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傷だらけの人魚姫
1.地下水道にひそむ影
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おそろしいあの出来事から、またさらに何日も時が経ちました。光の国と闇の国の戦いはまだ終わらず、むしろ混乱が続いていました。
戦火ははるか遠い地で燃え広がっていて、メイプルたちの暮らす都会はまだ安全です。けれど、まるで戦地からの目に見えない煙だけが届いているかのようにぴりぴりとした嫌な空気が充満していて、メイプルはいつの間にか息苦しさを感じることが多くなったことに気づきました。
同じような不安は地下倉庫に閉じこもるフェンネルや、裏方作業に集中するポポも、抱いていました。
今はなるようになると信じるしかありません。そこで、せめて外の情報を得ようと新聞を読むのですが、そこにのる記事もまた、ポポやフェンネルにとっては気まずい内容のものが多くなってきました。
「今日の戦果か……。オイラね、最近よく思い出すんだ」
新聞をたたみながらポポはフェンネルに言いました。
「闇の国と光の国を行き来していた平和な時代の事をね。ああ、あの頃は過ごしやすかったね。国は違えども、人間はそう変わらない。光の国の人達がもつ輝く心ってものも、闇の国の人達が無視できない情というものも、オイラにとっちゃどっちも似たようなもんだった。しかし、ここに閉じこもってしばらく、闇の国の人達がどうしているか、今、とても心配なんだ。あちらからも戦地は遠いだろう。けれど、進軍がやまなければ、向こうはこちらの、こちらは向こうのお国まで攻め込むことになるだろう。オイラね、それがとっても嫌なんだ」
「分かるよ、ポポ。ボクもいやだもの。でも、王さまたちがどちらもゆずらないんだよね」
「不治の病を治療できるかもしれない魔石。その存在をめぐっての対立だったね」
ポポの言葉にフェンネルはうなずきました。
「ボクの図書館にね、その話し合いの記録の一部が追加されていることがあるんだ。きっと、ボクの生みの親にあたるドラゴンが追加しているんだろうね。おかげでいろいろ読めたよ」
「ほう、興味深いね。どうだった?」
「それがね。互いにゆずらないまま平行線なんだってさ」
「……だろうね。だからこうなっているのだろう」
ポポは納得しつつ、頭の中で状況を整理しました。
光の王さまの提案で起きたこの度の対立は、地の国のライオンの王さまと、風の国の妖精の女王さまが光の国の味方になり、火の国のドラゴンの王さま──タラゴンと、水の国の人魚の女王さまが闇の国の女王さまの味方となっています。
そのためでしょう。光の国の新聞記事には、闇の国だけではなく、火の国や水の国に関する悪いイメージをともなうニュースもたびたびのるようになっていました。そして、同時に、光の王さまがいかに魔石の研究を重要だと思っているのか、その希望の光についてたたえる記事も何度ものっていました。
そして、魔石で治療できるかもしれない不治の病についての周知するための記事もたくさんありました。これを読めば誰だって、やっぱり魔石の研究は必要だと思わざるを得ないでしょう。ポポやフェンネルさえも、新聞を読んでいるとそう思ったくらいなのですから。
「伝承っていうのは、どのくらい確かなのだろうね」
ポポがつぶやいたその時、ふいに地下倉庫の隅からハイビスカスの声が聞こえてきました。ふたりが近寄ってみれば、ハイビスカスは地下水道に続く階段の方へと視線を向けていました。そして、何かに呼びかけるように歌い始めたのです。
「いやしの子守歌……はて、何かいるのかね?」
ポポがそう言う横で、フェンネルはくんくんと階段側のにおいをかぎました。
「水のにおいがいつもとちょっと違うかも?」
フェンネルがそう言ったちょうどその時でした。ギイ、と、地下倉庫の扉が開きました。メイプルとシロップが一日の終わりの挨拶にやってきたのです。
「どうしたのよ、そんなところに集まって」
シロップが問いかけながら近づく中、メイプルは歌いつづけるハイビスカスの方に注意を向けました。
「どうしたの、ハイビスカス?」
しかし、ハイビスカスはメイプルの問いに反応せず、ただただ歌い続けています。その様子を見て、メイプルはふと疑問を抱きました。なにか、ハイビスカスの関心をひくような存在が、この先にあるのではないか。いやしの子守り歌を聞かせたくなるような何かが。
メイプルは息を飲みました。地下水道は明かりが乏しく、少し不気味なのです。けれど、ハイビスカスの様子を見ていると、無視する気にはなれません。そこで、近くに置いてあったランプを手に取ると、彼女を鳥かごから出してやりました。すると、ハイビスカスはいの一番に地下水道へと飛んで行ってしまいました。
メイプルは勇気を出して、すぐにそれを追いかけました。
「あ、待って、メイプル!」
シロップがあわててついてきました。それを見て、思うことがあったのでしょう。ポポとフェンネルもまた、そっと後を追ってきました。
地下水道に続く階段は苔生していて、歩むごとにじめじめしてきます。すべりやすいので転ばないように気を付けながら慎重に下りていくと、暗やみの向こうでハイビスカスの桃色の輝きが薄っすらと見えました。
ランプの明かりとその桃色の輝きを頼りに、警戒しながら近づいて行くと、ようやくハイビスカスの姿が見えてきました。そして、そのそばに──地下水道の水面からはいだす形で、何者かが倒れていました。
