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奴隷編
第47話
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ベリス大陸。
その隅にある街には、魔人族が住んでいる。
現代では魔人族は冥大陸に住んではいるが、はるか昔、彼等はベリス大陸に住んでいた。
それが変わったのは、約二千年前に起こったベリス砂塵大戦。
魔人族の一部が肥沃な大地を求めて戦争を起こしたことが原因だ。
質で勝る魔人族と数で勝る只人族。長い間戦いはベリス大陸の中央の砂漠地帯で続き、終わることが無いとも言われていた。
しかし、そこに闘人族が乱入。
今でも彼等が何故魔人族と只人族の戦いに参戦したのか判明されていない。
戦争の勝敗は闘人族の乱入によって乱れた戦線をどれだけ早く整えられるかになり、それができたのは只人族の方だった。
混乱が続いていた魔人族は戦いに破れ、敗走する。
只人族も、もう二度と魔人族が戦争を仕掛けてこないよう徹底的に魔人族を自分たちの住んでいる大陸から離れる様に仕向けて行った。
結果、魔人族はベリス大陸を追い出され、長い間放浪し続けることになる。
只人族は当時魔人族が住んでいた街――現在では廃都市と言われている――を占拠。しかし、厳しい環境は只人族には適さなかったため、ベリス大陸から只人族は撤退した。
そして、今ベリス大陸に残っているのは大陸を出た魔人族について行かなかった魔人族たちはベリス大陸の隅に一つの街を作った。
それが砂塵都市。
置いていかれた者たちが住む街。
その街に私はいた。
「コンテ! コンテ! コンテ!」
周囲の観客席には多くの魔人族の姿がある。
海人族の国で戦わされた決闘場のような場所で私は貧相な武装で戦っている。敵は巨大な大蠍だ。
剣は重く、足枷を嵌められ自慢の突きも足も使えない。
一撃でも受けたら死。そんな状況で一年間も戦っている。
大蠍の吐き出す毒を避け続け、壁際へと追い込まれる。
逃げ道がなくなるにつれて歓声は大きくなっていく。彼等の目的は人の死だ。
怪物に呆気なく殺される異種族。魔人族に一方的にやられる異種族を見て、自分たちこそが尊い存在だと思い込みたいようだ。
巨大な鋏と巨大な口が同時に迫る。
大蠍にとって私は久方ぶりの食事。痩せこけていようが、消化できない剣を持っていようが関係ないらしい。
大蠍が勢いを殺さず私に飛び掛かる。
観客席からは逃げ場を失った私が大蠍に丸呑みにされたように見えただろう。
そんなこと、あってたまるか。
グラリと大蠍の体が傾き、倒れる。何が起こったかも分からない観客たちは顔を真っ赤に染めた。
「チロタキエロサルチン。トィクルカクチヨッセキヲソィ!!」
「ウソセィチェウ!? オヤケヒカエタノモ。カへカケテ!」
「ヨウキシトィマリナオテ!!」
魔人族たちの罵声。
私は魔人語を勉強していない。だから、何を言っているのかは分からない。だが、表情を見る限り、罵倒しているのだろう。
骨がむき出しになった腕を抑えて決闘場の出入り口へと足を向ける。
私が大蠍にやったことは単純だ。
壁際に逃げて、追い込まれた振りをして誘い込み、頭から剣に突っ込ませたのだ。
私では大蠍の外郭を破壊できない。足が使えれば、加速して貫くこともできただろうが、今は重りを付けられている。これでは十分な速度は出せない。
だから、私は大蠍の重さと速さを利用した。
大蠍の凶暴性を上げるために食事を抜きにすることは読めていた。だから、逃げと防御に徹し、大蠍の食欲を最大限まで高め、焦らす。
後は壁際に誘い込んで、剣を壁で固定。高さは丁度頭の位置になる様に。そこに大蠍が突っ込んで来て自爆。それが今回の勝負の結果だ。
一年前の反省を活かした勝利だ。最も、こちらも腕が一本使い物にならなくなったが。
「オキ、ナヒルチセキヲ」
