英雄伝承~森人の章1~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になっていました

大田シンヤ

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放浪編

第44話

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「本当に良かったのか? 我はお主らの時間を邪魔するほど無粋ではないぞ?」

「私たちがあそこにいたら、生活が苦しくなるかもしれないだろ。村から嫌われているらしいんだ。それに私は早くアルバ様の所へ行かなきゃならないんだ。だから、これで良い」

 フェリクスが住む家から暫く歩いた距離にある森の中を進む。
 向かう先は、巨人の背骨を越えた先にある国――マーロン王国だ。

「ふぅむ……お主がそれで良いのならば我は何も言わんが」

「なら、良いだろう。それよりも重要なのは本当にあの噂が本当なのかだ」

 過ぎたことをいつまでも引き出されたくないため、サッサと話を変える。
 内容は一つ前の街で手に入れた情報について、だ。

「勇者か。噂ではお主の主らしき者が共に行動しているらしいな」

「あぁ、白い髪の森人族何てアルバ様以外にいるはずがない」

「そう言えば、森人族や獣人族の長の色は代々白とされていたな」

「そうだ。そう言えば闘人族の長は違うのか?」

「我らはそのようなことはせんなぁ。血脈で決まるということもないし、しいて言うなら里の中で最強の者が長になるとうのが決まりだった」

「うわぁ、野蛮。獣人族でも血脈で決まるのに」

「怒ったらすぐに剣を抜くお主に野蛮と言われるか。これは帰郷した時には気を付けよと言わねばならんなぁ」

「…………」

 ゲラゲラと笑い声を上げるデレディオス。
 こいつ、話の内容を聞いていたのか。
 思い当たる節があった私は黙り込む。
 そんな時だった。
 耳を劈くような獣の叫び声が大気を震わした。

「――デレディオス」

「うむ、分かっておる。翼竜だ」

 剣の柄に手を添えて周囲に視覚と聴覚を研ぎ澄ませる。
 翼竜。竜種に該当する怪物。
 爪はどんな剣よりも鋭く、鱗はどんな鎧よりも頑丈。人語を理解し、喋ることすら可能だが、ありとあらゆる種族を見下しているため、同胞以外とは喋ることが全くないと言われている。

「た、たすけてけろぉ~~ッ」

 神経を尖らせ、鋭くなった聴覚が一人の男の助けの声を聞きとる。
 その距離はどんどんと近くなって来ているのが分かった。
 暫くして、目の前に小汚い男が転がり込んでくる。その男は私たちに気付くと目を輝かせた。

「おっぉお、オラは運が良いだぁ。まさか、こんな場所で逞しい戦士様と麗しい剣士様に出会えるなんてぇ。お願いだぁ、善良なオラを助けてけろぉ」

 鼻水と涙を撒き散らしながら擦り寄って来る男。抱き着こうとしてくるので躱す。
 うん、汚い。あまり近づきたくない男だ。それにしても、何でこの男は一人で森に入っていたんだ?
 見た所、強そうには見えない。自分を憐れに思わせることには長けているようだが。
 最近ようやく目利きが真面になって来たからこそ分かる。この男は私たちを騙そうとしている。

「誰? 何をしている?」

「オ、オラはこの先の村に住んでる木こりだべぇ。そんなことよりオラを助けてけろぉ麗しの剣士様。オラは今おっかない怪物に追いかけられてるんだぁ!!」

「ふぅん、どう思う?」

 纏わりつこうとする男から距離を取り、デレディオスに振り返る。

「お主こそどう思うのだ? お主の見解を聞いて見たいのぉ」

 まるで私が見抜いたことの答え合わせをするかのようにデレディオスは問いを投げ返してくる。
 良いだろう。私の目利きも真面になったと教えてやる。

「怪物って言うのは翼竜だろう。そして、それにこの男が追いかけられているのは本当のこと。でも、何故追いかけられているのか分からないからそれについて考えてみた」

「うむ、続けよ」

「な、何しているだぁ!? 早く助けておくんなせぇ!!」

 男を無視して私たちは続ける。

「この男の手、胸元には泥が付着している。靴の底にも。若干濡れていることから、水場を通ったことが考えられる。だけど、ここ最近は雨何て降っていない。考えられるのは、気温の低い場所、水が簡単に蒸発されない場所をこの男が通ったということ。そして、翼竜はこの時期、雨風を凌げる場所で産卵をしている時期だ」

