをどけ只人族、妖精剣術『無窮多連砕』!!」

 アルバ様を降ろし、飛び上がる。
 相手を貫く時に打つ鋭い突きではなく、わざと無駄な破壊を残すような荒い突きで落ちて来た城を破壊していく。

「これも対処するか。本当に強くなったのだなぁリボルヴィアよ」

「ッ――」

 私が強くなったのを見て喜ぶデレディオス。思わず、歯を軋ませた。
 空中で瓦礫を蹴り、拳と細剣で打ち合う。

「デレディオス、あなたは自分に正義があると言った。それは一体どんなものなんだ?」

「何だ。戦いの最中にそんなことを聞くのか?」

「あなたのことが分からないから聞いているんだ。私はあなたの弟子で、強くなったのを誇らしく思っていてくれている。大切にだってしてくれた。だけど、あなたは私の本当の想いを知っていながら、故郷を翼竜に襲わせた。そればかりか、今は本当に殺そうとしている。何でそんなことができるッ!?」

 普通は自分が少しでも思い入れのあるものがあれば、傷つけることだって躊躇うはずだ。なのに、デレディオスにはそれがない。
 実は嫌われていた、恨まれていたと言われたら納得はしたのに、デレディオスは私に負の感情を向けたことは一度もない。だから、混乱する。

「オフィキウムもあなたの弟子だ。海人族の国は魔人族に支配されて、国まで作り変えられていた。住民の半分は逃げる時に殺されていた。弟子の国が亡国の目にあったんだ。何も思わなかったのか?」

「そうだな。あの時は、オフィキウムがいればもっと良い戦いになったと思っていた」

「そういうことじゃないんだよッ」

 着地した瞬間に距離を詰め、急所を狙い穿つ。

「お主の言いたいことは分かる。我に悲しみや痛みを感じて欲しかったのだろう? だが、それは無理な話だ。我と貴様では価値観が違い過ぎる。我は闘人族。戦場で死ぬことこそを喜びとする者だ。そんな人間が親しき者が、その家族が戦場で死んで悲しむと思うか? 悲しむことはなどしない。それは戦った者への侮辱だからな」

「戦士ではない人もいた!」

「否! 人は誰でも戦士だ。誰しも必ず戦うことはある。彼等が戦うべき時はあの時であり、そして敗れた。ただそれだけの話だ」

「戦いで生み出された死体の数を見たことがあるのか。屍の山を積み上げて何も思わないのか!!」



「な――」

 屍の山ができるのを嘆くことではないと口にしたデレディオスに私は体が硬直する。それを見逃さずにデレディオスは拳を放って来た。
 後方に全力で跳んで回避する。

「これから先、他種族が滅ぼされても魔人族はこの肥沃の大地で繁栄できる。そうすれば、未来では数万、数億、数兆という魔人族が産まれ、暮らしていくだろう。そう考えれば嘆くことはないだろう? 何より、魔人族は只人と同じ寿命でありながら、肉体の造りも屈強だ。良い戦士も増えれば争いも苛烈になる。戦いの中で生き、死ねる良き人生を送れる時代になるだろうな」

「――――」

 価値観が違う。
 私だって屍の山を築くのに抵抗はない。だけど、そこに大切なものがいれば話は違って来る。
 もう私が大切にするものは母様だけじゃない。
 旅先で出会った友達も私の大切な人、安らぎを与えてくれる故郷も大切だ。
 だけど、デレディオスは違う。
 彼は自分の手でそれらを壊しても、むしろよく死んだと称える人間だ。
 理解した。
 これは絶対に分かり合えない。

「――デレディオス」

「何だ?」

「私はあなたを殺すよ」

 この人を生かしていたら、私の大切なものまで壊される。
 そして、喜び、称えるだろう。よく死んだと。混じりっ気なしの善意で。それが本当に良いことだと思って。

「嘘ではないな。目付きが鋭くなった。お主もここからが本番か」

 私は力を制限していた。
 何故なら、デレディオスも私の大切なものの一つだから。
 でも、もう他の大切なものを壊そうとするのならば、それは許せない。
 だから、殺すことを決めた。
 短く息を吐き、細剣を構え、地を蹴った。

「――!!?」

 デレディオスの腕が飛ぶ。
 自分の腕が飛んだのを見て、デレディオスは目を見開いていた。

「デレディオス、おふざけはもうなしにしよう。私はもう心の何処かにあった甘えを消した。ここから先は血みどろの殺し合いだぞ」

「なるほど、では――我も全力を出すとしよう」
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