大蠍との戦いを終え、決闘場の出入り口に辿り着く。だが、柵が開かれることはなく、それどころか柵の隙間から槍を突き出して来た。
槍を突き出して来た魔人族の男の顔を見る。
異種族である私の不幸がとことん嬉しいと言った様子の男の表情を見て、まだ戦いは終わっていないのだと判断する。
魔人族の男が私の後ろを指差す。敵が来ていることを示しているのだろう。
くそったれめ。
心の中で毒を吐く。
こいつらは私を徹底的にいたぶるつもりらしい。
味方もいない。周囲は敵だらけ。戦いは武器を持っていなくとも、怪我をしていようとも無情に続けられる。
一年だ。一年間も同じことが繰り返されている。
思わず弱音になりかけるが、心を強く持つ。
ここで折れたら終わりだ。いずれだ。準備は着実にできている。だから、今は我慢の時だ。
気持ちを切り替える。
そして、戦いに備えようとして――目の前に巨大なヒュストリクスが迫っているのに気付いた。
「な――!?」
始まりの合図すらなく、放たれた怪物。
ヒュストリクスの毒針が全身を貫く。
戦いの終わりを告げる鐘と歓声が耳に届いた。
薄暗い檻の中で目を覚ます。
案の定、傷の手当はされてはいない。足に付いた枷は戦いのときにしか嵌められないのではずれているが、痛みが酷い。
鉄格子の向こう側では相も変わらず気味の悪い男が立っていた。
「休めたかな? 森人族の剣士よ」
「この状態の私を見て休めたかなんて聞くのか。お前の目は節穴かカルケル?」
この街で唯一私に共通語で話しかけて来る魔人族カルケル。しかし、それは決して友好的な意味ではない。
「クククッ。どうやら今回も無様に負けたらしいではないか。やはり、森人族に剣士の真似事は辛いのではないかな? 早々に魔術、いや輝術師になるべきでは? おっとこれは失礼、君は輝術が全く使えないんだったな」
「共通語が上手くなったな。それに私の言っていることを覚えている何て驚いた。魔人族にも戦う以外に使う脳味噌が残っていたんだな」
売り言葉に買い言葉。
腕が一本使えなくとも私は折れない。折れてはやらない。
「あぁ、そう言えばお前の場合は森人族である私に剣士として負けたんだったっけ。他とは違ってかなり手応えが無かったぞ。実力が劣る分、他よりも脳味噌が大きいのかな? 凄いな。褒めてやる」
カルケルの額に青筋が浮かび上がる。
それを見て少しばかり溜飲が下がった。
「調子に乗るなよ。奴隷の分際で、砂漠に放置してやっても良かったんだぞ?」
「ならやってみろ。私が消えたら困るのは誰だ? 私が戦って得られた賞金の一部は亜種巨人のルインに送られていることを知っているだろう?」
亜種巨人のルイン。
あの男に負けた後、私は砂塵都市に運ばれ、奴隷にされた。主は目の前のカルケル、ではなくルインだ。
この砂塵都市には何でもありの決闘場がある。海人族の決闘場が罪人を捌くための場所だったが、ここは娯楽を提供する為だけの場所。
娯楽施設のためか、只人族が大好きな通貨も勝利する方に賭けることで倍になって還って来るというシステムもあるようだ。
そのシステムを利用して奴隷となった私が戦い、得た賞金の一部は私をここに連れて来て奴隷としたルインに渡されている。
魔人族も通貨が好きなのか、等と最初は考えていたが、違うと気付いたのはここにきて暫く経った後。
お前の戦いで得た幾分かの稼ぎは全て戦争のために使われていると目の前のカルケルが酒に飲まれていた時にペラペラと喋ってくれた。
「チッ」
カルケルが舌を打つ。
私が消えたら困ると言うのは合っていたらしい。
どれぐらいの金がルインに渡っているのか、それは私も把握していない。だが、かなりの規模だとは思っている。
ハッキリ言って私が戦いに出るだけで観客の出入りが違うのだ。
理由は恐らく異種族だから。
これまでの旅で分かってきたことだが、自分の種族こそが至高だと考えている者は多い。そんな奴等にとって異種族が嬲られている様子や同胞が異種族と戦い、勝利する姿を見るのは嘸かし気持ちが良いのだろう。