 竜の怒りの声が大気を震わせる。

「幾つかの街で見て来たけど、竜の卵にはかなりの高値が付けられている。そこから考えられるのは、この男が巣から卵を盗んだから翼竜に追いかけられているということだ」

「オラは善良で無力な人間だぁ。そんな恐ろしいことできる訳ねぇだよっ」

「せっかく独り占めできるものを山分けしたくないんだろ。でも、別に私たちお金が欲しいって訳じゃない。問題なのは、あなたが私たちを囮にしようとしていること」

「待て待て、お主の言い分は少し強引だ。此奴が巣から卵を盗んだと言っておるが、その証拠は何処にあるのだ? 此奴は翼竜の卵を持っておらんぞ?」

「その通りだぁ! 勘弁してくだせぇ剣士様!」

 急にデレディオスが男の弁護に回り出す。
 だが、その表情はニヤニヤとしている。この男、揶揄って楽しんでいるのか?いや、私が本当に気付いているのか試しているのか。

「ふん、確かにそうかもな。竜の卵は大の男が一つ運べるのが精々だって聞いたことがあるしな」

「そ、そうだろう?」

「でも、それは地竜だけの話だ。翼竜は空を飛ぶため、特に雌は重量を増やさないように卵の数は少なく、小さくなっている。それこそ懐にでも持ち運べるぐらいに」

「ほぇ?」

 間抜けな表情を晒す男を蹴り倒す。いきなり地面に転がされた男の衣服の下から三つの掌の大きさの卵が転がり落ちて来た。
 ニヤリと笑みを浮かべてデレディオスに振り返る。

「なるほど。確かに此奴は竜の巣から卵を盗んだのかもしれんなぁ。だが、肝心な部分の照明が出来ておらん。我らを囮にしようとしているという根拠は何だ?」

「この男の態度が証拠そのもの。翼竜には気の毒だけど、巣から卵を盗むことは犯罪じゃないから、誰も咎めないし、気にする必要もない。だけど、こいつは焦っている。それも私たちが分析するごとに大きくなっている。これは後ろめたいことを隠しているって証拠だよ」

「それだけでは足りんな。もう少しないのか?」

「……大体目を見れば分かる」

「ハハハ! それもお主の主観だろう。他には?」

「…………」

 デレディオスの問いを投げられ、少し黙り込む。
 竜の怒りの声はもうすぐそこまで来ていた。急がなければ。急いで思考を回すが、デレディオスが時間切れと判断する方が早かった。

「お主の目利きもマシになったが、まだまだよの。此奴の衣服を見よ。妙に濡れていると思わんか?」

「? これは汗じゃないのか?」

「夏場ならば兎も角この時期にこれほどの汗はかかんさ」

「こ、こいつは水場で転んだんだぁ。おかしなもんじゃねぇだよぉっ」

「って言っているけど? その可能性もあるんじゃないか?」

 仕返しとばかりに今度は私が男を擁護してみせる。
 やれやれとばかりにデレディオスが肩を竦めた。苛つくなその仕草。滅茶苦茶あっていないぞ。

「よく見てみよ。衣服に粘液のようなものが付いているだろう。それに水に濡れただけにしては異臭が酷い。恐らくは卵を割ってしまったのだろうよ。竜が正確に此奴を追ってこられているのもそれが原因。では、ここで此奴との出会いを思い出せ。出会って此奴は何をしようとしていた?」

「抱き着こうとしているな。そうか。それで粘液を私たちに擦りつけて囮にしようとしていたのか」

「此奴の悪意を見抜いたのは良い。悪意に幼い頃から触れ続けていたからだろうな。しかし、見抜いたからと言って相手の策を見抜けなければ、周囲に勘違いされてしまうから気を付けておけよ」

「……むぅ」

「あぅ、あの……オラはそんなことするつもりねぇだよ!!」

「あぁよいよい。お主をどうこうするつもりはないから安心せい」

 デレディオスが男を宥める。
 その通りだ。男は私たちを騙そうとしていた。だけど、別にそれに怒りを覚える必要はない。
 なんせ、男がいなくともやることは同じだったからだ。

