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右隣の男 after story

花と烏 3

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目が覚めた時、

思わず自分の足首と唇を指で確かめて、何ともない・・・・・ことにホッとした。


『夢の内容を忘れないうちに』と、周吾さんに話しながらノートにメモをする。


身体がビクッとなって目覚める『落ちる夢』なら見たことがあるけれど、『寒さや痛みを感じる夢』なんて初めてだった。


それに、具体的に出てきた『ノンノ』と『カララク』という名前が気になる。

『ノンノ イッカクㇽ ♪  ノンノ カララク ♪』

あの不思議な『歌』に影響を受けた可能性もあるだろう。

それでも、

変わったデザインで織られた大布。

『烏』の顔、瞳の色、着ている服、背中のアザ、触れ合った感触や温度、匂い。

僕は全部覚えている。


ただ、『花』が自分のことを『僕』、『烏』が『オレ』と言っていたのはどうなんだろう。服装からすると、だいぶ昔の人々の筈で、そんな一人称を使うのは時代的にあり得ない。

『感情』や『概念』のようなものが何となく伝わってきただけで、言語は現代風に翻訳されてるのかな?


メモに残しながら淡々と話すうち、夢の中で『他の男とキスをしたこと』までうっかり話してしまったから、起きて早々、周吾さんに夢より激しいキスをされてしまった。

目覚めたばかりで判断力がないまま、話をしてしまった僕も悪いんだけど。


…お陰で僕は、朝から下着を洗う羽目になった。





午前中は引き続き、祭りの準備を手伝った。


お昼になり、離れで休憩していると、一台の車が神社の駐車場へ入ってくる音がした。


外から聞こえてきた声によると、宮司さんの弟さんが帰ってきたようだ。

どうやら弟さんは、男性の恋人を連れ帰ったらしい。




(うそ…。『烏』さんと『花』さん?)


離れの玄関。

その2人と向かい合った瞬間、そう思った。


大柄で精悍な顔立ちの男性と、細身で中性的な美しい男性。



夢の中の僕は『花』になっていた。

正確には、『彼の目線』で撮影された映画を見ているような、コントロールできないゲーム画面みたいな、……思い返すと変な感じだ。

リアルな感覚はあっても、その身体を動かすことが出来ない。でも夢の中だからか、全く違和感を感じなかった。


『烏』のことはキスをするほどの距離で見たから間違いない。

『花』の顔は、波紋に揺れる水鏡でしか見ていないが、美しいその人こそ『彼だ』と感じたのだ。


…こんな事があるなんて。


宮司さんによると、先代であるお祖父さんからの遺言で、剣舞はこの弟さんが奉納するらしい。


弟さんも宮司さんと同じように、神職に就く為の大学へ入学するはずだったが、カメラだけを手に海外へ飛び出してしまったそうだ。

仕方なく、『剣舞の鍛錬は続けること』『祭りの夜は戻ること』を条件に家を出ることを許したらしい。


今回は彼にとって2度目の舞台だという。


到着早々、『舞が衰えていないか見てやる』と宮司さんが弟さんを母家おもやへ連れていった。


『烏』に似た弟さんは『氷太刀こおりたち 竜瑚りゅうご』さん、『花』に似たその恋人は『牧村まきむら 彩人あやと』さんというそうだ。


周吾さんと『竜瑚』さん。名前の語感が似ていることにも驚いたが、

宮司の『竜臣たつおみ』さんと同様に、伝承に登場する『竜』という漢字が入っていることに驚いた。『龍神様』を祀る一族だからかな?

ちなみに、もう1人いる弟さんも『竜仁たつひと』さん、というらしい。
植物学者で、白い花の話をしてくれた人だ。
『絶滅したのではないか』と言いながらも、花が咲くはずの夏になると、毎年ここの山へ入り、探索を続けているらしい。

名前といえば、『彩人』さんと僕の名前『結人』も少し似ていて親近感がわく。


竜瑚さんは先祖返りなのか1人だけ大柄で、わりと細身で小柄な宮司さんや、竜仁さんとは全く似ていなかった。



彩人さんは僕より少し歳上。竜瑚さんは、おそらく周吾さんより歳上だと思う。


『夢に出てきた2人』とそっくりだから、だけではなく、僕は彼らに好感を抱いた。

竜瑚さんは、世界を旅した経験があるからか話題が豊富。

彩人さんは、綺麗な見た目に反してフレンドリー。

僕と周吾さんが、彼らと同様に『歳の離れた恋人同士』だと知ったせいもあるかもしれない。

彼らは仲の良さを隠さなかった。

僕達も思う存分イチャイチャできそうだ。




僕は、彩人さんに紙の花輪作りを教えた。

やっぱり彼も『男性を受け入れる側』だったからだ。僕用の花輪も作りたかったから丁度いい。

彩人さんは途中で飽きてしまったようだが、頑張って直径25センチほどの花輪を上手に作っていた。


舞台の設営は、午後も周吾さんが大活躍していた。
残された古い設計図を見ただけで村の男性達と協力し、木で作られたパーツを次々と組み上げていく。途中から竜瑚さん、その弟の竜仁さんも加わっていた。


舞台が完成した後は、彩人さんと一緒に細かい飾り付けを手伝った。

作業の合間に2人で話をするうち、すぐに仲良くなれたのは、なんとなく『気が合うな』と感じたからだろうか。

僕には姉さんしかいないから、なんだか兄さんが出来たみたいで嬉しい。



竜瑚さんは棒の作り方を知っていた。
実際に作るのは初めてらしいが、『硬い木だな…』と言いながらもゴリゴリ削って、サッと完成させてしまった。

周吾さんも自分用の棒を作っていた。





2日目の夜も、キスをして過ごした。


母家で賑やかに夕食をいただき、離れでお風呂に入った後のことだ。


僕達の目の前で竜瑚さんと彩人さんが深い口付けを始めたのだ。

2人につられるように、僕達も自然と口付けをしていた。


「結人、愛してるよ」

周吾さんが熱っぽい目で見つめてくれる。

僕も『愛してる』と返せば、ますます2人の間に熱が溜まっていく。

どうしてだろう。

『恥じらい』という感覚を失い、グチュグチュジュルジュル音を立てて舌を絡め合い、互いの唾液をゴクリと飲み合って、


僕と彩人さんはぐったりと溶かされてしまい、それぞれのパートナーに抱き上げられ、布団に運んでもらうことになった。





その夜、また夢をみた。
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