まぁ、それについては分からなくもないけど。
カルケルとルインの間でどのような取引があったのかは分からない。だが、雰囲気を見る限り、私が戦いに勝っても負けてもカルケルは常に不機嫌だ。
基本的に勝たなければ通貨は手に入らないらしいが、私に関しては少しばかり仕組みが違うように思える。
「ふん、まぁ良い」
カルケルが気を取り直す。
相変わらず気持ちの悪い笑みだ。先程の不機嫌がすっかり消えている。
「嫌な笑み。今度は一体何をさせるつもり?」
「ククッ安心しろ。お前は何もしなくて良い。寝ているだけで良いぞ」
「どういうこと?」
これまでとは違い、何もしなくて良いと口にするカルケルを怪しむ。
事あるごとに戦え、怪物を殺せ等と肉体を酷使させてきたのに何のつもりなのか。
嫌な予感がする。そして、それは的中した。
「異種族がお前以外にも手に入ったんだよ。その内の一人は森人族だ」
「ッお前――!!」
ニチャリと粘つく笑みをカルケルが浮かべる。
怒りで睨み付けるが、視線だけでは蟻も殺せない。
「新しい商売も始めようと思ったんだよ。森人族は男でも見た目だけは良いからな。あぁ、大丈夫。さっきも言った通り、お前は何もしなくて良いんだ。こっちが勝手にするから」
「ふざけるなよッ」
「ふざけてなんていないさ。さて、お客様お待たせして申し訳ございません。どうぞ、お入りください」
商売用の笑みを顔に張り付け、カルケルは客人を招き入れる。
こんな場所で商売を始めるなど何をするつもりなのか。それよりも、森人族が捕まったのか。本当に?
ハッタリ?本当に捕まったのは一人なのか?
確認する必要がある。そんなことを考えていたが、思考はカルケルの横に立つお客様とやらを見て吹き飛んだ。
「ッ――お前、その姿」
小さく悲鳴を上げて後退る。
カルケルの横に立つ男、男なのだろう。恐らく。魔人族でもあるはずだ。しかし、その男は人の形をしているとは言えなかった。
頭は髪の毛が抜け落ち、顔は皺くちゃ、歯は何本も欠けており、残っているのは数本しかない。そして、極めつけは体中の至る所が腫瘍で膨れ上がっていることだ。
「病気持ちか!?」
「お客様、どうでしょう。美しいでしょう。この森人族ならば、お客様の希望を満たせるやもしれませんぞ」
「ギュフッギュフッわ、分かってておおるぅ。こ、こここれで足りるかかぁ?」
「はい、頂きました」
魔人語でのやり取り。その内容は分からない。しかし、嫌な予感は止まらない。
男がカルケルに袋一杯に詰まった金貨を手渡すと檻の中に入り、服を脱ぎ始めた。
「な、お前!?」
「かかかぁかわぃいいねぇっ。僕のペペペットちゃぁあああんッ!!」
「やめろぉおお!!」
ここまでされたら否が応でも理解できた。
圧し掛かってくる男を押しのけようとするが、片方の腕は折れ、足には重り。満足に動けず男に体を抑えつけられる。
残った片方の腕で抵抗しようとするが、男に捕まれ、躊躇なく折られた。
「アァアアアッ!!?」
「ゼハッゼハッゼハッ♡」
「クククッ」
カルケルが鉄格子の向こう側で嗤っている。この状況が溜まらなく可笑しいとでも言うように。
「やめ――」
声が引き攣る。
傷の痛みが増す。
苦痛から逃れようとするが、男は傷口に指を突っ込んで抉り始める。
喉が裂けそうな絶叫が口から飛び出た。
「ドヒュッももももぅいいよねぇ。じゅじゅ準備、できたよねぇ」
「~~~~ッ」
「準備ができたようです。では、私はこれで退散しますので。ごゆっくり」
カルケルが分厚い扉の奥へと消えていく。
静かに音を立てて扉が固く締められた。ここにはもう誰も入ってこない。
四肢が使い物にならないのが、我慢できなかった。
体を鍛えてもいない男に力で負けるのが悔しかった。
「ちくしょうっ」
小さく、呟かれた言葉は空気に溶けて消える。