「さて、目利きの勉強は終わりだリボルヴィアよ」

 大きな影が私たちを覆いつくす。
 上を見上げれば、大きな翼を広げ、こちらを睨みつける翼竜の姿があった。

「階級で言えば茈級しきゅう。しかし、怪物の階級と人間の階級は同等ではない。確実性を求めるならば、同じ階級の怪物を殺すためには、同じ階級の人間が二人は必要だと考えられている」

「ひ、ひぃぃっ」

 真っ向から翼竜と睨み合う。
 大陸を歩き回り、様々な街を巡って気付いたことは、どの国や地域でも強さに関しては同じ階級が使われているということ。

 緋級ひきゅう蒼級そうきゅう茈級しきゅう翠級すいきゅう橙級とうきゅう黒級こくきゅう、色なし。

 この階級は人間にも、怪物にも当て嵌められていた。
 しかし、人間と怪物とではその強さは同じ階級でも違う。
 怪物に関しては、怪物専用の階級が必要なんじゃないか。初めて知った時にはそんなことを思ったものだ。
 と、今はそんなことを考えている暇ではなかった。

「デレディオスなら簡単に倒せるんじゃないのか?」

「無論だ。しかし、それではお主の修業にならん」

 なるほど。次の展開が読めた。
 豪快な笑みをデレディオスが浮かべる。

「一人で竜を殺して見せよ」

「フ――了解!」

 竜殺し。良いじゃないか。何て大層な響きだ。
 口端を吊り上げて、私は走り出す。
 木の幹を走り、空を舞う翼竜へと接近する。翼竜も牙と爪を剥き出しにして襲い掛かって来た。
 噛み砕こうとしてくる牙を身を捻って躱し、体を駆け上る。

 翼竜の鱗は私の腕力で斬れるほど柔らかくはない。突き技でも貫けるかどうか怪しいものだ。
 だからこそ、他の部分を狙う。

「まずはその厄介な機動力を奪わせて貰う」

 胴体から飛び、片翼を斬りつける。
 翼竜の最も柔らかい部分であり、空を飛ぶのに重要な箇所が切り裂かれ、翼竜は真っ逆さまに落ちた。

「『無窮三射』!!」

 地面に叩き付けられた翼竜に追撃を入れる。が、その全てが弾かれた。
 硬い、恐ろしく硬い。
 鱗のない腹部分を狙ったのにそれでも弾かれた。

「チィッ何食べたらそんなに硬くなるんだよ!」

 突きで目を狙うが、瞼で弾かれる。
 もう片方の翼を斬っても、怯みはするだろうが、それだけだろう。
 決定打が無い。もっと、腕力があればと思ってしまうが、無いものを強請ってもしょうがない。
 翼竜が大きく口を開き、炎を吐き出す。

「戦人流『闘人鎧』」

 炎が私を包んだが、私には火傷一つない。
 二年間の修行でようやく手に入れた輝力による防御。輝力の淀みを限りなく無くし、
 戦人流の中で、唯一私が獲得できた技だ。技と言って良いのか少し曖昧だが……。
 自慢の炎が効かなかったことが不満なのか、翼竜の目が鋭くなる。

「様子見か? なら、こちらから行くぞ!」

 翼竜は翼を大きく広げた。
 腹を大きく見せ、大きく仰け反る。口からは先程以上の熱量が迸っている。
 翼を失っても戦意は失わず、炎が効かずとも怯えもない。全てを正面からねじ伏せるとでも言わんばかりの竜に相応しい姿がそこにはあった。

「決着をつけてやる――『無窮一刺』!!」

 同時に翼竜の口から炎が吐き出される。
 その炎の中を私は突き進んだ。
 外からいくら攻撃を仕掛けても翼竜には傷もつけられない。ならば、やるしかない。
 翼竜の口から中へと侵入。体内の中を文字通り突き進む。首から胃へ、胃袋を突き破り、肺を突き、骨を砕き、内臓を潰す。
 やたらめったら翼竜が暴れ回るのを中から感じる。
 そして、最後に心臓に剣を突き刺した所で翼竜の動きは完全に止まった。

「おえぇ……」

 口の中から戻ってきた時はもう私の精神は限界だった。
 戦いの疲労とかではなく、主に清潔面の心配で――。
 戻って来た私を見てデレディオスが手を指し伸ばしてくる。助けを求めてきた男の姿はいない。どうやら戦っている間に逃げたのだろう。

