篠辺のお狐様

梁瀬

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銀木犀

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 思い通りに動かない体を引きずるようにして、何とか幻影に惑わされた杏の領域を
抜け、通常の裏山に出たが、終わった訳ではない。
 それは分かっていても、全身の痛みと終わりの見えない攻撃に、ついに心の支えす
ら、見失いかけているように見える…。

 こういう状況で、一度でも諦めたら立てなくなる。
私も、そういう状況になった事があるから、どれだけ辛くて、どうすれば抜けられる
のか、を守る術を見出せない時の絶望感は、良く分かる。
 私には明確な心の支えがあったから、見失った事はない。だが〝何の為にどうして
式神が存在しているか〟を思い出せれば、きっと分かる。そうすれば銀木犀、お前も
絶対に立ち上がれる。痛みに思考を乗っ取られるな…思い出せ…。

 考える事を手放そうとため息をついたタイミングで、膝から崩れ落ちそうになった
銀木犀の肩を、鴉山椒の放った矢が貫いた事で、置かれている現状を再認識させられ
たようで、踏み止まった。
 うつろな目のまま顔を上げた銀木犀の視線の先に、大きな弓に矢をつがえたまま、
銀木犀に狙いを定める鴉山椒が居た。

 鴉山椒の行動が時々、ゆうさんと重なる時がある。
男が尻込みしたり、諦めかけている時に限って、中から何かを引きずり出されるよう
な…。奮い立たせられたり、大事なものを思い出させてくれる行動が、咄嗟に出来る
カッコイイ女。
 肝心な時に男がダメなのを寛容に受け入れてくれるが、決して男のプライドは捨て
させてはくれない。何なら〝もっと出来るの知ってるから〟って、いつの間にか引き
上げられてる時には、絶対勝てる日がこない気がする。…やっぱり似てるな。

 一瞬、銀木犀と視線が交わった時に、迷いなく放たれた矢が真っ直ぐ飛んできた。
考える間もなく、見開いた目で追いながら、反射的に剣を出して打ち払っていた。
 それを見て、フッと笑って鴉山椒は再び消えた。

 銀木犀も無意識の行動に驚くも、強く剣の柄を握りしめて前を見据えた。
その顔からは迷いが消え、挑む覚悟と使命、存在理由が見えたような、スッキリした
表情をしていた。

 そこからの銀木犀の動きには、目を見張るものがあった。
鴉山椒が、銀木犀の動きを推測して、次々と羽根刀を飛ばしたが、10枚中3枚のみで
後は剣で払い除けていた。

 もう制限時間は過ぎていた為、最後に控えていた猿豆の攻撃は、慎重に防ぐ事だけ
考えて、12針中2針命中しただけで他は全て躱していた。
 最後まで自力でテントへ戻ったが、そこで意識を手放した。

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