――この日、私は花を散らした。
その隅にある街には、魔人族が住んでいる。
現代では魔人族は冥大陸に住んではいるが、はるか昔、彼等はベリス大陸に住んでいた。
それが変わったのは、約二千年前に起こったベリス砂塵大戦。
魔人族の一部が肥沃な大地を求めて戦争を起こしたことが原因だ。
質で勝る魔人族と数で勝る只人族。長い間戦いはベリス大陸の中央の砂漠地帯で続き、終わることが無いとも言われていた。
しかし、そこに闘人族が乱入。
今でも彼等が何故魔人族と只人族の戦いに参戦したのか判明されていない。
戦争の勝敗は闘人族の乱入によって乱れた戦線をどれだけ早く整えられるかになり、それができたのは只人族の方だった。
混乱が続いていた魔人族は戦いに破れ、敗走する。
只人族も、もう二度と魔人族が戦争を仕掛けてこないよう徹底的に魔人族を自分たちの住んでいる大陸から離れる様に仕向けて行った。
結果、魔人族はベリス大陸を追い出され、長い間放浪し続けることになる。
只人族は当時魔人族が住んでいた街――現在では廃都市と言われている――を占拠。しかし、厳しい環境は只人族には適さなかったため、ベリス大陸から只人族は撤退した。
そして、今ベリス大陸に残っているのは大陸を出た魔人族について行かなかった魔人族たちはベリス大陸の隅に一つの街を作った。
それが砂塵都市。
置いていかれた者たちが住む街。
その街に私はいた。
「コンテ! コンテ! コンテ!」
周囲の観客席には多くの魔人族の姿がある。
海人族の国で戦わされた決闘場のような場所で私は貧相な武装で戦っている。敵は巨大な大蠍だ。
剣は重く、足枷を嵌められ自慢の突きも足も使えない。
一撃でも受けたら死。そんな状況で一年間も戦っている。
大蠍の吐き出す毒を避け続け、壁際へと追い込まれる。
逃げ道がなくなるにつれて歓声は大きくなっていく。彼等の目的は人の死だ。
怪物に呆気なく殺される異種族。魔人族に一方的にやられる異種族を見て、自分たちこそが尊い存在だと思い込みたいようだ。
巨大な鋏と巨大な口が同時に迫る。
大蠍にとって私は久方ぶりの食事。痩せこけていようが、消化できない剣を持っていようが関係ないらしい。
大蠍が勢いを殺さず私に飛び掛かる。
観客席からは逃げ場を失った私が大蠍に丸呑みにされたように見えただろう。
そんなこと、あってたまるか。
グラリと大蠍の体が傾き、倒れる。何が起こったかも分からない観客たちは顔を真っ赤に染めた。
「チロタキエロサルチン。トィクルカクチヨッセキヲソィ!!」
「ウソセィチェウ!? オヤケヒカエタノモ。カへカケテ!」
「ヨウキシトィマリナオテ!!」
魔人族たちの罵声。
私は魔人語を勉強していない。だから、何を言っているのかは分からない。だが、表情を見る限り、罵倒しているのだろう。
骨がむき出しになった腕を抑えて決闘場の出入り口へと足を向ける。
私が大蠍にやったことは単純だ。
壁際に逃げて、追い込まれた振りをして誘い込み、頭から剣に突っ込ませたのだ。
私では大蠍の外郭を破壊できない。足が使えれば、加速して貫くこともできただろうが、今は重りを付けられている。これでは十分な速度は出せない。
だから、私は大蠍の重さと速さを利用した。
大蠍の凶暴性を上げるために食事を抜きにすることは読めていた。だから、逃げと防御に徹し、大蠍の食欲を最大限まで高め、焦らす。
後は壁際に誘い込んで、剣を壁で固定。高さは丁度頭の位置になる様に。そこに大蠍が突っ込んで来て自爆。それが今回の勝負の結果だ。
一年前の反省を活かした勝利だ。最も、こちらも腕が一本使い物にならなくなったが。
「オキ、ナヒルチセキヲ」
大蠍との戦いを終え、決闘場の出入り口に辿り着く。だが、柵が開かれることはなく、それどころか柵の隙間から槍を突き出して来た。
槍を突き出して来た魔人族の男の顔を見る。