「良き戦いだったぞ。かなり成長したな。驚くべき速度だ。でも貰ったのかと驚いたぞ」

「そんなに驚いているように見えないけど……うげぇ、体の中で暴れ回る何てもう嫌。泥臭過ぎる。もっと華麗に戦いたい」

「それは無理だろう。生き死にがかかった戦いは泥臭いものだ。華麗に戦えるのは余程の実力がある時だけだぞ。まぁ、口の中に入るとは思っても見なかったが」

 デレディオスの手を取り、立ち上がると血と臓物の破片を払い落としていく。

「それじゃあどうやって倒すと思っていたの?」

「そうだな。一つ例として挙げるのなら、力が足りないのならば、相手の重さを利用すれば良かったな。空から突き刺した時に、その下に剣などを置いておけば、流石の翼竜の鱗でも貫けただろうよ」

「……そうか。その手があったか」

 デレディオスの言葉を聞き、思わず天を見上げる。
 その言葉、戦いの前に聞きたかった。いや、言う理由などなかったのだが。

「その表情、考えもしなかったようだな。戦いを焦っているようにも見えた。村が近くにあるのが気になったか?」

「何でもお見通しみたいだな」

「伊達に二年近く共に旅をしておらんよ」

 デレディオスの指摘通り、私は戦いを急いでいた。
 理由は当然、村が近くにあるから。しかし、心配しているのは村人ではなく、フェリクサである。
 今、彼女は幸せそうにしていた。
 運命の人と出会い、子供を授かり、笑顔だった。
 男が卵を盗んだのが全ての始まりだが、過ぎたことは仕方がない。あのまま男が村へと帰っていれば、必ず竜は村を滅ぼしただろう。
 そうなれば、フェリクサもただでは済まない。

 戦いの最中でも翼竜の意識が村へいかないか心配だった。
 私は闘人鎧で炎を防いだが、その後ろにあった森は焼け焦げている。これが村を襲ったら、フェリクサを襲ったらと思うとゾッとした。

「でも、これでもう心配はない」

「そうか」

「そろそろ行こう。あ、でも、湖とかがあるなら、まず体を清めてから行きたいな。良いよね。デレディオス?」

 進もうとする私とは対照的にデレディオスは足を止めたままだ。
 目を閉じ、腕も組んでいる。

「どうしたんだ?」

「何、お主は十分成長した。闘人鎧も会得した。ならば、もう我が旅に同行する理由もないと思っていてな」

「え?」

 突然のことに目が点になる。

「リボルヴィアよ。お主に茈級の称号を授ける。そして、お主の剣術に、妖精剣術と名を付けよう」

「本気か?」

「ククッ何だ。寂しいのか?」

「それは――」

 恥ずかしいが、正直に言うならば寂しい。
 旅には当然別れがある。それが分かっていても、私はデレディオスと別れるということを意識していなかった。
 師匠と呼びたくはなかった。私にとって教えを授けて来る者たちの殆どが禄でもない人ばかりだったから、嫌なことを関連させてしまうから呼びたくはなかった。
 でも、これまでの人物とデレディオスは違った。
 厳しいし、苛つくこともあった。だけど、ちゃんと私のことを考えて、戦いというものを教えてくれた。

 教え、導くことをする者を師以外で現すのであれば、それは――いや、よそう。これはただの押し付けになる。
 デレディオスは私を鍛え上げるために最善を尽くして来ただけ。そこに私の感情を勝手に持ち込むのはデレディオスにとって迷惑だろう。

「寂しそうな顔などするな。また、何処かで会える、先程あの森人にも言っておっただろうが」

「うん、そうだった」

 デレディオスが頭を撫でて来る。
 いつもは払いのけるか逃げようとしていたが、今回ばかりは受け入れた。

「ではな」

 別れの言葉は短かった。
 遠ざかっていく背中はそれほど悲しむことではないと、存外に言っているようにも見えた。

「ありがとうございました! !!」

 去っていく後姿に向けて頭を下げる。
 デレディオス。あなたのことは忘れない。嬉しかった思い出も、辛かった修行の出来事も。
 師の姿が消えるまで私は頭を下げ続けた。
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