誰かいる。
恐怖を感じつつも、メイプルはランプの明かりでその影を照らしました。そして、シロップともども驚きの声をあげてしまいました。
そこには人魚が倒れていたのです。
戦火ははるか遠い地で燃え広がっていて、メイプルたちの暮らす都会はまだ安全です。けれど、まるで戦地からの目に見えない煙だけが届いているかのようにぴりぴりとした嫌な空気が充満していて、メイプルはいつの間にか息苦しさを感じることが多くなったことに気づきました。
同じような不安は地下倉庫に閉じこもるフェンネルや、裏方作業に集中するポポも、抱いていました。
今はなるようになると信じるしかありません。そこで、せめて外の情報を得ようと新聞を読むのですが、そこにのる記事もまた、ポポやフェンネルにとっては気まずい内容のものが多くなってきました。
「今日の戦果か……。オイラね、最近よく思い出すんだ」
新聞をたたみながらポポはフェンネルに言いました。
「闇の国と光の国を行き来していた平和な時代の事をね。ああ、あの頃は過ごしやすかったね。国は違えども、人間はそう変わらない。光の国の人達がもつ輝く心ってものも、闇の国の人達が無視できない情というものも、オイラにとっちゃどっちも似たようなもんだった。しかし、ここに閉じこもってしばらく、闇の国の人達がどうしているか、今、とても心配なんだ。あちらからも戦地は遠いだろう。けれど、進軍がやまなければ、向こうはこちらの、こちらは向こうのお国まで攻め込むことになるだろう。オイラね、それがとっても嫌なんだ」
「分かるよ、ポポ。ボクもいやだもの。でも、王さまたちがどちらもゆずらないんだよね」
「不治の病を治療できるかもしれない魔石。その存在をめぐっての対立だったね」
ポポの言葉にフェンネルはうなずきました。
「ボクの図書館にね、その話し合いの記録の一部が追加されていることがあるんだ。きっと、ボクの生みの親にあたるドラゴンが追加しているんだろうね。おかげでいろいろ読めたよ」
「ほう、興味深いね。どうだった?」
「それがね。互いにゆずらないまま平行線なんだってさ」
「……だろうね。だからこうなっているのだろう」
ポポは納得しつつ、頭の中で状況を整理しました。
光の王さまの提案で起きたこの度の対立は、地の国のライオンの王さまと、風の国の妖精の女王さまが光の国の味方になり、火の国のドラゴンの王さま──タラゴンと、水の国の人魚の女王さまが闇の国の女王さまの味方となっています。
そのためでしょう。光の国の新聞記事には、闇の国だけではなく、火の国や水の国に関する悪いイメージをともなうニュースもたびたびのるようになっていました。そして、同時に、光の王さまがいかに魔石の研究を重要だと思っているのか、その希望の光についてたたえる記事も何度ものっていました。
そして、魔石で治療できるかもしれない不治の病についての周知するための記事もたくさんありました。これを読めば誰だって、やっぱり魔石の研究は必要だと思わざるを得ないでしょう。ポポやフェンネルさえも、新聞を読んでいるとそう思ったくらいなのですから。
「伝承っていうのは、どのくらい確かなのだろうね」
ポポがつぶやいたその時、ふいに地下倉庫の隅からハイビスカスの声が聞こえてきました。ふたりが近寄ってみれば、ハイビスカスは地下水道に続く階段の方へと視線を向けていました。そして、何かに呼びかけるように歌い始めたのです。
「いやしの子守歌……はて、何かいるのかね?」
ポポがそう言う横で、フェンネルはくんくんと階段側のにおいをかぎました。
「水のにおいがいつもとちょっと違うかも?」
フェンネルがそう言ったちょうどその時でした。ギイ、と、地下倉庫の扉が開きました。メイプルとシロップが一日の終わりの挨拶にやってきたのです。
「どうしたのよ、そんなところに集まって」
シロップが問いかけながら近づく中、メイプルは歌いつづけるハイビスカスの方に注意を向けました。
「どうしたの、ハイビスカス?」
しかし、ハイビスカスはメイプルの問いに反応せず、ただただ歌い続けています。その様子を見て、メイプルはふと疑問を抱きました。なにか、ハイビスカスの関心をひくような存在が、この先にあるのではないか。いやしの子守り歌を聞かせたくなるような何かが。
メイプルは息を飲みました。地下水道は明かりが乏しく、少し不気味なのです。けれど、ハイビスカスの様子を見ていると、無視する気にはなれません。そこで、近くに置いてあったランプを手に取ると、彼女を鳥かごから出してやりました。すると、ハイビスカスはいの一番に地下水道へと飛んで行ってしまいました。
メイプルは勇気を出して、すぐにそれを追いかけました。
「あ、待って、メイプル!」
シロップがあわててついてきました。それを見て、思うことがあったのでしょう。ポポとフェンネルもまた、そっと後を追ってきました。
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ランプの明かりとその桃色の輝きを頼りに、警戒しながら近づいて行くと、ようやくハイビスカスの姿が見えてきました。そして、そのそばに──地下水道の水面からはいだす形で、何者かが倒れていました。
誰かいる。
恐怖を感じつつも、メイプルはランプの明かりでその影を照らしました。そして、シロップともども驚きの声をあげてしまいました。
そこには人魚が倒れていたのです。
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