異種族である私の不幸がとことん嬉しいと言った様子の男の表情を見て、まだ戦いは終わっていないのだと判断する。
魔人族の男が私の後ろを指差す。敵が来ていることを示しているのだろう。
くそったれめ。
心の中で毒を吐く。
こいつらは私を徹底的にいたぶるつもりらしい。
味方もいない。周囲は敵だらけ。戦いは武器を持っていなくとも、怪我をしていようとも無情に続けられる。
一年だ。一年間も同じことが繰り返されている。
思わず弱音になりかけるが、心を強く持つ。
ここで折れたら終わりだ。いずれだ。準備は着実にできている。だから、今は我慢の時だ。
気持ちを切り替える。
そして、戦いに備えようとして――目の前に巨大なヒュストリクスが迫っているのに気付いた。
「な――!?」
始まりの合図すらなく、放たれた怪物。
ヒュストリクスの毒針が全身を貫く。
戦いの終わりを告げる鐘と歓声が耳に届いた。
薄暗い檻の中で目を覚ます。
案の定、傷の手当はされてはいない。足に付いた枷は戦いのときにしか嵌められないのではずれているが、痛みが酷い。
鉄格子の向こう側では相も変わらず気味の悪い男が立っていた。
「休めたかな? 森人族の剣士よ」
「この状態の私を見て休めたかなんて聞くのか。お前の目は節穴かカルケル?」
この街で唯一私に共通語で話しかけて来る魔人族カルケル。しかし、それは決して友好的な意味ではない。
「クククッ。どうやら今回も無様に負けたらしいではないか。やはり、森人族に剣士の真似事は辛いのではないかな? 早々に魔術、いや輝術師になるべきでは? おっとこれは失礼、君は輝術が全く使えないんだったな」
「共通語が上手くなったな。それに私の言っていることを覚えている何て驚いた。魔人族にも戦う以外に使う脳味噌が残っていたんだな」
売り言葉に買い言葉。
腕が一本使えなくとも私は折れない。折れてはやらない。
「あぁ、そう言えばお前の場合は森人族である私に剣士として負けたんだったっけ。他とは違ってかなり手応えが無かったぞ。実力が劣る分、他よりも脳味噌が大きいのかな? 凄いな。褒めてやる」
カルケルの額に青筋が浮かび上がる。
それを見て少しばかり溜飲が下がった。
「調子に乗るなよ。奴隷の分際で、砂漠に放置してやっても良かったんだぞ?」
「ならやってみろ。私が消えたら困るのは誰だ? 私が戦って得られた賞金の一部は亜種巨人のルインに送られていることを知っているだろう?」
亜種巨人のルイン。
あの男に負けた後、私は砂塵都市に運ばれ、奴隷にされた。主は目の前のカルケル、ではなくルインだ。
この砂塵都市には何でもありの決闘場がある。海人族の決闘場が罪人を捌くための場所だったが、ここは娯楽を提供する為だけの場所。
娯楽施設のためか、只人族が大好きな通貨も勝利する方に賭けることで倍になって還って来るというシステムもあるようだ。
そのシステムを利用して奴隷となった私が戦い、得た賞金の一部は私をここに連れて来て奴隷としたルインに渡されている。
魔人族も通貨が好きなのか、等と最初は考えていたが、違うと気付いたのはここにきて暫く経った後。
お前の戦いで得た幾分かの稼ぎは全て戦争のために使われていると目の前のカルケルが酒に飲まれていた時にペラペラと喋ってくれた。
「チッ」
カルケルが舌を打つ。
私が消えたら困ると言うのは合っていたらしい。
どれぐらいの金がルインに渡っているのか、それは私も把握していない。だが、かなりの規模だとは思っている。
ハッキリ言って私が戦いに出るだけで観客の出入りが違うのだ。
理由は恐らく異種族だから。
これまでの旅で分かってきたことだが、自分の種族こそが至高だと考えている者は多い。そんな奴等にとって異種族が嬲られている様子や同胞が異種族と戦い、勝利する姿を見るのは嘸かし気持ちが良いのだろう。
まぁ、それについては分からなくもないけど。
カルケルとルインの間でどのような取引があったのかは分からない。だが、雰囲気を見る限り、私が戦いに勝っても負けてもカルケルは常に不機嫌だ。
