愛する事はないと言ったのに

マイユニ

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世界が変わった

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 自分がΩだと分かったその日から世界が変わった。大げさでも何でもなくそれはそれは見事に変わった。
 
 僕の父は大手食品メーカーの社長。厳しい母と優しい姉、出来の良い弟がいる。物心ついた頃から両親や姉から跡を継ぐのはあなただよと言われて育ち、父や会社の名前に傷がつかないようにと自分なりに真面目に生きてきたし、常にトップであり続けられるように勉学にも励んだ。何不自由ない暮らしをさせてもらい、小中高一貫の名門と呼ばれる学校に通いながら優秀な友人達と過ごす時間は楽しかったし毎日が充実していた。
 
 でも、僕の存在は両親からしてみれば異端なものとなった。後継ぎとして向けられていた期待の目は弟へ移り、何の関心を向けられることもなくなり、話をすることすらなくなっていった。最初は戸惑いこそあったものの、仕方がないかと受け入れた。それでも勉強だけは今まで通り頑張ろうと思っていた矢先、転校を余儀なくされた。原因は友人に襲われそうになったからだ。未遂に終わったのだが、彼は僕に誘惑されたと言った。誘惑をしたつもりなんてまるでない。でもきっと、僕からフェロモンが出ていたせいなのだろう。αで人徳のあった彼の言い分が通り、次は自分かもしれないと思ったのか周りから距離を置かれるようになった。教師からは扱いに困る生徒と認定されて逃げるように学校を去った。
 
 絶対にΩだと悟られるなという両親からの厳命と、襲われたというトラウマから強い抑制剤を服用するようになり、その副作用で体調を崩す事が多くなった。当然まともに授業なんて受けられるはずもなく、転校先の学校ではほとんどの時間を保健室で過ごし、友人を作ろうという気持ちもなくしていたから特に何の思い出を作ることもできないまま卒業の日を迎えた。唯一よかったと思えた事は担任よりも親身になって進路のことを考えてくれた保健室の先生と出会えたことだ。勉強の合間によく描いていた風景画を見た先生が、絵に携わる仕事をしたらいいのではないかと言ってくれた。彼女の助言により興味があったグラフィックデザインを学ぶ事ができる通信教育の大学に入学し、もうすぐ4回生になる。
 
 体に合ういい薬ができて、副作用で体調を崩すことは減り、最近は普通に生活ができるようになった。こうなると家にいる事が辛くなってくる。日中は常に母が家にいる。僕を見ると嫌そうな顔をするからなるべく顔を合わせないよう常に気を遣わないといけない。それがとてもストレスなのだ。
 そして、父は早く厄介払いをしたいのか就職活動の真っ只中、見合いを勧めてきた。忙しいし、卒業したら家を出ると言いかけたけれど、ひと睨みされて何も言えなかった。
 
 何だか馬鹿馬鹿しい。最近になってようやくそう思うようになった。真面目に生きてきたけれど、少しくらい遊んだって罰は当たらないのではないか。と言っても何をしたらいいのか全く分からない。

 何気なく見ていたスマホでエロサイトの広告が出てきた。エッチな店に行ってみるというのはどうだろうか。恋愛経験ゼロの僕は一人でしたことはあるけれど、キスもその先もしたことがない。無理やり結婚させられようとしている今、この先好きな人とできるわけでもないのだから、さっさと経験してしまえばいいんだ。調べてみると本番ができる店がある事が分かった。Ω専用、初めてでも安心という誘い文句に惹かれてやってきた歓楽街。きらびやかな世界に場違い感が半端ない。でも、行くと決めたのだから尻込みしている場合ではない。よし……と意気込んだ瞬間思いっきり人とぶつかった。

「すっ……すみません……」

「こちらこそすみません」

 顔を上げると長身でやたらと色気を漂わせた男の人が立っていた。前髪から覗く涼し気な目元が目を引く。

「この辺輩が多いから気をつけたほうがいいよ」

 そう言って優しく微笑まれた。ホストなのだろうか?いや、モデルかもしれない。スーツ姿の彼はものすごくモテそうな雰囲気を持っている。

「ありがとうございます」

「じゃあ」

 頭を下げてその人とすれ違った。またスマホを覗き込んで目的の場所があるビルを探す。この辺りのはずなのに。

「ねぇ」

 肩を叩かれて振り返ると先程の男の人が立っていた。

「何か?」

「どこに行きたいの?」

「え?」

「キョロキョロして、またぶつかりそうになってたから気になって」

「あぁ、そうでしたか。ご親切にどうも」

「で、どこへ?」

「あのここなんですけど」

 彼に地図アプリを見せてみる。画面を見た彼がここ?と言いたそうな顔をした。

「ここへ行くの?」

「えぇ、まぁ」

「ここってさ」

「はい」

 彼が顔を近づけて「風俗店しか入ってないけど」と小声で囁いた。その瞬間顔から火が出そうになった。まさか、そんな店ばかりのビルだと思わなかったのだ。

「そういうとこ行くんだ。性欲なさそうなのに。意外」

「あの、まぁ……その……」

「ちなみにどの店?」

「は?どうしてそんな事?」

「興味本位」

「興味本位ですか?」

「うん」

 何故か楽しそうな顔をされてどうすればいいのか分からない。とりあえず店名を答えたらいいのか?

「あの……PASHってとこなんですけど」

「あぁ、そこか。まさか答えると思わなかった」

「え?」

「気をつけたほうがいいよ。分かる人には君がΩだと分かってしまうから」

「そ……そうですね。本当だ」

「心配になっちゃうね。君」

「いや、大丈夫です。そんな心配して頂くようなこと」

「純粋そうだし」

「いやいや……」

「俺にしない?」

「は?」

「ちょうど相手探してたんだよね」

「仰ってる意味がよく……」

 また彼の顔が近づいて、耳元でこう囁いた。

「今から俺とセックスしない?」

 顔を離した彼はにっこり微笑んだ。

「セセセ……!?」

「結構評判いいよ、俺」

「ええっと、誰に?」

「ネコちゃんとかΩの子に」

 何度か瞬きを繰り返して、彼の目を見た。冗談を言っているようには思えない。

「お金は……?」

「お金?そんなのいらないけど」

「無料!?」

「ホテル代も出すし」

「そ……それは」

 ありがたい。自由に使えるお金がそんなにあるわけではない僕は「お願いします!!」と言っていた。もしかしたらとんでもない事をしようとしているのかもしれない。でも、まあいいか。なんの面白みもない人生の中で、今日は印象的な日になりそうだ。

「行こうか」

「はい」

 彼の隣に並んで歩き出した。すれ違う人達が彼の方を見て色めき立つ。「今の人かっこよかったね」と話す声も聞こえた。やはり彼は格好いいようだ。しばらく歩くとホテル街に到着し、きれいな建物を指して「ここでいい?」と聞かれた。特にこだわりなんてものはないから頷いた。
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