基本的に勝たなければ通貨は手に入らないらしいが、私に関しては少しばかり仕組みが違うように思える。
「ふん、まぁ良い」
カルケルが気を取り直す。
相変わらず気持ちの悪い笑みだ。先程の不機嫌がすっかり消えている。
「嫌な笑み。今度は一体何をさせるつもり?」
「ククッ安心しろ。お前は何もしなくて良い。寝ているだけで良いぞ」
「どういうこと?」
これまでとは違い、何もしなくて良いと口にするカルケルを怪しむ。
事あるごとに戦え、怪物を殺せ等と肉体を酷使させてきたのに何のつもりなのか。
嫌な予感がする。そして、それは的中した。
「異種族がお前以外にも手に入ったんだよ。その内の一人は森人族だ」
「ッお前――!!」
ニチャリと粘つく笑みをカルケルが浮かべる。
怒りで睨み付けるが、視線だけでは蟻も殺せない。
「新しい商売も始めようと思ったんだよ。森人族は男でも見た目だけは良いからな。あぁ、大丈夫。さっきも言った通り、お前は何もしなくて良いんだ。こっちが勝手にするから」
「ふざけるなよッ」
「ふざけてなんていないさ。さて、お客様お待たせして申し訳ございません。どうぞ、お入りください」
商売用の笑みを顔に張り付け、カルケルは客人を招き入れる。
こんな場所で商売を始めるなど何をするつもりなのか。それよりも、森人族が捕まったのか。本当に?
ハッタリ?本当に捕まったのは一人なのか?
確認する必要がある。そんなことを考えていたが、思考はカルケルの横に立つお客様とやらを見て吹き飛んだ。
「ッ――お前、その姿」
小さく悲鳴を上げて後退る。
カルケルの横に立つ男、男なのだろう。恐らく。魔人族でもあるはずだ。しかし、その男は人の形をしているとは言えなかった。
頭は髪の毛が抜け落ち、顔は皺くちゃ、歯は何本も欠けており、残っているのは数本しかない。そして、極めつけは体中の至る所が腫瘍で膨れ上がっていることだ。
「病気持ちか!?」
「お客様、どうでしょう。美しいでしょう。この森人族ならば、お客様の希望を満たせるやもしれませんぞ」
「ギュフッギュフッわ、分かってておおるぅ。こ、こここれで足りるかかぁ?」
「はい、頂きました」
魔人語でのやり取り。その内容は分からない。しかし、嫌な予感は止まらない。
男がカルケルに袋一杯に詰まった金貨を手渡すと檻の中に入り、服を脱ぎ始めた。
「な、お前!?」
「かかかぁかわぃいいねぇっ。僕のペペペットちゃぁあああんッ!!」
「やめろぉおお!!」
ここまでされたら否が応でも理解できた。
圧し掛かってくる男を押しのけようとするが、片方の腕は折れ、足には重り。満足に動けず男に体を抑えつけられる。
残った片方の腕で抵抗しようとするが、男に捕まれ、躊躇なく折られた。
「アァアアアッ!!?」
「ゼハッゼハッゼハッ♡」
「クククッ」
カルケルが鉄格子の向こう側で嗤っている。この状況が溜まらなく可笑しいとでも言うように。
「やめ――」
声が引き攣る。
傷の痛みが増す。
苦痛から逃れようとするが、男は傷口に指を突っ込んで抉り始める。
喉が裂けそうな絶叫が口から飛び出た。
「ドヒュッももももぅいいよねぇ。じゅじゅ準備、できたよねぇ」
「~~~~ッ」
「準備ができたようです。では、私はこれで退散しますので。ごゆっくり」
カルケルが分厚い扉の奥へと消えていく。
静かに音を立てて扉が固く締められた。ここにはもう誰も入ってこない。
四肢が使い物にならないのが、我慢できなかった。
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そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
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